第19話 和解と話し合い
急いで食事を終えると俺は一人になった。佐瀬たちはこの後、食器を洗いに今朝遭遇した川へと再度向かうのだそうだ。
(流石に井戸掘ったり川を引いてくるのは簡単じゃないよなぁ)
川を引いてくるだけなら魔法のゴリ押しで可能かもしれないが、それが原因で氾濫したり、魔物の勢力圏を乱したりするかもしれない。一朝一夕で森中の治水は出来ないだろう。それなら下手に弄らず川まで歩いていけば事足りる。
「矢野さん、ちょっといいですか?」
声を掛けられ振り返ると、昨日話し合いの場にいた浜岡がいた。彼の背後には花木と確か斎藤といっただろうか。恐らく【鑑定】スキル持ちだと思われる青年もいた。その更に後ろには中野の姿もあった。
色々因縁のあるメンバー勢ぞろいに俺の表情は硬くなる。だがこのコミュニティに来たからには、これは避けては通れない事なのだ。
俺が何と返答しようか迷っていると、浜岡から謝罪の言葉が出た。
「昨日は申し訳ない! 勝手にそちらのステータスを覗き見た上に暴露してしまい、すみませんでした!」
別に浜岡は悪くなかっただろう。俺が心の中でつっこむと、それを察してか後ろの二人も頭を下げた。
「矢野
「僕も……勝手に鑑定して申し訳ないです」
「ああ……はい。謝罪は受け取ったよ」
そんな事だろうと思っておりました。
でも、普通に考えたら名前や年齢だって日本では個人情報扱いだからね? 別に俺のつまんない個人情報なんてどうでもいいんだが、魔力だけは悪目立ちするから、それだけは広めて欲しくはなかった。
俺も【鑑定】は取るつもりだったし、別にそれを使って盗み見ることくらいは仕方がないと思っている。だが堂々と正面から鑑定した上に内容までバラすか? それくらいは…………いや、もうこの件についてはこれ以上言うまい。
「こっちも喧嘩腰だったし、状況を考えたら君たちがこちらを不愉快に思ったのも納得だ。だから俺も……申し訳ありませんでした」
一応これは本音でもある。
実際がどうあれ、俺の見た目は若造だし彼らより年下に思えただろう。初対面の年下からタメ口聞かされたら、確かに快く思わない事だろう。
「いえ、俺の方こそすみませんでした!」
「あ~、敬語はいいよ。こんな見た目だし……」
俺がそういうと花木は再び顔を上げてこう返した。
「いいえ、どんな見た目だろうと、貴方が年上なのは変わりがないですから」
何とも生真面目な男だろうか。俺は困った顔で横にいる浜岡を見た。
「花木はこういう奴なんだ。気にしないでやってくれ。あ、俺はタメ口使うね?」
大学生でまとめ役となると、恐らく年齢は21か22くらいだろうか? 俺だってまだ20代だ。つまり同年代なのだ。年の近い者同士、フレンドリーでいいじゃないか。
後1年したら30代に突入するが、それは横に放り投げておく。
「じゃあ、これでやっと和解って事ね? いやぁ、無事仲良くなって良かったわ!」
他人事のように宣う中野だが、彼女が最初にキレ散らかしたのを俺たちは忘れてはいなかった。その場にいる全員が白い目で見るも、彼女はどこ吹く風だ。
「……ごほん! それはそうと一つ聞きたいことがあるんだが、え~と、斎藤君だっけ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
俺に名指しで指名された彼は少し怯えていた。
やはり魔力量9,999というイカれた数字と、それをバラした事による負い目もあってか、どうも俺の事が怖いらしい。
「どうせ一度見てしまったんだ。良かったらもう一度、俺を鑑定してステータスを教えて貰えないかな?」
「そ、そう言う事でしたら……」
あからさまにほっとした斎藤は俺を正面から見ると、ステータス情報を告げてくれた。
以下の内容が俺の現ステータスだ。
名前:矢野 一心
種族:人族
年齢:29才
闘力:215
魔力:9,999
所持スキル 【自動翻訳】【回復魔法】
「……ふむ、その他の情報は見えないのか? 例えばレベルやHPとか、習得している魔法名とか」
実際に俺は回復魔法である【ヒール】【キュア】【リザレクション】の他に、【ライト】【レイ】【ファイア】【ウォーター】【ストーンバレット】も習得している。それらは見えないのだろうか?
「いえ、何人も見てきましたけど、そんなものは見えないです。所持しているスキルは見えても習得した魔法までは分からないんですよ……」
そう告げた斎藤は心底落ち込んでいた。どうやら彼は【鑑定】がもっと有用なスキルだと考えていたようで期待外れな性能に落ち込んでいたようだ。
(いや、十分有用だと思うけどな。確かに詳細は見えていないようだけど……)
それに俺は【鑑定】が進化するスキルではないかと疑っていた。
以前ケイヤにもその点を指摘したことがあるのだが、彼女にしては珍しく“どうだろう?”と曖昧な返答をしていた。
これは推測だが、国は【鑑定】以上の目を持つ者の存在を把握し、使役しているのではないだろうか? だからそれを知っている立場の彼女もお茶を濁した。彼女は嘘をつくのが苦手ではなく嫌いなのだ。
それともう一つ根拠はある。それはステータスを確認できるマジックアイテム≪
その神意秘石の方ならば、俺の魔力数値も計測できるのではとケイヤが言っていた。
マジックアイテムも上位版があるのだ。進化する事もあると言われているスキルに【鑑定】の上があると考えるのは、至極当然の結果ではなかろうか。
(ま、そこは教えないけどね……)
斎藤には悪いが、俺のデメリットに繋がりそうな情報は教えないつもりだ。まぁ、普通に考えればその内知り得る情報だろう。後は本人のやる気次第だ。
「あのぉ、矢野君。聞いていいのか分からないが、魔力量が9,999ってマジなのか? だとしたら一体どうやって……」
浜岡が恐る恐る俺に尋ねた。他の三人も真剣な目で俺を見つめる。
ま、当然の疑問だろう。それだけの魔力があれば対魔物戦闘においてもかなり優位に立てる。もし簡単に魔力を上げられる秘密があるのだとしたら、是非知りたいと思うのは当然の事だ。
だが、それに関してはこっちが聞きたいくらいだ。寧ろ俺が知りたい。この件は聞かれても俺は何の力にもなれない。だから誤魔化す事にした。
「……それは多分コイツの所為だと、思う」
一芝居打つことにした俺は左手に装備した指輪を見せた。
「そ、それは……?」
浜岡が尋ねると、俺はそれに応えず斎藤に話しかけた。
「斎藤君、これを鑑定できる?」
こっからは賭けだ。だが分の悪い賭けではないと思っている。
「こ、これは……!? マジックアイテム≪魔力隠しの指輪≫!? 能力は……装着者の魔力を隠す!?」
(よしっ!)
斎藤の説明に俺は心の中でガッツポーズを決めた。
「こいつを身に着けてから、魔力量の計測がおかしくなったんだ。確かに俺の魔力量は多い方だと思うけど、これは流石に異常だ。多分だけど、この指輪が俺の魔力を隠しているんだと思っている」
嘘である。この指輪は魔力を隠ぺいするだけで鑑定結果をバグらせる効果はない。
俺の出鱈目な説明に浜岡はポンと手を打った。
「成程、普通魔力を隠すとなるとゼロになるかと思いきや、逆に数字を増やす事によって正確な魔力数値を
まんまと策に嵌まってくれた浜岡に、俺は乗る事にした。
「そうそう、そんな感じ! まぁ、実際これを付けていると魔力も察知されにくいらしいけど、町でも勘違いされて困ったものだよ」
「成程、それで……」
得心がいったという表情を三人ともが浮かべ、俺は心中小躍りしたい気分であった。
やはり【鑑定】は大雑把な内容しか分からないようだ。以前≪模写の巻物≫や魔法の盾を鑑定士に視て貰った時も、最低限の説明しか教えてもらえなかったのだ。
だからこの指輪も“魔力を隠す”くらいしか鑑定結果に出ないのではないかと思い、今回のいい訳に利用させてもらった。これで今後異常な魔力量については指摘される心配もない。俺が勘違いされて困っているような態度も取ったので、彼らも気兼ねなく俺の情報を広めてくれるだろう。
それから俺たちは軽く話し合い、改めて情報交換の場を設ける事が決まった。今夜同じ場所で行われるが、今度は他にも何人か人数を増やして話し合いたいらしい。昨日と同じ面子だけではまた喧嘩になるかもしれないと危惧しての事だ。
俺はそれを快諾した。
昨日一晩ゆっくりと考えて、一つの答えを出したのだ。俺の不利にならない情報なら、対価無しで惜しみなく提供をするつもりだ。まずは信頼を得ようという打算的な下心もあるにはある。だがそれ以上に、このまま彼らを放置するのは不味いと考えたからだ。
(どうしてここに魔物が来ないのかは謎だが、こんな状況何時までも続く訳がない! このままでは遠からず彼らは全滅するぞ!)
最初はそこまで関わる気はなかったのだが、佐瀬たちの存在と、それとどうしても開拓村での惨劇が俺の脳裏にチラついて離れないのだ。どうやら俺は自分が思っていた以上に、情に流されやすい人間だったようだ。
夜まで時間の空いた俺はこの集落を一通り見学させてもらった。一応俺の立場は暫定的にだが客人扱いとなった。あまり邪魔にならないよう彼らの仕事や生活ぶりを拝見する。それを見て思った感想は“良くやっている”であった。
上から目線に一体何様だとも思うが、俺は既に町での生活に成功しており、彼ら以上の暮らしが出来ていると自負している。そんな俺の立場から言わせて貰うと、彼らはこの状況下で本当によく働いていた。
集落に住む学生全員がしっかりした屋根付きの木造家屋に住み、食事も肉こそ少ないものの、最低限の栄養は取れているらしい。
衣服も日本から持ち運んだものを丁寧に洗ったり、修繕したりと再利用をしている。衣食住は十分とまでは言わないが、最低限は維持できているのだ。
勿論どうしようもない面もある。
例えばトイレ、これは水道を引けないのだからどうしようもないだろうし、勿論お尻を吹く専用の紙も無い。町に行けばもう少しマシな設備や備品があるが、これは冒険者である俺たちも、野営の時はどうしようもない問題だ。
一応町のトイレには排泄物や汚れを処理してくれるスライムが飼われているのだが、この辺りにはスライムを見かけないそうだ。
どこかにマジックアイテムのトイレなどは無いものだろうか?
そんな感じであちこち回っていたら、すっかり夕飯の時間であった。
ちなみにお昼は既にご馳走になっていた。朝ほど量は多くないが、誰も文句を言わずにさっさと食べて仕事に戻った。ただ何人かは、その表情から不満の色が見えた。やはり日本での飽食環境を知っている者からすれば栄養は兎も角、圧倒的に量も質も足りていなかった。
そんな不満顔の彼らも夜には笑顔が戻る。なんと夜にはお酒も振舞われるのだ。
「おいおい、酒造してんのかよ……」
「きちんと管理しているし、量も少ないから平気よ!」
試しにちょっとだけ頂いたが、町の安酒より遥かに美味しかった。これは是非もっと飲んでみたいが、これから話し合いのある中、酔っ払って出向く訳にもいかない。非常に残念だが、俺は一口分だけにして、謎の果物から絞ったジュースを頂いた。うん、酸っぱい。
見れば俺だけでなく、佐瀬や名波、それに会沢もジュースだけであった。
「ああ、私は今夜の話し合いに参加するからね」
どうやら写真部の部長である会沢も話し合に出るらしい。
「二人もまた参加するのか?」
俺は佐瀬と名波に尋ねた。
「何よ? 私が来ちゃ悪い?」
「昨日も参加したし、一応私たちが第一遭遇者だからね」
片方は“やんのか?”と威嚇するかのように、もう一人は笑顔で明るく答えてくれた。どっちがどちらの反応かは、皆さんの想像にお任せしたい。
俺たちは夕食を速やかに終えると、すぐに集会場へ向かった。
既に何人かは席に着いていた。花木たちもいる。俺たちは勧められた席に座ると、その後何人か名前の知らない者も集まり、全員揃ったところで第二回目の話し合いが始まった。
「えー、今回集まって貰った理由は、皆大体分かっていると思うけど、改めて説明する」
司会役は浜岡が引き受けた。花木と中野は前回、感情的になってしまったので、残った彼にお鉢が回った。
浜岡は俺の事を簡単に紹介し、この集まりは外部の情報を知ってもらう為のものだと説明した。
「ここでの話し合いは後でコミュニティ全員に共有する。だから皆もそのつもりで聞いて欲しい」
浜岡の挨拶に何人かが頷いた。
俺は会沢から、他にもこの場に参加したかった者が多いと聞かされている。この場にいる人間はその代表者たちだ。話を聞き逃すような下手は打てない立場であった。
「ここからは質問形式にさせてもらう。矢野さんに聞きたい事があれば挙手してから質問してくれ。その内容について皆で討論してから、また質問をする流れだ。ただし彼にも答えられない事、答えたくない事がある。そこはしっかりと配慮して欲しい。それと最後にもうひとつ――――」
既に挙手しているせっかちな者に浜岡は釘を刺しつつも、今回の質疑応答に条件を付けた。
「個人的な質問は今回控えてくれ。何でもかんでも質問していたら時間が足り無さそうだ。今の俺たちに必要な情報を最優先で頼む。それじゃあ挙手をしてくれ」
浜岡が全てを言い切ると、数人ほど手を下げたが、それ以上の者が更に手を上げた。その中から浜岡は、最初の方に挙手した男を指名した。
「あ~、君が住んでいたという町はここから近いのか? どのくらいで辿り着くのか知りたい」
やはりそこが一番気になる点だろう。俺も質問されると思っていたのでスラスラと答えていった。
「俺の足なら一日、日が落ちる前に辿り着ける距離だ。ただし、森の中を歩き慣れていない者だと日が暮れるだろうし、魔物とどれくらい遭遇するかは正直予想がつかない。もし大勢で行くとしたら二日は見た方が良い」
俺の解答に学生たちは驚いていた。その大半が、思ったより近くに町がある事への喜びからであった。
ここからは質問ではなく、町との距離についての話し合いとなる。
「それならば、何人かで町に行って様子を見たらどうだ?」
「そんな事より一刻も早く町に行きたいわ! もう森の中で生活なんて嫌よ!」
「いやいや、いきなり全員連れて行くのは無理だ。強い魔物がいたらどうする気だ?」
やはり大多数の者が町へ行きたいと考えているようだ。だが当然移動する際のリスクは考慮していた。この広場のある周辺には何故か強い魔物は近寄ってこないが、川を超えるとその限りではないのだ。
それと俺は別の懸念も抱いていた。
彼らは町へ行く事にだけ議論を集中させているが、着いてからの話が全く出てこなかった。多分何人かはその事も考えを巡らせているとは思うが…………
「……なぁ、この話し合いって俺も参加していいのか?」
俺は近くにいた浜岡に尋ねた。
「あ、ああ。勿論だよ。矢野さんからも何かアドバイスや気になった点があれば、じゃんじゃん口を出して欲しい」
俺と浜岡のやり取りを聞いたのか、周りの目がこちらに集中する。お節介だとは思うが、俺は口を出す事にした。
「もし仮に全員が町に着いたとしたら、その後はどうする気だ? 泊る当てはあるのか?」
「え? いや、それは…………」
「それ、私も気になってた!」
「勿論、それも聞こうと思っていたよ」
俺の逆質問に反応は様々だが、やはり何人かはその事が気になっていたようだ。中には全く勘定に入っていなかった者もいるようだが、それではいくら討論を重ねても無駄だろう。
「先に説明しておいた方がよさそうだから言っておくと、俺が今宿泊している町は辺境だがダンジョンが存在する」
「「「ダンジョン!?」」」
「マジにあるのか……」
「噂は本当だったのね……」
朝、俺が話した情報は彼らも多少耳に入れているのだろう。
「だから冒険者の数もそこそこいるし、宿泊施設も多少はあるが……ハッキリ言ってこの人数全てを受け入れるような場所はない」
俺の言葉に全員が顔を顰めた。それはそうだろう。念願の人里を見つけたが、そうすぐに移住は無理だと現実を叩きつけたのだから。だが楽観的になられても困るので、俺は更に言葉を足した。
「それとこの大人数で一遍に押しかけると、流石に町の上層部もどう動くか予想できないぞ。最悪、貴族や国が出張ってくるかもしれない」
それを聞いた彼らの反応は様々であったが、困惑している者が殆どだ。
現代の日本に貴族などいないし、この国がどういった存在なのかも不透明なのだ。だが流石に大学生とあってか、ここが民主主義で人命優先の国ではない事は、今の俺の説明で多くの者が察したようだ。
「それってつまり、俺たちは不法入国とかで捕まる可能性もあるって事か?」
「まさか奴隷にされるとか……は、流石にないよな?」
「それじゃあ私たち、ずっとこの森の中で暮らすの!? そんなの嫌よ!!」
「そこまでは俺も分からない。だがこの国は王や貴族が絶対的な権力を持っているから、その辺りも彼らの匙加減で決められる。自治体を治める町長や村長なんかも、国や貴族から出向している役人だそうだ。それと奴隷制度はこの国にもある。というか、この地域にある国、全てが奴隷制度を持っている」
俺の言葉に今度こそ全員が顔色を真っ青に変えた。そう、この世界は前の世界ほど優しくはないのだ。
「……それじゃあ、矢野さんは、どうしたらいいと思います?」
震える声で花木が質問をすると、俺は少し考えを巡らせてから口を開いた。
「俺個人の意見としては、この森に何時までもいるのは危険だと思う。だからなるべく目立たないよう工夫して、町へ移住するのがベストだと考えている」
俺の考えを聞いた彼らは、再び議論を進めるのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:異世界の言語は我々とは違うのでしょうか?
A:違いますが、貴方たち地球人には全員「自動翻訳」というスキルを付与させます
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