第46話 ダンジョンの守護者

 ダンジョン内での野営にも慣れてきた俺たちは、朝食を取り終えると色々と準備を始める。


 ちなみにダンジョン内のトイレ事情は、基本的には“その辺で”だ。


 だがうちの女性陣は当然ながら”その辺で”なんて耐えられない。そこで代案として簡易便器を用意した。これは鹿江町コミュで製造された物だ。売り物ではなかったのだが、ダリウスさんの口利きで一つ購入する事ができたのだ。


 お礼にこの世界の通貨とマグロの一部を提供すると非常に喜ばれた。主にマグロの方が……


 さて、この簡易便器だが、見た目は地球のそれとそっくりだが、当然そのままでは使えない。まずタンクの部分に水を入れる必要がある。これは俺の水魔法【ウォーター】で幾らでも用意する事ができた。


 問題は排泄先だが、そこは道中の店で購入した巨大な桶とマジックバッグで何とか対応できた。詳細は……汚いので省かせてもらう。


「うう、臭い……」


 今度お金に余裕ができたら、臭いの漏れない巨大タンクのような物をどこかの工房に作らせようと俺は心に誓った。



 俺たちは水魔法で身体を洗い流した。洗い流した水は流石に垂れ流しだが、そこはご勘弁願いたい。どうもダンジョンは異物だと認識したものを、時間経過と共に地面や壁に吸収してしまうようだ。ちなみに俺たち冒険者は生きている限りは平気だそうだが、死んでしまうとそのうち死体ごと消えてしまうらしい。


 ここでも俺は水係だが、トイレは勿論、シャワー時も当然仕切り付きだ。カーテンのような洒落た物は無く、丁度いい感じの板が売っていたので町で購入して壁代わりにした。お陰で財布がすっからかんになってしまった。


 俺はその板越しに上から「ウォーター」を放出する。多少の出力や温度は調整できるので、さながら人力シャワーのようであった。


「……覗いたら【ライトニング】だからね?」


「覗かねえよ!」


「どうだか。イッシンには前科があるし……」


「うぐっ!」


 不可抗力とはいえ、裸を見たのは確かなので文句は言えない。


「えー、なになに? イッシンにい、サヤカねえのこと覗いたの?」


「あれは初めて会った時ね……」


 こら、そこ! シグネに余計なこと喋らない!



 少々騒がしかったものの、身支度を終えた俺たちは再びボス部屋の前へとやってきた。


「シグネ、改めて俺たちの【鑑定】を頼む」


「アイ・サー!」


 彼女はおどけた調子で敬礼をすると、俺たちのステータスを口にした。




 名前:矢野 一心


 種族:人族

 年齢:30才


 闘力:703

 魔力:9,999(【解析】によると99,999以上)


 所持スキル 【自動翻訳】【回復魔法】【木工】【剣】


 以下、未鑑定

 習得魔法 【ヒール】【キュア】【リザレクション】【ライト】【レイ】【ファイア】【ウォーター】【ライトニング】【ストーンバレット】




 名前:佐瀬 彩花


 種族:人族

 年齢:19才


 闘力:287

 魔力:3,401


 所持スキル 【自動翻訳】【雷魔法】


 以下、未鑑定

 習得魔法 【ライトニング】【サンダー】【パラライズ】NEW【テレパス】




 名前:名波 留美


 種族:人族

 年齢:20才


 闘力:493

 魔力:291


 所持スキル 【自動翻訳】UP【感知】NEW【短剣】




 名前:シグネ リンクス


 種族:人族

 年齢:14才


 闘力:380

 魔力:1,327


 所持スキル 【自動翻訳】【鑑定】【風魔法】【短剣】


 以下、未鑑定

 習得魔法 【ウインドー】【ゲイル】




 以上が現時点での鑑定結果だ。習得魔法までは鑑定できないので、それぞれ自己申告となる。



 しかしダンジョンに籠ってからぐんぐん闘力と魔力が上がっていく。それに魔法もシグネの【ゲイル】に続き、佐瀬が新たに雷魔法【テレパス】を習得した。


 雷魔法は情報不足な為、テレパスの階級までは分からないが、どうやら魔法によって通話のような真似……念話ができるそうだ。


 ダンジョン探索中なので、有効射程距離の実験ができていないが、なんと佐瀬が指定した者なら複数同時に会話が可能であった。接続人数の上限も不明だが、少なくともここにいるメンバー同士で言葉を喋らずとも会話できるのはとても便利だ。


 ただし、あくまでも佐瀬の魔法な為、彼女がその魔法を使っていないと【テレパス】は発動されない。それでも十分有用な魔法だ。



 それとスキルも増えた。


 俺の【剣】に続いて、名波が【短剣】を習得し、更に【察知】を【感知】へと昇華させた。


 スキルが進化する事は聞いていたが、その第一号が名波とあってか、彼女は嬉しそうにはしゃいでいた。彼女だけ未だ魔法が使えないので、その感動もひとしおだろう。


【短剣】はシグネも既に持っており、包丁とナイフという奇抜な彼女の二刀流は更に磨きがかかり、最早Dランクの魔物では相手にならないレベルとなった。


【感知】はまだまだ要検証だが、どうやら効果範囲も大幅に上昇したそうだ。だいぶ先に潜んでいる魔物も捕捉できる為、彼女もまだ把握しきれていない程の性能だ。


(察知系スキルは想像以上に使える。俺も覚えたいなぁ……)


 10階層までの道のりで大幅に戦力強化した俺たちにとって、最早ボスなど脅威にはならないだろう。


 このダンジョンの守護者は少々特殊で、復活する毎に種類が切り替わるタイプのようだ。ただし10階層はいずれも討伐難易度Cランクと固定されているので、慢心するつもりは無いが、そのレベルなら正直言って俺たちの敵ではない。


 そっと扉を開けて中の様子を探る。


「……いるな。どうやら留守じゃないらしい」


 それだけが唯一の気掛かりだったが、どうやらしっかり守護者がいるようだ。ここからは遠くてシルエットしか見えないが、大きな……人型だろうか?


「よし! 初のボス戦だね!」


 シグネは気合十分なようで両手の拳を握りしめた。


「一応確認しておくけど、ルールは把握しているな?」


 俺の言葉に三人とも頷いた。


「大丈夫。部屋の外からは攻撃しない!」


「ボス部屋を出入りして戦ってはいけない!」


「危なくなったら入り口側に逃げる! だね」


 守護者は部屋に入るまでは攻撃をしてこない。更には戦って負けそうだとしても、部屋の外に逃げればそれ以上追ってはこない。


 そう聞くとかなり楽勝なように思えるが、幾つか細かいルールが存在する。


 まずは部屋の外からの攻撃。これはご法度だ。守護者が外に出れないのをいいことに外から魔法や矢を放つと、ボスが部屋の外まで出てきたり、転移で部屋の中へと引きずり込まれたりするそうだ。過去にそれで悲惨な目に遭った冒険者が多数いるらしい。


 それと危なくなったら外へ逃げるのは正しい行為だが、それを繰り返し利用してボスの体力を削るのも無しだ。それをするとやはりボスが外に出てきたり、最悪戦闘が終わるまでボス部屋から出られなくなる。


 ダンジョンは卑怯な行為をする者を許さないのだ。


 それから逃げるとしても、入ってきた入り口の方だけしか扉は開かない。


 一度ボスを倒していれば何時でも先へと進めるが、初挑戦の場合は出口の扉は開かないらしいので、撤退する際はその方向にも注意が必要だ。


 以上の事を注意しておけば、この面子なら後れを取る事はないだろう。


「よし、いくぞ!」


 俺たちは武器を手に持ちながら部屋の中へと踏み込んだ。やがて暗がりの中にいた魔物の姿が徐々に鮮明となる。


 シルエットから人型だとは思っていたが、その姿がハッキリすると俺はその魔物の名を口にした。


「——ゴーレムか!?」


 ダンジョン内では割とポピュラーな人型の大きな魔物だ。全身を岩や鉱物で出来たロボットのような魔物で、大きさは熊くらいありそうだが、これでも中型に分類される。


「佐瀬! こいつは恐らく、雷は効きづらいぞ!」


「くっ、そんなのばっかね!」


 文句を垂れながらも佐瀬は【サンダー】を一撃かましてみた。直撃を受けたゴーレムは一瞬よろめくも、体勢を立て直すとこちらへ迫ってきた。


「やはり土の加護持ちか!?」


 ゴーレムのイメージからそうじゃないかと踏んでいたが、どうやら予想が的中したらしい。


(えーと、土属性だから奴の弱点は……風か!)


「シグネ!」


「分かってるよ! 土には風だね!」


 きちんと属性の有利不利を理解していたシグネは新技【ゲイル】をまずは奴の右足に叩きこむ。するとさっきの【サンダー】と比べて見るからに効果覿面こうかてきめんな様子であった。当たった足が後方へ弾き飛ばされ、ゴーレムは前方に倒れ込む。


 どうして強風如きであの頑丈そうな太い足が崩壊するのかは全く持って謎だが、属性の相性らしいので深く考えても仕方がない。それがこの世界の法則なのだから。


「まったく……これだからファンタジーってやつは!」


 俺は畳みかけるように剣をゴーレムへと叩きつけた。続いて名波も包丁で斬りつけたが、流石に硬さを売りとするゴーレム種だ。身体強化をしていても少ししか削れなかった。


『二人とも、離れて!』


 シグネの言葉が耳元で聞こえ、俺と名波は急いでゴーレムから距離を取った。どうやら佐瀬が【テレパス】で念話を繋いでいたようだ。遠く離れていたり、戦闘音で喧しくても仲間の声がしっかり聞こえる念話は非常に有り難い。


 俺たちが離れたのを確認すると、シグネが再び【ゲイル】を放つ。


 今度はゴーレムの中心部を見事に捉え、身体の上半身と下半身が泣き別れをする。しかし、驚いた事にそれでもゴーレムは活動していた。


 下半身はピクリとも動かなくなったが、どうやら上部の方に心臓部となるコアがあるようだ。


『シグネ、頭部を狙え!』


『ラジャー!』


 俺が念話で指示を出すと、彼女は三度目の【ゲイル】を放った。今度こそ頭部を破壊されたゴーレムは動かなくなった。思ったより手こずった俺たちは大きく安堵の息を吐いた。


「はぁ、思った以上に硬かったなぁ……」

「私の魔法、殆ど効いてなかったし……」

「あはは、属性の相性は結構重要っぽいね。シグネちゃん、ナイスゥ!」

「いーえい!」


 名波とグータッチしてシグネはご機嫌だ。正直、今回シグネの風魔法が無かったら、倒すのにもっと時間が掛かっていただろう。やはり負ける気はしないが、Cランクにも侮れない魔物がいる事を俺たちは思い知らされた。


「あ! 宝箱!?」

「しかも二つも出てるよ!?」


 いつの間にかゴーレムがいた場所に宝箱が出現していた。それと合わせてゴーレムの魔石に素材ドロップだと思われる大きなブロック片が落ちていた。


「これが噂のビギナーズラックってやつか?」


「なにそれ?」


 首を傾げる佐瀬に、俺は以前teamコココに教えて貰ったダンジョンの噂について話した。どうもダンジョン初挑戦者だと、初回特典として豪華なアイテムがドロップしたり、宝箱が出現しやすのだとか。


「うーん、胡散臭い話だけど、本当なら宝箱を3つ用意して貰えればいいのに」


 確かに今回初挑戦なのは三名なので、俺は佐瀬の言葉に同意しつつも苦笑した。


「おお! なんか武器や防具が3つ出てきた!」


「こっちはポーションかな? こっちも3本出てきたよ」


 名波とシグネの報告に、俺と佐瀬は思わず顔を見合わせた。どうやらこの3つずつというのが、彼女たち初挑戦組の特別報酬なのだろう。


「えーと、何々……≪降魔の短剣≫≪癒しの魔帽子≫≪風の籠手≫、こっちのは一等級の≪ポーション≫だね!」



 以下が、シグネの鑑定で判明した内容だ。




 名称:降魔の短剣

 マジックアイテム:希少レア

 

 効果:魔法を斬れる短剣




 名称:癒しの魔帽子

 マジックアイテム:一等アンコモン


 効果:体力・魔力を徐々に回復させる帽子




 名称:風の籠手

 マジックアイテム:二等コモン


 効果:風の加護を持つ籠手




 名称:ポーション

 マジックアイテム:一等アンコモン


 効果:大怪我を治す・体力も全回復




「希少級!?」

「ポーションも一等級か!」

「どれも便利そう!」

「これ、どうやって分けよう?」


 俺たちパーティの財布は基本共有とし、そこから各自に自由裁量な資金おこづかいが分配される形となっている。


 そこで問題なのはマジックアイテムだ。


 全部売って得たお金を均等に分けるのが一番公平なのだが、それだと少々勿体ない。何せマジックアイテムはそうそう狙った物を得られないからだ。


 もし特定のマジックアイテムを得ようとするなら、高級な商店か上流階級が利用するようなオークションに参加する他ない。だがどちらの方法も手に入れるのには大金と伝手が必要だ。


「俺は辞退するよ。恐らくこれは三人のビギナーズラックによるダンジョンの報酬だ。三人で相談するといい」


 俺は今回のドロップ品における権利を放棄した。どの装備も俺には不要そうだし、ポーションなんかは一番意味がないだろう。




 佐瀬と名波、それとシグネたちで話し合った結果、佐瀬は≪癒しの魔帽子≫を、名波は≪降魔の短剣≫を貰い、シグネは≪風の籠手≫となった。


「……一番活躍したシグネが一番階級クラスの低いマジックアイテムだけど、本当にいいの?」


 佐瀬が申し訳なさそうに尋ねるも、本人は満足しているようだ。


「うん! 魔法帽子はサヤカねえの方が似合いそうだしね! ≪降魔の短剣≫はちょっとだけ興味あるけど、本当は短剣より他の武器を使いたいんだ!」


「ごめんね。シグネちゃん」


 同じ【短剣】スキル持ちとして≪降魔の短剣≫を譲ってもらった名波は申し訳なさそうに頭を下げたが、シグネは笑って答えた。


「平気だよ! この籠手、風の加護持ちだし、私と相性いいかもしれないからね!」



 残りの一等級ポーションは3本あるので彼女たちで分け合った。


 今回の一等級ポーションと以前にエルフのトレイシーから譲ってもらった二等級ポーションが4本もあるので、ストック数としては十分過ぎるくらいだ。




 事後処理を終えボス部屋を出ると、すぐ横にうっすらと魔法陣が輝いていた。どうやらあれが1階へと続く転移ポイントのようだ。


 試しに俺たちは1階へ戻り、そして再び10階へ戻ってくる。


「……問題なく転移できるようだな」

「これが転移……魔法って何でもアリね……」


 地球でも再現不可能な超常現象に佐瀬は困惑していた。


「おお! これが転移!」

「転移魔法って覚えられないのかな? むむっ!」


 逆に名波とシグネのファンタジー大好きっ子組はテンションアゲアゲであった。シグネは指2本立てて額にくっつけたまま転移を試みようとしているが、そのポーズは色々と不味いので止めておけ! それにその技は相手の気が探れないと使えないぞ?


「どうする? 確かダンジョン探索は1週間の予定だけど……」


 ダンジョンに入ってまだ4日目と思ったより早く10階層に到達した。いや、初日が遅かったことを加味すると、ほぼ半数の3日半で攻略した形だ。


「このまま20階層目指そうよ!」


「……確かに、ここで終わるのも消化不良ね」


「じゃ、決まりだな!」


 それから俺たちはもう一度1階に戻り、出張所に一応の報告を入れておく。このまま20階層を目指すとなると、予定していた1週間という期限を超える為だ。


 最初職員は俺たちが途中で戻ってきたのだと勘違いしていたが、一旦手に入れた素材を売り払い、10階層を制覇したことを伝えると心底驚いていた。普通は10階層を攻略するのに10日くらいは掛かるらしい。


 しかもそれとなく話を聞いてみると、例の五人組の冒険者たちはまだダンジョンから戻っていないそうだ。どうやら彼らを追い抜いて転移で地上に戻ってきてしまったらしい。


(ここで鉢合わせすると厄介そうだ)


 そう考えた俺たちは村での仕入れもそこそこに、さっさとダンジョンへとUターンした。



 俺たちの快進撃はまだまだ続く……つもりだ。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:あちらの世界で禁忌とされている事はあるでしょうか?

A:国や地方によって様々でしょうが、地球での感覚とそうズレはありません

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