第31話 異世界式キャンプファイヤー

 乃木たちと合流して拠点へ戻ると、既に拠点内にいた学生たちは新天地へ出立していた。伝言役として警備班の何人かと浜岡が残って待っていてくれた。


 思った以上にフットワークが軽い。これもここのコミュニティが若い学生たちだけで構成されている強みだろう。それに以前に一度魔物から逃げた経験が活きているのかスムーズに集団移動ができているようだ。


 俺たちも急いで彼らの後を追う事とした。乃木たちも事前に持って行くものを選別し終わっていたようで、各々の荷物を背負うと急いで南へと向かった。


 移動を始める直前、浜岡がこっそり俺へと呟いた。


「矢野君、例の・・物は集会場に集めてある」


 例の物とは今回急な移動で持ち運ぶことを断念した荷物たちのことだ。


 それらは花木たちの指示で、集会場に集約されていた。名目上は“後で取りに戻る時、分かり易いから”だが、真実は俺のマジックバッグでこっそり持ち運ぶ為である。


 既に俺のマジックバッグは花木たち一部の者には知られている。ならばそれを活用して皆の荷物を身軽にできないかという俺の案を花木たちは喜んで採用した。マジックバッグの事をあまり吹聴されたくない俺に配慮した形で、今回はこのようにして集められたのだ。


 乃木にも知られているが、他の警備班にはまだバレてはいない。彼らの姿を見送った後、俺はこっそり集会場に寄り道して荷物を全て回収すると、急いで彼らの後を追った。




 それからすぐに俺たちは先行している集団の最後尾と合流した。


「二人は前方、他は両サイドに回ってくれ! 俺は中央で待機する。基本は、名波の指示に従ってくれ!」


 乃木が警備班のメンバーにテキパキ配置場所を指示する。名波は【察知】スキルの特性上、やや前方寄りの中央部に配置されていた。全方位警戒できるようにとの配慮だ。乃木もいざという時、どの方向にも素早く駆け付けられるよう、彼女の近くに待機する。


 最初乃木は殿役を志願したが、その役目を俺に譲った。俺としても、最悪一人きりの方が色々無茶も出来ると考えての立候補だ。だが、そんな俺に佐瀬も付いてきた。


「佐瀬も中央の方が都合も良いんじゃないのか?」


「……あんた、何かと理由を付けて私を遠ざけようとするわね」


 どうやら俺の目論見はバレてしまったようだ。


 確かに最悪の場合“自爆技かましてやる!”と息巻いていたが、今回のような群れとの戦闘ではかなりリスキーな行為だ。最悪取りこぼしをして瀕死な状態を突かれたら一溜りもない。流石の俺も死んだ後に自分を蘇生させる事は出来ないのだ。


 かといって彼女たちにその役目を押し付けて“後で生き返すから”というのも俺の信条に反する。自分勝手だとは思うが、他人には犠牲になって貰いたくなどないのだ。


「……ねえ、あいつら追ってくると思う?」


「……さぁな。俺もあんまり野生のオークには詳しくないから何とも…………」


 ダンジョン産の魔物は基本的に人間への殺意しか抱かない性質となる為、会敵したら即戦闘となる。俺はダンジョン内でのオークとは何度も戦ったが、外では前回の戦闘が初めてだ。


 だが彼らの生態については冒険者たちから聞かされていた。彼らは雑食だが、人間も好んで食べるらしい。だから人間の姿を見かけると基本襲い掛かってくる。それと襲ってくる理由はもう一つあり、女性の場合は生殖対象と見なされるからだ。


 これは半々で、ゴブリン程ではないがオークも人を攫って種を増やすために異種族を犯したりする。ただゴブリンと違う点はオークにも雌が少なからず存在し、それが不足がちだとその役目を、足りていれば食糧へと回される。どちらにしろ捕まれば碌な目には遭わない。


 ちなみに男も犯されるケースがあるそうだ。やつらに人間の美醜や性別の判断はつかないらしい。故に捕縛されたら最悪自害する事も推奨される程だ。何とも害悪な連中だ。


「ケプの実と俺ら、美味しい方に向かってくるかもな」


「相当な数がいるようだし、両方狙ってくるんじゃない?」


 佐瀬の冷静な意見に俺は“それもそうか”と思った。



 そしてどうやら俺たちの想像は当たっていたようだ。



「後方! 何匹か魔物が向かってくる!」


 名波から伝えられた情報がこちらにも回される。どうやら何匹か先行してこちらに向かってきているようだ。


(ちっ! そう簡単に見逃してはくれないか!)


 最後尾に付いていた俺は前を歩く学生たちに目を遣る。彼ら彼女らは集団の中でも取り分け運動が不得意な者たちで、どうしても慣れない森歩きだと他より遅れがちになってしまう。そんな最後尾集団に合わせていたらオークたちに追いつかれるのも最早時間の問題であった。


「佐瀬は最後尾に付いたまま先に行け! 俺が奴らを他所へ誘引する!」


「ちょっと!? 一人でなんて無茶よ!」


 無茶は承知だが、他にどうしようもない。俺は身体を翻し走り出すと、あえてオークたちに見つかり易いよう大声を出した。


「おい! 豚肉オーク共! 豚カツにしてやるからこっちに来やがれ!」


 流石に人族の言葉までは理解していないだろうが3匹のオークが姿を見せると、俺を見た瞬間奴らは吠えた。どうやら遠くにいる仲間に合図を送ったらしい。


「——隙あり!」


 それを悠長に見守っている程俺は優しくはない。即座に【ストーンバレット】を連発させて、2匹を沈めた。


 ブモオオォッ!!


「おら、こっちこい! 残ったお前は先導役だ!」


 俺は前を進んでいる集団たちのルートから少し西側にズレると、生き残りのオークを誘い出す。すると奴の背後から更に2匹のオークと1匹のハイオークも出てきた。奴らもまた雄叫びを上げて叫んでいた。


(よし、釣れ出せた!)


 ある程度西側に誘導できたところで、今度は攻撃に専念した。


「お前らには新技をお見舞いしてやるよ!」


 俺は少しだけ立ち止まり集中すると、向かってくるハイオーク目掛けて魔法を繰り出した。


「——【ライトニング】!」


 それは佐瀬の魔法を盗み見て(体験して)使えるようになった、雷属性の最下級魔法であった。ただし俺の魔力量を制御できる限界まで込めた代物だ。その威力は1ランク上だと思われる【サンダー】に匹敵する。


 最下級魔法の中でも最速を誇る雷魔法はハイオークの巨体を貫通した。高圧電流を流されたハイオークはそのまま倒れて絶命した。


(よし! やはり森中では相性がよさそうだな!)


【ストーンバレット】も悪くはないのだが、オークの肉厚な身体だと少し威力不足だった。その点、雷属性は火と違って森を燃やす心配も多少は軽減される。これで遠慮なく魔法を扱う事ができた。


 それともう一つの利点はその音だ。【サンダー】相当の【ライトニング】は落雷さながら轟音を立て、いい具合に後続のオークたちをこちらへ引き寄せる事ができた。


 俺は向かってくるオークたちに囲まれないよう注意しながら一匹一匹倒していった。ただ思った以上のオークを引き連れてしまったようで、次第に数の暴力に押され始めていく。


(不味いな……。これ、離脱できるか?)


 焦りが注意力を散漫させたか、横からの接近に気が付かなかった。すぐ傍にオークが迫っていたのだ。慌てて俺が回避しようとすると、横手から本家本物の【サンダー】が奇襲したオークへと落ちた。


「——佐瀬!? それに乃木もか!」


「流石にこの数で一人は無茶よ!」

「助太刀する!」


 どうやら最後尾を他の者に任せ、二人が俺の援護に来たようだ。正直助かった俺は礼を伝えると、すぐに三人でオークたちを迎え撃った。


「あんた、何時の間に【サンダー】を使えるように!?」


「今のは【サンダー】ではない……【ライトニング】だ!」


 某大魔王風に言ってみた。


「結構余裕あるな、矢野氏……」


 どうやら原作の漫画を知っていた乃木からはツッコミを受けるも、それに返事する余裕はなさそうだ。奥から一際ヤバそうな筋肉が現れた。


「おいおい、ありゃあヤバいな……」

「嘘でしょう……」

「…………」


 一目見て分かった。あれがこの群れのボスだ。多分オークジェネラルだろう。デストラム程の圧は感じないものの、今の俺では手に余りそうな風格を備えたオークであった。その両隣にはハイオークと、更に背後には多数のオークが控えていた。


 ブモッ!


 オークジェネラル? が何か合図を送ると、背後に控えていたオークたちが一斉に襲い掛かってきた。その数は先程までの比ではない。


「よし、逃げるぞ!」


 俺は即座にそう判断した。他の二人も同じ考えだったようで、南の方角へ一目散に走り出した。さっきの場所から大分西に進んでいた筈なので、ここから南下しても先に避難している学生たちとは鉢合わせにならずに済むだろう。十分誘導は出来たと思うが、問題は俺たちが無事に戻れるかだ。


「はぁはぁ……どこまで、行くの!?」


 息を切らせながら佐瀬が質問してきた。彼女は元々の運動神経がいいのか何とか俺たちに付いて来れていた。


「あそこじゃあ、はぁはぁ……場所が悪い。もう少し……狭い場所なら……!」


 先程まで戦っていた場所は森の中でも大分開けていた。多人数を相手取るには不適格であった。


 俺と佐瀬が背後から来るオークを魔法でけん制しながら、乃木が先導する形で森の中を迷走し続けた。


 すると突如妙な場所に出た。周辺は木々が生えてはいるのだが、草花が極端に少なく、まるで誰かが手入れしているかのように錯覚する場所だ。


「ね、ねぇ、ここ変じゃない?」


 佐瀬の問いに俺は応えた。


「ああ、やけに地面が整地されているような……」


「それもそうなんだけど、そうじゃなくって……何か、おかしな気配を感じない?」


「……おかしな気配?」


 佐瀬の言っていることが俺にはいまいちピンとこなかった。乃木も何か奇妙な気配を感じるのか、周囲を警戒していた。


(なんだ? 誰か他にいるのか?)


 人一倍そういう事には鈍い俺は必死に周囲を観察するも、おかしなところはなさそうだ。それに悠長に観察している時間も無い。背後からオークたちが迫って来ていた。例のボスの姿も見えた。


「ちぃ、追いつかれる! 仕方がない、あそこの大きな木を壁にして戦うぞ!」


「う、うん」

「りょ、了解だ!」


 どこか歯切れの悪い二人の様子が気にはなったが、もうこれ以上オークたちから逃げるのは不可能だ。そう判断した俺は少しでも囲まれにくいよう、この木々の中でも一際大きい大樹の傍で戦う事を決めた。


 俺たちは大樹の横まで後退してオークたちと対峙する。しかし妙な事にオークたちの様子が変だ。周囲をやたら気にし始め、こちらへ進む足を一斉に止めたのだ。しかも手下だけでなく、ハイオークやボスオークまでもそわそわしていた。


(一体何なんだ? ここに何かあるってのか?)


 オークたちの解せぬ態度を見ていた佐瀬と乃木も再び周囲を気にし始めたのだが、やはりその原因に見当がつかなかったようだ。それはオークたちも同じようで、気を取り直してボスオークが手下どもに攻撃命令のような合図を下した。


「くるぞ!」


 こっちも俺の合図でそれぞれが戦闘準備をする。その直後————


「——ぐはっ!?」


 乃木の腹部から太い枝のようなものが突き出ていた。その枝の根元を追っていくと、それはまさしく俺たちが壁として利用しようとしていた大樹から伸びていた。


「「…………え?」」


 それを見た瞬間、俺の背筋にゾクリと悪寒が走る。


「——佐瀬ぇ!!」

「きゃっ!」


 俺は彼女を抱き寄せると、死に物狂いで大樹から距離を取った。倒れるような形で横跳びした俺はさっきまで自分たちが立っていた場所に視線を向けると驚愕する。そこには複数本の枝が地面へと突き刺さっていたのだ。


 ブモオオッ!?

 ブヒィッ!?


 オークたちからも次々と悲鳴が上がる。そちらへ視線を向けると、大樹だけでなく、周りに生えている木々からも枝が伸びており、近くにいるオークたちを串刺しにしていった。


 ボスオークとハイオークを含めた若干数は難を逃れたようだが、それ以外のオークたちも乃木同様、次々と身体のあちこちに枝を突き刺されていく。


「い、一心! 乃木先輩が……っ!」


「くそぉっ!」


 乃木の方を再び見ると、彼は腹を突き刺されたまま身体を持ち上げられていた。よくよく観察してみれば、ここら一帯に生えている木の樹冠には動物の干からびた死骸や骨が隠されるように吊るされていた。


 そこで俺は漸く悟った。ここらに生えている木々の正体は魔物だったのだ。


「しまった! エントの縄張りか!?」


「え、えんと?」


 初めて聞く魔物の名前に佐瀬は狼狽える。しかし悠長に説明している時間は無いので簡単に指示を出す。


「この辺りに生えている木は全て魔物だ! 基本は動けない種で普段は大人しいが、刺激を与えると攻撃的になる。だから魔法は極力使うな!」


 恐らく身体強化を発動させた乃木に反応したのだろう。


「うっ、分かった。でも、乃木先輩はどうする気!?」


 問題はそれだ。乃木は既に敵とみなされたのか、枝に串刺しされたまま遥か上で囚われてしまっている。あの出血量ではそう遠からず死んでしまうだろう。かといって救助しようものなら、きっとこの大樹は反撃に打って出る。


 俺は再びオークたちの方へ視線を動かした。見ると奴らは雄叫びや悲鳴を上げながら必死に抵抗をし続けていた。その所為か近くにいるエント種は勿論、大樹すらも長い枝を駆使してオークたちを次々と屠っていった。


 しかも何匹かのエントは魔法まで使っているのか、地面から岩の棘を突き出している。これは異常な光景であった。


(こいつら、ただのエントじゃない!?)


 俺が知っているエントという名の魔物は、討伐難易度がEランクで、枝での攻撃にさえ気を遣っていれば楽に倒せる魔物だと聞いていた。だがどう見てもこいつらは、少なく見積もってもCランク以上はありそうだ。


「あ、ボスオークが……」


 多勢に無勢で、遂にはボスオークすらも大樹の枝と地面からの岩棘で串刺しにされてしまった。あいつも相当動きが良かったが、エントたちの縄張りに入り込んだ時点で明運尽きていたのだろう。


 ボスオークは完全に息絶えており、そのまま乃木と同じように大樹の上へと吊り上げられてしまった。乃木は……まだ息をしているようだが、このままでは魔力も体力も奪われていずれ死んでしまう。


「ど、どうしよう?」


「…………っ!」


 佐瀬の問いに俺は即答できなかった。


 幸いエントたちの攻撃は収まった。どうやら冒険者たちの助言は正しかったようで、騒ぎさえしなければ敵とは見做されないらしい。俺と佐瀬だけは、このままゆっくり歩いてこの場を去れば助かるのだろう。


「…………佐瀬、一人でゆっくり歩いてここから離れろ」


「冗談。一人見捨てて逃げるなんて死んでも御免よ」


 即答して見せた彼女に俺は苦笑いを浮かべた。そんな性格だからこそ後ろを安心して任せられるのだが、今回においては寧ろ邪魔であった。


「いいから離れろ。これから一か八かの自爆技をする。最悪、俺と乃木は死ぬかもしれないが、上手くいけば全員が助かる。誰一人死なせない為には、もうその手しかない」


「————くっ!」


 俺が何をしようとしているのか理解できたようだ。俺は大樹を刺激しないよう、ゆっくり荷袋を彼女へ手渡した。


「その中に薬草が入っている。もしもの時は無理やり俺にそいつを喰わせてくれ。意識さえ残っていたら【ヒール】でも【リザレクション】でも使って、全員きっちり回復して見せる!」


「…………分かった。もし死んだら【ライトニング】の刑だから!」


 それは絶対にしくじれないなと、俺は彼女なりの励ましに笑って答えた。佐瀬は恐る恐るエントたちの縄張りを抜け出そうとする。どうやら予想通り、騒いだりしない限りは襲われる心配をしなくてよさそうだ。


(まっさきに乃木へ反応したのは【身体強化】だよな? とすると、魔法耐性を上げるのも引っかかるのか?)


 魔法耐性は身体強化とは違い、魔力を外へ放出する事によって魔法をレジストする技術だ。魔力量の高い者ならただ垂れ流すだけでそれなりに機能するので、俺もその恩恵を十二分に受けている筈なのだ。


(使うのは……やっぱ火属性か?)


 延焼を防ぐことを考えるのなら、手持ちの攻撃魔法なら光・水・雷なのだが、どれもエントにはあまり効き目がなさそうだ。雷は一見有効そうに思えるが、先程こいつらは土の魔法を扱っていた。土と雷では相性が悪いのだ。


(だが火属性だと、乃木の遺体が焼き残るのかが不安の種だな)


 俺の蘇生魔法にはいくつかの条件がある。その一つが死体の状態だ。ゴブリン君たちの尊い犠牲により、俺は蘇生魔法について検証を重ねてきた。それで分かった事の一つが、遺体は極力原形をとどめている程、蘇生も成功しやすいという事だ。


 いや正確に言うのなら、酷い状態の遺体でも死後それ程経っていなければ回復魔法で修復する事だけなら可能だ。あくまで見た目だけの修復で生き返りはしないのだが……


 だがどうやっても、生命力? とでも呼ぶべき内に秘めているエネルギーだけは、俺のチート【ヒール】でさえも一切回復をしなかった。


 どんな死体でも、その生命力さえ僅かでも残っていれば【リザレクション】できっちり生き返す事ができる。ただし、遺体の損傷が激しすぎたり、余り残っていないと、生命エネルギーはあっという間に無くなるし、復活魔法も意味がない。


 だから遺体の状態は重要なのだ。


 当然、遺体が灰になるまで燃え尽きると、生命力なんか一欠けらも残っていない。つまりなるべく綺麗な状態の死体の方が蘇生の確率が上がるのだ。


「乃木、聞こえるか?」


 俺は出来るだけ大樹のエントを刺激しないよう声量を押さえて呟いた。佐瀬はとっくに避難を完了している。あの距離ならば巻き込みはしないだろう。今ここに残って生きている者は俺と乃木、それとエント種だけだ。


「ぅ……ごほっ……」


 なんと彼はまだ意識が残っているようだ。ただ此方へ向けた目からは既に光が失われ、最早風前の灯火であった。


 そんな彼に俺は、これから酷い事をする。


「苦しいだろうが、気をしっかり持って魔力を放出させろ。それが生き残れる最後のチャンスだ」


 果たして俺の声は彼に届いたのだろうか。するとすぐに答えは返ってきた。彼の全身から弱々しくも魔力が放たれ始めた。それに大樹のエントはすぐさま反応して、彼を枝で締め上げた。


「ぐはっ!」


 余計な事を言ったかと思いつつも、これが重要であったのだ。傷なら後で幾らでも癒してやれる。だが俺の魔法で乃木が燃え尽きないかが心配なのだ。乃木は最後の力を振り絞って律義にも俺の言う通りに魔力を放出し続けている。


 そんな彼の覚悟に応えるべく、俺は急いで魔法を放つ準備を始めた。


「そこの木偶の坊! そんなに魔力が欲しければ、たっぷり味わいやがれ! キャンプファイヤーだ!!」


 俺は体内に込められた魔力を一気に解放する。直後、エントたちは俺に過剰反応して枝を伸ばしてくるが最早遅すぎた。


「——【ファイア】!」


 一瞬閃光が走った後、視界が炎で真っ赤に染め上がる。目の前の大樹は勿論、俺、乃木、その他周囲のエントたち、そして捉えられたオークたちの死骸も皆平等に、灼熱の炎が襲い掛かった。


 エントたちは声帯がないのか悲鳴こそ上げなかったものの、苦しそうに幹や枝をくねらせる、小さい個体から次々に燃え焦げていった。


「うぐあああああっ!?」


 俺も必死に自分の魔法耐性で防御しつつも火力を上げていく。これ以上は乃木の遺体も心配なのだが、目の前の大樹は未だに脈動し続けているのだ。大樹の化物は思った以上の存在のようだ。


(……しつこい奴! いい加減……くたばれぇ!!)


 漸く俺の願いが届いたのか、大樹は全ての細い枝や葉を灰にし、幹こそ大分残ったものの、遂には丸焦げたままピクリとも動かなくなった。


「うぅ……ぁ……っ」


 朦朧とした意識の中、俺は【ファイア】を放つのを止めた。あちこち焦げた匂いと異臭が鼻をつく。俺は全身大やけどの激痛に身悶えながらも、自信に何か力のようなものが流れ込んでくるのを感じ取れた。この感覚は開拓村での一件以来だ。


「ひ、【ヒール】……!」


 なんとか自分の身体を回復させながら周囲の様子を伺う。それは酷い有様であった。辺り一面が炎に包まれていた。


 俺は【ヒール】と【ウォーター】を交互に放った。【ウォーター】を乃木が落ちたと思われる場所に放つと、その辺りはすぐに火の勢いが弱まった。流石は魔力産の水だ。


「……やばい、頭がくらくらする」


 軽い酸欠状態なのか、煙でおかしくなっているのかは不明だが、【キュア】も織り交ぜながら、消火活動と自身の回復と大忙しであった。


 そしてそれが落ち着いたら、今度は急いで乃木の蘇生である。彼はやはり俺の魔法が致命傷となったのだろう。既にこと切れていた。だが最後の彼の頑張りが功を奏したのか、まだ生命力は感じられる。


 俺は急いで彼の火傷や傷穴を【ヒール】で癒すと、続けて【リザレクション】を発動させた。一気に目減りした魔力量と、まだ完治しきれていない自身の火傷に俺は少し立ち眩みを感じた。


「う、少し魔力を使いすぎたか……」


 こんな大惨事を引き起こした俺の魔法だが、実はこれでもまだ全力全開ではない。だが流石に火炎・魔法耐性・回復・消火・蘇生と立て続けに行使した所為か、久しぶりに魔力が空になりそうな感覚を味わった。


(不味いな……まだ消火しきれてないってのに……)


 戦いこそ一段落付いたが、まだまだやらなければならない事が残っている俺は、気が滅入りそうになりながらも乃木に蘇生魔法を掛け続けた。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:異世界の動植物は地球と同じなのでしょうか?

A:一部同じです

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