第38話 試す者と試される者

 その日も俺たちは日本から転移してきた人たちの各コミュニティを巡り、名簿と捜索者リストを記録し続けた。


 流石に入山町のような山口県からという長距離からのコミュニティはなかったが、中には同じ県内でも離れている地域や、隣県からの転移集団もいた。


 幸いこの辺りはそこまで凶悪な魔物もおらず、拠点同士も密集していたので歩き回るのには大分捗る。残すはあと1か所となった。そこは鹿江町から1時間半くらいの場所にあるという。



「最後が少し問題なんだ。イッシン君は”鹿江モーターズ”って知っているかい?」


「ええ、地元の割と大きな会社ですよね?」


 主に車をメインとしたモーター部分を製造、販売している中小企業だ。鹿江モーターズは将来的に自動車の製造・販売も目指しているそうだが、国からの認可が下りなかったという噂を聞いていた。


 しかし、企業コミュニティとは少々厄介そうだ。


「私も知ってる! うちの大学OBも結構入社してるよね?」


 流石に二人も知っていたのか、名波が追加情報を教えてくれた。


「ええ、科学部の部長さんも就活先にと狙っていたそうだけど……何か問題でもあるんですか?」


 佐瀬の問いにダリウスは少し躊躇いながらも口を開いた。


「あまり他のコミュニティを悪く言いたくはないんだが、あそこは少し強引な方法で、周囲から人材を集めているんだよ」


「……それって本当ですか?」


 佐瀬は驚いていたが、俺は十分あり得ると考えていた。


 あそこの会社は俺も間接的に知っているが、あまり風通しの良い会社とは言えなかった。それにこんな異世界に来てまで会社ぐるみで集まっている連中だ。恐らく彼らの考え方は未だに地球時代のそれを引きずっているのだと思われる。


「も、勿論無理やり連れて行っている訳ではないんだが、近くにいる若者を甘い言葉で誘って労働で酷使しているって噂だ。うちのコミュニティは元々お年寄りが多いから問題ないけど、東枝川町なんかはかなり多くの若者が流出したようでね」


 成程、どうりであそこのコミュニティは寂れていた訳だ。しかし、そんな問題の有りそうなコミュニティと接触するのはどうなんだろうか?


 俺たちは軽く相談しあった結果、流石に無視する訳にもいかず、一度鹿江モーターズ市へ向かう事にした。


 因みにそこはコミュニティや会社という言葉を使わず、勝手に市を名乗っているそうだ。社長も市長を名乗っているのとか。一体何を考えているのやら…………


 俺たちが訪問すると、門番らしき若者が中へ伝令に向かった。どうやら他のコミュニティとは違い、無許可で敷地内に踏み入る事は許されていないらしい。


 十分ほど待たされると、漸く俺たちは面会の許可が下りた。社長……じゃなかった、市長自らがお会いになるそうだ。


 俺たちは案内に誘導され中へと踏み込んだ。ダリウスさんも中に入るのは初めてらしい。外からも見えていたが、中にはいくつかの木造建築が並んでいる。規模から察するに北枝川町レベルの大人数がいそうだ。


 とりわけ目を引くのは奥にある大きな建築物だ。そこから何やら金属を叩くような音が聞こえてくる。もしかして何か鉄製の物を加工しているのだろうか? しかし地球から持ち込んだ資材や燃料も有限な筈で、一体何をしているのか俺は興味を持った。


「すみません、あちらは部外秘ですのでお見せ出来ません」


「あ、そうですか」


 残念。一瞬≪隠れ身の外套≫なら盗み見る事ができるのではないかと頭を過ったが、ここでは止めておくことにした。流石に犯罪行為だし、見つかった際には言い訳出来ないだろう。



 案内された場所は、この敷地内で尤も豪華な木造建築であった。中に入ると驚いた事に、綺麗な絨毯や壺、それに絵画などが飾られていた。


(おいおい。もしかしてこれらの調度品も地球から持ち運んだのか!?)


 確かに美術品とかは歴史的に見ても価値があるし、将来の事を考えて保存する為に持って行きたい気持ちも分からなくはない。


 だが賭けてもいい。この持ち主は絶対そういった殊勝な心掛けでこれらを持ち運んだとは思えない。まず間違いなく己の自己顕示欲を満たす為だけに持ち込んだのだろう。でなければ応接間に飾らず、もっと大切に保管する筈だ。


 この異世界ではあまりにも似つかわしくない部屋で俺たちを待ち受けていたのは、鹿江モーターズの社長兼市長である三船銀治、恐らく60才以上のご老体だ。


 俺たちは早速ここへ来た目的である鹿江大学コミュニティの存在と、名簿や捜索リストの件について話した。


 最初は話し相手の俺が若すぎると顔を顰めていた三船だが、会話をしていくうちにそれ相応の経験はあるのだと改めたらしい。初めは明らかに年端も行かない若造だと舐め切った顔をしていたが、外の情報を話していくうちに態度を変えた。その辺りは流石一企業の長だろう。


「ふむ、話は分かった。だが名簿の件については個人情報漏洩になるのでおいそれと渡せないな。社員や住民の家族についてもこちらで捜査中だ。何も問題はない」


 いやいや、これまで一度も外の情報を掴んでこなかったのに、捜査は問題ない? そんな訳ないでしょうよ!


「それと君たち学生だけというのも心配だ。どうだね? 皆でこっちに引っ越さないか? 生憎人手不足で護衛は回せないが、こちらに来るのなら衣食住には困らないぞ? そうだ! それがいい!」


 何が「それがいい」だよ! 移住するリスクはそっちで何とかしろって事だろう? んでもって、こっちにきたら強制労働が待っているとか、どんな罰ゲームだ!


 俺と会話していくうちに流石にこの会社のヤバさに気が付いたのか、佐瀬と名波ものらりくらりと三船の勧誘を躱し続けた。


 結局俺たちは何も得るものがないまま、このコミュニティ……じゃなかった、鹿江モーターズ市から撤退した。もう、どうにでもなれ~!



「流石にあれは無いわね……」

「そうだね。今後、交流するにしても要注意だね……」


 寧ろ交流しない方が良さそうに思えてきた。だから企業コミュニティは危険なのだ。いや、全部が全部ああなのではないだろうが、異世界に来てまで会社の役職だとか利益だとかを考えているようでは絶対に上手く立ち回れない筈だ。ここはもう日本とは違うのだ。


 そもそもこちとら生活基盤を築くので精一杯な状況なのだ。まだ通貨すら無いというのに、そんなに会社が必要か? てか、市長ってなんだよ!? 税金でも取るつもりなのか!?


「そういえば、今思い出した。確か三船なんちゃらって奴が何度か市長に立候補していたな……一度も当選したことなかったけど」


「成程ね。本人か親族かは知らないけど、政界進出でも考えていたのかしら?」


 もしご本人だとしたら夢が叶ったというべきか。ただ会社内でまともな選挙が行われたとは到底思えない。いっそ国王でも名乗れば清々しいのだが、流石にそれは周囲からの反発もあるのだろう。



 最後の訪問先に少しモヤっとしたものの、役目を終えた俺たちは一度鹿江町へと戻って一泊した。






 翌朝、俺たちはリンクス一家と共に鹿江町を出発した。その際、大多数の人がお見送りに出ていた。


「シグネ嬢ちゃん、気を付けるんだぞ!」

「元気でね~!」

「ダリウスさんにジーナさんも達者でな!」


 リンクス一家が旅立つと知ると、町中が大騒ぎであった。昨日は夜遅くまで送別会もしており、俺たちは若干寝不足でもあった。


 もっと反対されるかもと思っていたが、そこはシグネちゃんの根回しが効いたようだ。日頃旅に出たいと愚痴っていたそうなので、何時かその日が来ることを町の人たちは覚悟していたのだろう。


 幸いにもこの町は人材の質に関しては豊富で、若干高齢ではあるが十分運営できる体制だ。リンクス一家が抜けたくらいではびくともしない。


「みんな、またね~!」


 シグネちゃんは最後まで笑顔のまま町の人たちと別れた。






「ふん、ふん、ふ~ん♪」


「楽しそうだな、シグネちゃん」


「うん! やっと私の異世界冒険譚が始まるんだよ! わくわくが止まらないよ!」


 俺の言葉にシグネちゃんは本当に楽しそうに頷いた。


「だが、こっから先は気を引き締めていくよ? 平地とは比べ物にならないレベルの魔物がいるからね」


 目の前には森が広がっている。ここを抜ければ鹿江大学コミュニティの拠点に辿り着けるが、中には討伐難易度Cランクの魔物も存在する。


「了解、イッシンにい!」


 何時の間にやら俺を兄と仰ぐ少女に少し照れてしまう。どうもその呼び方がすっかり定着してしまったようだ。


 陣形は斥候役の名波を先頭に、前衛の俺、ダリウスさん。その後ろに魔法使いである佐瀬とジーナさん。最後尾がシグネちゃんだ。


 本当は俺が殿でもいいのだが、シグネちゃんは問題ないと自信ありげなので任せた。聞くと彼女のステータスは優秀で、魔力はともかく闘力は俺を除くと佐瀬や名波もよりも上だ。それを聞いた名波は少し悔しそうにしていた。


 だが実際の戦闘となると話は変わってくる。正面からくるアサルトベアーはともかくとして、不意を突いてくるアサシンクーガーなどが相手だと、恐らくシグネちゃんは対応できないだろう。それでも俺は敢えてこの配置にした。


(ま、少し痛い目を見た方が良い時もある)


 少し冷たいようだが、それが彼女の為だと俺は思う。仮にそれでシグネちゃんが致命傷を追ったり死んだとしても、最悪俺には反則ヒールとチート蘇生魔法がある。リンクス一家は取り乱すだろうが、そこで冒険者を諦めたり反対する様なら、それもまた致し方ないだろう。


 (あまり蘇生魔法は知られたくはないが、まぁこの人たちなら問題ないだろう)


 ちなみにマジックバッグは既に三人に暴露済みだ。大荷物を持って出掛けるのは面倒だったので、予め伝えておいたのだ。


 当然それにシグネちゃんは食いついた。鑑定させてくれと頼みこんできたので俺は快く許可をした。俺自身、バッグの性能が気になっていたからだ。


 鑑定結果は以下のとおりだ。




 名称:マジックバッグ


 マジックアイテム:伝説レジェンド


 効果:見た目以上の物を収納できる




 斎藤よ、疑ってすまん。本当にマジックバッグは伝説級のようだ。ただ俺が一番気になった効果の部分はかなりあっさりとした内容であった。どれくらい入るのか、時間の流れはどうなっているのか、その辺りの説明が全く記載されていないのだ。


(多分【鑑定】の上位版、【解析】なら詳細が分かるのかな?)


 俺は以前、アルテメの町で出会ったギルドの女鑑定士を思い起こす。いっその事、彼女に鑑定の依頼を…………いや、駄目だ。彼女は口が軽そうなので、絶対にマジックバッグは見せられない。


 そんな事を考えながらも俺は警戒を怠らず、名波先導の元森を進んで行く。




 最初に遭遇したのはDランクのケルピーだ。地球でも存在する馬に似た化け物だ。ただしあっちの世界では”空想上の”と付け加えられるが、この世界には実在する生物のようだ。


 主な生息地は平野だった筈だが、餌でも求めて森の中に入ったのだろうか。基本群れで行動する為、四頭が集団で襲い掛かってきた。


「佐瀬! 名波! 手を出すな! こいつらはシグネちゃんたちに任せる!」


「——!? 了解!」

「おっけ~!」


 相手は四頭とはいえ、群れを想定した上での討伐難易度Dだ。それくらいは三人で対処して貰わなければ、この先の冒険は厳しいだろう。


 自分たちが試されている立場だと悟ったリンクス一家は文句ひとつ零さず、嬉々として魔物の相手をした。シグネちゃんはともかく、意外にダリウスとジーナ夫妻も好戦的な性格のようだ。


「ここは通さん!」


 ダリウスさんは手製の石槍を構えると、二頭の足止めをしていた。その間にジーナさんが魔法を唱えて別の一頭を狙う。


「——【ウォーターバレット】!」


 今まで俺が見た水魔法の中では、なかなか大きな水の弾丸がケルピーへと向かっていく。だが命中して怯ませたものの、致命傷には至らなかったようだ。


「私の魔法だと倒せない!?」


 ジーナさんが驚くのも無理はない。【ウォーターバレット】は水属性の下級魔法で、その威力は火属性の【ブレイズ】にも並ぶ。通常ならDランクの魔物如き防げる代物ではないが、今回は属性の相性が悪かった。


 それというのもケルピーは水の加護を持つ魔物だ。相性の悪い火属性程ではないにしろ、同属性である水魔法も効果が多少落ちてしまう。


「任せて!!」


 いつの間にか自分が担当した一頭を始末したシグネちゃんが、今度はジーナさんが仕留め損ねた一頭に短刀でトドメを刺す。


 もうそこからはあっという間であった。ダリウスさんが一頭、シグネちゃんがもう一頭をそれぞれ倒して殲滅完了だ。ダリウスさんとジーナさんは他に魔物が残っていないか辺りを警戒する。


 シグネちゃんは笑顔ではしゃぎながらこちらへ駆け寄ってきた。


「ねえイッシン兄。どう? 私の戦いぶりは」


「う~ん……ダリウスさん95点、ジーナさん80点、シグネちゃん50点、かなぁ」


「えええ!? ど、どうしてぇ!?」


 俺の採点にシグネちゃんは慌てだす。


「戦闘自体は100点満点だけど、シグネちゃん油断しすぎ。戦闘後もダリウスさんたちはちゃんと魔物の生死確認と、周囲への警戒を怠らなかったよ?」


「ゔっ!?」


 図星を指摘され彼女は言葉に詰まった。まぁ、それでもこれだけ実戦で動けるのは大したものだ。だがここで増長されても困るので、敢えて厳しめに採点させてもらった。


「あのぉ、私一頭も倒せていないのに80点ですか?」


 ジーナさんが恐る恐る尋ねてきた。


「はい、素晴らしい魔法でした。ただ、あいつはケルピーと言って討伐難易度こそDランクですが、水の加護を持っていて、水魔法が効きづらいんですよね。だからあれでも十分です」


「そうだったんですかぁ」


 俺の説明にジーナは納得したようだ。


 それにしても、まさか最下級の【ウォーター】だけでなく、下級の【ウォーターバレット】まで扱えるとは思ってもみなかった。普段から魔法の練習をきっちり行っている証拠だろう。


「ダリウスさんは、ほぼ言う事なしですね。きっちり前衛の仕事を務めた上に、二人を気遣う余裕もあったように感じました」


「はは。イッシン君にそう言われると自信が付くな」


 うん、この人は相当強そうだ。あんな槍ではなく、町でしっかりしたものを用意させたらもっと強くなるのではないだろうか。


 それにしてもリンクス一家はイケメン、美女、美少女揃いな上に、スペックも相当高い。髪の色や顔立ちから、俺たちよりこの世界に馴染めそうだなと考えていたが、どうもこの一家も十分悪目立ちしそうな気配だ。



 それからも俺たちは何度か戦闘を重ねて森を進んでいった。幸い、往路で相当の数を間引いた成果か、アサルトベアーの姿は皆目見られなかった。出会うのはどれもEかDランクの魔物のみ。これにはシグネちゃんも肩透かしを食らった形だ。



 俺たちは行きよりも大分早く、その日の内に鹿江大学コミュニティへと戻る事ができた。



 俺たちの他に、見慣れぬ異国風のリンクス一家に学生たちは大騒ぎであった。どうやら異世界人と勘違いされてしまったらしい。


 俺は彼らがリトアニアからたまたま日本に来ていた外国人である事と、森の外には多数の日本人によるコミュニティがある事を報告した。その情報で更に拠点内は大騒ぎだ。



 俺たちの外の報告や、それについての話し合いは夜遅くまで続いた。そして学生たちが出した結論は、このままここに拠点を作りつつも、外のコミュニティと積極的に交流していこうという形で決まった。


 確かにここは森に囲まれて外との行き来に不便だが、逆に近すぎるのも問題だと感じたようだ。どうやら鹿江モーターズの不穏さが彼らをそうさせたようだ。


 それと俺たちの探索結果がスムーズだったのも要因の一つだ。行きこそアサルトベアーと何度も遭遇したものの、帰りはDランク以下のみで、その日の内に森を抜けられた。そのレベルなら乃木を含んだ警備班でも十分対処が可能だ。


 ただ、どうしても最初は道が分からないので、最後に一度だけ俺たちは彼ら学生たちを鹿江町へと案内することを依頼された。


 だが驚いた事に、その役目はダリウスとジーナ夫妻が買って出る事となった。


「彼らを案内するのは僕たちがするとしよう。シグネはそのままイッシン君たちと旅を続けるといい」


「ええ。この短い旅で、私たちも安心して貴方を送れると分かったわ。ただし! あんまり調子に乗ってイッシン君たちを困らせない事!」


 どうやらダリウスとジーナの二人は初めから、少し同行して問題なさそうなら、途中で俺たちから抜けるつもりだったようだ。


(試されていたのは、俺たちの方だったか……)


 てっきり一緒について来ると思っていた両親の言葉にシグネは困惑するも、少しだけ考えてから決心をしたようだ。


「お父さん……お母さん……。うん、私行くね! 頑張って異世界無双してくるよ!」


「そ、それは程々でいいんじゃないのかな?」


「やっぱり心配ね……」


 少し不安げではあったが、それでも最後まで娘らしいなと二人は笑って別れの言葉を交わすのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:あちらの世界でも隕石などが降ってきて住めなくなることがあるのでしょうか?

A:……少なくとも隕石の心配はないです。惑星外の外的要因による人類滅亡は回避するよう、ミカ……あちらの神に心掛けさせます。ただし、惑星内でのアクシデントはその限りではありません

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