第54話 物欲センサー

 朝早くギルドに顔を出した俺たちは、オルクルダンジョンに向かう事を職員に告げた。


 別にいちいち報告する義務はないのだが、冒険者が長らく留守にする際は一言告げてくのが望ましいと、入会時の説明でも推奨されている行為だからだ。


「イッシンさんたちは真面目ですね」


 受付の職員は笑っていたが、これが結構助かる行為なんだとか。有事の際に冒険者たちの所在が分かるよう、ギルド側としても活動状況を把握しておきたいらしい。


「なんだ、お前ら。もうブルタークダンジョンの方はいいのか?」


 そしてまたしても暇そうな(暇ではない)ハワード支部長が訪ねてきた。


「ええ、ちょっとあそこは俺たち向きではないみたいです」


 それは実際真実でもあったが、本音はポーターの子供たちと顔を合わせたくないからだ。


 別に彼らの事が嫌いではないし、寧ろ構ってあげたくなってしまう。だからこそここは一度距離を置くことにした。佐瀬もその意見には賛成であった。


(流石に昨日の今日で“連れていかない”と正面切って断るのは酷だろうからな)


 彼らにはなんの落ち度もなかったが、俺たちの心が揺らいでしまうからだ。


「ふーん。それなら仕方ねえが、レッカラが出張所に配属されるのはまだ時間が掛かるぞ?」


 レッカラ女史が支部を離れるのは予想以上に厳しいらしく、特にギルド職員たちが必死になって引き留めていた。多分、というか間違いなく目の前のおっさんがサボっているツケが回っているのだろう。仕事しろや!


「問題ないです。俺たちはあの村で補給する気はないので」


「ふーむ。ま、お前さんたちなら心配は無用だな」


 どうやらハワード支部長は俺たちが特別な輸送手段がある事を薄々察しているようだが彼もそれ以上は踏み込まない。その距離感が俺たちには有難かった。



 支部長に挨拶を済ませると、俺たちは東門から街を出立した。


「うぅ、ダンジョンまでが遠い……」

「確かにブルタークは近くて良かったよねぇ」

「イッシン。例の乗り物、まだ完成しないの?」


 佐瀬が俺に尋ねてきた。


「無茶言うなよ。ようやく形がそれっぽくなったばかりだ」


 例の乗り物とは、ダンジョンで発掘した浮遊する黒玉、≪魔法の黒球≫とエンペラーエントの幹を使って製作中の空飛ぶ乗り物の事だ。


 ただエンペラーエントの素材は大量の魔力を消費する上、加工にもかなりの時間を要する。どうしても形を作るのにも手間暇が掛かるのだ。


「——ん?」


 ふと、横を歩いていた佐瀬が急に立ち止まり、北の方角を眺めていた。


「何か気になるモノでも見えたか?」


「いえ、またピリッと……何かを感じた……?」


 そういえば以前も同じような事を彼女は言っていた。確か初めてブルタークに訪れた時だ。あの時も北の方角を気にしていたか。


「……名波、どうだ?」


「うーん、駄目。私だと何にも感じ取れない」


 一体何だ? 名波の【感知】に引っ掛からないという事は、危険なものではないのかもしれないが、佐瀬だけ反応するというのも妙に引っ掛かる。


「その感じる気配がどのくらい先の距離だとか分かるか?」


「…………ううん、駄目ね。距離とか正確な位置は分からない。上手く言えないけど、こう北の方から何かが来た、って感じ」


「何かが……来た……?」


 うーん、駄目だ。現状だと情報が少なすぎてどういった現象なのかがまるで分からない。


 少し気になるが暫くすると反応が消えたのか、それ以降佐瀬も感じなくなったそうなので、俺たちはそのままオルクルダンジョンへ向かう事にした。



 前回で道は完全に覚えたので、今回は凡そ3時間半で開拓村へと辿り着いた。


 しかし間が悪い事に村へ入って早々、件の村長に見つかってしまった。


「おやおや、またお前さんたちか」


「どうも」


 俺がそっけなく挨拶をすると、ラパ村長は嫌らしい笑みを浮かべた。


「言っておくが、お前さん達には村の施設は利用させんぞ! 今更謝ってももう遅いわ!」


「おお! なんか聞いた事ある台詞キター!」

「私たちが村長を追放してた!?」


 シグネと名波が、異世界ファンタジーあるある話しに華を咲かせていた。


「な、なんじゃお主ら!? 意味不明な事を言いおって!」


「あー、気にしないでくれ。それじゃあ俺たちはダンジョンへ行くんで」


 俺は名波とシグネの襟首をつかむと、そのままダンジョンへ連行した。


「あっ!?」


 出張所の職員もあの時の男で、俺たちの姿を見るとバツが悪そうな表情を浮かべていた。


「これからダンジョンへ潜る。日程は大体10日前後かな」


「……分かりました。お気をつけて」


 こちらも簡単に用件を伝えると、俺たちは1階にある転移陣へと踏み込んだ。


 魔法陣の上に立つと不思議な事に、自然と脳内に転移先候補が浮かび上がる。俺が20階層を選択すると、魔法陣に入っている資格ある者も一緒に転移される仕組みだ。


「……とっ!」

「ふぅ、転移ってなんか変な感覚ね。動く歩道を降りた時のような……」

「あはは、そうかもね」


 20階層くらいなら影響は少ないが、これがもっと深い場所への転移だと、中には酔ってしまう冒険者もいるそうだ。


「さて、まずは……」

「ボス部屋を見てみよう!」


 シグネの言う通り、20階のボスは前回留守だった為、できれば一度挑戦しておきたい。初回討伐なら報酬の宝箱も高確率で排出されるからだ。


 確か20階層は討伐難易度Cランクの魔物がランダムで守護している筈だ。


 俺たちは本来出口になる筈の逆サイドからボス部屋を覗くと……今回も留守のままであった。


「うがああっ! なんでボス居ないの!?」


「俺たちの他に誰か来て、倒してしまったのかもなぁ」



 仕方がないので、21階層への階段を下り、先へ進む事にした。


「こっから先はCランクの魔物しか出ない。囲まれないように注意しよう」


 一応注意を促しておいたが、まあ今の俺たちなら数匹程度に囲まれたところで全く問題がない。


 まず初めに遭遇したのは犬タイプの魔物、ブレイズドッグであった。


「言った傍から群れてきたな!」


「任せて! 【ファイア】!」


 名波が先制攻撃の【ファイア】を放つ。だが、ブレイズドッグに被弾したものの、多少仰け反らせただけで、あまり効果がなかった。


「き、効いてない!?」


「名波、そいつらは火の加護持ちだから、【ファイア】は効果が薄いぞ!」


 俺は【ウォーター】を準備すると、名波に迫ってきたブレイズドッグに放った。


 キャウンッ!?


 本来殺傷能力の低い【ウォーター】による水圧は、ブレイズドッグを面白い位に吹き飛ばしてしまった。これが相性による属性効果である。


「あー、成程。普段魔法使わないから忘れてたよ」


 名波は自前の魔法を習得していないので、その事を失念していても責められまい。


 彼女は魔法での戦闘を諦めると、代わりに包丁と短剣による二刀流でブレイズドッグをあっという間に屠っていく。やはり名波は近接戦闘の方に適性があるようだ。


「楽勝♪」

「ぶいっ!」


 名波とシグネが勝利のポーズを決めた。


「あ、早速ドロップ品よ。幸先良いわね」


 ボスが留守だったという不運な出来事はノーカウントという事で、いきなりドロップ品が手に入るとはラッキーだ。



 それからも俺たちは破竹の勢いでダンジョン探索を続けた。



 Cランクの魔物相手だと、思った通り楽勝だった。地図は購入していないのでブルタークダンジョンよりかはやや進みが遅いが、それでも今日の半日で24階層への階段手前まで到達できた。今日は進まず、そのまま23階層で夜営の準備だ。


「ふっふっふ。トイレも進化したぞ!」


 俺がマジックバッグから持ち運び水洗式トイレを取り出すと、佐瀬は首を傾げた。


「……特に変化なさそうだけど?」


「いや、便器の方はそのままだ。汚水タンクの方が進化したのだよ!」


 あの臭くて堪らなかった排水用の桶だが、まずは大きな鉄製の容器に買い換えた。これで匂いを密封できる上に、俺は更にその内部に仕掛けを施した。


 そう、以前シグネが初【解析】でイーダさんのお店から発掘してくれた≪獣避けの壺≫だ。


 こいつは当初こそ用途不明のアイテムとして並べられていたが、シグネの【解析】により、一定以上の悪臭に対しては強い消臭効果がある事が判明した。


 これにより、汚水タンクはより完ぺきになって帰ってきたのだ。


「……まぁ、臭いがしないのは良い事よね」


 そう口にした佐瀬は少し不満そうであった。どうやら便器の方にウォシュレット機能が付いたのかと期待していたそうだ。


(すまんがそれはセルフで頼む)


 俺だけ水魔法を持っているので問題ないが、流石に“俺がウォシュレット役になろうか?”とは言えない。佐瀬にぶっ飛ばされる。


 俺たちは簡易シャワー(俺の水魔法)で汗を洗い流し、食事を取ってからしばらく自由時間を設ける事にした。まだ眠るには少し早い時間だ。


「うーん……」


 俺はエンペラーエントの素材を加工しながら考え事をしていた。


「どうしたの? 加工に行き詰ったの?」


「いや、窓の部分をどうしようかと思ってな」


 空飛ぶ乗り物だが、イメージとしてはタイヤ無しのオープンカーを考えている。ただ、前方に風避けがないと速度を出した時にきついだろう。


「透明で頑丈な素材が必要な訳ね。心当たりはあるの?」


「一応ギルドで聞いてみたんだが、虫タイプと水棲タイプの魔物にそんな感じの素材を取れるのがいるらしいんだ」


 話しによると巨大なカタツムリか、海に棲むクラゲの魔物から、そのような素材が取れるらしい。ただし、どちらもこのダンジョン内で出会うのは難しいそうだ。


「カタツムリって虫なの?」


 佐瀬の言葉に俺は首を捻った。


「さぁ、でんでん虫って言うくらいだし、そうじゃないの?」


 あれ? 違うのかな? 今度機会があれば昆虫博士の乃木先生にでも聞いてみよう。鹿江大学の連中は元気してるだろうか?


「なら仕方ないわね。街の工房でガラスを作って貰うってのは?」


「金が掛かるし、耐久性が不安すぎるな」


 この世界にもガラスは既に発明されているが、透明性もまだまだ荒く、耐久能力もかなり低い。その上割高なので飛ぶ乗り物の窓に使うのは、試験的にとはいえ気が引けた。


「ここのボス部屋にでも出てこないかなぁ……」



 そんな俺の願いを聞き遂げてくれたのかは不明だが、翌々日に辿り着いた30階層ボス部屋では————


「————おっきなカタツムリ!?」


「なんか殻が透明でキモイね。中身が丸見えだよ」


 ————なんと待望の巨大カタツムリが現れた。


「嘘でしょう!?」

「嘘だろ!?」


 俺と佐瀬が思わず同時に声を上げるも、既に戦闘は始まっているので気持ちを切り替えた。


「シグネ! こいつの名前は!?」


「んー、エレキスネール! カタツムリタイプとしか分かんないよ!」


 魔物の鑑定は【解析】をもってしても名前とタイプ、後は大きさの分類くらいしか視れない。ここに出るという事はCランクだろうが、素材の方ばかりに意識し過ぎて、その他の特徴をギルド職員から聞くのを怠ってしまった。


「デカい! こいつは……大型になるのか!?」


「ううん、これでも中型分類みたい。あれ? なんかプルプルして……バチバチし始めたよ!?」


 シグネの指摘通り巨大カタツムリが震え出すと、驚いた事にその身体に電撃を纏わせた。


「こいつ、雷魔法を持っているのか!?」


 名前から何となくそうなのではと思っていたが、まさかのレア魔物だ。


 一番近くにいる名波の頭上に【サンダー】が発生し落雷する。ただし彼女は【感知】スキルで既に回避行動に移っていた。お陰で直撃は免れたが、それでも結構ギリギリなタイミングだった。流石は最速の属性と謳われるだけはある。


「雷なら、こいつだろ! 【ストーンバレット】!!」


 俺が石礫を発射すると、奴は口から粘液を飛ばして対抗して見せた。すると——あっけなく石礫たちは手前で落下した。


「んなっ!?」


 まさか相性で優位な魔法を相殺されるとは思わず、俺は愕然とする。


 だがその隙にシグネが接近を試みていた。彼女は横に回り込むと、大きな殻にレイピアを何発も打ち込んだ。


「く、硬い!?」


「シグネ! 殻は堅そうだ。頭から狙うぞ!」


 俺は魔法での攻撃を諦め、近接戦闘をする事にした。雷魔法、避けられるかなぁ……。


 俺の不安は的中し、【ライトニング】が俺とシグネに襲い掛かる。


「うぐっ!」

「くぅぅ! でもっ、耐えられる!」


 俺とシグネの魔法耐性ならなんとか耐えられる。奴は先ほど【サンダー】を避けられた所為か、ランクを落とし手数での勝負【ライトニング】に切り替えた。そのお陰で俺たちの魔法耐性でも十分に耐えられた。


「「貰った!」」


 俺とシグネが同時に頭を狙おうとした瞬間、奴は再び魔法を放った。


「うおっ!?」

「ええっ!? う、ごけない?」


 俺とシグネが同時に地面へと倒れた。その様子に慌てながら佐瀬は【サンダー】を放つも、雷の加護を持つと思われるエレキスネールには効果が薄かった。


(この感覚は…………まさか【パラライズ】か!?)


 以前佐瀬との人体実験に協力(強制)し、麻痺状態というのを自らの身体で体験したことがある。その経験が今回は活きた。


「……【キュア】!」


 俺とシグネに状態回復魔法【キュア】を放つ。俺の魔力たっぷりなキュアなら麻痺を解除できるのも実体験済みだ。身体を張った甲斐があるというものだ。


 俺とシグネは一旦距離を取る。


 名波が弓で牽制してくれているが、どうにもあの軟体生物に刺突系のダメージは相性が悪いようだ。


「こいつ……本当にCランクか? 弱点少なすぎだろう」


 俺は横側に回り込むと、愚痴を零しながら【ファイア】を放った。それが奴の硬い殻に着弾すると…………あっさりその殻を打ち破り、全身が燃え出した。


「「へ?」」


 その様子を見ていた俺と佐瀬から同時に間抜けな声が漏れる。こいつ……まさか火が弱点か!?


 そこからは本当にあっさりと討伐できた。名波の≪火撃の腕輪≫による【ファイア】でも十分ダメージが通り、数十秒後には巨体カタツムリは焼死体となって消えてしまった。


「最後はあっけなかったわね」


「ああ。弱点さえ事前に知っていれば、楽勝な相手だったな」


 成程、討伐難易度がCランクな訳だ。


「あ、ドロップと宝箱が出てるよ!」


「おお! そうだった! こいつの殻が欲しかったんだよ!」


 俺はウキウキしながらドロップ品を見ると、なかなか立派な魔石の他に……何やら滑った液体の入った大瓶が一つ転がっていた。


「…………え、これだけ? 殻は?」


「あはは、矢野君の物欲センサーが働いたようだねぇ。これだけみたい」


「そ、そんなぁ……」


 苦労した割に念願の素材が手に入らず、俺はがっくり地面に膝をついた。


「まだ宝箱の方があるよ! あれ? 同じのが二つある」


 宝箱からシグネが取り出したのは、ブローチのような半円のアクセサリーであった。全く同じアクセサリーが二つ入っていたのだ。


「鑑定するね。んーと、どっちも≪望見のブローチ≫だって」


 以下がシグネが視てくれたマジックアイテムの内容だ。




 名称:望見のブローチ


 マジックアイテム:希少レア


 効果:離れた場所を見る事ができる

   二つで一つのマジックアイテム

   同じ魔力を込めると共鳴し、ブローチの装着者同士で視界を共有できる




「ふむ、便利と言えば便利だけど……」

「少し使いどころに困るわねぇ……」


 試してみないと分からないが、仮に戦闘中でそれを使ったとしても、上手く使いこなせるだろうか?


(いや、戦闘以外なら結構使えるか? 偵察とか……)


 現状俺たちが単独行動を取る事はあまりないので、今すぐには使い道が思い浮かばないが、取っておいて損がないアイテムと言えよう。



 30階層のボス部屋を抜けると、やはり似たような場所に転移ポイントが存在した。


「予定は10日間だけど、どうする?」


「まだ4日目だしね、このまま40階層を目指さないか?」


 俺の言葉に三人とも頷いた。


 次からはいよいよ、Bランクの魔物も稀にだが出てくるそうだ。気を引き締めねばと、俺は剣を強く握りしめた。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:転移場所はどのように決まるのでしょうか? 同じ国の者はやはり近いのでしょうか?

A:大体同じ地域の人間と近い場所に飛ぶようにします。ただし離れる場合もあります

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