第28話 新天地

 斎藤を解放した俺たちは急いで拠点へとんぼ帰りとなる。名波の案内通りに魔物を避けての最短ルートだと、復路は往路より圧倒的に早かった。


 俺たちは行きの半分程度の時間で拠点へと無事に戻って来れた。


「ふむ、確かにこのルートなら俺たちだけでも踏破できそうだな」


「けど魔物の行動は予測しづらいぜ? 名波さんの案内もあった方がより確実だろう?」


 浜岡と乃木は今通ってきたルートについて真剣に話し合っていた。いざという時にはそこが彼らの逃げ道となるからだ。


 戻った俺たちは佐瀬や花木たちと合流した。俺は少しだけ休んだ後、その日の内に出発する事を皆に伝えた。


 今日は休んで明日からでもいいのではという意見もあったが、これ以上時間を浪費したくはない。最悪、道中疲れたら≪隠れ身の外套≫を使い続けながら寝ればいい。あのマントは使用している間、魔力を消費し続けるようだが、どうも俺の魔力量と回復量は相当あるらしく、永続的に使えそうな手応えを感じていたからだ。


 これなら俺一人の方が安心して森中を探索できる。




「それじゃあ、気を付けて! 今度は必ず連れて行ってもらうから!」

「右に同じく! それとお土産よろしくね♪」


「分かったよ。そっちも気を付けてな」


 佐瀬と名波の挨拶に俺は苦笑いを浮かべながらも答えた。



 二人に別れを済ませた俺は拠点を出ると、まずは森を南下した。本当は東に進みたかったが、その先はオークたちの縄張りに入るとの事で、俺はそれを避けた。オーク単体なら避けるまでもない相手だが、それが群れだと話が変わってくる。


 群れのリーダー的存在が討伐難易度Cランクのハイオーク程度ならどうにでもなると思う。だが、もしそれ以上の、BランクのオークジェネラルやAランクのオークキングがいたとしたら、今の俺では正面切って倒す事は不可能だ。


 タイマンならそれこそ自爆技も有りだが、それで頭を倒しても残った手下にトドメを刺される可能性がある。せめてBランク相手に真っ向から渡り合えるだけの強さが欲しかった。


 俺も少しは成長したし、≪隠れ身の外套≫という便利なアイテムも手に入った。だが、それでBランクと渡り合えるかと考えると首を捻らざるを得ない。以前ダンジョン内で対峙したギガゼルというBランクの巨狼を真っ向から打ち倒せるビジョンが未だに浮かばないのだ。


(……焦る事はない。死にさえしなければ、いつかは強くなれる!)


 やはりこの世界には経験値的システムがあるのではないだろうかと俺は睨んでいた。その証左に俺だけでなく、佐瀬や名波たちも魔物を多く倒して死闘をも乗り越えたら、短期間でかなり動きが良くなっていたた。


 当然実戦経験だけでなく、訓練というのも効果があるのだろう。元々体を鍛えていた乃木の成長も著しいし、佐瀬や名波も学生時代は運動が得意な方だったと聞いている。


 俺自身、前の世界ではそこまで動いていなかったが、この世界でケイヤたちに扱かれてからはメキメキ実力をつけてきた。


 訓練や戦闘行為における経験、それと魔物を倒した時の経験値、後はスキルや才能といったところだろうか。それら全てが強くなる要素だと俺は睨んでいる。


(【鑑定】でもあれば、検証し易いんだけどなぁ……)


 今朝方、拠点を追放された男の顔がちらつき、無い物ねだりかと俺は溜息をついた。






 流石に名波の【察知】がないと何度か魔物と遭遇したりニアミスしたりする。今のところは、高くてもDランクレベルの魔物だけで、そこまで強い相手には会敵していない。


(これは思ったよりも楽にいけるか?)


 そう考えていた俺だが、突如首筋へと激痛が走った。


「ぐあっ?!」


 グルルルルウゥ!!


 恐らく獣型の魔物に背後から首筋を噛みつかれたのだ。獣特有の臭さと鼻息を間近に感じた。俺は咄嗟に背後へ【ファイア】を発動させる。手加減する暇もなかったので、辺り一面に炎が広がった。


 ギャウン!?


 相手はどうやらアサシンクーガーだったようで、全身火達磨になりながら、あちこち転げまわっていた。だがこちらもそれどころではない。俺の服にも軽く火がついている上に、何よりも首からはかなりの出血をしていた。


 意識が朦朧としかけたが、なんとか【ヒール】を発動させて傷を完治する。


「ぐっ、やべぇ! 消火しないと……っ!」


 考えなしに火属性魔法をぶっ放した俺は、大急ぎであちこちに【ウォーター】を飛ばして消火活動を行った。こういう時、魔法の水は便利だ。まるで消火剤のようにみるみる炎が消えていく。これも属性の相性効果だろうか。


 なんとか森の延焼を防いだ俺はその場で仰向けに倒れた。顔を横に向けると、先程襲撃してきた丸焦げの暗殺者に俺は表情を顰めた。


「……何が”何時かはBランクは”だよ。Cランクの魔物相手にこの様じゃないか」


 アサシンクーガーは別名“森の暗殺者”とも呼ばれ、じっと獲物が来るのを待ち構えては、こうやって不意打ちを仕掛けてくる恐るべき魔物なのだ。それはまさしく地球にもいたネコ科のピューマ(クーガー)と似た生態で、こちらのそれは魔力による強化で更に質が悪くなっている。身体強化をしていたお陰で即死しなかったのが不幸中の幸いだ。


(そりゃあteam≪コココ≫の連中も負傷する訳だ)


 奴らの隠密能力はベテラン冒険者たちも手を焼く程と噂されていたが実際にこの身で体験して痛感させられた。名波の【察知】ならアサシンクーガーの襲撃を予期する事ができただろうか?


(こんな相手がそこら中にいたんじゃあ、彼らを連れて森の中を歩くなんて無理だな……)



 しかし、幸いにもアサシンクーガーは一匹だけだったのか、その後はEランクの雑魚ばかりであった。


 俺は念の為、不意打ちを警戒して【身体強化】を維持しながらゆっくり進んでいく。魔力切れの心配こそないが、強化をし続けると精神や体力がすり減ってくるので疲れるのだ。流石の【ヒール】も多少の体力なら回復するが、瞬時に全快とまではならなかった。


 やはり人間は休息や睡眠が適度に必要な生き物らしい。




 いよいよ日も落ちてきた。マジックバッグから中野にお願いして作ってもらった弁当を取り出して食べた。こういう時、新鮮な食事をそのまま摂れるのは本当にありがたい。


 食事を終えた俺は隠れられそうな場所を探すと、≪隠れ身の外套≫を被り、隠ぺい効果を発動させたまま眠りについた。






 翌朝、無事生きていたという事は、寝ている間の襲撃は回避できたようだ。


 朝食を軽く取った俺は再び行動を開始した。≪隠れ身の外套≫は発動させたままでもいいのだが、今回は適した拠点候補地を探すだけでなく、道中の安全も考慮しなければならなかったので、俺は敢えて魔物たちに姿を晒した。


 何せ鹿江大学文科系サークルコミュニティは総勢80名以上いるのだ。そしてその全員が戦えるわけではない。だからこうして姿を晒しながら、どの程度の脅威があるのかも身をもって体験しなければならなかった。


 その点で言うと昨日のアサシンクーガーは減点対象だ。あのレベルの個体が多いようでは、別ルートを模索する必要があった。


(ま、それも俺が倒して行けば、少しは安全になるのか?)


 周囲を警戒しながらも、俺は昨日より少しペースを上げて南下し続けた。


(このまま真っ直ぐ南に向かえば、あの開拓村に辿り着くのだろうか?)


 大まかな位置は合っているだろうが、正確な地図も無いし方向感覚が正常とも限らない。俺はコミュニティから借りてきた方位磁石を頼りに、木々や岩などに印をつけていって森を進んだ。


 不思議な事に、この世界も地球と同じく方位磁石が北と南に向いて止まるらしい。この惑星も北半球と南半球でS極・N極となっているのだろうか?


 だがお陰で大体の方角は割り出せている。これをこの世界に持ち運んだ生徒には拍手を送りたい。


 というか、俺だって異世界転移の前夜に必要かもと思い、わざわざネットで作り方を勉強して即席の手製方位磁石を用意したのだ。我ながら上手くできたと思っていたら、まさか地球に置いてくる羽目になるとは……くすん。


 ただ方位磁石も完全ではない。磁場の影響で場所や時間によって方角が変わってしまうのだそうだ。


 俺は周囲を警戒しつつ、常に太陽の位置や磁針の動きに注意を向けながら森を歩き続けた。



 しばらく歩くと目の前かなり深い渓谷が見えた。


「うわぁ、この先は流石に通れないなぁ…………」


 恐る恐る谷底を覗くと、流れの早い川が見えた。川幅は然程でもなく対岸は割と近いが、人がジャンプして超えられる距離ではない。


(いや、ケイヤの身体能力なら十分に超えられるな)


【身体強化】を極めると、人の身でも超常の力を発揮する。乃木辺りでもギリギリ超えられそうだが、学生全員が通れなければ意味がない。ここから先、南下するのは断念せざるを得なかった。


(仕方がない。ここから東に進むか)


 流石にオークたちの勢力圏からは外れているものと思いたい。俺は逃げ道がなくなると危険なので、崖から少し離れた距離を維持しつつ、それに沿う形で東進した。




 数十分ほど進んで行くと、魔物だけでなく動物たちの姿も目に映った。


 この世界では魔力を秘めた上に死後魔石を有する生物を魔物と定義し、それ以外はただの動物と呼称していた。何でも大昔は魔物がいなかったとされているらしいが、真実など知りようがないとケイヤが教えてくれた。


(ふむ、確かに魔力を全く感じない。あれなんか普通の狸じゃないのか?)


 尤も俺は魔力を探るという行為が不得手なようで、正確なところまでは分からない。だがあの生物は以前日本の田舎でよく見かけた狸の姿にそっくりだ。


 そういえば日本の狸は固有種らしく、狸自体も一部の地域を覗いて殆ど見かけないそうだ。日本では割とポピュラーな生物だが、海外では空想上の生物だと勘違いされている程珍しい動物なのだ。


(まさか、あいつらも地球から転移してきた野生動物か?)


 女神アリス曰く、人間だけでなくその他の生物全てをこの世界に転移させると言っていたそうだ。転移場所はなるべく安全な地で、かつ元居た生物同士、近くの距離に転移するらしい。


 今となってはその情報も怪しいものだ。現に鹿江大学の生徒たちは危険な森の中に飛ばされた訳だし、俺もちょっと離れただけで人っ子一人いない場所へ単独転移させられた。


 だが、少し待てよと俺は考えた。


 もし女神アリスの言葉が正しいという前提条件で考えたらどうだろうか?


 Q:俺が一人だけ離れた場所に飛ばされたのは何故か?

 A:この世界が広すぎた為、僅かな距離でも大きな誤差が生じたから


 実際数日ほど掛かるが歩いて辿り着ける範囲内に、同じ公園にいた佐瀬たちともこうして合流できた。近いと言われれば近い距離なのだろうか?


 Q:鹿江大学の学生たちが危険な場所に転移された理由は?

 A:実際に最初はそこまで危険な場所ではなかったから


 学生たちから話を聞く限りでは、別に転移直後に魔物に襲われた訳ではない。ただ時間が経てば安全ではないという、ただそれだけの話だと思われる。


 少々強引な考え方かもしれないが、それならば女神アリスは何一つ嘘を言っていたわけではないともとれる。尤も女神自身も転移先が絶対に安全ではないと警告していたし、ここでそれをとやかく考えても意味がない。


(ゴブリンやコボルトが数匹襲ってくるくらい、この世界にとってはそこまで危険地帯じゃあないしな……)


 今はその件を横に置いておく。それより俺が気になったのは狸の存在だ。


 彼らはとても臆病な性格をしている。それがこの辺りをうろついているのだとしたら、ここは割かし安全な場所なのかもしれない。


(けど、折角の川が谷底じゃあなぁ。せめて、まともな水源さえ確保できれば……)


 果たして俺の願いは叶ったようで、崖に沿って長い間歩き続けると、徐々に土地が低くなってきたのか、谷底にあった小川に接するような形となった。


「よし! 水源の確保も出来た!」


 ただ川の付近以外は完全に森で樹木が生い茂っているので、とてもすぐに人が住める環境ではなかった。最悪この辺りを開拓する事も検討するべきだろうが、欲をかいた俺はもう少し先を調査した。


 すると…………


「…………森を抜けられた!」


 そこは草が生い茂った平地であった。南には谷底から続いている小川がちょろちょろ流れている。ここまでくると川の流れも穏やかで、水源としても悪くないロケーションだ。


 周辺の見晴らしはまずまずで、今のところ危険な魔物の姿は一切見えない。東の遠くには森が見えるが、あそこは背後の森とは別物なのだろうか?


 小川の対岸、南方面は緩やかな丘になっていて、その遠くの先はまだ見えない。


 それと一番気になっていたのだが、さっきからどことなく潮の香りが漂っているのだ。東は森で南側は小川と緩やかな丘、そして川は北側に緩やかにカーブしているとなると…………


「……あっちの方角からか?」


 西は今俺が来た方角なので、残された北を目指して進んだ。段々磯の匂いが強くなってくる。俺の予想は正しかったようで、数分も歩けば海に辿り着いた。この世界に来て初めての海岸に俺は感動していた。


「すげぇ、綺麗だなぁ…………」


 俺は砂浜に足を取られながらも、暫く周辺を散歩する。俺以外は誰も訪れた事がないのか人の足跡は皆無で、砂浜を踏み汚すのも躊躇われる程だ。海の中を覗くと魚の姿も確認できる。


「ん? あれは……スライムか?」


 海水の底をふよふよ進んでいる半透明の生物に目が移った。一瞬クラゲかと思ったが、明らかに地を這って動いている。よく観察してみれば、浜辺にもスライムらしき生物や、その他魔物と思われるような生態も観測できた。


「流石に魔物がいないって訳にはいかないかぁ」


 だが、多くの魚が泳いでいることを察するに、そこまで凶悪な存在ではないのだろう。現にスライム? や亀らしき魔物はこちらの存在を認識している筈だが、襲ってくる気配がまるでない。恐らく人を見たのも初めてではないだろうか。




 その後も俺は時間を掛けてこの近辺を探索した。少なくとも浅瀬には危険な魔物はいないようだ。海岸の調査を終えると日も暮れ始めたので、この日は安全そうな場所を見繕って眠りにつく事にした。



 翌朝、今度は丘の方を一通り見て回ったが、危険だと思われる生物には一切遭遇しなかった。いてもFランクかEランク判定の弱い魔物だけだ。逆に鹿や猪なんかの野生動物の姿を何度も見掛けた。少なくともこの平地周辺の浅い場所ならば、森中と言えども危険な生物は棲息していないのだろう。


「よし! ここしかない! 今見つけられる範囲で、限りなく最高のロケーションだろう!」


 俺はそう結論付けると、急いで森の拠点へと引き返していった。


 行きと比べて帰りの足取りは軽い。ただ少しでも安全な通りやすいルートを開拓しようと周辺への注意も欠かさない。当然アサシンクーガーのような魔物の不意打ちも警戒した。



 結局その日も森で一泊する事になったが、翌日の昼前には拠点へと戻る事ができた。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:資源や原子などは地球と同じでしょうか?

A:同じものも存在しますが、詳細は現地で各々調べなさい

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