第29話 多くのオーク
三日ぶりに帰ってきた俺の姿を見た中野は驚いていた。
「どうしたの、それ? ボロボロじゃないの!」
俺の着ていた服は、一部焼け焦げた跡が残っていた。アサシンクーガーに襲われ、自分諸共周囲を焼き払った際に服も少しだけ燃えてしまったのだ。
「いやぁ、ちょっと魔物との戦闘でね」
まさか自分の魔法で焼きましたとは恥ずかしくて言えず、俺はお茶を濁した。
探索活動の結果を花木たちに報告したいと彼女に伝えると、夕方過ぎなら集まれると教えてくれた。まだ日中なので、それぞれ仕事中らしい。拠点内にいる事の多い花木と浜岡だが、珍しい事に二人共今は森の中だそうだ。
「なんか乃木君に頼んで一緒に狩りに行ったわよ?」
どうやら斎藤を送り出した際、魔法の戦闘に不安を感じた浜岡が、花木を誘って乃木に師事する事としたらしい。乃木自身は魔法を使えないそうだが、戦う際の動き方に関しては参考になるだろう。前衛・後衛と立場は違えども、接近された時の立ち回り方くらいは身に着けておくべきなのだ。
佐瀬と名波もそんな彼らに付いていったらしい。最近の彼女たちは時間が空くと戦闘訓練に勤しんでいると、中野が呆れながらに話していた。
それを聞いた俺は、大人しく彼らの帰りを待つ事にした。
まずはボロボロになった服を何とかする。幸い、佐瀬たちの先輩である写真部部長の会沢が、男子用の服を見繕ってくれた。報酬を払おうにも、この拠点内は基本的に相互協力関係で、衣服類に関しても余分な物以外は無料で支給されていた。
「丁度矢野君たちが持ってきてくれた布で、何着か作ってみたの。簡単なもので悪いけどね」
そういって手渡されたものは、町で売られている品と遜色ないレベルであった。何でも【裁縫】スキル持ちの裁縫部員がいるらしく、着る物に関してこの拠点はかなり水準が高かった。ただ材料が不足していたらしいので、前回の補給は彼女たちにも渡りに船となったそうだ。
(生産職系のスキルかぁ。俺も何か習得できればいいんだけどなぁ……)
開拓村時代では雑用としてあれこれ挑戦してみた。流石にちゃんとした鍛冶場はなかったので鍛冶系には手を出せなかったのだが、日曜大工の真似事なら何度も試していた。
実は一時期弓に憧れていた事もあり、元冒険者で俺の永遠の師でもあるマックスに教わっていたこともある。ただ俺には射撃のセンスがなかったのか、マックスには剣にしろと忠告を受けていた。
それでも暫くは諦めきれずに、余った木材などで弓や矢をあれこれ工夫して作っていたら、村の狩人たちからは割と好評であった。
ただ自身の弓術は全く上達せず、俺は村の弓矢職人として暫く製造に明け暮れていた時期があったのだ。
今日は久しぶりに時間を持て余していたので、俺はそこらに生えている木から良さそうな物を選別し、弓と矢を制作していた。その様子を何人かの学生たちが興味深げに見学していた。
「へぇ、そうやって作るんだなぁ」
「それでキチンと飛ぶの?」
「ああ、素材さえちゃんと選べば、こんな作りでもそれなりには飛ぶよ?」
それは開拓村での狩人たちが実証してくれた。俺? 残念ながら俺は自分の弓でまともに獲物を狩れた事はなかった。
そもそも俺みたいな素人が作る代物なので、威力や射程はたかが知れている。それにこの世界の魔物は魔力を纏っているので皮膚はかなり丈夫だ。Fランクの角ウサギや大ネズミ程度なら問題ないが、Eランクのゴブリンでは当たり所がよくないと致命傷にすらならないだろう。
そこがこの世界の弓術の難しさでもある。食用に動物を狩る程度の狩人なら問題ないが、魔物を討伐する冒険者としての弓術使いならば、矢に魔力を籠められなければ使い物にならないのだ。
俺はそういった器用な魔力操作は苦手だった。そこをマックスに指摘されて剣を選んだのだ。放つたびに矢に魔力を込めて、着弾するまでそれを維持する弓術と違い、剣術は【身体強化】の延長上で魔力を剣に通しながらぶん回せばいいだけだ。真っ当な剣士に聞かれたら怒られそうな表現だが、こちとら不器用さを魔力量の多さで必死にカバーしているのでご了承願いたい。
俺は暇つぶしに作った弓矢を周囲に気前よくプレゼントすると、皆は意気揚々と近くの木に向かって的撃ちを始めた。それがいつの間にか射撃大会にまで発展し、その騒ぎは佐瀬たちが戻ってくるまで続けられた。
「帰ってくるなり何してんのよ……」
「へぇ、面白い事してるね!」
佐瀬と名波の反応は真逆であった。
「ほぉ、それは矢野氏が作ったのか?」
サバ研部の乃木も興味津々であった。だが彼もそういった事には知識がありそうなので不思議そうに思っていると、彼からその理由を話してくれた。
「俺は不器用だからなぁ……。最初は弓矢を作って試したんだが、上手くいかなくて……」
なんと、ここに同類がいた! しかも彼は射撃技術どころか、弓を作るのさえ苦労するほどの不器用さであった。
結局ここのコミュニティでは魔物に対して弓矢があまり有効ではないという結論に至り、使い手は皆無な状態であったのだ。
即席の射撃大会は夕飯が出来上がるまで続けられた。ちなみに初代優勝者は意外にも花木で、準優勝の名波は悔しがっていた。どうやら花木は元弓道部員であったようだが、弓矢は実家に置いたままで、この世界に持ち込む事は敵わなかったそうだ。コミュニティを纏めるのに忙殺され、弓を作る暇はなかったのだとか。
夕飯を頂いた後、俺たちは何時もの集会場で集まっていた。メンバーはケプの実について真実を知らされている者だけで構成されている。その全員が現在の危機的状況を認識していた。
彼らからの熱い眼差しがこちらに向けられている。俺はここを出る際、最長でも一週間以内には戻る旨を伝えていた。それが半分の日程で戻ってきたのだ。何かしらの成果があったのだと皆が期待しているのだ。
だから俺も手っ取り早く結果から報告する事にした。
「結論から言うと、かなり良い場所が見つかった」
俺の言葉に全員が歓声を上げた。中には心底安堵したのか目に涙を浮かべている者もいた。そのあまりの喜びように俺はどこか引っかかりを覚えながらも、新天地について説明を続けた。
ここから俺の足で一日半、恐らく全員で行くと三日は掛かるという事。
近くには小川や海などもあり、食べられそうな魚や野生動物も見かけたという事。
期間は短かったが、俺の調べられる範囲に凶悪な魔物は見られなかった事。
俺の報告を聞く度に皆の顔が明るくなる。
「――――道中、魔物の奇襲などは十分気を付けるべきだ。【察知】持ちの名波を軸に戦える人間がすぐ動けるよう配置すれば問題ないと思う。……俺からは以上だ」
報告を終えると、それぞれが意見と感想を述べ合うも、そのどれもが俺の見つけた新天地について好印象の様子だ。恐らく移転先はそこで決まりの流れだろう。
近くにいた花木が俺に労いの言葉を掛けてくれた。
「ありがとうございます、矢野さん! お陰で何とか光明が見えました」
「あ、ああ。それはいいんだが……何かあったのか?」
周囲は新たな新天地候補の報告に、ただ喜んでいるというより、心底安堵しているといった雰囲気だ。今までの彼らはどこか漠然とした危機感を抱いているだけ、というのが俺の勝手なイメージだったのだが、この反応を見る限り、どうもかなり深刻な状況に変化したらしい。
俺の疑問に乃木が応えた。
「ああ、実は矢野氏が出かけた直後から、オーク共の姿が多く見えるようになったんだ」
お、おう! オークだけに多くか……って、ダジャレを考えている場合ではなかった!
「……それは、どのくらい?」
「これまではオーク共も多くて一日一匹程度、遠目に見えるくらいだったんだが、三日前からオークの数がかなり多くなってきた。一日で多い時には五匹以上オークが纏まっているのを森の奥付近で発見した」
や、止めて! これ以上“おおく”を連呼しないで! シリアスな場面で笑いを堪えるのは辛いんだよ!?
思いも寄らぬ乃木の攻撃に上手く考えが纏まらない。そこへ助け船が現れた。
「私も今日一匹と戦闘したわ。それとは別に遠くに二匹いたけど、援護するどころか去っていったわね」
「――っ!? 逃げた……だと?」
佐瀬の報告に俺はやっと真面目な気分に戻れた。
実は俺自身、オークとはダンジョン以外で戦った経験はなかった。だが開拓村時代のマックスや、team≪コココ≫、それと冒険者仲間からはオークについて散々聞かされた話がある。
その格言が“逃げるオークは危険信号“だ。
二足歩行の魔物には幾つか種類がいて、この世界で代表的なのはゴブリン、コボルト、オーク、オーガだろうか。
ゴブリンは雑魚で馬鹿だ。弱い癖に考えなしで向かってくるので、例え相手が強かろうと関係なく襲ってくる。
反面、コボルトは臆病な性格だ。余程勝てると踏まない限りは群れでも戦闘を避ける。そこが質の悪い所でもある。
ではオークはどうだろうか?
彼らはゴブリンとは比べ物にならない体格を誇り、それもあってか基本はゴブリンと一緒で、人を見かけたら躊躇なく向かってくる。大抵の敵はそのフィジカルで圧倒できるからだ。
だが稀に様子見をしたり、あっさり引いたりするオークが現れる。そういう時は大抵、バックに賢いリーダー的存在がいる。そいつが要らぬ知恵を付けさせて、部下に引き際を間違えないよう命令を下しているのだそうだ。
そういう行動を取るオークを見かけた時は、背後に必ず上位種がいる証拠だと、ベテラン冒険者たちは口を揃えて俺に警告してくれていた。そういった危険なオーク集団は、早期撲滅がギルドでも推奨されているからだ。
え? オーガはどうなのか、だって? かなり強いが個体数は少ないと聞いている。このバーニメル半島でもあまり見かけない魔物のようだ。
「……ただ群れているオークじゃなく、やはり上位種がいる可能性が非常に高いな」
俺の言葉に全員がごくりと息を飲む。
「根拠はあるのか?」
乃木の言葉に俺は頷く。
「冒険者の間では、逃げるオークは危険信号、だそうだ。高確率で指示出ししている上位種が存在する。まぁ、佐瀬の魔法にビビッて逃げ出しただけの可能性もあるけどな」
「そうか……やはり統率された群れなのか」
乃木も思うところはあるらしく、少し考えると口を開いた。
「花木、すぐにでもここを出る準備をした方がいい。森林警備班は即時拠点移動を提案する」
「私も同じく1票。正直、今の話を聞いて生きた心地がしないわ」
「俺も賛成だ! ここは森の資源には恵まれているけれど、やっぱ海の方が魅力的だぜ!」
「料理班も賛成! 海の幸は見逃せないわ!」
どうやら賛成多数ですぐにでも拠点を移動する事になりそうだ。中には再び危険な森中を大移動する事に難色を示す者もいたが、背に腹は代えられないと最終的には賛成派に回った。
「分かった。今日はもう遅いから、翌朝からでも全員に告知して、早急に準備を進めよう。矢野さんにも協力をして頂きたいんですけど、構いませんか?」
花木の言葉に俺は頷いた。
「流石にこの状況で見捨てる訳にはいかない。まずは何をすればいい?」
俺の協力を得られると聞いて学生一同は安堵した。
「それじゃあ、今度は乃木や浜岡を連れて、その場所へ案内して貰えませんか? 流石に矢野さん一人だけで、他は現場も見ずに移動というのは、反対派の説得にも影響しますし、準備にも支障が出ます」
「確かにそうだな。分かった」
こっちとしても俺一人確認しただけで、いざ移住した先で“やっぱり問題ありました”では責任が重たすぎる。ここは浜岡たちに同行して貰った方が無難だろう。
「花木先輩! 今度は私も行きたいです!」
そこへ佐瀬も参加表明をして見せた。だがそれに花木は難色を示した。
「う~ん、乃木も抜けるとなると、戦力不足がなぁ……」
困っていた花木に名波が助け舟を出した。
「それじゃあ私が残りますよ。最悪、私のスキルで敵の襲撃や、逃げる際の誘導はできますから」
意外な事に名波は佐瀬に付いていかないようだ。
「留美、いいの?」
「うん。矢野君にはお土産も貰ったし、今回は遠慮しとく。弓の特訓もしたいしね!」
ちなみに俺は名波のお土産をすっかり忘れていた。その事をつい先ほど思い出した俺は、慌てて作った弓をそのままプレゼントしたのだ。それを気に入った名波は、どうやら弓を本格的に取り入れたいそうだ。
(もう、どっからどう見ても立派な斥候役だよなぁ……)
これでダンジョン内での罠避け技術なんかもマスターしたら完璧である。どうやら彼女自身もそっち方面で鍛えたい節がある。
(名波が斥候で佐瀬が魔法使い、俺は……ヒーラーと前衛、どっちだ?)
あるゲームでは回復職と前衛を兼ね備えた、いわゆる肉壁的職業もあるにはあるが、それをリアルでするのは勘弁願いたい。攻撃を受け、回復し続けながら敵を足止めする。まさにドMの所業だ。
そりゃあ、いざとなれば肉壁くらいやるけどさあ!?
「分かった。名波さんには悪いけど、佐瀬さんは乃木の元についてくれ」
てっきり佐瀬と名波はセットだと思っていた花木は、その提案を受け入れた。
「花木。提案なんだが、誰かもう一人、遠征に追加できないか? できれば森に不慣れな奴がいい」
そこへ乃木が妙な注文を付け加えた。その言葉の真意を考えた俺は“なるほどな”と感心した。
「……ふむ、先に移住のデモンストレーションを行うという事か?」
花木もその考えに至ったようだ。確かに何時もの森に慣れたメンバーなら時間は大幅に短縮できる。
だが森歩きが不慣れな人員を連れて行くことによって、実際にどの程度時間や負担が掛かるかを試す事もできる。デメリットはこの切迫した中で更に時間が掛かる事だが、それが吉と出るか凶と出るか……判断が難しい所だ。
これについても熱い話し合いが行われ、結果は保留となった。それというのも――――
「――――というわけで、明日矢野さんにオークたちの様子を見て貰う。その結果次第で判断しよう」
そういう事になった。
一度俺もオークたちの様子を見ておきたかったし、丁度いいのかもしれない。場合によっては即時全員で移住という可能性もある旨を共有しあったところで、今回の会議はお開きとなった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:石油はありますか? 出来れば場所も教えて頂きたい
A:ありますが、場所は自分で調べなさい
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