第22話 D級冒険者の実力

「ふぁ、おはよう……」


「……おはよう」


 寝ぼけ眼な佐瀬の挨拶に俺も返事をする。


 起きたての伸びをする彼女の姿に、俺は目のやり場に困ってしまう。流石に下着姿は晒していないがそれでも薄着で、普段の彼女からは考えられないような無防備さだ。どうやらまだ頭が働いていない様子だ。


 かくいう俺も寝不足であった。そりゃあ、こんな美女二人と狭い部屋に一緒で、すぐ眠れる訳がなかった。


「う~ん、もう朝ぁ……?」


 佐瀬の隣で寝ていた名波も起き出した。彼女たちにはベッドを貸して、俺は床で眠っていた。


 この宿の一人部屋は本当に狭く、ベッドが部屋の大半を占めているようなものであった。まぁ、観光地でもない中世レベルの宿泊施設など、こんなものなのだろう。


 だがベッドは一人用でもかなり大きかった。ガタイのいい冒険者や、熊や獅子といった大柄な獣人族用にサイズを合わせる必要があるのか、この世界のベッドは基本的に大きい。


 お陰で彼女たち二人をベッドに納めても余裕があった。逆に床は一人分くらいのスペースしかない。二人は恐縮していたが、これでは致し方あるまい。


「水場は……1階だっけ?」


 この部屋は2階の一番奥に位置しており、客室以外の施設は全て1階に集約されている。


「1階客室通路の裏口な。そこに井戸と貸し出し用の桶がある。トイレもその近くだ」


 一応昨日説明したつもりだが、改めて佐瀬に伝えておく。この国で湯船を利用するのは金持ちか貴族くらいで、庶民は井戸などから汲んだ水を桶に溜めて、布などで汗や汚れを拭き取る。それか直接川で水浴びをするくらいだ。


 トイレに至っては水洗式などある筈もなく、宿泊施設か公共の場にあるボットン便所だ。え? 外やダンジョンはどうしているかだって? まあ、察してくれ。


 ただ、トイレに関しては地球の中世時代よりも優れている点がある。


「ちょ、ちょっとイッシン!! と、と、トイレに見たことも無い化け物がいる!」


 先程降りて行った筈の佐瀬が慌てて戻ってきた。そういえば彼女に“アンタ”とか“コイツ”以外で呼ばれたのは初めてな気がする。


 俺は彼女が何で驚いているかを察して答えた。


「ああ、それはスライムだな。無害だし、どうやっても穴からは出てこれないから、放って置いていいぞぉ」


「え? あれがスライムなの!? なんか私の知っているスライムと全然違う……」


 一緒に降りて行った名波もその姿を見たのか、とても残念そうな表情を浮かべていた。


(確かにあいつら、アニメやゲームに出てくるスライムより、ちょっとグロイもんなぁ)


 この世界のスライムは結構リアルというか、アメーバー状でぬめぬめ蠢く、とてもテイムしたいとは思わない外見をしていた。


「あ、あれがスライムなのは分かったけど、どうしてあんな所にいるのよ!?」


 あんな所とはボットン便所の穴の底だ。


「スライムが排泄物を綺麗に摂取してくれるからだよ。大丈夫、間違っても危害を加えるような力は持っていないよ」


 正確に言うのなら、あそこにいる標準的なスライムなら危険はない、という話だ。


 町の各トイレにいるスライムは正式名称を水スライムといい、討伐難易度は文句なしの最低ランクF! 子供でも討伐可能な最弱な部類の魔物だ。


 移動速度はかなり遅く、攻撃手段は動けない敵を長時間まとわりつくことで溶かす。ただし人間一人を溶かすのに何日も掛かる。赤ん坊だって抵抗して返り討ちに出来そうなレベルの魔物なのだ。


 故にギルドは水スライムを討伐ではなく、捕獲を推奨している。益虫ならぬ益魔物なのだ。


 ただこの世界でスライムというと最低最弱の水スライムの事を指すが、他のスライム種になると話は違ってくる。中には強いスライム種もいるので、捕獲する際には注意が必要だとマルコたちに教わっていた。


 その事を二人に説明すると、渋々ながらも納得したようだ。


 その後、汲んできた水で汗を拭きたいからと、俺は一時的に部屋を追い出された。男の俺は外の裏手で半裸になって汗を拭き取る。


 一応【ウォーター】の魔法で水を生成する事は可能なので、最初はそれを提案したのだが、物は試しと二人は楽しそうに井戸から水を汲んで、そのまま2階の部屋まで水桶を運んで行った。どうやら二人とも【身体強化】をマスターしつつあるのか、腕力の方も向上しているようだ。


 朝の身支度を整えた俺たちは時間になると、1階にある食堂で朝食を取った。昨日は夕食の時間に遅れてしまって気付けなかったが、部屋が全て埋まっているだけあって、朝の食堂には他の宿泊客の姿がちらほら見える。


(……注目されているな)


 当然俺なんかではなく、佐瀬と名波二人の方だ。


 彼女たちレベルの美人はそうそういないだろうが、それに拍車をかける形なのが二人の装いだ。日本から持ち込んだ服をそのまま着ている。あれでもなるべく目立たない服を選んだそうだが、見る者が見ればその品質に度肝を抜かされるだろう。


 それとこの辺りでは純粋な黒髪が珍しいのも理由の一つだろう。故に男たちから声が掛かるのは時間の問題であった。


「よお! 君たち、ここらじゃあ余り見ない装いだなぁ。どっから来たんだい?」


 気さくに声を掛けてきたのは、隣の席で食事を取っていた冒険者風の男たちであった。あちらも三人組パーティのようだ。


 佐瀬はチラリとこちらの様子を伺う。それに俺は頷いて応えると、彼女は返事をした。


「ええ、かなり遠くの村から来たから変わった格好に見えるのかもね」


 愛想よく、ただし余計な情報は極力与えないよう言葉を選ぶ佐瀬。


「へぇ、遠くってどの辺り? まさか半島の外って訳じゃないだろう?」


 ここバーニメル半島は北部以外を海で囲まれている。そして北の山脈は道と呼べるようなものは殆どないらしく、更には凶悪な魔物も多数生息している為、実質陸の孤島扱いなのだ。


 といってもバーニメル半島自体がかなり広く、国も二桁近く存在する。それに一応船で大陸の北側か別の大陸へ渡る事も可能らしい。


 ただしこの世界の航海技術はまだ拙いのと費用がかなり掛かるので、庶民が気軽に半島の外へ出入りするのは難しかった。


「名前も無い開拓村だし、位置もよく分からないの。それと、あまり詮索されるのは好きじゃないの、ごめんなさい」


 更に追求してきた男に、遠回しにこれ以上探るなと笑顔で返した。それに男たちは言い淀むと、台所の方から援護射撃が飛んできた。


「ちょっと! あんまり他のお客さんに深入りするもんじゃないよ! ナンパなら外でやんな!」


 宿の女将は朝から元気であった。


「わ、分かったよ! 悪いな、気にしないでくれ」


 これは脈無しだと判断した男たちは、恨めし気に俺の方を一度見てから大人しく退散した。気持ちは分からんでもないが、朝から連れをナンパしないで貰いたい。



 俺たちも朝食をさっさと済ませて部屋に戻ると、今日の活動内容について改めて話し合った。


 俺が彼女たちを連れてこの町へ来た目的、それは大きく分けて三つある。


 まずはこの世界を知ってもらう事。前にも話したが俺以外の情報源、つまり彼女たちの口からコミュニティにいる学生たちに現状を伝えてもらう事だ。


 次に必要な物資の補給。特に森の拠点では手に入り辛い香辛料や布、それと今後の為に通貨を得る必要がある。というか、それらの物資を得るにはどうしたって通貨も必要になる。この宿の支払いも今回は俺持ちだ。その為、彼女たちは一刻も早く通貨を得たいと考えていた。


 それと最後の三つ目。森の拠点から全員を安全にどこかへ移住させる場所や方法を見つける事だ。


 これはまだ具体的な案は決まっておらず、方法を探すと言っても手探りになるだろう。一番の候補はやはりこの町への移住なのだが、それはちょっと問題になりそうだと強く反対していたのは、何を隠そう俺であった。


 考え無しに全員がこの町へ移ったとしたら、きっと後々厄介な事になると俺は踏んでいた。それを知ってもらう為にも、彼女たちをここに連れてきたのだ。



「まずはギルドに行くのよね? 魔石もそこで売れるんでしょう?」


 二人はコミュニティから預かっていた魔石を持ってきていた。彼女たちは価値こそ分からなかったが、魔石をコツコツ集めていたのだ。


「ああ、それだけあれば物資もそこそこ買えると思うぞ」


「ついでに冒険者登録もしたいしね!」


 鼻息を荒くしている名波を見るに、どうやら彼女は登録の方が本命のようだ。昨日倒して回収した魔物はまだ解体していない為、また次の機会になる。


 俺たちは宿から出ると冒険者ギルドへ向かった。


「うわあっ! 昨日は遅かったから分からなかったけど、本当に別の世界って感じ!」


「そうね。服装もだけど、髪や目の色も違うから、外国って雰囲気もあるけど」


 二人はまるで御上おのぼりさんのように、あちこち視線を移していた。その様子に俺は気が気ではなかった。相変わらず周囲の目はこちらに集まっていた。


(流石に明るい内から馬鹿やる奴はいないと思うけど、不安だなぁ……)



 俺のその不安は的中する事になる。



 ギルド支部へ辿り着き中に入ると、再び夥しい数の視線を向けられた。こうなる事を予め予測していた俺たちは他の冒険者に声を掛けられる前に、ギルドの受付へ一直線に向かった。


「こちらの買取と後ろの二人の冒険者登録をお願いします」


 俺は自分一人で入手した魔石と、彼女たちが持ち込みしたものを分けて、それぞれ別に査定して貰うよう受付に頼んだ。たまたま手を組んだ冒険者たちの間では良くある配分方法なので、俺の要望は問題なく受理された。


 それと並行して二人の冒険者登録を済ませておく。名波はともかく佐瀬も案外乗り気で、新しく発行された冒険者証を嬉しそうに眺めていた。


(でも、G級の冒険者証って只の木片なんだけどね)


 流石に見習い冒険者にお金を掛けるほどギルドも余裕がある訳ではない。G級の冒険者証は木片にギルドの支部名と管理番号が振られているだけだ。


 F級から名前入りの木片に変わり、E級で初めて鉄製の冒険者証にランクアップされる。ただし、E級から手数料として銀貨1枚徴収される。


 冒険者見習いであるG級は登録だけなら無料である。その分、ギルドからの援助は基本的に無い。E級以降からは町によっては入場料を免除され、D級になると買取の際に税金で持って行かれる分も少し緩和されるらしい。


 まともな冒険者扱いをされるE級以上であれば、国や貴族も戦力として期待できるので多少は優遇してくれるのだ。そこをケチればその町には冒険者たちは寄り付かなくなる。当然の話であった。



 ギルドで一通りの用を済ませた俺たちは、依頼票を見たそうに目で訴えている名波の視線を無視してそのまま支部から出ようとした。


「おい、お嬢ちゃんたち! 二人みたいな可愛い子が冒険者なんてやれんのかぁ?」

「俺たちが手取り足取り教えてやんぜぇ?」


 下品な笑い声が後ろから聞こえてきた。ムッとした佐瀬の横顔を見た俺は、彼女が動き出す前に男たちに応じた。


「すまないが、間に合ってるよ。それじゃあ————」


 手短に愛想笑いを浮かべて踵を返すも、どうやら相手はすんなり俺たちを帰す気は無いようだ。


「待てよ! 折角俺たちが教えてやるって言ってんのに、随分な態度じゃねえか!」

「ほら、テメエみたいなチビガキはお払い箱だ! 嬢ちゃんたち、俺たちと一緒に討伐任務いかねえ?」


(チビとは失礼な! 俺は日本人の平均身長くらいだ!)


 ただし相手の三人はいずれも俺より頭二つ分は大きかった。態度がデカいだけはある。三馬鹿はこちらに近づき強引にどかそうとするも、俺は掴みかかろうとしていた男の手を払いのけた。


「いてえっ!? テメエ、何しやがる!?」

「あ~あ、これは骨折したかもなぁ?」

「慰謝料として後ろのお嬢ちゃんたちに慰めて貰おうかなぁ?」


 ふざけた事を宣う連中にキレそうになりながらも、俺はそれとなく周囲を観察した。ギルドの職員は仕事をしながらチラチラとこちらの様子を伺っている。ギルドは基本、冒険者同士の諍いには干渉しないが、あまりにも酷い場合だと介入してくる。


 ただしその“酷い”の度合いは支部によりけりだそうで、日本感覚でのモラルを期待してはならない。冒険者活動とは基本、全て自己責任なのだから。


 他の冒険者たちも様子を伺っているだけだ。中にはニヤニヤ悪意の籠った表情でこちらを観察している者もいるが、殆どの者は揉め事に関わりたくないのか基本スルーだ。これは何も薄情だからという訳ではなく、これくらいの危機を乗り越えられない者は冒険者など務まらないという考えからで、敢えて放置しているのだ。


 残りの少数派は、いざとなれば介入する気なのか、鋭い目でこちらを伺っていた。ただしその者たちも正義感からなのと、下心有りなのとで半々といったところだろうか。


(ふむ、周りは期待できそうにないな)


 俺が他の事に気を遣っている間にも、男たちは唾を飛ばしながら俺たちを貶めようと騒いでいたが、一向に手を出そうとはしてこなかった。彼らも馬鹿じゃない。この場であからさまな暴力行為をする気はないのだろう。


「————テメエみたいなひよっ子はすぐに死んじまうさ!」

「F級かE級の雑魚チビは引っ込んでな! それよりD級の俺様が冒険者のイロハってもんを教えてやるぜ!」


「…………なんだ、あんたらも俺と同じ・・D級なんだな」


 相手の底も大体知れた。時間も惜しい俺は、敢えて彼らの茶番に付き合う事にした。


「なにぃ? テメエもD級だと?」


「ほい、これ!」


 実は先ほど昇格したばかりだ。丁度いいので新しく手渡されたD級の冒険者証を出して見せた。


「じゃ、これで満足したな?」


 そう告げて帰ろうとするも、予想通り引き留められた。


「待ちやがれ! D級だからって、俺らと同じレベルだと思ってんのか?」

「そ、そうだ! 若造なんかと一緒にすんな! 俺たちはベテランだぜ!」

「さっきまでE級だった癖に、生意気なルーキーだ!」


 語るに落ちるとはまさしくこの事だ。どうしてさっきまで俺がE級だと知っているのか、恐らく受付でのやり取りを遠目で盗み見ていたのだろう。その際E級の冒険者証でも見たに違いない。それで勝てると踏んだ相手を鴨にしようとしたわけだ。


 だが残念、俺は冒険者ランク詐欺なのだ! 実際にはD級上位かC級クラスだと自負している。


「じゃ、外の修練場で模擬戦でもしてみるか? 俺に勝てたら考えてもいいぜ?」


「な、なんだとぉ?」


 俺の発言に男たちは怒りの形相だが、少し考えてからニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。


「いいだろう。その言葉、忘れるんじゃないぞ?」


(うん、考えておくって言っただけだけどね)


 俺が頷くと三人はノシノシとギルドの隣にある野外修練場へと向かった。俺たちもその後に続く。


「……一応聞いておくけど、勿論勝算はあるのよね?」


「何でもありなら絶対に負けない」


 心配そうに尋ねる佐瀬に俺は力強く答えた。


 どんなに相手が強かろうと、所詮D級レベルだ。最悪、刺し違えてでも俺が勝つ。ま、外野の目がある所でそんな手を使うつもりは毛頭ないが……




 修練場には俺たちの他に、興味を持った大勢の冒険者たちギャラリーも付いてきた。思った以上の衆人観衆の中、俺と馬鹿三人は広場の中央で睨み合った。


「ルールは何でも有り、一対一のタイマンだ!」


 斧を持った男からの提案に俺は笑みを隠せないでいた。


(ラッキー♪ 勝ち確定!)


 望むところだと返事をした俺を不気味に思ったのか、斧男は慌てて訂正した。


「い、いや! 待て! やはりこのギャラリーの中で攻撃魔法は危険だ! 攻撃魔法は禁止とする!」


 男の言葉にギャラリーからはブーイングが巻き起こった。ちらりと横を見ると佐瀬と名波も一緒にブーイングしている。あいつらノリが良いなぁ。


「う、うるせえ! それじゃあ開始だ!」


 普通こういう時は第三者が音頭を取るべきだと思うのだが、男は勝手に開始の合図を出すと、俺へと斧を振りかぶった。


「————遅い!」


 俺は今制御できる範囲で最大の【身体強化】を施すと、斧をわざとギリギリ身を捻って避け、その反動を使って飛び回し蹴りをお見舞いした。


「ぐぁっ!?」


 鈍い音と男の悲鳴が重なる。間違いなくどこかの骨を折っただろう。男は斧を手放してそのまま脇を押さえながら座り込む。


「これで勝負あり、だな」


 俺は冷たい視線で相手を見下ろしていると、横から飛び出てくる影を視線の端で拾った。


「————っ!」


「ちっ、防いだか!」


 舌打ちしたのは三馬鹿の内の一人であった。奴は事もあろうか横から飛び出すと、俺に向けてショートソードを繰り出した。すかさず俺も剣を抜いてそれを防いだ。


「どういうことだ? これはサシの勝負じゃなかったのか?」


「だから今から二回戦だ! そら!」


 思いもよらぬ奇襲からの連戦に俺は悪態付いた。先ほど斧男の醜態を見ていた剣士は俺と同じショートソードを細かく繰り出してくる。大技を警戒しての攻撃だ。それに対して俺は真正面から打ち合った。


(確かに早いけど、力はそんなに籠めていないなぁ。それにそんな安物の剣だと……ほら)


 俺の予想通り、何合目かで相手の剣はあっさり折れた。意表を突かれた相手は俺の蹴りを鳩尾に喰らってあえなくリタイアとなった。


 ————シュッ!


「————い、つぅ……っ!」


 三人目にも気を付けていたつもりであったが、最後の長髪野郎は事もあろうか、俺たちの勝負が完全に決着を着く前にナイフを投げる準備をしていた。


 二人目を鳩尾キックで撃退した直後に飛んできたナイフを、俺は左腕でなんとか防いだ。顔面こそ守ったが、その短剣は俺の腕に刺さったままだ。


「ふざけんな!!」

「卑怯だぞ、テメエら!!」

「冒険者の風上にもおけねえ!!」


「う、うるせぇ!!」


 周囲の怒号に長髪野郎は一瞬たじろぐも、チャンスとばかりに懐から短剣を両腕に二本取り出して、その一本を再び投合した。


(こんな人がいる中で!?)


 先程攻撃魔法が危険だからと言っていたのは何なのだろうか? 俺は万が一でも観衆の中にいるであろう佐瀬と名波に当たらぬよう、短剣を今度は右腕で防いだ。流石に器用に剣で弾ききれる自信がなかったからだ。


「——ぐっ!」


 刺さったナイフが一本追加された俺は涙目になりながらも、勢いをそのままで相手へと肉薄する。奴が三度目を投合しようとするより、俺の方が速かった。


「い、てえんだよ! このクソ野郎!!」


 俺はナイフの刺さったままの右で左腕の短剣を抜くと、そのまま長髪野郎の左肩にぶっ刺してやった。


「いてええええええッ!?」


 男はあまりの激痛に地面を転げまわった。


「騒ぐんじゃねえ! いてえのはこっちも同じだ!!」


 こちとら二本も刺されたのだ。一本ぐらいでピーピー喚かないで欲しい。それに完全に自業自得だ。


 俺は刺さりっぱなしの右腕にあるナイフも強引に抜き取ると、そのまま【ヒール】を掛けた。あんまり回復が速いと怪しまれるので、魔力を極少量に絞ってゆっくり回復させた。こと回復魔法に関しては俺も魔力操作がきちんとできるようだ。


「そ、それ、大丈夫なの?」

「消毒した方が……?」


「む、それもそうだな」


 最悪、毒が塗られている可能性もある。それを失念していた俺は【キュア】を掛けてから両腕の治療を再開した。腕を癒しながらも俺は周囲を鋭く監視していた。もしやと思うが四人目の乱入者はいないだろうなと、目を血走らせていた。そんな俺の形相に周囲の冒険者たちは一歩引く。


「おいおい、実質一人で三人を撃退しちゃったぞ?」

「あいつらって確か≪黒竜の牙≫だろ? 性格はあれだが雑魚じゃねえ筈だ」

「あんな白髪のルーキー、何時からカプレットに居たんだ? パーティに誘ってみるか?」


 周囲があれこれ詮索している中、俺たちはその場を離れる事にした。その際、何人かの冒険者から好意的な言葉を掛けられ、話ができないかと言われたが、治療をするからとそれらの誘いを全て断った。




「たく、無茶をするんだから! 腕は本当になんともないのよね?」


「ああ、すまん。大丈夫! 俺、回復には自信があるから」


 呆れながらも心配してくれる佐瀬に、俺は問題ないと力強く答えた。


「いやぁ、それにしてもテンプレなイベントだったね! 冒険者ギルドで絡まれるルーキー。それを見事撃退して注目を浴びる!」


「浴びたくなかったんだがなぁ……」


 あいつらが絡んできた時に、こういった流れに持って行きたいのは俺にも想像がついた。だから適当に一人倒してある程度の実力差を見せつけて諦めさせるつもりであった。


 だが思った以上の衆人観衆と、相手が卑怯な手を使ってきたので、俺も手を抜くどころではなかった。結果悪目立ちしてしまったが、これで中途半端な連中に絡まれる心配は減るかと無理やり納得をする。


 だが≪黒竜の牙≫だったか? 随分御大層なパーティ名のようだが、あいつらは要注意だ。あれで諦めてくれればいいが、逆に恨みを買った可能性は十分にある。


 俺はその事を二人に共有し、今日の活動方針を練り直すのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:異世界で一番科学の進んでいる国家の名前を教えてください

A:この質問の場は貴方たち地球人が異世界の常識を知らない事を憐れんで特別に行っている措置です。よって、あちらの世界で一般的でない情報までは一から全てを答えません。あちらの世界に行ってから自分たちで調べてください

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る