第18話 朝食コミュニケーション

「…………ねみぃ」


 若干寝足りないが、日の出と共に俺は起床した。


 昨夜は2時間くらい外を警戒していたものの、魔物どころか野生動物の気配すらなく、思い切って俺は睡眠を摂る事にした。それはもうぐっすりと完全に横になって寝てしまった。


 野営を舐めているのかと同業者には怒られそうだが、まあ首を斬られるか、心臓を一突きでもされない限り【ヒール】で何とかなるだろうと、俺は睡魔に抗う事を早々に諦めた。


 結果そこそこは寝られたと思うが、地面にそのまま横になっていたので身体の節々に鈍い痛みを感じる。寝袋のようなものはマジックバッグの中にあるのだが、万一誰かにその姿を見られれば、その寝袋は一体どこから持ってきたのかと尋ねられると誤魔化すのも面倒なので、泣く泣くそのまま横になっていたのだ。


「うぇ、土と汗でばっちぃ……」


 思えば昨日も水浴びの途中で佐瀬に失神させられたのだ。満足に汗を流せていなかった。俺は朝早くから昨日の川へと向かった。



「……よし、今度は大丈夫だろう!」


 まず先に周囲を観察して先客がいないか確認を取った。


 ここは昨日水浴びをした所より少し下流に位置する。昨日と同じ場所ではまた同じ轍を踏みそうだからだ。それに俺が水浴びしている場所はコミュニティ側から見通しが良く、万が一こちらに誰かが来ても先客がいる事は一目瞭然だ。


(ふふ、俺の計画に狂い無し!)


 ニヤリと一人で笑みを浮かべていると、上流から何かがどんぶらこと流れてやってくる。気になりキャッチしてみると、それはどこからどう見てもブラジャーだった。色は水色でなかなかのサイズだ。


 その直後、俺は己の過ちと共に強い殺気を感じた。普段は全く役に立たない俺の察知能力だが、今回に限りそれは完ぺきに機能した。


「それ、私の何だけど……返してくれる?」


 振り返ると、そこには息を切らしながらもほほ笑む佐瀬の姿があった。どうやら流れてきた下着を取り戻そうと走ってきたようだ。


 笑みを浮かべる彼女だが、その目は全く笑っていなかった。地下20階層のボス並みの威圧感を感じた俺は、言われるがままに彼女の元へ歩み寄ると、ブラジャーをそのまま手渡した。勿論俺は裸のままで、もう片方の手は俺の俺を見えないよう隠していた。


「うん、ありがとう。死ね!!」


「あばばばばばっ!?」


 二日続けて俺は彼女の電撃攻撃を受けるのであった。






 吸水率のあまりよくない布で身体の水分をなんとか拭き取ると、俺はいそいそと服を着る。そして川での洗濯を終えた彼女たちと合流した。


「ちっ、今回は気を失わなかったか! 流石冒険者ね!」


 それは褒めているのだろうか?


 威嚇行為をする佐瀬と横で苦笑いの名波、それと少し離れた場所には他の女性陣の姿も見えた。


「あなたが矢野君? あ、違った! 年上だったね。 矢野さん、だったかしら?」


 少しおっとりした様子の女性に話しかけられ、俺はそれに応じた。


「好きに呼んで構わないよ。確かに俺は君たちよりおっさんだが、見た目はこんなだ。話し方も俺は・・気にしない」


 俺の返答の何がおかしかったのか、彼女はクスクス笑った。


「ごめんね! 花木君と言い争いになったと聞いたから、どんな口の悪い人かと思ったけど、少し安心したわ」


 奴の名前を聞いて俺はムッと表情に出してしまった。どうやら一晩経ってもまだ多少の尾を引いているらしい。



「私は会沢真木あいざわまき、この二人の先輩よ。よろしくね! 矢野君」


 俺たちは拠点へ戻る道中、彼女たちと雑談を交わした。


 会沢は彼女らの大学にある写真部で部長を務めていたそうだ。佐瀬と名波もそこに所属しており、二人から信頼されている先輩のようだ。



 彼女らと話していたら、あっという間に拠点手前に到着し、俺一人だけがそこで足を止めた。昨日の事を考えると、どうもこの先へ踏み入るのに二の足を踏んでしまう。


「どうしたの? 朝食まだなんでしょう? 一緒に食べようよ」


 会沢の誘いに躊躇していると、佐瀬は俺の袖を掴み引っ張った。


「ほら、真木先輩の誘いを断るな。それとも遠慮してるの? あんた一人分の食事くらいで潰れるほど柔なコミュニティじゃないわよ! ほら、とっとと来なさい!」


「あ、ああ」


 そうだな、いい加減俺も覚悟を決めよう。佐瀬の件もあるし、それに彼女らの持つ情報も正直気になる。このままお別れというのも寝覚めが悪いし、俺はここの人達と多少の関りを持つ事に決めた。




 ここの拠点では先程彼女たちが行っていた洗濯や食事など、基本的に分担作業として行っている。まぁ、開拓村でも似たような形だったので、特にそれがおかしい事とは思わない。


 勿論通貨など流通しておらず、物々交換が主流となる開拓村やここのような場所では、それが最も理に適った生活様式なのだろう。


 だが、この生活スタイルにも当然欠点はある。それは働き者とサボる者の区別をどうするか、という点だ。


 開拓村はシンプルで、サボる者は集落から追放する。働き者には多くの食事や嗜好品が配給される。まぁ、それは村人たち全員が当然の如く認識していたから、子供だろうがサボる者はまずいなかった。


 だが彼らはそこまでドライな対応を取れるだろうか? 仮に報酬や罰を与えるとして、それは誰の裁量でどうやって決めているのだろうか?


 そんなこと俺の知った事ではないが、そこら辺の匙加減を誤ると大きな揉め事にも発展する恐れがある。異世界に来てまで日本の法やモラルに頼るのはナンセンスというものだ。


 何故急にそんな話をしているかというと、俺は今彼らの施しを受けているからだ。


 ここでは毎朝、料理当番が食事を作り、出来上がった料理の前に列を作って並び、一人1セットずつ受け取る。その列に俺も一緒に並んでいる訳だ。


 まだなんの仕事もしていない、部外者の俺が…………


(……気まずい。しかもよりによって料理当番は彼女か)


 朝食の指揮を執っているのは、昨日の話し合いの場にいた中野柚葉なかのゆずはだ。


 どうも彼女は元料理研究部の部長らしく、その腕を買われ朝昼夕全ての調理担当となっていた。その他コミュニティ全体の備蓄管理も請け負っていて、まさにこの集団の胃袋を掴んでいる女帝なのだ。


 俺たちが配給を貰う番になると、向こうも当然こちらに気が付いた。


「柚葉ぁ! 矢野君も朝食誘ったんだけど、一人分くらい問題ないよね?」


 すかさず会沢がフォローしてくれた。昨日の一件は彼女も知っているので、面倒事を避ける為に緩衝材の役目を買って出たのだろう。正直助かった。


 俺からも一言言っておいた方が良いだろう。


「昨日は言い過ぎた、申し訳ない。そのお詫びという訳じゃないんだが、朝食の対価として、良ければこれを使ってくれ」


 俺は袋から小さい陶器を取り出すと、それを彼女へ手渡した。受け取った中野は困惑する。


「別に朝食くらい用意するのに……で、これは?」


 彼女は蓋を開けて中身を観察する。それは一見砂のように見えた。


「そいつは塩だよ。ただし町で買ったこの世界のだけどね。流石に日本産ほど品質は良くないけど、味については半年間摂取してきた俺が保証するよ」


 俺の言葉に驚いた彼女は指で塩を少量摘まむと、そのまま口にして確かめた。思ったより思い切りのいい性格をしている。それとも料理部として興味でも沸いたのだろうか?


「……なるほど、ちょっと苦みがあるけど確かに塩ね。正直助かったわ! 調味料は減っていく一方だったし……その、ありがとう」


 彼女は礼を言ってから置いてある皿を持つと、スープをよそって俺へと手渡した。更におかずを盛ろうとしたので俺は静止した。


「待ってくれ! 急な来訪だったから俺の所為で食べられない者が出たんじゃ悪い。スープだけでいいよ」


「だから大丈夫だって! そこまで困窮している訳じゃないし、元々一人分多く用意していたのよ!」


 そういうと彼女は強引に朝食セットを俺に押し付けた。


「それと……私も昨日は悪かったわ。ごめんなさい」


 その言葉を聞いた俺は、少しだけ胸の痞えが下りた気分になれた。




 ここでの朝食は基本屋外にテーブルやシートを設置して、そこで交代に食べる流れのようだ。雨天時は各自の家か、昨日入った集会所などの屋内で食べるのだそうだ。


 俺は半ば強制的に佐瀬たちに連れていかれると、端にある大きなテーブル席へ座らされた。どうやらここが、普段彼女たちが利用している場所らしい。


「「「いただきます!」」」


 その当たり前で、だけどとても懐かしい常套句に俺は思わずほっこりしてしまう。流石の自動翻訳スキルも“いただきます”はこっちの世界では謎の言葉になってしまっていた。ついうっかり村人に聞かれた際は、“食事前の祈りだ”と適当に誤魔化していたのだ。


(ふむ、パンに薄味の野菜スープと生野菜……。それとこれは……ああ、昨日採った果物か?)


 肉が無いのは朝食だからだろうか? 開拓村ではお構いなしに朝から脂っこいのが出されていたが、その分昼飯が無かったので食べない訳にはいかなかった。俺としては日本式の三食の方が有難い。


「どう? お味の方は?」


 会沢が尋ねてくる。


「ああ、美味しいよ。それにしても、こんな狭い場所でよくもまぁ、これだけの野菜を用意できるなぁ……」


「ふふ、鹿江大うちには園芸部がいるからね! 手芸部や科学部は運動部の連中に取られちゃったけど、こういう時にはやっぱ文化系の方が強いよね!」


 会沢の話に俺は彼女たちの素性を察した。


(やはり彼女らは鹿江大学の生徒たちか……)


 あの時、俺の地元である鹿江町の公園に佐瀬がいて、ここが文化系の大学サークル連盟だと聞かされ、もしやと思っていたが、彼女らは俺の住んでいた近所にある、私立鹿江大学の学生集団であった。


 どうも最初は運動部等も一緒にと考えていたそうだが、気性の荒い者が多かったのと、活動内容の不一致からざっくり運動系、文化系と二分して、あの公園に集まっていたようだ。


 一部文化系の中にも運動系の学生たちと一緒に転移したサークルもあるようだが、このコミュニティにバリバリの運動部は存在しなかった。


 その代わり準運動部扱いの、所謂出会い系運動サークルなんかはこちらに参加していた。そういった運動が好きで得意な者たちは、拠点周りの巡回や魔物や野生動物の狩り、採取などに努めている者が多いそうだ。


(俺は別の大学だったから、内情なんかちっとも分らんなぁ)


 確か鹿江大学は柔道部と乗馬部が有名だったかと記憶している。それと偏差値はそこそこ高い。俺が知っている情報はそれくらいだ。


「ねえ! 矢野君はどんな魔物と戦ったの?」


 食事を取りながら名波は興味津々に尋ねてきた。


「ん~、ゴブリンなんかはいっぱい倒したな。見たことあるんだっけ?」


「あー、見た、見た!」

「あいつら、めっちゃキモいんだけど!」

「やっぱ捕まると犯されちゃうの?」


 女三人寄れば……おっと、これは性差別発言か? だが少なくとも彼女たちは昔の諺通りに騒がしい。


「ああ、そうだな。あいつらは人だろうが魔物だろうが、女ならなんでも生殖対象だ。だから気を付けろ?」


「「「うげぇ……」」」


 俺の返答は女性陣には不評だったようだ。


「オークもゴブリンほどじゃないが、繁殖相手が不足の場合は他種族を連れ去るそうだ。間に合っている場合は食糧にされる。どっちがより不幸かは知らないが……だから東にいるオークには注意しろよ?」


「そんなのどっちも地獄だよ!?」

「ちょっと! 食事中にする話!? もっと他の魔物は討伐してないの?」


 佐瀬の文句に俺は記憶を巡らせる。


「ルプスにはよく遭遇するな。オオカミ型の魔物、知ってる?」


「う~ん、見たことないかなぁ」

「私も無いわね」

「俺は見たぞ! 黒いオオカミだろう?」


 後ろのテーブル席から男の大きな声が聞こえた。


 そちらを見ると、椅子を反対側に座る形で大柄な男がこちらを見ていた。先ほど返事をしたのはきっと彼だろう。


「サバイバル研究部の部長、乃木のぎ先輩。よく森を一人で出歩いている変わった人なの」


 横から佐瀬がこっそり教えてくれた。


 確かに彼のズボンは迷彩柄で上はタンクトップと、いかにもと言った風貌だ。ただしガタイはよく、筋肉も伊達なんかではなさそうだ。


「ああ、多分その黒狼がルプスだ。1匹だとそう強い相手じゃないが、常に群れていることから、ギルドでの討伐難易度はDとなっている」


 俺が丁寧に答えると、彼は顎に手をやり考え込んでいた。


「ふむ、すると俺の実力は、よくて難易度Dの魔物を倒せるくらい、か……」


「一人でルプスの群れを相手できるのか!?」


 俺の質問に乃木は頷いて応えた。


「ああ、怪我をしたくはないから、一人で戦うような真似は避けるけどな」


 なんだ、ちゃんと立派な戦力もいるではないか。純粋な戦闘力だけを考えれば、彼はD級冒険者相当だ。


 ちなみに俺は現在E級冒険者で、多分もうそろそろDに上がれるとは思う。更に言うなら討伐難易度C級までなら相手にもよるが単独で撃破する事も可能だ。Bランク相手では真っ向勝負で勝ち目はないと、前回の戦いで思い知らされた。


 流石に魔力と師に恵まれた俺ほどではないにしろ、この乃木という男は素晴らしい戦力だ。


「ルプスがいけるんなら、オークにもタイマンで勝てるんじゃないのか?」


 俺が尋ねると、乃木は顔を顰めた。


「俺の得物は短剣こいつなんだ。黒狼くらいなら何とかなるが、あの巨体相手に近づきたくはないなぁ。あの筋肉量は反則だろう?」


 乃木の言葉に俺は少し疑問に思った。


 筋肉量で勝敗が決まるのなら、彼と比べてひ弱な俺の“なんちゃって筋肉”では、到底勝てる見込みもないからだ。筋肉があるに越した事は無いだろうが、それで勝敗が決まる訳ではない。


 何故ならこの世界には魔力が有り、魔法を使えない者でも【身体強化】などで、自分より大きな魔物相手にも十分戦えるからだ。


 そこで俺はある事に気が付く。


(……もしかして、【身体強化】を知らない?)


 いや、確かスキル一覧に【身体強化】の技能もあった筈だ。これだけ時間があれば、誰か一人くらいは気付く筈…………そうか! 逆にスキル一覧にそのスキルがあったからこそ、選択していなければ使えないと錯覚したのか!?


 その線なら十分にあり得る。試しに俺がその事を質問すると、周囲にはどよめきが起こった。


「【身体強化】ってスキル無しでも使えるのか!?」

「魔力を身体に巡らせるってどうやるの!?」

「や、やり方を教えて!!」


 いつの間にか増えたギャラリーの圧に屈し、俺は丁寧にケイヤたちから教わった事をそのまま告げて実演してみせた。


「早速試してくる!!」

「お、俺も!!」


 乃木を筆頭に何人かは大急ぎで森の方へと走り去っていった。やはり俺の予想通り、【身体強化】の存在こそ知っていても、誰一人スキル選択した者がいなかった為、使えないものと最初から諦めていたようだ。


(しかし乃木よ。それじゃあお前、【身体強化】無しでルプスの群れを倒したの!?)


 どうやら俺は、あの筋肉サバイバーの潜在能力を覚醒させてしまったのではないだろうか?


 恐るべし乃木…………


「ねぇねぇ! 他には? 矢野君が倒した魔物で、一番強かったのはどんくらい?」


 名波は【身体強化】にも興味を示したが、知識欲が旺盛なのか更に問い詰めてきた。


(一番の強敵となると文句なくデストラムか? 次点でギガゼル……いや、あれは倒したというのには少々語弊があるな)


 俺は自爆技で倒したAランクの恐竜とBランクの巨狼を思い浮かべ、それをありのまま告げると厄介事を招きそうなので自重した。その2匹を除外するとなると――――


「やっぱ一番はアルバルプスかな? さっき話したルプスの上位種でCランク。俺一人で倒した訳じゃないけど、ダンジョンのボスだけあって――――」


「「「だ、ダンジョン!?」」」


 しまった! また地雷を踏み抜いてしまった。興味津々な彼女らをどうやって鎮めようかと頭を悩ませていると、思わぬ形で助け船がやって来た。


「ちょっとあんたたち! 何時までくっちゃべってんのよ! 食器の片付けができないじゃない!」


 朝食担当の中野がオタマと鍋をカンカン鳴らして集団を散らした。


「やべぇ、女帝だ!?」

「仕事に戻るぞ!」

「後で話を聞かせてくれよ!!」



 中野のお陰で何とかこの場は乗り切るのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――

Q:新たに身に着けたスキルはどうやって確認できるのでしょうか?

A:鑑定系スキルか特殊な魔道具によって確認する事が可能です

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