第27話 私刑or死刑?

 魔力を封じられた私の上に馬乗りになっている斎藤は勝ち誇っていた。


「これで佐瀬ちゃんもただの女の子ってわけさ! ほら、怪我したくなければ大人しくしてよね?」


 斎藤はナイフを取り出してチラつかせて見せた。その気持ち悪い物言いに私はカチンときた。


「こ、のぉ……っ! 舐めるなぁ!!」


 腹筋に力を籠めると、強引に上に跨っている男を振り落とした。


「うわぁ!?」


 私の反撃が思いも寄らなかったのか、斎藤は無様に横へと倒れ込んだ。すかさず私は態勢を立て直す。荷物の所に戻って武器を手に入れたいが、それより早く相手が起き上がってきた。


「こ、こいつぅ! こっちはナイフだぞ! 勝てると思ってんのか!」


 震える手でナイフの切っ先をこちらに向ける男に私は一笑する。


「お生憎、こちとらもっと危険な状況でも噛みつく女でね! アンタこそ、怪我したくなかったら今すぐ投降することね」


 改めて男と周囲を観察すると、見覚えのあるマントの他にも、例の荷袋まで近くに落ちているではないか。一体イッシンは何をやっているのかと思ったが、思い返せば彼のマジックバッグもマントも全て私の家の中に置いてあった筈だ。


 つまり目の前の男は勝手に乙女の部屋へ踏み込んだ罪人という事になる。


「……これは確実に実刑ね」


 初めからする気の無かった手心というやつを完全に放り投げた私は、震えたまま逃げも向かっても来ない臆病者に突撃していった。


「う、うわああ!? 来るなぁ!!」


「――せい!」


 出鱈目に振るわれるナイフは厄介だが、死にさえしなければ後でイッシンに治してもらえる。そんな考えから私はナイフを持った斎藤の手を素手で払いのけた。なんとか要らぬ傷を負わずに上手い具合にナイフを退けた私は、残った方の手で思いっきりボディーブローをかました。


「ぐふっ!?」


 堪らず男はナイフを手放してお腹を押さえながら蹲る。


「ふん、気軽に女の上に乗った罰よ!」


「うぅ、畜生……畜生ぅ……」


 斎藤もここに来て、ようやく自分に後がない事を察したのか、痛みを堪えながら再びナイフへ手を伸ばそうとする。だが、そんな状況を許すほど私の怒りは軽くない。


「それとこれは……勝手に乙女の部屋へ侵入した分よ!」


「ぐぺぇッ!?」


 思いっきり顔面を蹴りぬいた私は少しだけ溜飲が下がった。男はうつぶせで倒れながら、“痛い”だの“ズルい”だの泣きわめいていた。


「……さて、この状況どうしようかしら?」


 とりあえずイッシンのマジックバッグを回収すると、その中に丁度いい感じのロープがあった。それで斎藤を縛り上げる。斎藤の顔面は歯が何本か抜け、口が切れているのか出血もしている。自分でやっておいて酷い有様だとも思うが、自業自得なのでそのまま放置した。


 このまま待っていても埒が明かなそうなので、私は斎藤一人をその場に置いて拠点へと戻った。道中、例の腕輪を外そうとするも、全く取れる気配がしない。魔法が使えない状況でD級以上の魔物に襲われたら正直しんどそうだ。




 その後、なんとか無事に拠点へと戻った私は、イッシンや花木先輩たちに事情を説明した。直ぐに何人か引き連れて現場に戻った私たちは、縛られたまま魔物に襲われる直前だった斎藤の姿を目撃する。それを既の所で助けてやった。


 その際、斎藤は私に罵詈雑言を浴びせていた。お礼の一つくらい言って欲しいものだと憤慨した私は、イッシンに腕輪を外してもらったので遠慮なく【ライトニング】を放つことにした。






 佐瀬にも挨拶を済ませたら、いよいよここを立つかというタイミングで、思いもしないトラブルが舞い込んできた。


 中々戻らない彼女を不審に思い、小川に向かおうかと思っていたら、彼女の方から俺のマジックバッグを持った状態でこちらへとやって来たのだ。


 事情を聴くと、斎藤というあの【鑑定】使いがどうも盗みを働いたらしく、その上さらに佐瀬に襲い掛かったのだそうだ。


 それを見事返り討ちにした佐瀬だが、彼女の腕には昨日俺自身も装着した呪い? の腕輪が嵌められていた。どうやら斎藤に無理やり装着され、魔法が使えなくなったそうだ。


 試しに俺が外そうと腕輪に触れると、あっさり取れた。疑問に思った俺たちはあれこれ試していると、どうやら“装着された者以外”なら誰でも簡単に外せる仕組みのようだ。ちなみに自分で着けた場合は、自分でも簡単に取り外しが可能だ。なんともピーキーな腕輪だ。


「そ、そんな事より、急いで花木さんたちに相談しないと!」


 名波の言う事も尤もだ。


 こうなっては彼らにもマジックバッグの存在を伏せたままにすることは出来ないだろうと判断した俺たちは、花木たちの元へ行って事情を説明した。


 俺たち三人に花木、中野、浜岡、それとサバ研部長の乃木が同行して、件の現場に駆け付けると、斎藤は縛られた状態でルプスの群れに囲まれていた。どうやら間一髪な状況だったらしい。


 その後無事? に斎藤の身柄を確保した俺たちは、その場で彼の処遇について話し合う事となった。


「……はぁ、こんな状況で、なんて愚かな事を……」


 佐瀬や斎藤から粗方の事情聴取を終えた花木は深いため息をついた。それには俺も心底同意する。本来なら俺は既にここを発つ筈だったが、予定が大幅に狂ってしまった。流石にこんな状況ですぐに離れる訳にはいかないだろう。


 だが、こちらにも多少の落ち度はある。


「すまないな。俺の管理が甘かった。これを悪用されると、ここまで脅威だとは……」


 佐瀬の件は正直運が良かった。


 斎藤は咄嗟の思い付きでの犯行だったそうで、作戦にも色々と粗が目立った。だが、もし仮に周到に準備された上での犯行だとしたら、きっと俺以外は抗う事が難しかっただろう。


 ん? 俺? 俺はどうやら魔力量がアホみたいにある所為か、呪いの腕輪を身に着けても魔力量が少し抑えられる程度で、普段の使用量を考えると何の影響もなさそうなのだ。


 全てゲロった斎藤だが、彼の俺への嫉妬は凄まじいもので、ぶつぶつ自分勝手な愚痴をこぼしては俺を睨みつけていた。まぁ、気持ちは少し分からないでも……いや、全く分からんな。だって俺は悪くはないし!


「……それで、この男の処分をどうするの? しけい?」


 不機嫌さを隠しもしない佐瀬は物騒な事を口にした。それに周囲はギョッとする。


(え? シケイってわたくしの方? デスの方じゃないよね?)


「お、俺を死刑にしたら、だ、誰が【鑑定】をするんだ!? 俺は、この拠点唯一の鑑定士だぞ!」


 佐瀬の言葉に慌てだした斎藤は、必死に自分の有用性をアピールした。それに対して女性陣は冷ややかな態度であった。


「こいつ【鑑定】の時、何時も胸をジロジロみるのよね……最低!」

「あー、私もそうだった! ちょくちょく【察知】に引っかかるし!」

「女子たちから『斎藤の視線が気持ち悪い』って相談が多いのよね。正直、今も【鑑定】受け続けてるのって、もう男子たちだけでしょ?」


 お、おう、斎藤よ。お前の弁護は難しそうだ。それにしても名波の【察知】にも悪意として引っかかるとは……お前、どれだけ邪な視線を送りつけているんだ?


 女性陣からの総スカンに意気消沈した斎藤は黙り込む。すると先程から考え込んでいた浜岡が口を開いた。


「やっぱり“拠点から追放”じゃないか? 事前の決まり事でも、そうなっていただろう?」


 まだこのコミュニティがここへ来たばかりの頃、モラルを維持するまで最低限のルール作りを行っていたそうだ。今現在もそのルールを踏襲してはいるが、ここまでの重犯は未だ例が無かった事なので彼らも扱いに困っていた。


 初期のルールに則るのなら、斎藤の罰はコミュニティからの追放処分が妥当だ。ただ力の無い者を魔物の棲息する森に放り出す事は、実質死刑宣告と同義である。


「い、嫌だぁ……死にたくない……!」


 ようやく自身の命が切迫していることを悟ったのか、斎藤は泣きながら許しを乞う。その様子を見た花木たちは追放処分を言い出しづらかった。それはそうだ。誰も好き好んで人に死刑宣告など言い渡したくはない。


(仕方がない。ここは俺が口を出すか……)


 俺も被害者の一人ではあるものの、ここのコミュニティでは部外者という立場から一歩下がって状況を見守っていた。


 だが、俺が行動するより先に、サバ研部長の乃木が口を開いた。


「やはり追放しかないだろう? こんな時に不安要素を抱えたくはない」


 乃木は拠点周辺の警戒や、狩猟などの責任者という立場だ。その為、花木たちにもケプの実についての情報はしっかり共有されている。近い内に拠点が危なくなるという状況で犯罪者を抱えるのは非常にリスキーだと主張した。


 斎藤は泣き喚きながら命乞いをするが、彼の主張は無視される形で乃木は話を進めていく。乃木という男は非情だと思われるかもしれないが、こういう危機的状況下ではとても頼りになる存在のようだ。


 だが流石の乃木も、長い間【鑑定】仕事を引き受けていた斎藤に恩赦を与えた。


「このまま森の中で野放しというのは逆襲されないか、こちらとしても不安だ。だから斎藤は一度森の外まで連れて行ってそこで追放、というのはどうだろうか?」


 確かにこの場で追放と言い渡しても、命欲しさに拠点へ戻ってくるかもしれないし、再犯の心配もある。だが一旦森の外まで連れて行けば、一人ではそう簡単に戻って帰れないだろうと乃木は提案したのだ。


 斎藤としても外に出たかったような発言をしていたので、お互いの為だと乃木は主張した。


 それを聞いた多くの者たちは納得していたが、俺はそれに懸念を抱いていた。


「しかし、それでは外部にここの存在を知られる事になるんじゃないのか? それと、矢野さんの件も……」


 俺の事を察して発言したのは花木であった。


 彼らには今回の事件を切っ掛けに、俺のマジックアイテムについては情報開示をしていた。どうせ斎藤には【鑑定】で全て知られてしまったのだ。俺は今まで隠していた理由を添えて、ここにいるメンバーにだけは白状したのだ。


 花木はそんな俺の秘密やコミュニティの事を、町の人間に知られてしまう危険性について指摘した。俺も同じ事を考えていた。


 その事は乃木も理解していたようで、こちらを見ながら花木に返答した。


「そうだな。その点が一番の気掛かりだ。それと斎藤を連れて森の中を歩くとなると、当然矢野氏に協力してもらう形になる。どうだろうか?」


 乃木は申し訳なさそうにこちらへ伺いを立てた。正直言ってその案を採用するとなると、俺にはデメリットだらけである。唯一得られるとすれば、それは彼らに対する信頼だろうか?


 殺してしまった方が手っ取り早い。


 一瞬そんな冷酷な思いも頭を過るが、俺はその考えを捨て去った。


(駄目だな。どんどん思考が過激になっていく)


 最近物騒な事が続いた所為か、考え方もそっちの方向に染まっていく。


(今はこんな些細な事で時間を掛けるべきじゃない。さっさと話しを決着させるべきだ!)


 俺は少しだけため息をつくと、乃木の目を見て頷いた。


「……分かった。ただし、できれば早急に動きたい。今からこいつを連れて行くけど構わないか?」


「今からか!?」

「もうお昼過ぎだし、日が暮れちゃうんじゃぁ……」


 それはそうなのだが、明日の日の出を待って斎藤を拠点に押し留めていると、俺のマジックアイテムについて、どこでこいつが言いふらすか分かったものではない。


 それに今から行動すれば、暗くなる前に森を出られる筈だ。仮に日中に森を出たとすると、斎藤が騒ぎ出して他の誰かに目撃される危険性もある。ならばこの時間からがベストだと判断し、俺は少し強引に提案した。


 俺への負い目もあってかこの意見は採用された。次に誰が連れて行くかだが、話し合いの結果、俺、名波、浜岡、乃木の四名となった。佐瀬は留守番だ。流石に彼と一緒に行動するのは精神衛生上よくはないだろう。


 斎藤を含めて俺たち五人は急いで出発をした。幸い、俺のバッグの中には準備した食料や寝袋などがある。ここを出て、森の外で一泊してから明日の朝帰ってくる段取りだ。




 一行は名波を先頭に森を進んで行く。出発の前に彼女に耳打ちしたが、今回は最短ルートを少し外れて進んで貰っている。そう簡単に斎藤を拠点へと戻さないためのちょっとした悪あがきだ。


「ひぃ!? 蜘蛛の化物!?」


「いちいち騒がないで! 他の魔物にも気取られる!」


 怯える斎藤に対し、名波の態度は刺々しい。普段陽気な彼女にしては珍しい事だが、親友が襲われたとなれば塩対応なのも道理だろう。


「バスタムスパイダーだ! 一匹一匹はゴブリン以下だ! 毒はない!」


「だが数が多いぞ!?」


 蜘蛛の魔物は何タイプかいる。基本的に単独の蜘蛛は強く、群れで襲い掛かってくる蜘蛛は弱い。例外はいるが……


 今回襲ってきているのは弱い方。群れる蜘蛛型の魔物でメジャーなのがこのバスタムスパイダーだ。


 群れの規模が小規模なら雑魚だが、規模の大きい群れになるとCランクにまで迫る難敵ではある。一応ギルドの難易度はDランクとされているが、放置しておくと小さい村なら壊滅するほどには厄介な魔物だ。


「虫なら火が効くんじゃないのか!?」


 俺が【ファイア】を使える事を知っている浜岡が提案する。事前にお互いの戦力は軽く共有していた。


「こんな、森の中では……使えんだろう。それと、蜘蛛は正確には虫じゃない」


 蜘蛛どもを蹴散らしながら、筋肉青年の乃木が細かく指摘する。確か昆虫じゃなくて……節足動物だっけか?


「んなもん知るかよ! ポ○モンだって蜘蛛は虫タイプだろうが!」


 乃木に抗議しながらも、浜岡は【ストーンバレット】を蜘蛛の群れにお見舞いする。浜岡は【土魔法】のスキルを習得していたが、戦闘は不慣れなのだろう。思うようにコントロールできていないようだ。


 一方名波は黙々と両の手に握られた刃物で蜘蛛どもを駆逐していく。彼女はまた一段と強くなっているようだ。


(それにしても乃木は凄いな。【身体強化】だけなら俺より上じゃないのか?)


 名波に負けず劣らずの戦果に俺は感心する。元々鍛えられた身体の上に、俺が教えた強化で近接戦闘は既に俺以上かもしれない。これは嬉しい誤算だ。


 ちなみに斎藤は拘束を解いてはいるが喚いているだけで、だがそれが良い感じで囮役になっている。



 そんなこんなで多少のトラブルはあったものの、俺たち五人は無事に森の外へ出る事ができた。やけに魔物との遭遇が多かったので、既に日は沈みかけていた。


 改めて斎藤をしっかりロープで縛り、俺たちはローテーションを組んで休みながら森の傍で一夜を過ごした。粗末な作りだが寝袋も用意していたので、誰一人文句は言わなかった。斎藤は森での戦闘が堪えたのか、すっかり黙り込んで眠ってしまった。


(本当は、こいつに俺のマジックアイテムを【鑑定】して貰いたかったんだけどな)


 ギルドに見せられる範囲の物は問題ないが、流石にマジックバッグや、下手をすると透明マントも危険なアイテム扱いなので、鑑定士に見せたら大事になるかもしれない。


 そこで斎藤から事情聴取という形でそれとなく聞き出せたことは、マジックアイテムには階級のようなものがあり、マジックバッグが伝説レジェンド級という事と、透明マントと呪いの腕輪はそれぞれ、≪隠れ身の外套≫と≪魔力封じの腕輪≫と呼称するそうだ。


 どこまで本当の事かは彼のみぞ知る所だが、多少はマジックアイテムについて知識を深める事ができた。


(どこかに口の堅い信用の置ける鑑定士はいないものだろうか……)




 夜が明けて全員起床すると、斎藤を拘束していた縄を解いて水と食料の入った皮袋を持たせた。


「この先に道がある。そこから北か南に歩き続ければ町に辿り着く。後は好きにしろ」


「…………ああ。すまなかった」


 斎藤は最後まで俺と目を合わせようとしなかったが、謝罪の言葉を口にするとトボトボ一人で歩き始めた。その後ろ姿を俺たちはしばらく見守っていた。


「よし! それじゃあ俺たちは戻るか!」


「……そうだな。町は俺も気になるけど、今はそれどころじゃないしな」


 乃木の言葉に浜岡も頷いた。二人も初めて森を出た事に感動していたが、事態は一刻を争うかもしれないのでこの場は自重した。


「帰り道は任せて! なるべく魔物を避けて最短ルートを案内するから!」


 昨日とは打って変わって陽気な名波の姿に三人は呆けていた。


「名波。お前もしかして、わざと魔物とぶつかるように歩いていたのか?」


 恐る恐る浜岡が尋ねると、彼女は悪びれもせず笑顔で答えた。


「だってあっさり森を抜けたら、あいつが戻ってきちゃうじゃん! だから魔物の反応が多い場所をあえて選んでみたんだ。数は多いけど弱そうだったからね」


 なんとバスタムスパイダーと遭遇したのは偶然ではなかったようだ。名波の陽気な顔の下に覗かせる腹黒さに、男たちは震えあがるのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:地球とあちらとで物理法則は違うのでしょうか?

A:大体同じで一部違います

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