第30話 凄い筋肉がやってくる!
朝食を終え、朝の一仕事を終えた俺たちは、拠点の東側へ集合となった。本日は乃木率いる森林警備班と合同で、オークたちの様子を見に行く運びとなったのだ。
「今日はよろしく」
「こちらこそ!」
俺の挨拶に乃木は笑顔で答えた。どうも彼は【身体強化】のコツを伝授して以降、俺の事を師として仰ぐようになった。とはいえ、純粋な接近戦では向こうの方が上だと思うし何とも歯がゆい気分だ。
「ふふ、私とは久しぶりよね!」
「今日は私も参加するよ!」
佐瀬と名波も一緒だ。確かに佐瀬の方は斎藤の件でも同行しなかったので、随分久しぶりに行動を共にする様に感じた。
名波も当然参加している。今回はまだ練習不足とあって弓は使わないようだ。念の為、俺のマジックバッグに収納しているのだが、今日は他の学生たちの目もあるので大っぴらに取り出す事はできない。
警備班は通常4、5人で行動しており、今日は乃木の他に3名が同伴している。それに俺たち3人が加わり全部で7人となる。
先導役は乃木が買って出ており、俺たちは例のオークたちがいるとされる縄張りの近くまでやってきた。
「ああ、確かにオークだなぁ……」
名波の【察知】で捕捉したオークを、俺たちは茂みの中でひっそりと観察していた。以前ダンジョン内で見たオークと体格こそ変わらないが、少し薄汚れているように見受けられる。ダンジョン産と野生との違いだろうか?
「あいつ、あんな所で何やってるんだ?」
オークは岩に背を預け座り込んでいた。寝ている訳ではない。その証拠に時折顔を右へ左へと動かしている。
「まさか見張りか?」
「俺たちはそうだと考えている」
俺の問いに乃木は同意した。乃木の話だと、後1時間程もすれば代わりのオークがやってきて、役目を交代するのだそうだ。
俺たちはそっとその場を離れると、先程のオークについて相談しあった。
「完全に統率されてるじゃないか!? あれは間違いなく上位種がいるぞ?」
「ううむ、やはりそうなのか?」
俺の言葉に乃木は自信なさげで尋ねた。どうやら彼らの言い分としては、人間側も別に特別強いリーダーがいる訳ではないが、交代の見張りくらいは普通に行っている。だから奴らも同じ思考なのだろうというのが、当初の乃木たちの考えだったようだ。
だが俺はそれには賛同しかねた。
「俺はダンジョン産のオークしか見た事はないが、さっきのを見て確信した。絶対に上位種はいる。なんだかんだ言っても魔物は弱肉強食な連中だ。いくら同じ種で群れているからといって、人間のように協調性があるとは思えない!」
どの群れもそうだった。一見連携して戦っているように思えるが、最終的には自分が真っ先に獲物へ喰らいついてやろうという欲が見えた。だからこそ厄介でもあるのだが、あのオークたちにはそれが感じられなかった。
恐らく自分たちの欲望以上に強い、恐怖によって支配されているからだ。少なくとも多数のオークを力で纏められるだけの存在が確実にいる。
(1ランク上のハイオークくらいなら、どうにでもなるんだが……)
果たしてCランクレベルで、あれだけ見事に統率できるのだろうか。話に聞くと、どうも10数体以上は確実にいる。下手をするとBランクのオークジェネラル、最悪Aランクのオークキングが控えている。いずれにしても、俺の手には余る存在だ。
「このまま引き返そう!」
俺の提案に全員が頷いた。
ここはオークたちの縄張り手前に位置する。この時間は大人しいそうだが、それが日中になると、拠点の近くまで足を運ぶオークが増える傾向にあるそうだ。
だが、今回は少し様子が違った。
「——っ!? 右前方に複数の気配! 多分オーク!」
名波の声に一同から緊張が走る。しかもそれだけでは済まなかった。
「嘘!? こっちに気が付いた!? 一匹先行してくる!」
「——総員、戦闘準備!」
乃木の掛け声に全員がそれぞれの得物を準備する。その直後、そいつは現れた。
「——大きい!?」
「な、なんだこいつは!?」
それは通常のオークより一回り以上大きく、纏っている魔力量も多かった。
「ハイオークだ! 真正面から戦うなよ!」
かつてダンジョン内でマルコたちと戦った事のある相手だ。あの時は1匹を四人がかりで倒したわけだが、今回は状況が少しだけ厄介だ。
ブモオオオオオッ!
オーク独特の雄叫びを上げると、奴の背後から遅れて通常サイズのオークたちも飛び出てきた。その数、全部で5匹。
「く、ハイオークは俺に任せろ!」
「——っ! すまない、矢野氏!」
流石にこの状況下では俺が対応するしかないだろう。俺は【ストーンバレット】を急接近してくるハイオークに放った。それを奴は、手にしていた盾で防いだ。
(ちぃ! オークがそんなもの持つんじゃねえよ!)
そう、その個体は驚くことに武装していたのだ。木製の盾に石斧だろうか。盾こそ魔法でぶち壊したが、特に大きな傷を負わせるには至らなかった。
代償として俺はハイオークに接近戦を強いられる事となった。
ブモオッ!
鼻息と共に奴は斧を振り下ろした。それを俺は横へステップして回避したが、すぐに第二撃が放たれた。横斬りである。
(くそぉ! 早いっ!)
元来力のあるオークの上位種だ。奴らが軽く振るっただけの攻撃でも致命傷になりかねない。それが連続で繰り出されたのだ。俺はなんとか二の太刀も背後に下がって躱したが、三撃目は剣で受けざるを得なかった。
「ぐ、ぅっ!」
重たい衝撃に手が痺れ、思わず剣を手放しそうになる。だから真正面で戦うなと周囲に警告したのに、俺がそれを実践できていなかった。
(だ、ダメだ! 守っていたらやられる!)
俺は続けて放たれた石斧をギリギリ避けると、ハイオークに向けてジャンプした。
「おおおおおおっ!」
奴の背丈は高く、そうでないと頭部には届かない。俺は一か八か跳躍して、剣の切っ先を奴の顔面に向けてそのまま刺した。
ボモオオォッ!?
堪らず悲鳴を上げたハイオークは、痛みで叫びながらも我武者羅に石斧を振り回した。その一撃が飛んだ直後で隙だらけだった俺の左腕に直撃した。
「ぐはっ!?」
腕こそ吹き飛ばなかったが、少しでも動かそうとすると激痛が走る。このままでは使い物にはならなそうだ。
痛みに堪えながらハイオークの方を見ると、奴は顔面に剣を刺されながらも未だに暴れていた。とんでもない生命力であった。
「——だが、これで終わりだ!」
俺は再び【ストーンバレット】を奴の胸元へと放った。それでハイオークは倒れ、今度こそ完全に動かなくなった。他の皆の状況はと周囲を見渡すと、既に何体かは撃退しており、残った2匹は逃走し始めた。
「逃がさない!」
背を向けたオークに佐瀬はすかさず【サンダー】をお見舞いした。もう片方のオークも乃木と名波が二人掛かりできっちりトドメを刺した。名波は【察知】で安全確認したのか、自身の武器を収めた。どうやらこれで終戦のようだ。
「皆、怪我はないか?」
俺は自分の左腕に【ヒール】を掛けながら尋ねた。
「いや、あんたが一番重傷よ!」
佐瀬のツッコミに俺は苦笑いを浮かべた。
「すげえ、あんな大きなのを倒しちまったよ」
「D級冒険者は伊達じゃないな!」
警備班の学生たちは俺を褒め称えてくれたが、正直ギリギリだったので、深手を負わされた身としては、あまり胸を張れそうな戦果ではなかった。
「流石は矢野氏だ! あの凄まじい筋肉相手に、よくもまぁ……」
「それより早いところずらかろう。流石に連戦は避けたい」
「む、そうだな」
俺たちは魔石だけ回収すると、速やかにその場を去った。本当はオーク肉も食べたかったのだが、マジックバッグを使って丸ごと回収する訳にもいかないので、ここは諦める事にする。
ちなみにここの学生たちはオーク肉を食べた事がない。やはり人型の肉を食べるのに強い抵抗があるのだ。俺も初めはそうだったが、teamコココに勧められて食べてみたら価値観が変わった。それほど美味しかったのだ。そんな俺は佐瀬たちにも町で勧めてみたのだが、あえなく断られてしまった。やはり地球人に人型の肉はイメージが最悪らしい。
急いで拠点に引き返しながら、俺たちは先ほどのオークたちの事を思い返していた。
「しかし、これは不味いな。多分、奴らの縄張りにはもっと上の個体がいるぞ」
「あれが群れのボスじゃないの?」
俺の呟きに佐瀬は問い返した。それに意見を述べたのは乃木であった。
「いや、ボスだとしたらもっと多くのオークを引き連れていたんじゃないのか? わざわざあそこに見張りを置いたまま、こちらを攻めるような真似はしない筈だ」
おおくのおーく……いや、もう気にするまい! 乃木の考えに俺も賛同する。
「最悪を想定して動いた方がいいだろう。さっきのハイオークの難易度はCだが、俺はそれ以上の個体がいると思っている」
俺の言葉に佐瀬と名波は肝を冷やす。Bランク以上の魔物が相手だと俺でも対処できないから逃げるようにと、彼女たちには散々忠告していたからだ。
ハイオークを倒した事が奴らの警戒レベルを上げて、それが時間稼ぎになるか、逆に刺激してしまったか、遠からずあちらの動きにも何か変化が見られるだろう。
そう意見した俺の言葉を真剣に受け止めた乃木たちは、警備班の面子と話し合った結果、花木たちに即刻拠点を移動するよう説得する方向で話が纏まった。
拠点に戻った俺たちは花木たちを呼び集めると、早速先程の件について具申した。
「ううむ、そこまで事態が悪いのか……」
「この件もしっかり皆と共有しあうべきね」
花木と中野も基本的には俺や乃木と同じ考えで、すぐに拠点を移すべきだと思っている。ただ、それに難色を示す者も少なからずいるようだ。
実は俺たちが拠点を出た後すぐに、拠点内ではオークたちの動向と新天地についての情報を開示していた。それを聞いた学生たちの殆どは前向きな考え方をしていたが、一部森を移動するのに恐怖を感じ、出たがらない者もいたからだ。
「だが今なら皆、早くここを離れた方が良いと言うんじゃないか?」
そう答えたのは浜岡だ。実は先程の戦闘音やオークの雄叫びはこの拠点まで届いていたらしい。特にハイオークの遠吠えは凄まじかったようで、拠点内にいた学生たちは不安で仕事に手が付かない状況だったらしい。
花木たちは早急に今日の偵察報告とBランク以上の上位種がいる可能性を全員に伝えた。それを聞いた学生たちは賛成多数で、早々にこの拠点を放棄して新天地を目指す方針となった。
思った以上に悪化した状況の為、デモンストレーションで考えていた視察も取り止め、一発勝負の全員揃って大移動をする羽目となった。
決行日時は明後日の早朝、今日と明日はその準備期間に当てられる。全員が一丸となって移転準備に勤しんでいた。
翌日の昼過ぎ、俺たちは明日へ備え準備を進めていたところに急報が舞い込んだ。
「た、大変だ! オークたちが攻め込んできた! 凄い数だ!」
朝から森を警備していた男が慌てて報告にやって来た。たまたま花木と一緒にいた俺もその知らせをすぐ横で聞く。
「何だと!? 乃木たちはどうした!?」
「も、もう少し様子を見てから戻ると……。俺だけ先に帰ってこの件を知らせろと……」
花木の問いに男は息を切らせながら報告した。どうやら一人だけ急いで走って戻ったらしい。
「俺は乃木たちと合流する。花木君たちは皆を纏めて、早くここを出た方がいい」
「——!? わ、分かりました。お気をつけて……!」
事前にそういった事態も想定済みだ。
予定では明日の朝出発だが、最悪すぐにでも出立する旨は学生たち全員に念押ししていた。簡単にだが荷物も纏められ、学生たちも遠出を避けている筈だ。当たっては欲しくなかった事態だが、十分想定の範囲内だ。
「私たちも向かうわ!」
いつの間にか話を聞いていた佐瀬と名波も一緒に行くと言い出した。確かに彼女たちの戦力は魅力的なのだが……
「……いや、名波は拠点を脱出する学生たちに付いて行ってくれ。最悪、俺抜きで新天地に行ってもらう。その際、君の【察知】が重要だ!」
俺抜きで新天地へ行ってもらう事もあり得ると考えていた俺は、大雑把だが進むべきルートも花木たちに教え込んでいた。幸い南下した先にある渓谷が丁度良い目印になる。
ただ心配なのは予想外な魔物の襲来だ。まだアサシンクーガーなどが潜んでいたとしたら、戦闘経験の無い学生たちは一溜りもない。復路こそ、そういった危険な魔物とは遭遇しなかったが、調査はまだまだ不十分だ。だが名波さえいれば不意打ちも喰らわずに済むだろう。
彼女自身もそれを理解しているのか渋々頷くも、相方の方は納得していなかった。
「なら、私は同行してもいいんでしょう?」
「…………分かった」
正直彼女にも学生たちと一緒に避難して欲しかったが、戦力として期待できるのも確かだ。問答している時間も惜しいと考えた俺は佐瀬の同行を許可した。
「急いで準備して!! オークたちの襲撃が来るわよ!!」
「必要な物だけ持ったらすぐに南側へ集合だ!!」
「絶対に先走るなよ! 森にはオーク以外の魔物もいるんだからな!」
あちこちで大きな声が飛び交う。事前に避難誘導を任されていた責任者たちは声を震わせながらも学生たちへ指示を飛ばす。
そんな彼らを尻目に俺と佐瀬は乃木たちがいると思われる東の森へ入っていった。
暫く進むと、その乃木たちと合流した。
「矢野氏!?」
「無事だったか! 状況は!?」
出会うと同時に俺たちは声を掛け合った。乃木たちは全部で3人いる。今朝は4人で様子を見に行った筈で、その内一名は先触れとして戻ってきていた。これで警備班全員の無事が確認された形だ。
「オークたちはゆっくり拠点の方角を目指している。全部で30匹以上は確実にいる。それとハイオークの他に見たこともない個体もいた。身体はそれ程大きくないが、かなり鍛え上げられた筋肉だ。あの筋肉はやばい!」
どうやら乃木の筋肉センサーに引っかかる程の存在らしい。
「俺も見た事はないが、オークジェネラルやキングは体格こそハイオークよりかは小柄らしい。情報と一致するな……くぞっ!」
Bランク以上になると、魔法や身体強化の恩恵か、そこまで大型でなくとも十分脅威な個体も複数存在する。そのリーダーのオークもそんな超越者の一種なのだろう。
「流石に戦力不足だ! 迎え撃たず、逃げる方向で行こう!」
俺の意見に乃木たちは頭を何度も縦に振った。どうやら実際にその戦力を目の当たりにした彼らも、真っ向から戦う気は毛頭なかったらしい。良い判断であった。
俺たちは拠点の方角へ戻りながら、オークたちの状況を聞いた。
どうやら乃木たちは何時もの見張りがいるポイントへ様子見に行ったらしい。だが普段は決まった時間に必ずいるオークの姿が全く見えなかった。不審に思った乃木たちは意を決して奥へ進むと、オークの軍勢がこちらへ向かってくる姿を視認できたらしい。
随分無茶をしたなと思ったものだが、この判断が拠点にいる学生たちに僅かな猶予を与えたとなると非常に大きな功績だ。
(しかし参ったなぁ。拠点を放棄するだけで向こうも諦めてくれればいいけど……)
ケプの実目的で来ているのだとしたら、拠点を明け渡せばそれで済む話だ。だがもし人間を攫う事や食すことが目的だとしたら話は変わってくる。
オークたちの習性はゴブリンたちと同様、人間への敵対心はかなり強いと言ってもいいだろう。拠点から脱出できたとしても、その後を追われたら全く意味が無いのだ。
俺は最悪、どこかで足止めする事も視野に入れて考えを巡らせるのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:金や銀は異世界にもありますか?
A:……先程から微妙に質問内容が被りますね。金と銀なら存在します。以降、鉱物・資源についてはお答えしません
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