第34話 検証その2(ゴブリンの悲劇)

 早朝、宿の裏手で剣の素振りをしていると、佐瀬も起きてきたのか、井戸を利用しにやってきた。


「おはよう」


「おはよう……出るなら声を掛けてよ」


「あー、悪い」


 起こそうかと迷ったのだが、思っていた以上にこの町は治安が良さそうなので、俺は寝ている佐瀬を置いて一人で朝の鍛錬を行っていた。


「いつも鍛錬してるの?」


 汲み上げた井戸水で顔を洗い終えた佐瀬は俺に問いかけた。


「いや、暇がある時だけだな。ケイヤ……師匠には毎日欠かさずしろと言われていたけど、最近色々あったしなぁ……」


「…………あんたの剣の師匠、女性なの?」


 指摘する所はそこかと思いながらも俺は笑って答えた。


「ああ、めちゃくちゃ強かったぞ! 多分オークジェネラルくらいなら倒せるんじゃないか?」


「…………私も毎朝訓練しようかな」


 佐瀬は身に着けている短剣に手を置いて真剣に考え込んでいた。確かに近接戦闘もできると、こちらとしても大分安心できる。


 昨日は佐瀬もステータス鑑定を依頼していた。彼女の冒険者ランクはまだ登録したばかりのGで、きっちり鑑定料を支払って視てもらった。お金もちゃんと佐瀬の自腹だ。


 自分でやれる事はきっちりしたい性分なのだそうだ。今は自ら倒して得た魔物の素材や魔石を売り払ったおかげで、この国の通貨も幾らか持ち合わせている。




 名前:佐瀬 彩花


 種族:人族

 年齢:19才


 闘力:123

 魔力:2317


 所持スキル 【自動翻訳】【雷魔法】




 これが彼女の現ステータスだ。以前に斎藤から見て貰った時より闘力も魔力も大幅に上がっているらしい。ただ佐瀬を含めた女性陣は暫く斎藤の鑑定を自粛していた為、そう頻繁に計っている訳ではない。実に数カ月ぶりの鑑定結果だそうだ。



「う~ん、もっと魔力を増やせないかしら……」


(十分凄いレベルだけどなぁ……)


 一時期ダンジョンで一緒に活動していた女魔法使いのココナは、魔力量が千以上だと教えてくれた。つまりあのクラスの魔法使いより佐瀬の方が上なのである。しかも闘力も思っていた以上に高い。闘力は前衛をする者にとって重要な数値で、そのバロメーターとして取り上げられる基準が闘力100という数字だ。近接戦闘を行う者として最低限100は欲しいと俺は教わっていた。彼女は魔法がメインにも関わらず、その基準値をクリアしているのだ。


 それとオークなどの魔石を売り払った事で、冒険者ランクも上げる事ができたのだが、佐瀬はそれを辞退した。どうも留守役を言い渡された名波に気を遣っての事のようだ。今度彼女とギルドへ来た時に、機械があれば一緒に昇級したい旨を伝えていた。


 ギルドとしても別にランクを上げない件については各自の判断に任せているらしい。偶に上げたがらない変わり者の冒険者がいるそうなのだ。






 朝食を食べ終わると、俺たちはすぐにアルテメの町を出た。例の分かれ道から北へ進むと、すぐに目印を付けた岩が見えた。そこから森の方を目指せば俺たちが行きに通ってきた雑草地帯にぶち当たる。


 流石に帰りも草刈り作業は嫌なので、往路で頑張って作った簡易的な道をそのまま利用して通る。その際、土魔法で地面を固めてみた。雑草を生えにくくするためだがどこまで効果があるだろうか。


 ただ残念な事に俺は回復魔法以外の細かい作業は苦手なので、かなり大雑把な整地であった。それでも何とか道っぽいものになり、俺はそれに満足していた。



 復路だが、このまま新拠点に向かわず、俺たちは一度旧拠点の様子を見る事にした。恐らくオークの首魁と思われる個体は既に討伐しているが、他にもオークの軍団が残っているかを確認する為だ。


 それと俺がこっそりマジックバッグで回収している彼らの荷物を、旧拠点から持ち帰ったというアリバイ工作の為でもある。実は既に荷物は花木たちへこっそりと返している。


 ただいきなり一度に荷物が戻ってきては不審に思われるので、彼らは小出しで荷物を取り返してきたように偽装したいらしい。その一環として、荷物を置きっ放しにしていた旧拠点の様子も把握しておきたいそうだ。




 再び森の中で一夜を明かした俺たちは、そこまで魔物と遭遇することなく元の拠点付近まで辿り着く。そこで人型の魔物を遠目に目撃した俺たちは、こっそり観察を続けた。


「あれは……ゴブリン?」

「オークもいるわね」


 ゴブリンとオークが争っていた。本来実力はオークの方が上だが、ゴブリンたちの方が数は多かった。次第に押されていき、遂にオークは倒されてしまった。一方ゴブリンたちも大分数を削られた形だ。


「……あれくらいなら問題なさそうだな。やるか?」


「オーケー! それと今回は私一人に任せてもらえない?」


 珍しく佐瀬が一人で戦うと言い出したので俺は頷いた。残りのゴブリンは4匹と、油断さえしなければ完封できる数だろう。


「——【パラライズ】!」


「————っ!?」


 初めて聞く魔法名に俺は驚く。佐瀬の突き出した指から一瞬小さな雷光が放たれたかと思うと、1匹のゴブリンが急に倒れた。


 佐瀬は続けて何度も同じ魔法を放つと、4匹全員が地に伏したまま痙攣をしていた。


「ん、ゴブリン程度なら効果は抜群ね」


「今のはもしかして麻痺させる魔法か?」


 俺の問いに彼女は驚いていた。


「昨日覚えたての魔法なのに、よく効果まで分かったわね。知っていたの?」


「いや、初耳だ。佐瀬はあまりゲームとかしないかもだけど、“パラライズ”ってのは、創作物とかで割とポピュラーな麻痺の状態変化だ。多分名波でも分かると思うぞ」


「私だってゲームくらいするけど……。ふ~ん、パラライズが麻痺ってのは知らなかったわ」


 佐瀬の言葉に俺は疑問を抱く。


「ん? 何で知らない単語を魔法名に使ったんだ?」


「昨日、新しい魔法についてあれこれ考えていたら、急にビビビッと閃いたの。魔法名や効果が勝手に思い浮かんで来たわ」


 俺はその現象に心当たりがあった。


「あー、多分何かの取得条件を満たしたんだろう。原初八十四の魔法はそういう事があると聞いているぞ」


「げんしょ八十四? 何それ?」


 原初八十四の魔法とは、人類が生まれた時から存在すると言われている、神から贈られた最初の魔法の事だ。魔法の属性は光・闇・火・水・雷・土・風の7種類。神は各属性12個ずつ、合計84の魔法を人に授けたと、この世界の人々には信じられていた。


 現在はそれらに加え、いくつか新しい魔法も開発されており、その数は100以上とされているが、原初の魔法はある時ふと扱えるようになる事例が多いそうだ。習得者は魔法名や大体の効果を自ずと認識できるのだという。


 何を隠そう、俺の【リザレクション】も全く同じように習得した。


「ふ~ん、確かに【サンダー】の時も自然に覚えたっけ」


 俺の説明に佐瀬も心当たりがあったようで頷いていた。


「本来は習得したい魔法の名前や仕組みを学んで覚える。魔法の技術を磨いてようやく習得するってのが本筋のようだぞ」


 俺は【ヒール】こそ最初から備わっていたものの、【リザレクション】以外の魔法は全て観て学んで練習して習得したものだ。


「成程ね。それじゃあ魔法名とか効果を知っているほど覚えやすいのかしら?」


「だろうな。だが前にも言ったが雷属性はレア過ぎて、全然情報が入ってこないんだ」


 雷に限らず、中級以上の魔法にもなると情報は秘匿されている。そこまで厳密に情報統制されている訳ではないようだが、在野の魔法使いをあまり増やしたくないという為政者の思惑が透けて見えそうだ。


「まぁ雷に関しては、もしかしたら地球人の方が知識も豊富で覚えやすいかもしれないぞ?」


 雷の仕組みや電気の理解など、この世界の人より詳しく知っているだろう。


「理解をより深めればってことね。雷かぁ…………」


 佐瀬がブツブツ考え事をしている間も、ゴブリンたちはずっと痙攣したままだ。もし仮にどの魔物もずっと麻痺しているとしたら、今後討伐は大分楽になりそうだ。



 旧拠点の周辺を簡単に視察した俺たちは、新拠点への帰り道に片っ端から魔物に【パラライズ】を放って検証をした。


(本当にゴブリン君たちは検証に最適な人材だ。足を向けて寝れないな……)


「おら、くたばれ!」


 感謝の気持ちを籠めながら、痺れて動けないゴブリンたちにきっちりトドメを刺していく。この害虫共はすぐに増える上に人様に迷惑しか掛けない人類の敵だ。一匹たりとも見逃す訳にはいかなかった。


 他にも道中見かけた魔物を片っ端から【パラライズ】を掛けて効果を見る。


 検証の結果、どうやら魔物の魔法耐性や相性によって、掛かり具合や効果時間が変化する事が判明した。高ランクで魔法耐性の高い魔物だと、そこまで効果が得られないのも確認済みだ。


 どうやらそう簡単に楽はさせて貰えないようだ。




 帰り道でもう一泊強いられた俺たちは、ようやく新拠点へ戻る事ができた。すると驚いた事にもういくつかの家が建てられていた。


「流石に2回目ともなると早いわねぇ……」


「これには心底感心するわ」


 いくら魔法やスキルの恩恵があるとはいえ、正味五日間ほどで主要な施設を建設し終えられるとは夢にも思わなかった。流石に個別の住居はまだだが、もう既に屋根付きで寝られるスペースも確保しているらしい。


「ん? なんか人が少ないな……どこか出掛けているのか?」


「そうね……。あ、会沢先輩よ!」


 佐瀬たちと同じ写真部の部長である会沢の姿が見えた。彼女に挨拶をして花木たちがどこにいるのかを尋ねた。新しい町へのルートについて報告と相談をしたかったからだ。


「ああ、皆浜辺に向かっているの。そろそろ戻ってくると思うわよ?」


「「浜辺?」」


 浜で何か大掛かりな作業でも進めているのか尋ねようとすると、丁度その花木たちがこちらへ戻ってくるのが目に映った。


「矢野さん! 二人とも戻られたんですね!」


「ああ、今さっきな。早速報告したいんだけど、なんか取り込み中か?」


「いえ、もう一段落したので平気です。中野と乃木はちょっと手が離せないんで、僕と浜岡で伺いますよ」


 俺たちは人目の少ない場所を選んで、そこに腰を落ち着けてから報告を始めた。いつの間にか名波も加わっていた。どうやら【察知】で嗅ぎつけてきたようだ。




「――――という訳で、前の拠点は魔物どもの紛争地帯と化しているな」


 俺は新たな町の様子と新ルート開拓、それと旧拠点の状況について説明をした。


「ふむ、新しい町は治安がいいというのは朗報だな」

「ああ、町に行きたいと思っている連中は多いからな」


 花木の言葉に浜岡も同意した。


 やはり折角異世界に来てずっと人の居ない地での生活と言うのはストレスが溜まるようだ。最近では海という新たな環境を手に入れた事で大分鬱憤も晴らせているそうだが、それも何時まで持つものか……


「今度は他のメンバーも一緒に町へ行ってみるか? それで問題無いようなら、町へのルート開拓は成功という事で——――」


「――――はい! はーい! 今度は私が行くからね!!」


 今回置いてけぼりを喰らった名波が必死に猛アピールをする。それを横目に花木は少し困った表情を浮かべた。


「それも重要なんですが、実は矢野さんには別の件をお願いしたいんです」


 花木の言葉に俺は表情を曇らせた。俺はこの世界をあちこち見て回りたいと常々思っていた。今までは準備不足や非常時で仕方なかったが、今回の町へのルートを確立させたら、旅立とうと考えていたからだ。


 その件は花木たちにもしっかり伝えている筈だが、どうやら彼には考えがあるようだ。


「矢野さんとしては一刻も早く旅立ちたいのかもしれませんが、どうか先に南東方面を調べてもらう事はできませんか?」


 この新拠点は北以外を森で囲まれており、以前のように完全に森の中という訳ではないが、他の町や新天地へ移ろうとすれば、どうあっても森を超える必要がある。今回の町へのルート探索で西は粗方調べ終えたが、まだ南と東側が残っていた。


 花木たちが言うには、もしまた万が一避難が必要となった場合に備え、逃げ道だけでも確保しておきたいそうだ。最悪西側でもいいのだが、やはりこの世界の住人との本格的な交流は、もう少し慎重に行いたいというのが本音なようだ。


「だが、これより東は完全に未開拓地で、森を抜けても海があるだけって話だぞ?」


 この森を含めた東の一帯は、一応エイルーン王国の領土内とされている。東部は何も前人未到の地という訳ではない。森の開拓は最近失敗したばかりで、人が住んでいる訳ではないが、調査自体は冒険者などを使って一度確認済みなのだそうだ。


 ケイヤから教えて貰った話だと、この森を抜けると細々とした平地や林があり、そこを過ぎれば後は海しかない。尤も、未開拓地も広いので、場所によってはここのように住みやすい環境が見つかるかもしれない。


「別にここレベルの新天地は求めていません。凶悪な魔物のいない場所なら何でもいいので、東と南の森の先を見てもらえませんか?」


「……乃木なら実力も十分だ。彼では無理なのか?」


 この場にはいないが、乃木なら十分その役目を果たせそうだ。だが隣にいる名波は首を横に振った。


「実は彩花たちが町へ行っている間に、私たちも森の中やその先を調べようとしたの。だけど、そこそこ強い魔物がいたから無理せず引いてきたの」


 彼女の話だと、熊と蛇っぽい魔物を目撃し、苦戦を強いられそうだったので大人しく引いたのだそうだ。強さ的にはハイオークレベルだそうだが、無理をして怪我を負ってもつまらないからと、俺たちの帰りを待っていたらしい。


 確かに俺と佐瀬が加われば、そのくらいの魔物ならどうとでもなるし、怪我をしても回復魔法がある。その判断は間違いではないのだが——


「う~ん、でもこれ以上はなぁ……」


 俺が乗り気でないとみると、花木は条件を出してきた。


「もしこの依頼を引き受けてくれるのでしたら、矢野さんにとっておきの食材を提供します」


「あ! 花木先輩、あれを使うんですね!」


「え? なに?」


 意外な提案に俺が困惑していると、どうやら事情を知っている名波が口を開いた。


「そうそう! 聞いてよ! なんとさっき、マグロが捕れたんだよ! こーんな大きい奴!!」


「「マグロ!?」」


 まさかの食材に俺と佐瀬は目を見開いた。


「え? まさか沖に出て釣ってきたのか? 船は?」


「いいえ、どうも磯で釣れたんだそうです。信じがたい事ですが……」


 いやいや、どうやったらマグロが磯釣りできるんだよと反論するも、どうやらフィッシング部の部員によると、地球でも稀にだが沖以外の浅瀬でも釣れる事があるらしい。


 更にその部員は【釣り】のスキル持ちで、釣竿などもちゃんとした物を地球から持参してきたそうだ。ようやく念願の海に辿り着いたそのフィッシング部員は早速磯釣りに勤しんでいたところ、マグロを始め色々な大物が捕れたそうだ。


(浜辺の方が騒がしかったのはそれでか!)


「今、中野や乃木たちが必死に解体作業をしているんですが、かなり大きいので、どう考えても半分くらいは残ってしまうんですよ。腐らせるのもなんですし、それなら矢野さんのバッグなら保存できるのではと名波さんから提案されまして……」


「……なるほど」


 確かに俺のマジックバッグは時間経過が全くないのか、食材を腐らせる心配は皆無だ。本来腐らせるだけの代物を報酬にという事だが、こちらとしても無料で貰うのは気が引ける。


(それに何より俺はマグロが食べたい!!)


 俺は少し考えた結果、花木たちの提案を条件付きで呑む事に決めた。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:その人類の7種族について教えてください (前話Q&A参照)

A:ざっくりですが、人族は地球人とほぼ同じ、獣人族は獣の特性を持った人種、エルフ族は耳が長く魔法が得意、ドワーフ族は力があり手先が器用、小人族は素早く動体視力に優れている、魔族は魔法と身体能力に長けている、竜人族は竜と人との混血種です

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