第49話 開拓村の事情
僅か10日間で20階層を攻略したというシグネの主張を、当然≪オルクルの風≫や開拓村の長ラパは信じなかった。
そこで既に20階層に到達しているという≪千古の頂≫同伴でダンジョンに入り、転移陣で行き来した。
「……間違いない。確かに彼らは20階層を攻略している」
「そんなバカな!?」
「俺たちだってまだ到達していないのに……」
決定的な実力差を見せつけられた所為か、≪オルクルの風≫の態度は急に弱々しくなった。
「しかし、これで決着だな。彼らは10日間で20階層をクリアする程の実力者だ。そんな彼らがケチな盗みをすると思うかい?」
「ぐっ!」
「それは……っ!」
「それに戻りの時間が早すぎるという点も解消された。最早ギルド側も疑う余地はない筈だが?」
「そ、そのようですね。この度は誠に申し訳ありませんでした」
ギルド職員はこちらを向くと、深くお辞儀をした。俺たちはこれにどう対応すればいいのか返答に困った。
「し、しかし、それなら彼らはどうしてそこまで所持品の検査を拒むのかね? 何か怪しい物を持っているから、じゃないのかね?」
何とこの期に及んでラパ村長はまだ俺たちを疑っているようだ。
(いや、それともいちゃもんつけているだけなのか?)
流石に年の功と言うべきか、彼の表情からはいまいち真意が読み取れない。
「それは……それこそ
「はい。
≪千古の頂≫のリーダー各である鎧男とギルド職員がラパに妙な無関係アピールをしていた。
(ん? なんか変な言い回しだな?)
不自然な彼らの様子に疑問を抱いていると、村長はまたしても無理難題をぶつけてきた。
「どうかね。私にだけ、持ち物を検査させてはくれないかね? 正直、危険物を持ち運んでいるような冒険者に、この村を出入りして欲しくはないのだよ」
「はあ? つまり所持品を見せなければ村には入れない、ということですか?」
「うむ」
まさかここまで荷物検査に執着するとは思ってもみなかった。それともまさか、村長は俺たちの所持品に何か心当たりでもあるのだろうか? 少し拒絶し過ぎただろうか?
「……そんな横暴が通るものなんですか?」
俺はギルド職員に尋ねると、彼はあたふたしながら口を開いた。
「えー、この出張所はあくまでダンジョンを管理する立場であって、村の出入りついては、そのぉ、村長の意向といいますか、私としては……」
「ちょっと! はっきり言ってくれない? 村長の許可無しにダンジョンへ入れるの? 入れないの?」
煮え切らない態度のギルド職員に佐瀬が再びバチバチし始めた。
「ひぃいいい!? そ、それは……」
「……入れるよ」
はっきりしない職員に代わって鎧男が答えてくれた。
「ダンジョンの出入りを開拓村の長が規制するなんて権限は持ち合わせていない。それどころか、村も領主様から預かっているだけだから、出入り
「あ、そうなの? でも、出入りだけってどういう事?」
佐瀬が更にツッコミを入れると、村長が忌々しそうに口を開いた。
「村への出入りは勝手じゃが、屋内に入ったり村人に接触するのは避けて貰おうか?」
「……それって食堂や店を利用するなって事?」
「そうじゃ」
村長の言葉は果たして正しいのか、俺たちは揃って鎧男に顔を向けた。
「そうだね。流石に村長からそう言われたら、従う他ないね」
鎧男は困った表情で肩をすくめた。
(成程、段々分かってきたぞ。ここの構図が……)
「何よそれ? 結局私たちは来るなって事じゃない!?」
「別にそこまで言ってはおらんぞ? まぁ、私の指示に従って貰えれば別じゃがな」
『ねえ。このジジイ、私たちのマジックバッグを狙っているのかしら?』
すかさず佐瀬がテレパスで尋ねてきた。
『いや、多分なんでもいいからゴネているだけだ。仮に要求を飲んだところで、また別の注文を付けるだけに決まっている』
どうやらこれがこの村暗黙のルールのようだ。つまり長や村の意に反する冒険者やギルド職員は同じような手法で村から追い出されているのであろう。
ここから街までは結構な距離がある。短期ならまだしも、長期間の探索や出張で村の施設を利用できないのは、冒険者側からしたら死活問題だろう。
だが残念、俺たちにはマジックバッグがある。
「分かりました。それじゃあ今後村の施設は無視して勝手にダンジョン攻略するとします。それじゃあ、さようなら」
「な、なぁ!?」
驚きで何も言い返せない村長を尻目に俺たちは開拓村を後にするのであった。
「先ほどは済まなかった!」
「君たちには悪い事をした、この通りだ!」
「ごめんなさい」
村を離れて暫くすると、俺たちは≪千古の頂≫のメンバー一堂に頭を下げられた。
「いいですよ。さっきまでは正直頭にきてましたけど、何となく事情が呑み込めましたから」
「……流石に君も気が付いたか」
「え? え? どういう事? イッシン
俺はシグネたちにオルクルダンジョンの裏事情について説明をした。
村に貢献しない冒険者を追い出し、従う者にだけ施設の利用を許可している実態を告げると、彼女たちは呆れかえっていた。
「概ね彼の言うとおりだ。我々もあそこにはよく長期滞在をするのでね。どうしても村長の意向には真っ向から逆らえないのさ。勿論、ギルド職員も含めてね」
「呆れた……あの禿げジジイ!」
佐瀬さん? 最近大分口が悪くなっておりません?
「けど、貴方たち……え~と≪千古の頂≫さんは、私たちの肩を持っても平気なんですか?」
名波が恐る恐る尋ねると、鎧男は笑って答えた。
「ああ、あれくらいなら問題ないさ。村も冒険者あっての暮らしだからね。逆に俺らC級パーティにまで離れられるのは困るだろうさ。それと今更だが俺は≪千古の頂≫のリーダー、ヘルマンだ。宜しくな、期待の新人諸君!」
俺たちはそれぞれ簡単に自己紹介をし、折角だからと一緒にブルタークへ戻る事にした。
「一応、村での出来事はギルド長に報告しとかないとな。当事者の君たちだけの報告だと、変な疑いを持たれてもつまらないだろう?」
確かに今回の被害者? である俺たちの主張だけだとギルドも判断に困るだろう。
「助かります」
それから俺たちは帰り道でお互いに交流を深めた。C級冒険者の情報は色々参考になり、なんとシグネの風魔法【ウインドーバリアー】についても効果が判明した。
「ああ、その魔法は対風属性の魔法だな。風で防ぐんじゃなくて、風魔法を防ぐ為の魔法だ。バリアー系の魔法は全部そんな感じだ」
「へぇ、そうなんだ! ありがとう、ヘルマンさん!」
これで一つ引き出しが増えた。使いどころはかなり限定されるだろうが、風魔法に対してアドバンテージを得る事ができたのだ。
そして逆に向こう側は佐瀬の雷魔法に質問が集中した。
「ねえ、雷魔法ってどんな感じなの? 至近距離で落雷を見ないと覚えられないって噂は本当?」
「攻撃魔法の他にも何かあるのか?」
「えっと、そのぉ……」
どこまで話していいのか佐瀬は困惑していたが、俺は敢えて放置した。
(ま、彼らならそこまで情報を漏らさないだろう。それに今更だし……)
先程は派手に雷魔法をぶちかましたので、ギルド関係者や村長だけでなく、村人の殆どが騒ぎを見物していた。雷魔法の使い手が現れたという情報は遅かれ早かれ広まってしまうだろう。
「しかし、さっきは村長の手前、君たちの荷物検査を勧めて落しどころにしようとしたが、隠し事をするならもっと上手くやらないと駄目だぞ?」
「……ですよね」
さっきの一件は彼なりに俺たちの村での活動をし易くする為に打った芝居であった。だが俺が思った以上に拒んだものだから彼も慌てただろう。それにこれでは俺たちの所持品に何か見られたら不味いモノがあると公言しているようなものだ。
「今回は何も権限のない村長の要求だから断られただろうが、街の衛兵に荷物検査を求められたら流石に見せる他ないぞ?」
「……ですよねぇ」
困ったものだ。
どうにか探られてもバレないような仕掛けが必要なのだが、中々良いアイデアが浮かばない。
(ファンタジーなんだから、こう魔法とかでパーッと隠せないものかね?)
俺は頭を抱えながら、今後の対策を練るのであった。
暫くすると街が見えてきたので、俺たちは東門へと向かおうとした。するとヘルマンが声を掛けた。
「この時間なら北門の方が早く入れるぞ。東と南側は混むからな」
東側は俺たちのようにオルクルの対岸から来る旅人や商人たちで混雑し、南門も王都方面からの入場者で朝と夕方は出入りが激しいそうだ。
俺たちはヘルマンの助言通り、一緒に北側の門へと回った。俺たちと同じように北側へ回る馬車が沢山いた。
「あそこにも門があるけど入れないの?」
名波はヘルマンたちが素通りしようとした手前の門を指差した。馬車の多くはそこから入ろうとしていた。
「あそこは通行証を持った商人専用の出入り口だ。俺たち冒険者は東西南北の4カ所しか利用できない」
ちなみに貴族専用の門が東と南にそれぞれ設けられ、ブルタークは全部で合計7カ所の門が存在するそうだ。
俺たち一般人が利用できるのは四方に配置されている大門だけだ。
俺たちと同じく北に回り込んだ馬車の殆どが商人だったのか、その専用北門へと向かって行く。成程、確かにこれなら一般用の北門は空いていそうだ。
北門に辿り着くと、そこで並んでいる殆どが同業者たちのようだ。彼らはどこからこの門にやってきたのだろう。
「あそこに森が見えるだろう? あれがブルターク西方森林。あそこの中にもダンジョンがある」
ヘルマンが指す西の方には、夕暮れで染まった森が見えた。どうやらあの森の中にブルタークダンジョンが存在する様だ。
「あの外壁沿いに張ってあるテントや瓦礫は何なのかしら?」
佐瀬は壁際にある朽ちた建物やテントの密集地帯が気になって尋ねた。
「あそこは
どうやらスラムだったようで、当然治安も宜しくないご様子だ。スラムは街の北西にかけて広がっており、徐々に規模が増えているらしい。この街の悩みの種の一つだそうだ。
面倒事は御免なので、彼女たちには近づかないように改めて釘を刺しておいた。そうでもしないとシグネ辺りは興味本位で見学にでも行きそうな勢いであったからだ。
入場を済ませ街へ入る。そのまま真っ直ぐ進むとギルドはもう目と鼻の先だ。
「すまんが、ギルド長はいるか?」
中に入るとヘルマンは早速職員を捕まえて尋ねた。流石C級ともなると顔が広いのか、すぐに奥にいる支部長を呼びにいってくれた。
「おう、ヘルマン戻ったか。ん? イッシンたちも一緒だったか」
ハワード支部長は≪千古の頂≫と俺たちが一緒にいる事に眉を顰めた。
「実は……」
そこで俺とヘルマンは開拓村で起こった揉め事をハワードに告げ口した。
最初は大人しく聞いていたハワードであったが、後半になると顔を真っ赤にして最後には怒鳴り声を上げた。
「あの馬鹿村長が! それに≪オルクルの風≫の馬鹿垂れ共も、馬鹿な事しやがって……っ!」
どうもここのギルド長は口が悪くなると、馬鹿を連呼する悪癖があるようだ。
「何より一番腹立たしいのは、馬鹿職員の対応だ! だからあんな糞馬鹿ジジイにつけこまれるんだ! 馬鹿たれめ!」
「ちょっと支部長! 言葉遣いが下品ですよ。それともう少し静かに怒ってください!」
彼の後ろにはいつの間にか副ギルド長の女ドワーフ、レッカラ女史が立っていた。
「ば、馬鹿野郎! 静かに怒るなんて器用な真似できっか!?」
「しかし、思っていた以上に出張所の職員は苦労していそうですねぇ」
ハワードの抗議を無視してレッカラ女史は顎に手を当てて考え事をしていた。
「とにかく、イッシンたちには悪い事をしたな。買取もまだなんだろう? ほら、あっちのカウンターが空いてっから行ってこい。査定している間、もう少し話しの続きを聞いてもいいか? ヘルマンもご苦労だったな」
俺たちは頷くと空いている買取カウンターで素材やドロップ品を提出した。隠し部屋もあったので、20階層まででも結構なドロップ品を得る事ができた。
「おお! これは凄い! まさかBランクの魔石に一等級のポーションまであるとは!!」
査定にはやはり時間を要するようで俺たちはそれらを一旦預けると、再びハワード支部長たちと話し合いを続けた。
「ほれ、まずは嬢ちゃんたちの冒険者証を貸しな。あの素材の量、それにオルクルダンジョンを10日間で20階層突破というレコード記録、文句なしのD級昇格だ! レッカラも文句はねえな?」
「ええ、G級からD級の昇格は珍しいですが、前例が無い訳ではありませんし、いいでしょう」
「「おお!?」」
「やった! 飛び級だ!」
俺たちの会話は他の冒険者たちにも聞かれていたようで、ギルド内が少々ざわつく。それ程G級からD級へのスピード昇格は珍しいようだ。
「それと開拓村の出張所だが、暫くの間はレッカラが出向する事になった。流石の馬鹿ジジイも副ギルド長相手には強気に出られんだろう。これくらいしか出来ないのが悔しいがな」
どうやらダンジョン前の出張所にはレッカラさんが向かう形になったらしい。ただし、ギルド内の業務も堪っている為、出発には後1週間掛かるそうだ。
(どうせ俺たちもダンジョンに入ったら暫く出られないだろうし、丁度いいかな?)
それに街で一旦装備を整えたいのと、ちょっとした息抜きも必要だろう。どちらにせよ、今直ぐにダンジョンへ向かう理由はない。
自らがオルクルダンジョンを勧めた手前、ハワードは今回の一件を申し訳なさそうにしていたので、この機に色々質問を投げてみる事にした。
「ギルド長、冒険者が武器を揃えるとしたら、どこかお勧めの店ってあります?」
「おう、このギルドと同じ区画……街の連中は職人街地区って呼んでいるが、この辺りの武器屋はどれも質が良いぞ。金と時間に余裕があるのなら、工房で
「「「「オーダーメイド!」」」」
なんともそそられる響きだ。
「ただ、衣服類なら北東にある商人街地区の方がいいぞ。新品だと値は張るがな」
やはりどこも金次第という訳か。
「マジックアイテムを売っているお店はあります?」
名波が手を上げてハワードに尋ねた。
「ああ、幾つかあるが、どこも高いぞ? 戦闘用なら≪精霊の矛≫という店か、ギルドの販売所でも取り扱っているが……うちは常に品薄状態だな。生活用品のマジックアイテムを探すなら商人街地区にも幾つかある」
それからも俺たちはあれこれ質問を繰り返したが、流石に業務が滞っているのか、ハワードはレッカラに強制連行されてお開きとなった。
そのすぐ後に職員が新しい冒険者証を三枚持ってきてくれた。D級昇格には少額だが手数料が必要な為、買取査定の受取額から引いて貰う形にして、鉄製の冒険者証を受け取った。
「やっと木片の冒険者証から卒業ね」
「わー、私の名前が彫ってある!」
「やったー! 遂にD級だ!」
「イッシンさんは今回昇級は無しですが、C級昇格試験を受ける資格があります。ご希望でしたら日程を組まさせて頂きますが?」
折角の職員からのお誘いだが、俺は遠慮する事にした。
「いえ、どうせ昇格するのなら、他のメンバーと一緒に受けたいと思います」
確かC級昇格の試験内容は、基本的に数日間の護衛依頼となっていた筈だ。流石に俺一人だけ抜けるのは心配なので、今回は見送る形となった。
「査定が終わりましたよ」
別の職員から声を掛けられ、俺たちは買取カウンターへ向かった。査定額はなんと金貨27枚と銀貨60枚となった。
単純に数が多かったのも要因だが、とりわけ一等級ポーションとジェネラルオークの肉が高額であった。
「将軍肉は貴族にも大人気ですからね。魔物の高級肉は常に不足しがちなんですよ」
なんと聞いて驚きジェネラルオークの肉、通称≪将軍肉≫は1㎏当たり銀貨30枚もするらしい。肉はどう見ても10㎏近くはありそうなので、金貨3枚相当となる。日本の高級和牛の数倍といったところか。
「……ブラッドベアーの血は安いんですね」
「ええ、素材にはなるのですが、用途が限られておりまして、これ以上は値段が付きません」
ダンジョン内で得られる血液などの液体素材は、不思議な事に一定規格の瓶付きでドロップされる。サイズは大瓶・中瓶・小瓶で今回は中瓶(中瓶はただの1瓶と呼称する)というサイズなので、ブラッドベアーの血液は1瓶で銀貨10枚となるそうだ。
ただし瓶は使い回せるので銀貨1枚プラスされ、合計で11枚となる。だが正直微妙な金額だ。
俺たちはブラッドベアーの血液の他、安めの素材は買取をキャンセルして、残りを全て引き取って貰う事にした。素材はこの先何かに使えるかもしれないからだ。錬金術…………燃える!
それでも総額金貨27枚相当の稼ぎで、初のダンジョン探索は大成功と言えよう。
明日は街で店を回る事に決めるのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:向こうの世界で地球の存在や知識を教えてもいいのでしょうか?
A:あちらの神、ミカリス神からは許可を得ております
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