第37話 心情

 翌朝、俺は何時もの鍛錬を熟そうとひっそり外へ出る。既に何人か朝早くから活動しているようで、俺は通りかかった人に声を掛けられた。


「おや、素振りかい? 精が出るねぇ」

「おはよう! 君が一心ファイルの一心君だろう? 早起きだねぇ」


「おはようございます。皆さんこそ朝早いですね」


「ここは年寄りばっかだからね。皆早起きだわよ!」


 ご高齢なおばさまたちは俺と軽く会話を交わした後、笑いながら後を去っていった。再び俺は一人でひたすら素振りをしていると、いつの間にか佐瀬がその様子を見学していた。


「お? おはよう!」


「おはよう……」


 彼女は寝不足気味なのか目つきが悪く、まるでこちらを睨んでいるかのようであった。それに構わず俺は素振りを続けると――――


「……ねぇ、それで何時、例の件を話してくれるのかしら?」


 ――――違った。どうやら本当にこちらを睨んでいたようだ。そういえば昨日、転移直前の話をすると約束した事をすっかり忘れていた。


「あ、えっと……」


「ふん。結局私を助けてくれた事はその程度だったって事?」


「……すまない。正直、恥ずかしくて中々言い出せませんでした」


 俺は嘘偽りなく、これまで隠してきた理由を説明した。すると彼女は不機嫌な顔から一転、今度は涙目になっていた。


「……心配したんだから。私の所為で、あの人が死んでしまったと、ずっと……ずっと悔やんでたんだから!」


「……あ、ああ」


 確かに命を救われた方はそういう気持ちになるのだろう。それも命と引き換えに見ず知らずの者に助けられたとなれば、その思いもより複雑なものなのだろう。


「でも……良かった。生きていて……助けてくれたのが、貴方で……!」


「へ? そ、そう?」


「あの時は、助けてくれて……本当にありがとうございました!」


 佐瀬は改めて礼を言うと深く頭を下げた。こう正面から感謝されると妙に照れてしまう。


 彼女は頭を上げると、少し潤んだ目でこちらを見つめた。


「私……私、貴方が——」


「——おはよう! イッシンにい! あ、サヤカねえもおはよう!」


「——うっ!」


 何か言いかけた佐瀬の言葉は、元気なシグネの挨拶に掻き消されてしまった。


「うわぁ、二人とも朝早いねぇ。私も毎朝鍛錬してるんだ! こう、短剣をシュババっと!」


 彼女は素振り用なのか、木製の短剣を素早く動かしていた。その様子が微笑ましくて俺はつい笑ってしまう。一方何故か佐瀬はとても不機嫌そうだ。気の所為だとは思うが“あのクソガキ”なんて幻聴が聞こえる程だ。何か気に障る事でもあっただろうか?


「ふ、ふん。そんな木製の玩具で素振りして、効果があるのかしらね」


「言い方ぁ! ま、確かに重さは無さそうだけど……」


 それでも一応反復練習すれば効果はあるのかもと俺が考えていると、シグネは明るく返答した。


「へへん、実はこれでも十分効果はあるんだよね! 何せ私はこれを続けて【短剣】のスキルを手に入れたんだから!」


「え? マジ!?」

「あんた、【短剣】のスキルも持ってるの!?」


 二人して驚いていると彼女は頷いた。


「うん。本当は本物の短剣を使いたいんだけど、町中は危ないから模擬刀にしなさいってお母さんが……」


 何でも彼女は小まめに【鑑定】を使って町の人々を観察してきた結果、鍛錬に励んだり魔物を倒している者は明らかに闘力や魔力量を増やしやすい傾向にあると看破したそうだ。


 更にスキルに関しても、日頃の鍛錬や経験、それと魔物の討伐数によって習得し易くなっていると予想しているらしい。ただし、そちらはまだサンプル数が少ない為、確実な情報ではないようだ。


 だが、それは俺も同じ事を考えていた。実際に俺は鹿江大学のコミュニティで毎日鍛錬を続けている者を何人か知っているが、魔物の討伐数が少ない故か、闘力があまり高くない学生に心当たりがある。


 例を挙げると花木や浜岡だ。花木は元々弓道経験者で、弓を与えてからは毎日練習しているそうだ。浜岡も責任者の立場からあまり魔物の討伐に出向けないそうだが、魔法の鍛錬は毎日欠かさず行っていると耳にした。


 だが二人の闘力と魔力はそれほど高くはない。恐らく魔物と戦う機会が少なかったからだ。恐らくだが、魔物を倒すと経験値的な何かがやはり存在するのだ。


 一方魔物ばかり相手にしている警備班の者でも、普段は全く鍛錬せずサボっている者は、やはりあまり強くはない。


 鍛錬と魔物狩り、それらを両方熟している佐瀬、名波、乃木などは著しく成長している。勿論俺もだ。そして同じ事をしている上にステータスの詳細を鑑定できるシグネも同意見だという。これはほぼ確定だろう。


 ただしスキルの取得についてはまだまだ分からない事だらけだ。闘力や魔力と同じく、スキルも鍛錬と魔物退治で増えるのだとしたら、きっと今頃冒険者たちはスキル持ちだらけだろう。何かまだもう一つか二つ、重要なファクターがあるとみた。




 一旦この件は置いておき、俺たちは朝食もご馳走になった。そして昨夜ダリウスから提案のあった件について全員で話し合った。


「本当!? 私も付いて行っていいの!?」


 嬉しそうなシグネと正反対に、ダリウスとジーナ夫妻は苦々しい顔を浮かべていた。


「それは矢野君たち全員の了承を得てからだ」


 ダリウスの言葉を聞いた彼女はこちらの方を振り向いた。


「私はOKだよ! 【鑑定】持ちの仲間なんて最高だよ!」


「……貴方とご両親が納得しているのなら、私も構わないわ」


 二つ返事で了承した名波に対して、佐瀬は慎重な意見であった。


 シグネは残された俺の方を見つめる。


「ハッキリ言うけど、外は危険だ。強い魔物はいるし悪い奴も当然いる。それとこの辺りは殆どが封建制や絶対王政で、奴隷制度も存在する。人の命も地球の時より遥かに軽い。偉い人の前で石を蹴飛ばしただけで首を撥ねられる、なんて事もあるかもな」


 俺の言葉にシグネは息を飲む。ダリウスたちも不安そうな表情だ。ちょっと脅かしすぎただろうか。でもそれくらいで怯んでいては、冒険者などこの先やっていけない。


「まぁ、外の町ではシグネちゃんより若い子も普通に生活しているし、平和な所もあるにはある。ただ冒険者として活動するからには、それなりに危険もあるという事を念頭に置いて欲しい。それでも覚悟があるのなら——」


「——行く! 私だって外は危険がある事くらい分かっているし、準備も沢山してきた! だから……私も外の世界を見てみたい!」


「……なら、俺も了承です」


 俺は沈痛な面持ちで見守っているダリウスとジーナの二人にそう告げた。それはつまり、彼女はこの家を出るという事に他ならない。


「…………分かった。そこまで考えているのなら、僕もこれ以上反対しない」


「…………そうね。でも偶に顔を見せに帰ってらっしゃい」


「お父さん! お母さん!」


 シグネは涙を浮かべると二人に抱き着いた。ダリウスからも堪らず涙が零れ堕ちる。


「ああ、くそ! やはり心配だ! 私も付いていきたい気分だ!」

「ええ、そうね!」


 やはりどうしても不安があるのだろう。シグネを大切にぎゅっと抱きしめていたダリウスたちから本音が漏れる。


 そんな彼らの不安を少しでも取り除いてあげようと、俺は軽口をたたいた。


「大丈夫ですよ! こう見えて回復魔法は得意ですし、多少の怪我なら完治できます! 何だったら、ダリウスさんたちも一緒に旅に出ます? な~んて……」


「「え? いいの!?」」


「……え?」


 口は禍の元、昔の人は旨い事を言ったものである。






 それから俺たちは町会長のご自宅へとお邪魔した。久しぶりに再会した会長の野村五郎さんは少し若返ったと思えるくらいに元気であった。


 五郎さんと外の世界について話し合い、その内鹿江大学コミュニティの者がこの町にお邪魔する旨も伝えておいた。若い子は大歓迎だそうだ。


 それから俺たちは簡単に別れの挨拶を済ませると、鹿江町の拠点を出て、近くのコミュニティを目指した。



 そう、俺たち6人・・で、だ。



「久しぶりの外出はわくわくするわね!」


「僕もこっちの方面へ行くのは久しぶりだなぁ」


 そう嬉しそうに話すのは包丁を手に持ったジーナさんと、槍を持ったダリウスさんであった。


「……どうしてこうなった」


 ちょっとした軽口から、まさかの夫妻参戦に俺は頭を抱えた。


「ちょっと! これ、大丈夫なの!?」

「あはは、まさか本当に付いてくるとはね……」


 これには佐瀬と名波も戸惑っていた。一方シグネちゃんはというと相変わらず笑顔であった。


「大丈夫だよ! 二人とも、そこそこ戦えるから!」


 どうもジーナさんは魔力量に関しては町でもトップ3に入るらしく、初期の頃は水魔法で魔物相手に後方支援していたそうだ。


 一方ダリウスさんはというと現役で魔物を狩り続けている外回りの役目に就いていた。二人ともそれぞれスキルは【水魔法】と【槍】を選択しているので、扱いもお手の物だ。


「ま、まぁお試し期間だから! コミュニティ巡りの間だけだから!」


 俺は自分を誤魔化すかのようにそう告げた。うん、それに何も悪い事はないじゃないか! ここは戦力が増えたと喜ぶべきなのだろう。決してハーレムパーティが消滅したなんて嘆いている訳ではない。ないったらない!




 まず最初に俺たちが訪れたのは隣町、東枝川町のコミュニティだ。ここは枝川町内会を中心とした小規模のコミュニティで、住民も30人程とかなり少ない。殆どの者たちは他のコミュニティに流れてしまったようで、残されているのはご老人ばかりだ。


 鹿江町内会コミュニティとは一番近い距離にあり、何と徒歩でも1時間程で着いてしまう。その為、わざわざ移住しなくとも物々交換で食べて行く事自体は可能なのだそうだが、何でも近くにある大きなコミュニティに誘われて若者が流出しているのだとか。


 俺たちは東枝川町の町会長さんに挨拶をした。森の中にある鹿江大学サークルコミュニティの存在と今後の交流について情報交換をする為だ。町会長と顔見知りだというダリウスさんに顔つなぎをして貰った。



 軽く話し合いをしてから俺たちは次のコミュニティへと向かった。今度は北枝川町コミュニティで、地球では鹿江町の北西に位置する割と栄えていた町だ。こちらのコミュニティは徒歩1時間半といったところらしい。


「本当にこの辺りは飛ばされてきた人たちが多いんですね」


「ああ、どうも転移直前に近かった人たちは大体同じ地域に飛ばされているようだよ? ただ手を繋ぎ損ねた人や、少人数のコミュニティとかはまだ見つかっていないらしい。それと鹿江町の南にあった、え~と……なんて言うんだっけかな?」


「もしかして大山町ですか?」


「ああ、そうそう! 大山町は隣町だったのに、未だ誰一人として見つかっていないらしいよ」


 ダリウス自身、転移前は海外からの旅行者だった為、鹿江町当たりの地理には詳しくなかった。恐らく町会長たちから話を伺ったのだろう。


(そうか。俺みたいに逸れている人たちは大勢いるのか)


 中には止むを得ず、離れ離れになった者も多くいる事だろう。そういった人たちをなんとか救済してあげたいが、現状俺一人の力では精々近場の集団を護衛しながら連れて来るくらいだろう。



 それでもせめて何か力になれればと思って閃いたのが、住民名簿を記録する事だ。



 想定時間より少し早く俺たちは北枝川町コミュニティに到着した。元々北枝川町は乗換駅や百貨店などもあり、近隣では割と大きな町である。その為コミュニティの人数も250人と、これまでで一番の大所帯だ。


 ただ町の発展に関しては鹿江町の方が上のように見受けられる。人数が多い分、建物の数こそ負けてはいないが、建築物の完成度や配管設備などは圧倒的に鹿江町に軍配が上がった。


 恐らくだが職人系のスキルや人材が不足しているのだ。


 俺たちは北枝川の代表者にアポを取った。幸い今は手が空いているらしく、すぐに面会が叶った。ここの代表は町会長ではなく、百貨店の店長がリーダーを務めているようだ。名前を大槻礼二さんという。


 ここでも俺たちは鹿江大学サークルの代表代理として現状とこれからの事について話し合った。


「そうですか、鹿江大学の学生さんたちが……もしかしてこちらに移住をご希望ですか?」


「いえ、そこまではまだ確認が取れていません。こっちとしてもこんなに多くの転移者が集まっているとは想定していなかったもので……」


 結局今後の事について具体的な話し合いは行われなかったが、移住希望者がいれば歓迎すると言質を取れた。やはり相当人材不足のようだ。


 それと俺はこの町の住人たちの名簿について触れた。鹿江町も東枝川もそうだったが、どこのコミュニティも人口把握の為にそういったものを作っていた。ただ北枝川の代表者はその提案に顔を顰める。


「それは流石に……個人情報になりますし……」


「分かっています。ですが、もしご協力頂けるのでしたら、転移の際に逸れた人たちの捜索が捗るかもしれません」


「——!? ど、どういう事ですか!」


 これには代表も食いついた。そこで俺は改めて説明をした。俺には名簿などの文字情報をコピーできるマジックアイテムがある事。そして近々世界のあちこちを旅する事。


 そう、俺たちは世界を旅する際に、離れ離れとなった人たちの情報を≪模写の巻物≫に記録して、繋ぎ合わせようと考えたのだ。


 現状遠くにいる人たちをわざわざ連れて来れるのかは検討中だが、無事であることや居場所を伝えるだけでも希望が持てるだろう。俺のように家族と離れ離れとなった者たちは非常に多い。


 俺たちはこの情報を悪用しない事、また逸れた者が見つかったとしても、連れて来る事ができない可能性も説明したが、代表の大槻さんは前向きに検討する方向のようだ。


「私のように家族と離れ離れになった者は他にもおります。そういった人たちの分も捜索者リストを作成して、あなた方に情報開示したいと思います」


 結局、その日はリストの作成に時間が掛かるという事で、俺たちは次のコミュニティを目指した。次の場所も徒歩1時間未満とかなり近く、今日中にそこまでは周れそうだからだ。


 明日以降、帰る際にでも北枝川コミュニティに寄れば問題ない。



「次のコミュニティはどこの町なんですか?」


「あー、それなんだが入山町に住んでいる人たちの集まりらしい」


「いりやま? ……知らない地名ですね」


 ダリウスさんが教えてくれた町を俺は知らなかった。試しに佐瀬と名波に聞いても二人は首を横に振った。少し遠い場所の町なのだろうか?


「やはりそうか……。これはゴロウ会長から聞いた話なんだが、どうも彼らはヤマグチ県という場所から着たと言うんだ」


「「「や、山口県!?」」」


 ダリウスさんの言葉に俺と佐瀬、それに名波は驚いていた。鹿江町は埼玉県にある町だ。今まで回ってきた全てのコミュニティも元々ご近所同士にあった地域だ。


 だが山口県と言えば、同じ本州でもかなり距離が離れている。まさかそんな遠くのコミュニティが近くに転移しているとは思いも寄らなかった。


 俺たちが驚く一方、日本の地理に疎いリンクス一家は首を捻っていた。簡単に日本の地理を教えておく。


「山口県といったら鹿江町から電車でも5時間以上掛かると思いますよ。いや、もはや飛行機で行くレベルかな?」


「そんなに遠い場所だったのか!?」


 俺の言葉にダリウスたちも驚いていた。


(思った以上に転移する場所は離れる事があるらしい。こりゃあ下手をすると海外組もこの近くに飛ばされてるんじゃないのかな?)


 それに俺の家族も心配だ。てっきり同じ関東地区だから同じくバーニメル半島のどこかにいるのかもと期待していたが、下手をすると全く別の大陸に飛ばされている可能性も浮上してきた。


 まあ異世界大好きな姉も一緒だからそう簡単にくたばってはいないと思うが、これは先行きが思いやられる。


 結局この日はその山口県から飛ばされて来たという人たちとも対談し、名簿の提供に協力してもらう形となった。ここのコミュニティは40人程だったので、捜索者リストもそこまで時間が掛からず頂ける事となった。


 その日はここのコミュニティで一泊する事になり、明日は一旦鹿江町に戻る形で、再びコミュニティ巡りの予定だ。鹿江大学拠点に戻るのは明後日以降にするつもりだ。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:それぞれの種族による関係性を教えてください

A:場所によりますが魔族と竜人族は排他的です。後はご自分で調べなさい。

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