第35話 再会
思いも寄らぬ
翌朝、俺は佐瀬と名波の合計三人で、まずは南の森へと向かう事にした。
「この先で熊みたいに大きな獣の魔物が居たんだよ!」
それから少し進むと、彼女の証言通り件の魔物は現れた。
「あれか……確かに普通の熊じゃあ無さそうだな」
地球で言うところのヒグマやグリズリー並みに大きな魔物だ。この辺りであの巨体となると、該当する魔物は恐らくCランクのアサルトベアーだろう。
「先手必勝! 【サンダー】!!」
佐瀬の一撃は見事に命中し、辺りに轟音が響き渡る。哀れにもアサルトベアーは何もできず黒焦げになって倒れた。
「あー、まぁこんなものか」
本来下級の魔法を一撃でCランクの魔物を倒すのは難しいのだろうが、彼女の雷魔法はかなり威力が高そうだ。同じ下級の【ブレイズ】でも、即死させるには至難の業だろう。
(相性か? それとも魔力の量の差か?)
魔力総量なら俺の方が圧倒的に勝っているが、攻撃魔法を制御できる範囲内で籠められる量は彼女の方が上だ。俺が佐瀬の雷魔法以上に魔力を込めようとすると、暴発するか明後日の方向に魔法が飛んで行ってしまうのだ。
それからも俺たちは南下を続けていき、D、Eランクの魔物や、稀に出会うアサルトベアーを魔法で沈めていく。
新魔法の【パラライズ】もCランクまでなら掛かるようだが、流石に長時間痺れさせるのは難しいのか、すぐに身体の硬直を解いてしまう。それでも俺と名波があっという間にトドメを刺せば問題ないので、前衛としては少々物足りない結果となった。
全く出番のない名波からも苦情が出て、午後は魔力を温存して接近戦を主体に戦った。アサルトベアーはハイオーク以上の体格とパワーを有しており油断はできないが、武器や防具を身に着けていない分、ほぼ互角の脅威度だろう。
魔物が思った以上に多かった為、結局その日だけでは森を抜け出る事が叶わなかった。俺たちは暗くなってきた所で野営の準備を始めた。
「夕飯は例のマグロだ!」
「森の中でも新鮮な刺身を食べられるのは有難いわね」
俺は中野たちに用意して貰ったマグロの刺身や野菜スープをマジックバッグの中から取り出した。ただ刺身にして貰った部分は少量なので、後は自分たちで解体する必要があった。
それと醤油もかなり限られているので今回は無しとなる。鹿江大学のコミュニティでは現在、塩・醤油・魚醤・味噌などを制作中ということだが、これが難航している。
必要な材料や作り方は揃っているらしいのだが、現代的な設備がないと難しい点と、かなりの時間を要するという理由からだ。分けてもらえた量は本当に僅かだ。それでも種麹を得られたのはラッキーであった。麹さえあれば、後はどうにかなる……筈だ。
確か友麹だとかいう手法で増やせるような事を例の異世界チートファイルに纏めていたが、それは紛失してしまった。中野たちに聞いても詳細までは分からないようで、彼女らも手探り状態なのだそうだ。
そういった事情もあり、完璧に長期保存できるマジックバッグ持ちの俺にも種麹を分けてくれたのだろう。最悪彼女らが麹の繁殖を失敗しても俺の分が最後の保険となる。どこかに詳しい専門家が居れば問題解決なのだが、果たしてこの近くに日本人のコミュニティはあるのだろうか。
夕飯を終えると俺は思考を切り替えて、今度は別の所持品について考え事をする。それはアルテメの町で鑑定してもらったキラーエントの枝であった。
「それって素材になるっていう魔物の枝よね?」
「へぇ、それが例の魔物の素材なんだ」
佐瀬と名波が興味深そうに、俺が手にしている枝を見つめていた。
「ああ、何でも大量の魔力を通すと加工できるらしい」
だがここで魔力を放つと森の魔物を刺激しないだろうか? そう思った俺は少しだけ魔力を注いでみると、しっかり≪魔力隠しの指輪≫で隠ぺいできているようだ。どうやら持っている枝も俺の一部と見做したのか、外部に魔力は漏れていないと、【察知】持ちの名波にお墨付きを頂いた。
俺は気兼ねすることなく魔力の量を増やしていった。
「わっとっと!?」
「うわ!? 急に枝が伸びた!?」
突如枝がニョキニョキ伸び出した。正確には枝が伸びた分、多少細くなってはいるが、どうやら魔力によって加工できるというのは本当の事らしい。だがどうやったら上手に加工できるのだろうか?
「ちょっと貸してみて」
佐瀬にお願いされ、枝を手渡す。俺と同じように魔力を込めると、少しずつだが枝の歪みや凹凸が綺麗になっていく。だが少ししたら佐瀬は音を上げた。
「ダメ、もう無理! 私の魔力量じゃあ、これで限界ね」
どうやら加工には相当の魔力量が要るという話は本当だったようだ。佐瀬は俺なんかより器用に魔力操作はできるものの、一遍に加工するには魔力量が圧倒的に足りていないようだ。この枝を杖としてきちんと加工するにはかなりの時間を要しそうだ。
「これで杖を作れればと思ったんだけどなぁ……」
「そのまま枝の形じゃあ駄目なの?」
「ええ……だって格好悪いじゃない」
名波の問いに佐瀬が反論した。確かに見た目の問題もあるのだが、それ以上に加工が必要な理由があるのだ。
「どうも形によって杖の品質も異なるらしい。一般的に凸凹が少ない方が魔力伝導率も上がるそうだ」
「ふぇ~、何でも理由があるんだねぇ」
名波は感心したように呟いた。
「イッシンの無駄に多い魔力でどうにか出来ればいいんだけど、不器用だからねぇ」
「失礼な! 俺だって回復魔法に関しては…………あっ!」
佐瀬の物言いに反論しようとした俺は、一つ閃いたことがあった。
「別に魔力なら
俺は回復魔法を扱う要領で、魔力を枝に注ぎ込んだ。本来なら純粋な魔力放出の方が効率が良いのだが、それだと制御が難しくなる。なら多少のロスには目を瞑って制御しやすい回復魔法の魔力に変換すればどうだろうか?
するとさっきまでとは違い、かなり加工がしやすくなった。枝はみるみる真っ直ぐな細い円柱へと早変わりする。
「「おお~!」」
二人はその様に感心して声を上げた。
(思った通りだ! これは、他にも応用が利きそうだな)
やはり俺は回復魔法に関しては扱いが長けているらしい。これもスキルの恩恵だろうか。
「これで完成の筈だ。明日、その杖を使ってみてくれ」
俺はそれを佐瀬にプレゼントした。
翌日、彼女は早速俺の上げたキラーエント製の魔法杖を試してみた。
デザインは彼女からリクエストがあり、某西洋魔法学園風のお洒落な形になっている。その為少し意図的に曲がった部分も存在するが、枝特有の凸凹した箇所は綺麗に整えたので、魔力伝導率とやらはそこまで落ちていない……筈だ。
「これ、すっごく良い!」
デザインもさることながら、魔法効果も上昇しているようで、威力は大体2割増しといったところだろうか。【パラライズ】の効果時間も少し延びていたので、補正があるのは間違いなさそうだ。
試しに未加工の枝で試してもらったが、それでも若干パワーアップはしていた。それでも加工した杖の方が威力が高いのは明白で、俺はその魔法杖の出来に満足していた。
「いいなぁ、私もちゃんとした武器が欲しい……」
「今度弓を作ってあげるから」
まだまだキラーエントの枝はあるし、何ならその上位種だと思われる大樹の幹も丸々残っていた。俺は羨ましそうに見ていた名波にそう約束をした。
新装備の甲斐もあったお陰か、俺たちはその日の昼頃には森を抜け出る事ができた。
「ここはどの辺りになるの?」
「ん~、多分俺がこの世界に来た時の場所に近い気がする」
あの当時はなだらかな丘や森を見て、確か水場を求めて森の中に踏み込んだのだ。今思うと相当無茶な行動だったと反省をする。俺の膨大な魔力量に怯えて、弱い魔物たちは接触を避けていたと思われるが、下手をするとAランクレベルの魔物を引き付ける要因にもなりかねなかった。
開幕デストラム戦もあり得た訳だ。
(あの時ケイヤに出会っていなければ……やばかったな)
俺がしみじみと当時の事を思い返していると、急に名波が歩を止めた。
「留美? どうしたの?」
「……多分、人がいる。三人、いや……四人かな?」
「「——っ!?」」
名波の言葉に俺と佐瀬は驚いた。だがここは元々俺が飛ばされて来た場所と近い筈だ。よくよく考えてみても、近くに別の人間が転移してきたとしてもおかしくはない。
もしくはこの世界の人間かもしれないが、その可能性は限りなく低いだろう。この辺りは危険な森を抜けるか、南の獣人たちの国経由で大幅に迂回しなければ来られない僻地なのだ。
南の獣人たちの可能性もなくはないが、彼らの領土には大きな海岸線が既にあり、こんな外れの田舎には道も無ければ用もない。獣人の来訪者はまず居ないとケイヤも語っていた。
「…………接触してみるか?」
「当然!」
「勿論!」
俺たちは名波誘導の元、ゆっくりと気配のする方へ進んでいった。
歩いて数分もしない内に例の四人組を視認できた。とは言ってもかなり遠目で、詳細までは分からないが、一人は子供で、他は大人だ。声質から察するに女の子と男たちのようだが、全員何かしら武器のようなものを所持して辺りを探っている。これ以上近づくと向こうに見つかりそうだ。
「……駄目だな。これ以上は探りようがない」
遠すぎて彼らがどういった存在なのかは明確に分からないが、身なりからして地球出身の可能性が高そうだ。
これ以上観察していても埒が明かなそうなので、俺たちから話しかける事にした。
なるべく刺激しないよう武装は見えない場所に隠すか、マジックバッグの中にしまっておいた。ゆっくり俺たち三人が近づいていくと、あちらも気が付いたのか、一人がこっちを指差して仲間に知らせていた。向こうも多少の警戒をしているものの、そこまで大きな動きは見せてこない。どうやらこちらと話し合う気はあるようだ。
やがて姿が分かるようになると俺たちは驚いた。それは何とも奇妙な組み合わせだったからだ。
男たちは全員日本人らしく、年も結構いっていそうだ。全員が中年のそれも高齢、ご老人と言っても差しさわりない風貌だが、その視線は鋭く肉体的にはそこまで衰えていなさそうだ。
そしてその中でとりわけ奇妙な存在なのが一人の少女だ。年は高校生か、下手をすれば中学生だろうか? ただし彼女の顔つきは日本人とはかけ離れており、西欧系だと思われる金髪碧眼の可愛らしい女の子だ。
(しかし、この子……どこかで見たような?)
何かが頭の隅に引っかかる。
少女はその青い瞳でジッとこちらを見つめると、俺と目が合った瞬間とても驚いた表情をしてからこちらへ駆け出した。
「お、おい! 嬢ちゃん!」
連れの男たちが慌てて制止するも少女の足は止まらなかった。急接近する彼女に俺たちは警戒するべきか戸惑うも、次の一言で完全に思考が停止した。
「イッシン
「「「え?」」」
俺たち三人が揃って呆けていると、少女は俺の身体にタックルするような形で抱きついてきた。
「ぐぇ!?」
少女の大胆な行動に、俺は呻き声を上げながら地面に押し倒された。
そんな俺に馬乗りになりながら少女は顔を上げた。
「一体どうしたの!? 髪がお爺ちゃんのように真っ白だよ! でも、顔つきは……なんか若返ったみたい?」
少女は無遠慮に俺の頬をペタペタ叩いて確認していた。
「ちょっとイッシン! この子と知り合いなの!?」
「えっと、これは…………あ!」
こんな外国人の知り合いはいないと否定しようとした俺だが、一人だけ心当たりがあった。知り合った当時は色々あったので、すっかり記憶から抜け落ちていたのだ。
何しろ彼女と知り合ったのは、地球からこの世界に転移したその日であったのだから……
「君は、リンクスさんの……そう、シグネ! シグネ・リンクスか!」
あの日、転移当日に町内にある公園で途方に暮れていた外国人家族の一人娘だと俺は当たりを付けた。
「そうだよ、シグネだよ! イッシン
どうやら間違いなかったようだ。
彼女たち一家とは転移の際に逸れてしまった。いや、逸れたのは俺の方か。まさかこんな所で半年以上ぶりに再開するとは思わなかった。
「シグネ嬢ちゃん! 一体どうしたってんだ!?」
「急にびっくりしたぞ!」
シグネと一緒にいたご老人たちも慌ててこちらへ駆けつけていた。それも無理はない。急に人と出会ったと思ったら押し倒したのだから。
「ゲン爺、イッシン
「おお、彼が!? 生きておったのか!!」
「だが、髪が真っ白だぞ?」
「間違いないよ!
ゲン爺と呼ばれたご老人たちがざわつくも、彼女が一言説明すると急に納得し始めた。
「成程、シグネ嬢ちゃんが言うのなら間違いないな」
さっきのどこに納得する材料があったのかは謎だが、老人たちは彼女の言葉を信じたようだ。
「しかし、あの辻斬りにやられた時は、駄目かと思ったが……驚きだわい!」
「ああ、日本刀で腹をばっさりやられとったからのう……」
「「…………え?」」
あ、不味いと思った俺だが、話を止める暇もなかった。ご老人たちの呟きに反応したのは、これまで様子を見守っていた佐瀬と名波であった。
(しまった! まだ俺の口から例の件を告白していない…………)
例の件とは勿論、異世界転移直前で俺が佐瀬を庇って日本刀男に斬られた一件だ。実はなかなか言い出すタイミングが掴めず、俺は未だ佐瀬と名波にその事を告げられずにいたのだ。
「どういう、こと?」
佐瀬は戸惑いながらもシグネたちに尋ねた。
「え? ああっ! もしかしてあの時、イッシン
「————待った!その話は……後で俺から彼女たちに説明するよ!」
俺が話を止めるとシグネはキョトンとこちらを見るも、何かを察してくれたのか大人しくその場を立ち上がった。
漸く彼女から解放された俺は起き上がると、横で凄い顔で睨みつけている佐瀬にギョッとした。
「……後で、必ず説明してもらうから」
「…………はい」
これは後が怖そうだと俺がしょんぼりしていると、何とか場の雰囲気を和らげようと一人のご老人が提案した。
「まぁ、こんな所で立ち話ってのも何だから、うち来るか? こっからそう離れてはいないぞ?」
「はい」
「……」
「お邪魔します!」
三者三様だが俺たちは頷くと、彼らに先導される形で拠点まで案内された。
道中、俺は佐瀬と名波に転移直前の件について暴露した。名波は「成程ね」と笑って返したが、佐瀬は無言のままであった。恐らく彼女が聞きたいのはそっちではなく、“何故今までその事を黙っていたのか”の方だろう。
これについては後で弁明するという事で一旦落ち着き、俺たちは彼らが住んでいるという鹿江町内会コミュニティの拠点へと踏み入れるのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:あちらの世界の平均寿命を教えてください
A:種族によります。獣人族は平均で50年ほど、あなたたちと近い人族なら60前後です。他の種はそれ以上となります
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