第21話 辺境の町にはご用心

 川を越えてから少し歩くと、名波が警告を発した。


「右奥に何かいる。数は3、多分魔物だと思う」


 スキル【察知】で魔物を感知したようだ。


 彼女の言葉に従い、俺たちはゆっくり静かにそちらの方へ近づいた。すると遠目に黒い何かが動くのが見えた。


「……一瞬見えた。多分ルプスだな」


「ルプスって確かDランクのオオカミよね?」


 佐瀬の言葉に頷いた俺は、再度周辺を調べるよう名波に依頼した。


「あいつら以外はいないみたいだよ。どうするの?」


 ルプスは群れる事が多いので討伐難易度はDとされているが、こちらと同数という状況下では実質Eランクが妥当だろう。彼女らの腕を試すのにはおあつらえ向きな相手と言えた。


「あいつらはここで倒す。俺と名波が前衛、佐瀬が後ろからサポート。それでいいか?」


「OK!」

「問題ナッシングだよ!」


 頷きあった俺たちは潜むのを止め、ルプスたちへ駆け寄った。遅れて向こうもこちらを察知したのか迎撃態勢を取る。


「————せいっ!」


 まずは俺から、ショートソードを振り下ろしてルプスへ攻撃を加える。その際、多少手を抜いた。ルプルくらいなら俺一人でも殲滅できるが、今回の目的は二人の実力を確かめる為であった。


 俺はあっさり黒狼を倒さないよう2匹同時に相手取りつつ、名波の様子を伺った。彼女は右手に包丁、左に果物ナイフという奇抜なスタイルで、黒狼相手に問題なく立ち回っていた。闘力はそこそこありそうだ。


(名波の方は全く問題なさそうだな)


 お次は佐瀬の実力を確認しようと、俺は狼たちを威嚇するかのように剣を大振りさせてから、すかさず距離を取った。佐瀬からの射線を通す為だ。


 だがここで事故が発生する。なんと名波も俺と同じ事を考えていたのか、二人揃って黒狼たちから離れてしまったのだ。


「「あっ」」


「ちょっと、どっちを狙えば……ええい! 【ライトニング】!」


 降って湧いた標的の多さに佐瀬は一瞬戸惑うも、まずは数の多い方からと俺の方にいる一体に【ライトニング】を放った。


 ギャウンッ!?


 見事命中して1匹仕留めたが、魔法を危険だと考えた残り2匹は佐瀬の方へ駆けて行った。前衛の俺たちは少し敵から離れすぎてしまった。


「ちっ! 【ストーンバレット】!」


 逃すまいと、俺は後ろから黒狼の1匹を石の弾丸でぶち抜く。これで残り1匹だ。


「————【ライトニング】!」


 なんとか二射目が間に合った佐瀬は、目前に迫る黒狼に電撃を浴びせ、ルプスの群れを撃退する事に成功した。


「ちょっと、二人揃って前衛が抜けるのは止してよね!」


 佐瀬のお怒りも尤もだ。


「いや、すまん。今度からはきちんと順番とか合図を決めておくか」


「そうだね。彩花、ごめん」


 だが、こういう連携の問題点を洗い出す為の戦闘でもある。これから魔物を見つけたらどんどん倒して行こうと俺は考えた。


「倒したこいつらはどうするの?」


 名波が尋ねてきた。


「本来なら解体して素材や肉を剥ぎ取るんだけど、他の魔物が寄ってきそうで危ないし、とりあえず一旦このまま回収しておくよ」


 俺はルプスの死体に手を触れると、そのまま丸ごとマジックバッグに収納をした。


「それ、本当に便利ね。どれくらい入るの?」


「う~ん、上限が分からないくらいかな?」


 佐瀬の質問に俺は正直に答えた。これから暫く行動を共にするのだ。隠すべきところは隠すが、マジックバッグに関しては二人の前だけならば遠慮なく扱うことにした。


「ねえ、矢野君! 気になっていたんだけど、そのバッグってもしかして時間経過もストップするタイプ?」


 名波の質問に佐瀬は首を捻っていたが、一方俺は「流石、異世界マニアだな」と感心していた。


「ああ、ご明察だ。このバッグに入っているモノは時間が凄くゆっくり進むらしい。前にスマホの時計で実験したけど、一日入れっ放しにしていても秒数はほぼ変化がなかった」


 マジックバッグからスマホを取り出して、時計を確認するまで、どんなに手間取っても3秒は掛からない筈だ。それを考慮してもスマホの秒針にはほぼ変化がなかった。


 つまり一日経っても中の物は多く見積もってもせいぜい1秒くらいしか時間経過していないという事だ。一カ月で30秒、一年でもたったの6分だ。”精○と時の部屋”もびっくりな時間差だ。どんなに足の早い食品だとしても、このバッグに保管すれば腐る事はないだろう。


 それを聞いた佐瀬と名波は心底驚いていた。


「それってそんなに凄い代物だったんだ……」

「あはは、流石にチート過ぎないかなぁ……」


 うん、俺もそう思う。


「だから絶対秘密にしてくれよ? これが知られたら、俺を殺してでも欲しいって奴はそこら中にいるだろうからな」


 俺の言葉に二人はごくりと息を飲むのであった。






 それから俺たちは、西へまっすぐ進む事にした。


 一昨日来た時は川沿いを南下して彼女たちと遭遇したので、本来は北へ進んでから西が正しいルートなのだが、俺は敢えてまっすぐ西のルートを選択した。


 理由は二つある。


 一つは、北寄りのルートだとCランクの魔物がいたと≪コココ≫から情報提供があったからだ。彼らはCランクのアサシンクーガーに不意を突かれ、コランコが大怪我を負ったのだ。つまりD級冒険者パーティでもリスクのあるルートとなる。


 俺同伴なら兎も角、今後の事を考えると学生たちだけでも通り抜けられる安全なルートを開拓したい。


 もう一つの理由は移動距離の問題だ。町へ行く最短ルートではなく、ただ森を抜けるという点だけを考えれば、わざわざ北にはいかず、そのまま西に行けば早く抜けられるのではないかと睨んだからだ。



 果たして俺の考えは正しかったようで、何度かDやEの魔物と戦闘を繰り広げながらも、日が落ちる前にあっさりと森を抜け出る事に成功したのだ。




「抜けた! 森を、出られた……っ!」

「やったあああああっ!!」


 この世界に来て漸く森から抜けられた二人は涙を浮かべながら喜び合った。その様子を微笑ましく見守っていた俺だが、何時までもこうしている訳にはいかないと二人に声を掛けた。


「気持ちは分かるが、ここはまだ安全圏じゃないんだ。こっから町へ行くには、まず馬車道を探す必要がある。早いところ移動しよう」


「ぐすっ……そ、そうね!」

「うん、わかった!」


 森を抜け出た俺たちは、今度は平地をそのまま西へと進んだ。


 暫くすると道のようなものを発見した。馬車が行き来して自然にできた道である。勿論整備なども碌にされてはいない道だが、冒険者たちや商人には重宝されていた。


 何を隠そう、俺がムイーニの町からカプレットの町へ来た時もこの馬車道を歩いてきたのだ。その事を二人に説明するとムイーニの町について色々質問責めをされた。


 ただあの町はいけ好かない領主邸もあったので、俺自身もあまり長居しないようにしていたのだ。情報収集をしていたギルドや酒場と一部の商店くらいしか俺は知らなかった。


 領主の息子の悪行について話すと、二人は顔を顰めた。


「げぇ、傲慢な貴族か…………」

「そんなのに目を付けられたら嫌だし、近づかないでおこう」


 二人の会話で俺は一つの懸念事項を思い出した。


「二人とも出来れば目立つ格好は避けるようにと言っておいたけど、何か用意してきたか?」


「そうはいっても持ち合わせなんか何もなかったわよ……」

「帽子とサングラスくらいしかないけど……却って目立つよね?」


 出来れば顔を隠せるフードとかあればベストだったのだが、そんな持ち合わせはなかったようだ。それを聞いた俺は顔を顰めた。


「やっぱり不味いのかな?」


 名波の不安そうな問いに俺は神妙に頷いた。佐瀬はいまいちピンと来ないのか首を傾げていた。


「ハッキリ言うけど、二人の容姿はかなり目立つ! それこそナンパなんてレベルじゃなくて、刃傷沙汰にもなりかねないと俺は考えている」


 俺の言葉に名波は溜息をつき、佐瀬はギョッとした。


「ちょっと! その町ってそんなに治安が悪いの!?」


「少なくとも俺みたいな若造一人が住む分には問題ないと思う。だけど君らはモテそうだからなぁ。冒険者は荒っぽいのが多いんだよ」


 カプレットはダンジョンがある町だけあって、冒険者の数がムイーニよりも多い。その為、武器・防具などの取り扱い店も多いが、風俗的な店も多いのだ。


 当然治安の方は日本のそれと比べると雲泥の差だ。


「勿論、法律で乱暴は禁止されているし、領兵もいるにはいる。だが冒険者同士の喧嘩が日常茶飯事な場所だ。多少のトラブルは覚悟しておけよ?」


 俺の忠告に佐瀬は挑戦的な笑みを浮かべた。


「そんな奴ら、私の【ライトニング】で返り討ちにしてやるわ!」


「それと町中では抜刀も魔法も原則禁止だ。よっぽどの事がなければ先に手を出すなよ?」


「嘘でしょう!?」

「これは大変そうだねぇ……」


 そこら辺の匙加減も難しいのだ。


 だが散々二人を脅しはしたが、そこまで酷い輩は少数派であった。カプレットのダンジョンは割と難易度高めで、そこまで底辺の冒険者たちは多くないし、弁えている連中もいる。無法者が大手を振って歩いている訳ではないのだ。


「極力一人で人気のない場所には行くなよ? 大丈夫、俺がなるべく穏便に対応をするから」


 そこら辺は女性冒険者がいた≪コココ≫の連中を見てある程度予習済みだ。本当に俺は出会いにだけは恵まれているなと、しみじみ感じた。






 馬車道を北上していると、遂に日が落ちてしまった。


「————【ライト】!」


 俺は光属性の補助魔法、【ライト】を浮遊させた。出現した光の玉は、ふよふよ浮いたまま、俺たちの歩に合わせて進んで行く。


「へぇ、それ便利ねぇ。光属性の魔法なのかしら?」


「ああ、明るさも調整できるし、魔力消費も少ないから使い勝手がいいぞ」


 夜の仕事を請け負ったり、暗がりの多いダンジョンには必須の魔法だ。


「……こんな魔法が普及しているから、道に街灯がないのかしら?」


 ふと、佐瀬が質問を投げかけた。


「いや、この辺りは松明とか蝋燭が主な光源だからな。流石に人の目が遠い場所には置けないだろう」


 灯りの魔道具もあるらしいが、こんな道端に置いていたら盗まれてしまうだろう。少なくとも俺は一度も現物を見た事が無い。


「成程ねぇ」


 俺が【ライト】を出してから1時間ほど歩くと、遠くに町らしき灯りが見えた。どうやら無事に辿り着いたようだ。


「あれが、この世界の町……」

「うわぁ、すご~い!」


 ダンジョン以外何もない辺境の町なのだが、二人の気持ちは十分理解できる。


 俺たち日本人の殆どは都市部に住んでいるだろうから、多くの人が田舎の町や村に行くと、その情緒溢れる光景に心を響かせる筈だ。


 古い村や街並みが残されている所は国の重要指定文化財などにもされている日本だが、この世界の町はまさしく、そんな歴史の教科書から飛び出してきたような光景こそが当たり前なのだ。


 しかも現在進行形で住人たちが生活を営んでいる。異世界に来て半年以上経つが、ずっと森暮らしであった彼女らは改めて、ここが地球ではない事を再認識させられただろう。



 いつまでも口を開けて呆けている二人を促して、俺たちは町の入り口までやってきた。そこには常時二名ほどの兵士が見張りをしていた。この町は特に門限がある訳でもなく、出入りは自由で無料ただだ。俺も何度か出入りしているが、一度も呼び止められたことはない。


 だが今日は珍しく声を掛けられた。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「見かけない顔だが、この町に何の用だ?」


 ん? どういうこった? 確かに後ろの二人は初めてだが、俺は何度も出入りしているだろう。


 ただ、向こうが俺の顔を覚えていない可能性もある。こっちも兜で顔が半分隠れている門番の事などいちいち覚えていなかったからお相子か。


 俺は予め考えていた設定を披露した。


「二人は俺の依頼者だ。護衛で連れてきたが、ちょっと到着が遅くなってしまった。俺は一応ここでも活動している冒険者なんだけどね」


 適当な嘘をついて懐から冒険者証を取り出して見せた。E級冒険者が護衛というのは珍しいが、全く無い訳ではなかった。


「ふむ、そういえば君の顔は見た事があったな」

「問題なしだ。ようこそ、ケプレットの町へ! 美しいお嬢さん方!」


「え? あ、はい」

「あはは、どうも、どうもぉ~」


 どうやら門番は後ろの二人に見とれていて、俺の存在を見落としていたようだ。見事に鼻の下を伸ばしている。声を掛けてきたのも彼女たちが美人だからだろう。


 町の中へ入ると、酔っ払いや客引きの男たちの視線がこちらへ集まっていた。


(不味いな。思った以上に注目されているぞ!?)


 現代日本を離れ半年以上経つとはいえ、俺は美容に気を遣う現代の美しい女性の姿には見慣れていた。これでも一応都会暮らしだし、年の近い姉もいたからだ。


 だがこの世界に置いて日本人の若い女の子は目を引く存在のようだ。勿論この世界にもケイヤのように容姿に優れた女性はいるが、この二人もそれに引けを取らないレベルだ。


「あちこち見るのは明日にして、早く宿に行こう」


「え、ええ!」

「りょ、了解!」


 二人も周囲の男どもの視線を察したのか、早歩きの俺にピタリと付いてくる。幸い俺の宿泊している宿は入り口に割と近いので、絡まれる前に中へと入った。


「いらっしゃ……おや? 戻ったのかい?」


 入ってきた客が俺だと気が付くと、宿の女将は気さくに声を掛けてきた。


「ああ、女将さん。ちょっとトラブってしばらく外で泊ってたんだ。俺の部屋、まだ宿泊日数残ってるよね?」


 俺は大体週一くらいでまとめて宿代を支払っていた。確かまだ三日分くらいは泊れた筈だ。


「う~んと……ああ、そうだね。あと三泊分、残ってるよ」


 宿泊台帳を確認した女将が教えてくれた。


「それじゃあ後ろの二人を三泊分、追加でお願いしたいんだけど、部屋って空いてる?」


 俺が尋ねると女将は顔を顰めた。


「悪いねぇ、今日は全部埋まっちまってるよ。二人部屋なら一部屋、明日からでよければ開く予定だよ」


 なんと、珍しく部屋が全部埋まっているようだ。どうも西から冒険者パーティが何組もやってきたそうだ。まともな宿屋は他所も埋まっているだろうと女将が教えてくれた。


「一つ空いている宿に心辺りはあるけど、正直後ろの娘たちだと、そこに泊まるのは心配だねぇ……」


 女将は後ろに立っている佐瀬たちを見てそう判断した。どうやらセキュリティに不安要素のある宿泊施設のようだ。


「あのぉ。料金は払うので、彼が既に取っている部屋に三人一緒はダメですか?」


 そう提案したのは、驚いた事に佐瀬であった。


(いやいや、あの狭い部屋に三人は……可能だろうけど、色々不味いだろう!?)


 俺は止めようとしたが、女将はその案に賛成なようだ。


「ああ、それなら食事代だけでいいよ! 流石に一人部屋に三人押し込んで金をとるのも気が引けるしねぇ。布団は予備のがあるから、後で取りに来ておくれ!」


「はい! ありがとうございます!」

「食事も付いてくるんですか!? やったぁ!!」


 俺が口を挟む間もなく決まってしまった。先ほどはああ言った佐瀬だが、彼女たちはまだこの世界の通貨は持っていない。当然払いは俺が済ませた。


 俺は二人を部屋へ案内すると、二人の表情は引きつっていた。


「思ったより……狭いわね」

「あはは、ベッドしかないね……」


 失礼な! 荷物を入れる木箱もあるぞ!


「一人用の部屋だからな。所持品も防犯面が心配だから全部バッグの中だ。それより本当にここで三人でもいいのか? 寝られなくもないが、そのぉ……」


 俺が言い淀むと佐瀬が口を開いた。


「分かってる。別にアンタを信用したからじゃないわよ? 前科もあるしね」


「ぐっ!」


 それは事故とはいえ裸を見てしまった件だろうか。その節は本当にどうもありがとうございました。


「でも、仕方がないじゃない。こんな状況で今から宿探しも難しそうだし……」

「女将さんの反応を見る限り、期待薄だろうねぇ……」


 佐瀬と名波は揃ってため息をついた。


「だから消去法よ、消去法! 流石に外の危ない連中よりかは……まぁ、信用……しとく」


 いまいち信用されていなさそうな言い回しであった。


「ただし! 変なことしたら【サンダー】ぶちかますからね!」


 全く信用されてなかった! というか【サンダー】はマジであかん! せめて【ライトニング】にして!?



 色々あったが、無事カプレットの町で一夜を明かすのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:「自動翻訳」はどんな言語や暗号も翻訳できるのでしょうか?

A:一定数の使用者がいない言語は翻訳できません。古い言語や暗号は基本翻訳できないと考えていいでしょう。地球の言語には全て対応してます

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