第39話 鑑定士の戦い
その日も俺たちは朝早く出立した。街灯などが存在しないこの世界での旅は、日が昇ると同時に行動するのが一般的だ。
ダリウスさんたちはこのまま鹿江大学コミュニティの拠点でもう一泊してから学生たちの選抜メンバーと共に鹿江町の自宅へ帰るそうだ。
別れは昨日済ませたので、朝は割とあっさりしたものであった。まぁ、一度しんみりとしたお別れ? はしてしまったので、そういう気分でもなかった。
「さぁ、レッツゴー!!」
「シグネ! 留美より先に行くんじゃないわよ! 全く……」
「あはは、ごめんサヤカ
口調こそ厳しいが、佐瀬はああ見えて面倒見が良いのだと名波がこっそり教えてくれた。年下の親戚からもとても慕われているそうだ。
「私も一人っ子だったから、妹ができたみたいで嬉しいな!」
「えへへ、よろしくね! ルミ
二人はハイタッチを交わして楽しそうに笑った。どうも彼女たちは気が合うようで、本当の姉妹のように仲良しだ。
「それで、まずはどこに行くの?」
一応このパーティのリーダーとなっている俺に佐瀬が尋ねる。元々俺の冒険に彼女たちが付いてくる形となってはいるが、自分の我儘を通す気はない。それでもこれだけは外せないと俺はこの冒険における当初の目標を説明した。
「あー、まずはシグネを冒険者登録する。それからだが……とりあえずブルタークを目指さないか?」
「それって、ここから西の方にある交易の街だっけ?」
「確か結構大きな街なんだよね?」
「へぇ、行ってみたい!」
ブルタークはダンジョン町カプレットから西の方角にある大きな交易街だ。この国における北の玄関口とも称され、北方に住むエルフ族や獣人族たちとの交流も多少はある、規模の大きな街だそうだ。
「そこなら色々な情報も手に入るし、近くにはダンジョンもあるらしい。カプレットより人気があるそうだぞ?」
「「「ダンジョン!」」」
それには三人ともが反応した。名波やシグネはともかく、佐瀬まで嬉しそうにしているのはちょっと意外だ。彼女の思考もかなりこっち側に引っ張られつつあるようだ。
「ダンジョンをどの程度攻略するかは追々相談だけど、当面の目標は三つ!」
俺は指を一本立てると口を開いた。
「まずは資金調達! 旅をするなら金が必要だ。ついでに情報も仕入れておきたい」
「もう少し生活必需品を揃えたいわよね。それに人が多い所なら日本人の情報も掴めるかも……」
佐瀬が俺の考えを補足してくれた。それだけ人の集まる場所なら当然それらにも期待できるだろう。
「二つ目! 足を調達する事! 流石に世界を周るのに徒歩だけでは厳しい!」
「それって馬車を調達するって事? いや、異世界ファンタジーならではの乗り物もあるのかな?」
流石に名波は理解が早い! 俺も操縦や管理が難しそうな馬車なんかよりも、もっと便利な移動アイテムがあれば言う事なしだ。空飛ぶ絨毯、とかね。
一番欲しいのは転移魔法とかだが、流石にそれは高望みしすぎだろう。
そして俺は二つ立てた指をもう一本付け加えた。あ、指の三本目を綺麗にピンと立てるのって結構難しい!?
「三つ目! 冒険者ランクを上げる……というか強くなる事! これは自衛の為だ!」
「S級冒険者になって無双するんだね! 無双!」
ええい、無双はええっちゅうねん!
まぁシグネの無双までとは言わないが、外野から簡単に手出しできないような地位や強さくらいは身に着けたい。ハッキリ言ってこの面子だと、この先間違いなく厄介事が飛び込んでくること請け合いだ。年頃の女子供が呑気に旅できるほど、この世界の治安がよろしいとはとても思えない。
「ま、あくまで目標だから、気楽にね」
「でも、お金はいっぱいあった方がいいじゃない?」
「私、空飛ぶ乗り物欲しい!」
「S級目指そうよ! S級!」
「……君たち、欲望に忠実だよね」
なんて頼もしいパーティメンバーなんだろう。
俺たちは、以前佐瀬と一緒に開拓したアルテメ町へのルートをそのまま通った。
そういえば余談だが、このルートについては花木たちに口頭で伝えるのみに止まり、町への案内は一旦保留となった。何しろ新たな日本人のコミュニティが見つかったのだ。彼らとしてはやはりそちらの方が気になるらしい。
尤も、こっちのアルテメ町ルートは然程難しい道のりではない。途中崖に阻まれて迂回するのみで、基本は真っ直ぐ渓谷に沿う形で西を目指す。馬車道に出て少し南下すれば、後は分かれ道を曲がる。それだけだ。
という訳で、俺たちはその日の内にアルテメの町へ到着した。シグネという戦力も一人加わり、更には一度通った道なのだ。掛かった時間は大幅に短縮できた。
「うわぁ! これが異世界の町……思ったよりも長閑だなぁ!」
「私たちが最初に訪れた町は……ねぇ?」
「あはは……あんまりいい思い出ないね」
「あの町も、そこまで悪くはないんだよ……」
佐瀬と名波の台詞を聞いた俺は、暫く住んでいた立場から一応カプレットの町をフォローしておいた。あの町だって女性や子供も普通に生活しているし、女冒険者であるココナも問題なく活動していた。
ただこの二人の容姿が際立っていたのと、同行者である俺の外見が頼りなかったのも要因だろう。しかし、こればかりは今後もどうしようもない。せめてC級以上の冒険者証でもぶら下げていれば、少しは手を出す馬鹿共も減るのだろうか?
まぁ、あそこの町は兎も角、アルテメはガラの悪い冒険者がいないので、そう問題も起こらないだろう。
俺たちは町の中央にある冒険者ギルドの出張所へと向かった。あそこの出張所はD級以上の昇級手続きはできないが、冒険者証を発行したり、E級に昇格する権限までは与えられているらしい。
「こんちわー」
軽く挨拶して中に入ると、カウンターには前回同様、男性職員と女鑑定士が座っていた。流石に今回は寝ていなかったようだ。
「ひ、ひぃ!? また来たぁ!」
「……いや、冒険者だし来るともさ」
人の顔を見て軽く悲鳴を上げた女鑑定士に俺は眉を顰めた。何か後ろめたい事でもあるのだろうか?
「ま、いいか。冒険者志望の子を連れてきたんだ。登録をお願いします」
「はい! 私、冒険者になります!」
鼻息を荒くして名乗り出たシグネに男性職員は少し驚いた顔をした。
「えーと、特に年齢制限は無いんですが、この子は冒険者という職業を理解されておりますか?」
「はい! もうバッチリです!」
自信満々に応えた彼女に職員は戸惑うも、一応手続きと説明を始める。
(まぁ、確かにシグネは冒険者って雰囲気でもないもんなぁ)
地球での冒険者となると、華々しい活躍をしたりする戦闘職だと思われがちだが、こっちの世界ではそうでもない。
実際に戦闘絡みの依頼はD級以上ばかりで、大半は町の雑用が殆どだ。討伐依頼なんかもあったりして勘違いされがちだが、職に困った人が最終的に辿り着くのがこの冒険者ギルドだ。
シグネくらいの子供も食い扶持に困って登録する者も多い。だから登録時は無料で、F級以降から昇格する際に手数料が発生する。大半の子供は町内の掃除にお手伝い、それと偶に外で採集活動を行うのが一般的だ。
だが彼女の身なりはこの世界の住人からすると、良い所のお嬢様に見えてしまう。どうしても地球からやって来た者たちの多くは垢抜けているので、下手をすると貴族のご令嬢にすら見えてしまうのだ。
そんなシグネが底辺職である冒険者ギルドに嬉々として登録をする。男性職員が怪しむのも当然と言えた。
登録を終えたシグネはふと、男性職員の右隣に視線を向ける。そこには件の女鑑定士が座っていた。
「「…………」」
両者は暫く互いの顔を見つめあったまま硬直していた。
「…………フッ!」」
「……くっ!」
急に女鑑定士が勝ち誇った笑みを浮かべると、逆にシグネは呻き声を上げた。どうやらお互いに鑑定をしてステータスを盗み見ていたようだ。
女鑑定士は【鑑定】の上位版である【解析】持ちであることを自慢げに、一方シグネは俺から彼女のスキルを聞いていた為か、悔しそうな表情を浮かべていた。
「こら、あまり人の事をジロジロ視るものではありません」
「シグネ、こっちもそろそろ行くよ」
「「む~!」」
男性職員と俺がそんな二人をそれぞれ戒めた。
あまり無許可に他人のステータスを視るのはマナー違反だ。二人とも口にこそ出してはいないが、反応から察するに間違いなく【鑑定】し合っていると思えたからだ。
なんかよく分からない鑑定士同士の戦いを収めた俺たちは、ここでの用は済ませたので、すぐにアルテメの町を発った。
「じゃあ、これからカプレットの町を目指す」
「「ええー……」」
「ダンジョンのある町だね!」
佐瀬と名波は不服そうだが、シグネはダンジョンがある町だと聞いていたので嬉しそうだ。
「仕方ないだろう。そのブルタークって町に行くにはカプレットから西に行った方が分かり易いそうだ。でも安心しろ。一泊したらすぐに出発するからさ」
「それなら……」
「まぁ……」
「ええ!? ダンジョン行かないの!?」
今度はシグネからブーイングが飛んだ。確かにあそこにもダンジョンがあるのだが、あまり人気のある場所ではないのだ。それにカプレットはこの国の辺境に位置する為、治安も宜しくないのだ。正直このメンバーだと俺も長居したくない。
「ダンジョンはブルタークに着いてからな」
「う~、了解」
シグネは残念そうに頷いた。
アルテメからカプレットは馬車道に沿って行けばすぐ近くだ。険しい森の中を通る訳ではないので短時間で到着した。
「……成程ぉ。確かにアルテメとは雰囲気違うねぇ」
美女三人揃っている俺たちを、町の男たちは容赦なくジロジロと視線を飛ばしてきた。中には嫌らしい笑みを浮かべている者もいる。だが冒険者らしき者たちがこそこそ噂話をすると、その笑みが徐々に消え始めた。
「おい、あいつ……」
「ああ、確か≪黒竜の牙≫の三人を一人で倒した冒険者だ」
「たった一人でか!? あんな子供が?」
どうやらギルドの修練場で大立ち回りをした一件をまだ覚えていてくれたようだ。これで無暗に突っ掛かる馬鹿は減るかなと俺は少し安堵した。
だが俺の期待も空しく、一人の男が声を掛けてきた。
「すまない。君たち、前に修練場で≪黒竜の牙≫を倒したという噂の冒険者だろう?」
「……あなたは?」
年は俺の実年齢と同じくらい、アラサーの男が話しかけてきた。
「ああ、失礼。私はヘンリックという商人だ」
「どうも。D級冒険者のイッシンです」
いきなり声を掛けられて警戒していた俺だが、あちらが名乗った以上こちらも簡単にだが身分と名を明かした。
「それで商人の方が俺たちに何の御用で?」
「実は私は≪黒竜の牙≫にある依頼をしていてね。ただ最近彼らと連絡が取れなくなっていたので心配しているのだよ」
ヘンリックという男の言葉にドキリとした。≪黒竜の牙≫とは修練場でのいざこざを大勢に視られている。それもあってか彼は俺たちに接触してきたのだろう。
だが≪黒竜の牙≫はもう既にこの世にはいない。何を隠そう、俺たちが殺したからだ。
勿論向こうが襲ってきたのを返り討ちにしただけなので、この国の法には一切抵触していない。それを衛兵に伝えていない事は多少の問題があるのだろうが、目撃者はいない筈なので俺たちは一切報告をしていなかった。
「噂を辿ると、どうもこの町で君たちと騒ぎになった以降、消息を絶っているらしい。その後の行方など、何か知らないかな?」
(さて、どう答えるべきか……)
少し考えた俺だが、今更話をややこしくする必要はない。ここは当然しらを切るのが正解だろう。
俺が“何も知らない”と口を開こうとした、その時————
「——ごほんっ! ごほんっ!」
横でシグネが咳き込んでいた。若干わざとらしさも感じた俺は……
「……ええ、見ましたよ。町の外、そう離れていない場所で」
「それは本当かい!?」
再度尋ねてきたヘンリックに俺は頷いた。
一方、馬鹿正直に答えた俺を、佐瀬は驚いた顔で見ていた。どうやら彼女も俺がしらを切るのだろうと思っていたようだ。
さっきまでの俺も同じ考えだったが、シグネの様子を見て気が変わった。
(……安心しろ。それ以上余計な事は言わないって)
「それは何時、どこで見たんだい? 彼らのその後の足取りは?」
「あの騒ぎの後、午後だったかな? 場所は町の外、東側で。その後の足取り? さぁ、森の中に(まだ死体が残っていれば)いるんじゃないですか?」
「…………他に何か知らないかな?」
「すみません、俺たち時間があまりないのでこれ以上は……。東に行けば何か手掛かりでも残っているんじゃないですか?」
「君たちは冒険者だろう? その手掛かりを探して貰うという依頼はどうかな?」
「……あのですね。一応俺たち彼らと因縁があって、正直これ以上関わり合いたくないです。それでは失礼します」
強引に話を切って俺たちはその場を去った。ヘンリックもそれ以上追ってくることはなかった。
少し歩いて人気が無いのを確認すると、佐瀬は俺を問い詰めた。
「ちょっと! どうせ話を切るのなら、余計な事を言わない方が良かったんじゃないの?」
「う~ん、俺もそのつもりだったんだけど……」
「シグネちゃんの様子がおかしかったからだね。何か
俺の気持ちを代弁するかのように名波がシグネに尋ねた。
「ううん、逆。何も見えなかったの。ステータスを視れない人は初めてだったから、警戒した方がという意味も込めてわざと咳き込んだの」
「鑑定でステータスが視れない?」
それはなんとも羨ましい……いや、厄介なものだ。恐らくスキルかマジックアイテムで隠蔽しているのだろう。こうなってくると商人という肩書や名前すら怪しく思えてくる。
「あ! 多分あれじゃない? あの人、妙な指輪を付けていたでしょう。きっとあれ、イッシンの≪魔力封じの腕輪≫みたいなものじゃない?」
「それは……気が付かなかったなぁ」
そこまで気が回らなかった。
「でも、それなら尚更怪しい奴なんかに情報を与える事なかったんじゃない? 知らない、見てないって誤魔化しちゃえば……」
「うーん、彩花の言う通りかもだけど、嘘を言うのは逆に危険だと思う。なにせここはファンタジー世界だし……」
「……? どういうこと?」
名波の言葉に佐瀬は首を傾げた。
「嘘発見器だな。俺はそんなスキルやマジックアイテムがあるんじゃないかと疑った」
「——!? そんなのもあるの!?」
ある、と思って行動した方が無難だろうな。転移前で選べるスキル一覧にそんなスキルはなかったと思うが、【交渉】や【話術】なんてものがあった筈だ。その効果の中に嘘を見破る能力があったとしても不思議ではないだろう。
「だから俺は嘘をつかなかった。会ったのは本当だし東の森にまだ手掛かりも残っているかもしれない」
「……呆れた」
そう口では言いつつも、佐瀬は俺たちに感心しているようだ。伊達に異世界物を嗜んでいる訳ではない。
「これ以上あいつに嗅ぎつけられても厄介だ。今日は最低限の準備をしたらさっさと宿に泊まろう」
「あ、私武器みたい! 異世界の武器屋……行きたい!」
「私も服を見たいかな。替えも何着か欲しいし」
「矢野君! そういえば弓は? 私に作ってくれるって言った弓!」
「わ、分かったよ! 弓は宿で作るから、まずは武器屋と古着屋だな」
俺たちは西にあるブルタークの街を目指す為、準備をするのであった。
一方別の裏路地では、先程ヘンリックと名乗っていた男が他の男たちと密談していた。
「どうだった? 何かあいつらの尻尾は掴めたか?」
「いや、駄目だな。やはり町の東で目撃されたのが最後だな。あいつら……面倒を起こしやがって!」
「≪黒竜の牙≫は兎も角、≪黒山の霧≫まで姿を見せないのは何故だ? まさか王国の諜報隊に嗅ぎつけられたのでは?」
「いや、上からそういった情報は届いていない。くそ、あの馬鹿ども……! 貴重な≪隠れ身の外套≫を三つも持ち出したまま行方を眩ませるとは……っ!」
ヘンリックの表情はさっきまで商人と名乗っていた時の温厚な顔ではなく、とても鋭い目つきをしていた。
「あの冒険者たちはどうだった? 何か知っていると思うか?」
「いや……嘘は言っていなかったが……こちらのマジックアイテムに気取られたかもしれない。質問の仕方を少し間違えたか?」
少し怪しい点もあったが、大した実力があるようには見えない連中であった。実際会ってみても≪黒竜の牙≫を修練場で負かした事すら信じられなかった。流石にC級パーティの≪黒山の霧≫を倒せるような実力者には見えなかったのだ。
「とにかく、俺たち≪漆黒の蛇≫の任務は”牙”と”霧”の捜索だ。もう少し続けて見つからなければ、あいつらは裏切ったか死亡したと組織には伝えればそれでいい」
「全く……下っ端の尻拭いをさせられるとは……」
男たちは愚痴りながらも、既にこの世にはいない男たちの捜索をしばらくの間続けるのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:異世界に人類を滅亡させる程の力のある生命体や技術はあるのでしょうか?
A:その質問には答えられません
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