第32話 旅立ちの決意

 乃木の蘇生が終わろうとした時、佐瀬も姿を見せた。


 彼女は遠く離れた場所に一時避難していたのだが、それでも俺の魔法の威力が凄まじかったのか、軽い火傷を負ってしまったようだ。痛みに耐えながらも遠巻きに様子を伺っていると、【リザレクション】のとてつもない魔力を感じたようで、魔法で火を無理やり打ち消しながら進んできたそうだ。


「無茶をするなぁ…………」


「あんたが言うな!」


 俺は乃木の蘇生を完了させると、すぐに彼女の火傷も癒してあげた。そこからは大変だった。周囲に燃え広がっている炎を何とかするべく、俺は水魔法で消火活動を行っていた。全ての火を消し終えた頃には日がすっかり落ち始めていた。


 すると漸く乃木も目を覚ました。


「う、俺は…………」


「ああ、大人しく寝ておいた方が良い。回復魔法は傷を癒せても体力までは戻らないらしいからな」


 俺のアドバイスに素直に従って乃木は再び横になったまま、あれからどうなったのか尋ねてきた。彼も朦朧とする中、俺が火の魔法を放った事はしっかり覚えていたらしい。


(これは流石に誤魔化しが効かないか?)


 下手に嘘をついても逆効果な気もするし、彼は俺の事を信じて命を預けてくれた身だ。これまでの行動から見ても彼は信頼できそうなので、俺は蘇生魔法の事も含めて今回の全てを説明した。




「驚いた。まさか死者すらも蘇らせるとは……」


「本当よね」


 佐瀬自身も生き返して貰った身だが、未だに信じられない気持ちなのだそうだ。


「言っておくが、蘇生魔法も絶対じゃない。時間が経ち過ぎたり遺体の損傷が激しいと、どうしようもないからな?」


「いや、十分すごいでしょ……」


 あれだけの炎にまかれて、更には腹に大穴を空けた男を見事に蘇らせたのだ。佐瀬が呆れる気持ちも分からないでもない。


「結局、あの木の魔物は何だったの?」


「……エント種だと思うが、詳細は俺も分からん」


 下っ端エントですら魔法を使っていたようだし、多分Cランクの魔物だろう。それとあの大樹。ボスオーク……多分Bランクのオークジェネラルをあっさり倒した上に、あの大樹が死んだ後に感じたあの力の流れ。あれは恐らく開拓村でデストラムを倒した時にも感じた、経験値的なモノが俺に流れ込んでくる感覚と似ていた。


 これらは全て憶測だが、だとすると奴はAランク相当の魔物だという事になる。


(こうなるなら初めから大人しくオークジェネラルたちと戦った方がマシだったか? いや……)


 オークたちのあの数では佐瀬と乃木を離脱させて、上手い具合に俺が自爆ともいかなかっただろう。それに取りこぼしも十分考えられる。


 今回はかなりツイていた。Aランク相当とはいえ、相手は動けない上にこちらから手を出さなければ攻撃もしてこなかった。それにあいつらのお陰でオークたちも一掃することができた。結果だけを見れば最上である。


「けど、驚きね。あんな大きな木でも立派な魔物の素材なのね」


「ああ、幾らになるかは分からないけどな」


 大樹は枝こそ全て燃えて無くなったが、幹はだいぶ燃え残っていたので念の為回収してみたのだ。結果は土に埋まったままでもマジックバッグに納まった。これが普通の木なら根っこを引っこ抜くか切り取らないと収められないのだが、エント種は死んだら素材扱いなのか、丸ごとバッグに入ったのだ。


 その他少しだけ焼け残った小さいエントの方もいくつか回収できた。それと大量の魔石だ。あいつらエント種も立派な魔物らしく、死んだら魔石を残していた。それにオークたちの分もだ。これを全て売り払えば相当な資金になる筈だ。冒険者としての実績にも十分期待ができる。


(流石にB以上の魔石を出すと煩そうだがな……)


 そのレベルの魔石を売り払うのは、俺が単独でまともにBランクを狩れるようになってからと決めているのだ。そうでないとギルドにBランクの魔物討伐を押し付けられかねないからだ。


「今日はここで一晩明かそう。どうせ先行組も一日じゃあ新天地には辿り着けないし、夜の森を進むのは流石に危険すぎるからな」


 それにあっちには【察知】持ちの名波が付いているのだ。俺たちのようにうっかり魔物の縄張りテリトリーに踏み込むような下手を打つまい。


 死闘の後とあってかなかなか寝付けずにいたが、俺たちは無事に森の中で一夜を明かした。




 翌朝、俺たちは先行した集団と合流するべく、なんとなく南東を目指して進むと、思ったより早く花木たちと合流ができた。どうやら名波の【察知】で俺たちの気配をキャッチしたらしく、警備班から二人が案内役としてこちらへ迎えに来てくれたのだ。


(しかし、名波の【察知】はどんどん性能が上がっていくなぁ……)


 効果範囲も広くなっているが、何より魔物や人の判別だけでなく、慣れ親しんだ者なら識別も出来るのだと彼女は説明してくれた。冒険活動においてはかなり有用なスキルだろう。



「こっから先は俺が先導するよ」


 実際に目的地へ行った事があるのは俺だけなので、合流してからは先頭を買って出た。そこからは進軍スピードも若干上がり、太陽が真上に昇った頃には件の渓谷へと辿り着く事ができた。


 俺の足なら今日中には辿りつける位置だが、森に不慣れな者の事を考慮すると、もう一泊必要かもしれない。


 その予想は正しかったようで、俺たちは更にもう一泊森の中で過ごした。二日続けて慣れない野外での寝泊まりに、ほとんどの者が疲れ切った表情を浮かべていた。



 だが次の日、遂に森を抜け出ると全員が喜色を浮かべていた。


「も、森を抜けられた!!」

「やったぞー!!」

「ねえ、海があるんでしょう? どこにあるの?」


 やっと危険な森を抜け出れたことに全員が涙を浮かべて喜び合っていた。俺たちはここで少し休憩を取った後に、希望者を募った上で周囲の探索を提案した。この場所のどこに新拠点を作り上げるかは、やはり実際に目で見て判断して貰った方がいいからだ。


 思いの他多くの者が参加することになったので、俺たちは二つの班に分かれて行動した。この辺りはそこまで危険はない筈だが、念の為戦力は分散して班分けをした。佐瀬と名波は当然と言わんばかりに俺の方に付いてきた。


 まずは希望者が多い海の方を見学する事にした。


「…………綺麗」

「うわぁ、これが異世界の海かぁ! 変な気配がいっぱいあるよ!」


 佐瀬や他の学生たちは、日本では中々お目に掛かれない限りなく澄んだブルーの海に見とれていた。一方で名波はスキルで何かを感じ取ったのか、海の奇妙な生物たちに注目していた。


「名波、この辺りに危険な生物はいそうか?」


「ん~、今のところ危険は感じないかなぁ。ところどころ魔物の気配はするけど……」


「え? この海って魔物が出んのか!?」

「や、やだぁ……!」


 名波との会話が聞こえていたのか、学生たちからは怯えた表情が伺える。


「心配しなくても、そんなに危険はないよ。ほら、コイツなんか触っても問題ないくらいだから」


 俺は近くにいたスライム種を手で触った。


「こいつは多分、町で見かけるのと同タイプだろう。赤ん坊だって殺せないようなFランク相当の魔物だ。他にも目に付く範囲の魔物は前回調べたが、どいつも子供だって簡単に捕まえられる個体ばっかりだ」


 魔物というと危険なイメージを持つかもしれないが、異世界ではどこにでもいるイメージで、Fランク相当なら実質無外に等しく、Eランクでも群れてさえいなければ一般人でも倒せる範疇なのだ。


 むしろ生活に役立ったり食物になったりと、暮らしに恵みを与えてくれる魔物も存在する。その事を俺は丁寧に説明する。勿論沖に出れば危険な魔物もいるかもしれないと警告を付け加えもした。


 その後、俺たちの班は乃木たちの班と入れ替わる形で、今度は内陸部の方を探索した。どうやらこの辺りは北が海岸線でその他は森に囲まれている形だ。ただ前の拠点よりかなり広い場所なので、わざわざ森の近くに居住区を立てる必要もなさそうだ。


 海と反対側の南部には綺麗な小川や緩やかな丘が続いている。その先を少し歩くと、遠くの森まで平野が続いていた。


「ここら辺は地球で見かけるような野生動物が多いのね」


「ほんとだ。あれってどう見ても鹿だよね?」


 前回来た時にも思ったが、この近辺は魔物以外の動物も沢山棲息していた。恐らくこの辺りはそこまで脅威となるような捕食者が存在しないのだろう。


「確かにここなら安全そうだな! うん、実に良いな!」


 一緒に見学している浜岡も大絶賛していた。正直俺も一回視察しただけなので、どうなる事かと内心冷や冷やしていたが、彼らの反応を見る限り満足して頂けたようだ。



 一通り新天地の確認を終えると、全員集まって話し合いが行われた。主に話し合うのは何時もの主要メンバーだが、学生たち全員がその話し合いを見守っていた。挙手すれば誰にでも発言の機会がある。


 ただし中野を含めた料理班は夕飯の準備がある為、今回は不参加だった。料理班からの要望は事前に花木へと伝言済みのようなので問題ないそうだ。


「それじゃあ、まず初めにこれだけは聞きたい。この新天地を新たな拠点とする事に賛成か否か、全員の意見を伺おう」


 これはほぼ満場一致で賛成となった。その結果に俺もホッと胸をなでおろした。


 その後は細々とした話し合いが進められた。新拠点の場所や新たな運営方法など、色んな意見が飛び交うのを俺は見守っていた。俺はアドバイザーという立ち位置な為、意見こそ控えたが聞かれたことや助言は行った。


 大まかな内容が決められたところで夕飯が出来上がった。まだ大した調理設備が整っていないが、それでもかなり豪勢な料理が振舞われた。その料理に舌鼓を打ちながらも、俺は今後のやるべき事を考えていた。


(まだ、もうひとだけ仕事が残っているな)


 それはこの新拠点から町までの新ルートを探すという役割だ。正直ここまで肩入れするのもどうかと思ったが、折角彼らとここまで頑張ってきたのだから、最後にそれくらいは残してあげたいと考えていた。


 俺はそう遠くない内にこの拠点を出る。それは初めから決めていた事だ。まだまだ異世界を回って見たいし、冒険者ランクももっと上げておきたい。戦闘や魔法の訓練もし足りない。それと他の日本人コミュニティを探し出し、家族の安否を確認したいのだ。


(やりたい事は山ほどあるけど、まずはここの発展だな)


 拠点作りは彼らだけで十分やれるだろう。幸いここには自然の食糧も沢山ある。だが人が更に快適な生活を望むのなら、どうしても外との交流は不可欠だ。今後は俺抜きでも町へ出掛けられるだけの下地を今ここで作っておきたいのだ。


 俺はその事を花木たちに伝えると、彼らは少しだけ寂しそうにしながらも賛同してくれた。彼らとしては俺に残って欲しいそうだが、それについてはやんわりとお断りをした。



 翌日、俺は佐瀬を連れて、再び森へ入る事となった。



「留美が愚痴っていたわよ。『また置いてけぼりかー!』って」


 佐瀬と森の中を進みながら、俺たちは今朝のやり取りを思い出していた。


 今回の目的は新拠点から町への最短ルートの確保であった。最初は様子見という形で俺一人で行く気であったのだが、佐瀬と名波、それと乃木が同行したいと言い出したのだ。


 だが新拠点作りの方も重要な為、まだまだ周辺の調査が不十分という理由で名波と乃木は残って欲しいと周りから強く引き留められたのだ。


 勿論、佐瀬も多くの男どもから引き留められていた。


「こっちも男たちに睨まれていたぞ」


「そりゃあ、こんな可愛い子と一緒なんだから!」


「さいで」


 これも役得というやつだろうか。まさか彼女と二人だけで出掛ける事になるとは思いも寄らなかった。その分、男たちには射殺さんばかりの視線を向けられた。これは戻った後に刺されるかもなと、俺は本気でその心配をした。



 俺たちは途中まで来た時の道を引き返していく。つまり崖の少し横を沿う形で進んで行った。そこから旧拠点に向かうには途中で右に曲がるのだが、俺たちはそのまままっすぐ西へと進む。脳内での拙い地理情報だと、それが森を抜ける最短ルートな筈なのだ。


 だが、そうは問屋が卸さなかった。


「あー、こっちにも崖があるのね」


「こりゃあ駄目っぽいか?」


 渓谷の崖上沿いに進んで行くと、その先にも高さが3メートル程もある別の崖にぶち当たった。今度は俺たちがいる場所が崖下になるようだ。どうも迂回しないとその先へ進めないみたいだ。


「これくらいなら何とか登れそうなんだけど、ねぇ」


 俺たちだけなら通るのには問題がない。だが他の者が町へ向かうとなった時、流石にここを登れというのは酷だろう。しかも町に行き来するとなると当然荷物も抱えることになる。それでは到底通行不可能だ。


 仕方がないので俺たちは右に曲がり、北上する形で新たな崖に沿っていった。二時間ほど歩くことで崖は緩やかに下っていき、やっと西へ進める道が出てきた。


「……ねえ、今度はこの崖上沿いに戻ってみない?」


 佐瀬の提案に俺は首を捻った。それでは森を抜けるのに遠回りになるのではと考えたのだ。


 だが佐瀬の考え方は違った。


「思ったんだけど、あれくらいの崖なら先輩たちの土魔法を使えば、スロープ的なものを作れるんじゃない? それならかなり時間短縮して森を抜けられるわ!」


 彼女の提案に俺は成程と頷いた。その発想はなかったな。聞けば彼らの前の拠点も土魔法で作った土を盛って整地されたそうだ。俺と違って魔力量の心配はあるが、人数と時間さえ掛ければ十分可能だろうと彼女は予測していた。


 俺たちは急遽、崖上を戻る形で南下していった。今度も二時間くらい掛かったところで日が暮れてしまった。今夜はここで一旦野宿となる。


「悪いが俺が先に寝るぞ。時間になったら起こしてくれ」


「後の見張りの方が辛いと思うけどいいの?」


 佐瀬の問いに俺は問題ないと頷いてから横になった。こういう時、人員が少ないと寝るのにも一苦労だ。俺たちは交代で見張りを立てながら眠る事となった。念の為、二人とも≪隠れ身の外套≫を着込んでいるが、これも絶対ではない事は既に立証済みだ。鋭い感覚を持つ魔物には時折気付かれてしまうのだ。


(見張りもマジックアイテムでどうにかならないかなぁ……)


 そんな便利なものがあれば冒険者たちの間でも重宝されているだろう。あったとしてもきっと貴重な物に違いあるまい。


「……ねぇ、まだ起きてる?」


 ふと佐瀬の囁き声が聞こえた。何かあったのだろうか?


「ああ、どうした?」


 彼女の方に頭を向けると、思った以上に彼女の顔が近かったので、思わずドキリとした。


「このルート開拓が成功したら拠点を出て行くって話、本当なの?」


 直接彼女たちにハッキリと伝えた事はなかったが、近々俺が拠点を出て行く事を察していたようだ。この際だから俺は佐瀬に正直に伝えた。


「そのつもりだ。世界をあちこち見て回りたいし、他のコミュニティを探し出して家族の安否も確認したいしな」


 そう告げると彼女は視線を下に逸らす。何やら考え込んでいるようだ。


 しばらくの間、虫の鳴き声と風が木々を揺らす音だけしか聞こえてこなかったが、彼女はようやく口を開いた。


「私も付いて行きたい」


 俺はその言葉を予想していたのか、それとも期待していたのだろうか。そしてそれに対する回答を俺は予め決めていた。


「正直、楽じゃないぞ? 何せ俺は無茶ばかりする男らしいからな」


「ふふ、知ってる」


 佐瀬は笑みを零しながらこちらを見つめていた。やばい、間近で見るとやはり超絶可愛い。


「多分留美も行きたいって言うと思うわよ?」


「ああ、それも半分予想していた。俺は構わないぞ」


 名波は佐瀬以上に好奇心旺盛な子だ。あの異世界大好きっ子がこの話を逃すとは到底思えなかった。


 だが俺の返答はお気に召さなかったのか、佐瀬は少しだけ眉を顰めた。


「ちょっと、そこは『私と二人きりがいい』という場面でしょう?」


「あー、訂正。佐瀬と二人きりがいいなぁ」


「なんで棒読みなのよ!」


 どうやら俺は回答を誤ったようだ。更にご機嫌斜めになった佐瀬は顔を離して不満げにこちらを睨んでいた。


「ったく、さっさと寝なさい! 言っておくけど、時間になっても起きなかったら【ライトニング】で叩き起こすから!」


「ぐっない!」


 俺は大人しく眠る事に集中した。思っていた以上に気が張っていたのか、俺はぐっすり眠る事ができた。そのお陰で俺は予告通りのやり方で彼女に叩き起こされるのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:向こうの世界の人口はどのくらいでしょう?

A:地球人より少ないですが詳細はお答えできません

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