第17話 口論

 思いもしない話の流れだったのか、花木は慌てだした。


「ちょっと待ってくれ! 本当に君はここのコミュニティに参加する気が無いのか?」


「ああ、申し訳ないが冒険者活動が楽しくてね。それに色んな場所も見て回りたいし、俺はここに定住する気はないよ」


 俺がはっきり意思表示すると花木は黙ってしまった。代わりに横にいる中野が呟いた。


「……別に、私たちだって好き好んでこんな森の中にいる訳じゃないわよ」


 その一言に今度は学生全員が黙り込んでしまった。俺は言葉を選んでから尋ねた。


「その……転移した時から、ずっとここにいたのか?」


「いや、違うよ。最初はもっと北の方だったんだけど、ゴブリンがうろついていたし、付近に水場が見当たらなくてね。南の方を捜し歩いていたらこの森の広場に辿り着いたんだ」


 説明してくれたのは浜岡であった。


 集団で森を歩いていた彼らは魔物に襲われ、逃げている内にこの広場へ辿り着いたそうだ。不思議な事にこの広場とその周辺は何故か魔物が寄ってこないというのだ。川までもそう離れておらず、ここをひとまずの拠点として生活を送っていた。


 ただしこの広場から離れると魔物に襲われ、しかも川を超えるとより強い魔物もいるので、中々ここから離れられずにいたのだ。


「東の方はどうなんだ?」


「あっちにはオークが大勢いるんだ。きっと奴らの巣がある。皆を連れてでは、とても抜けられないよ」


 成程、と俺は顎に手を置いて考えた。


 確かに彼らの人数が多いとはいえ、その全員が戦闘をできる訳ではないだろう。そんな状況でオークの群れとかち合えば必ず犠牲者が出る。戦える者がオークを殲滅した上で通る方法もあるが、オークが群れを作っているとなると上位種がいるケースもある。普通のオークで討伐難易度はDだから、その上位種となるとCランク以上は確実だろう。


 俺がその可能性を伝えると、浜岡は顔色を真っ青にして呟いた。


「そうか、やはりそういった存在がいるんだな……」


 どうやら何となく彼自身も察していたようだ。流石、異世界物が好きなだけはある。


「あくまで可能性の話だけどな。ま、そんな訳でこっちはある程度魔物の知識があるから、情報交換したいんだけど、いい?」


 さっきは喧嘩腰になった二人であったが、今は落ち着いたのか大人しくなっている。まあそれでもすぐに和解というのは感情的にも厳しいか。そこらへん大学生と言ってもまだまだ子供だろう。


(というか、大人だってそう簡単に割り切れないしね)


 俺が先ほどの件を流し、穏便に済まそうとしている意図を察したのか、佐瀬や名波たちもフォローしてくれた。


「私たちも言葉足らずでした、すみません」

「私も言い過ぎました。先輩、ごめんなさい」


 流石にばつが悪いのか、花木と中野も“こちらこそすまない”と謝罪の意を示した。


(ふぅ、これでやっと有益な話ができそうだ)


 そう安堵した俺の期待は、またしても裏切られた。


「しかし、矢野君の言葉遣いも問題だと思うぞ? 中高生くらいか? 目上には敬語くらい使うべきだ」


 花木の言葉に俺は脳の血管がぶちぎれるような幻聴が聞こえた。


(ぐっ! お、落ち着け……。お、俺は超クールな男だ。そんな安っぽい煽りに、お、俺が乗るとでも…………待て、佐瀬よ! なんでお前がキレている!?)


 横で震えている佐瀬を不審に思いチラ見してみれば、彼女の顔は噴火寸前の怖い顔をしていた。どうして美人は怒るとこうも迫力があるのだろうか。


(あかん! こいつ、今すぐにでも噛みつきそう!)


 なんて負けん気の強い子だろう。


 だがここで佐瀬が怒れば花木と彼女の関係にヒビが入る。余所者の俺ならば兎も角、こんな狭いコミュニティで仲間内との諍い事はご法度だろう。


 ならばここはひとつ俺が泥を被るかと、先程の考えを思い改めた。


(いいぜ、乗ってやるぜ? そのデカい釣り針に、あえて引っかかってやるクマー!!)


 何を言っているか分からない方は、ぜひ「釣られクマー」で検索をして欲しい。


「言葉遣いねえ……。そうは言ってもここは地球じゃないぜ? そりゃあ貴族だとか、尊敬できる御老輩には俺も敬語の一つや二つ使うだろうけどね」


 お前に使う敬語はないと、俺は遠回しに発言する。俺の言葉に場は再び凍り付いた。中には何故蒸し返すような真似をと、俺を非難するような視線を向ける者もいた。


(……って、おい! 佐瀬ぇ! なんでお前までこっちを睨む!? お前もあと一歩で同じ穴の狢だっただろうが!?)


 もしかしたらあの表情は、自分が怒ろうとした相手えものを取られての訴えなのか、やり場のない感情に戸惑っているかのようにも思えた。


 予期せぬ所から批難の視線を向けられもしたが、本命である花木への効果は抜群だ。彼は笑顔を引きつらせながら、俺へ言い返した。


「それは貴族や権力者には媚を売るということか? 確かに君の言うとおり、ここは地球じゃないが、それでも我々は日本人だ。郷に入れば僕もそれに従うが、日本人のコミュニティ内では目上に敬語は常識だと思うぞ!」


 早口で捲し立てる花木に俺は鼻で笑って返した。


「権力に媚を売って何が悪い? こっちの世界じゃあ言葉遣い一つ誤ると文字通り首が飛ぶ。勿論、物理的にな。それにそっちも俺の見た目が若僧だからと、勝手に年下だと決めつけて最初っからタメ口だったじゃないか! どうせガキだからと端から見下していたんだろう?」


 加熱する言い争いに、遂に花木は立ち上がると大声を上げた。


「ふざけるな! どう見たって年下か、よくても同学年だろう!? おい、斎藤君! 彼を見てくれ!」


(ん? 斎藤君?)


 花木は突然入り口の方を向いた。その先には、俺たちの話し合い……いや、言い争いを見物している者が沢山いた。


 その中の一人がビクリと反応して俺を凝視する。もしかしてあの青年が斎藤君とやらだろうか?


「あ、ああ。彼の年齢は29才だ。…………29才!?」


「なっ!?」

「29才!?」

「マジか!? 俺らより年上じゃん!」


 花木を始め、周りの連中は見た目以上の実年齢に驚いていたが、見事年齢を言い当てられた俺はそれどころではなかった。


「おい、ちょっと待て! それ以上、人の情報を勝手にペラペラと――――」


 俺は注意しようとしたが一歩遅かった。斎藤は悪びれもせずにその続きを口にした。


「――――闘力が215! 魔力が……9,999!? え、ええっ!?」


 どうやら斎藤とやらは【鑑定】スキル持ちで、しかも最悪な事に俺の情報を大勢の前で暴露してしまった。


「な、なんだよそれ!?」

「9,999って佐瀬さんより高いってのか!?」

「闘力も200超えって、サバ研の部長より上って事!?」

「どうやったらそんな数値になるの!?」


 衝撃的なステータスに外野が喧しい。そんな中、俺は深く息を吐いてから花木に失望の眼差しを送って批難した。


「ひ、ひぃ!?」


 俺の力量を知らされた彼はすっかり怯えてしまったようだ。力で物言うつもりはなかったのだが、もうこうなってしまっては建設的な話し合いなど不可能だろう。俺は床に置いていた自分の背負い袋を持ち上げると彼らに告げた。


「それじゃあ、話し合いは無しって事で……」


 俺が家屋から出ようとすると、ギャラリーたちはモーゼの十戒のように左右へ避けて道を開けた。


(もう、最悪だ……)


 これ以上は本当に頭に血が上ってどうにかなりそうだったので、俺は脇目も触れず、森の中へと入っていった。






「あ~あ、やっちまったなぁ…………」


 俺は最低な気分のまま、無言で森の奥へと進むと、唐突に崩れ落ち泣き言を呟いた。


「いや、あれはないだろう、あれは!?」


 突然俺の年齢やステータスを観衆の中で暴露され、苛立ちが隠せないでいた。


 ただ憤る気持ちもある反面、致し方ないだろうと思う気持ちもある。


 俺的には完全にギルティなのだが、恐らく彼らは日頃から【鑑定】を使ってステータスを共有しあって生活してきたのだろう。花木の言葉を借りるなら“協調性”というやつだ。確かに人材に限りがあり、尚且つ信頼関係にある者同士ならば、それは有効な手だと思う。


 だが俺は他人で外の人間……部外者だ! 俺だけステータスを晒されて、こっちに何のメリットがある? あいつら何様だ! 何が日本人だ! だったら個人のプライバシーをしっかり守れよ! あと、俺に敬語を使って欲しかったらそっちも使えって! え? 年下に見えたからだって? ふざけんな! 社会人は大人だろうが子供だろうが、普通は敬語だ敬語!! 店員さんに平気でタメ口する奴見てると、ほんと頭おかしいだろうと思う。店員さんはお前の奴隷か友人か? ま、俺は冒険者だから基本タメ口使うけどな、わははははァ!


「……やっちまったぁ」


 散々心の中で毒を吐いてから、俺は再び同じ言葉を呟いた。


 確かに俺も大人げなかった。見た目が若いのだから、それ相応の言葉遣いでやり過ごすか、予めこちらの年齢を伝えておけば無用な摩擦は起きなかったのだ。


 ただ、あの花木という野郎が気に喰わなかったので言い返しただけ。俺も精神的にはまだまだ子供だという訳だ。


「…………はぁ」


「後悔するくらいなら、余計な事言わなければ良かったのに……」


「ぁあ?」


 声のした方を振り向くと、そこには佐瀬と名波が立っていた。全く気が付かなかった。


 二人は俺に近づくと、揃って頭を下げた。


「ごめんなさい。色々不愉快な思いをさせて……」

「すみません、矢野さん・・! 私もちょっと迂闊でした」


「いや、俺の方こそ大人げなかった。それとタメ口でいいって」


 俺は苦笑いを浮かべながら彼女たちの謝罪を受け取った。そう、お互いに少し迂闊だったのだ。もう少しこの二人と相談してから彼らと話し合うべきであった。


「あの後、話を聞いた他の先輩方とも相談してね。完全にこっちに非があるという事で、矢野を呼び戻して欲しいと頼まれたんだよ」


 事情を説明してくれた名波には悪いが、今の状態で俺が戻ってもあまりいい結果にはならなそうだ。


 かといって、二度と行きたくないかと言われると、そうでもないような……どちらにしろ、一晩頭を冷やす時間が欲しい。


 それを彼女らに伝えると、二人は頷いて拠点へ戻ろうとした。だが佐瀬だけ振り返ると、こちらに戻ってきた。何か話でもあるのだろうか?


「……さっきは悪かったわね。あなたが怒らなかったら、私がキレそうだったの。あれ、私の代わりに文句言ったんでしょう?」


 悪いという割には彼女の瞳は俺の事を非難するかのように訴えかけていた。どうやら自分の身代わりに誰かが犠牲になるのを嫌う性分のようだ。


「そうだったのか? ただ単に俺がムカついたから噛みついただけだ」


「はいはい、誤魔化しても無駄だから。私、そういうの結構鋭い方なんだから!」


 そこまで察しているのなら我慢しろよと喉まで出掛かったが、実際先に口を出したのは俺の方であり、ぐうの音も出なかった。


「それより本当にこんな所で野宿する気? 滅多に出ないけど魔物だっているのよ?」


 なんだかんだで心配してくれる佐瀬に俺は手を振って応えた。


「これでも冒険者だ。ダンジョン内で泊った事もあるんだぜ? まぁ、よっぽどのが出なければ死にはしないさ!」


「だん、じょん? 確か魔物が徘徊している迷路だっけ? へぇ、凄いのね」


 そういえば彼女は俺が年上だと知っても言葉に遠慮はない。最初こそ出会い方故に刺々しかったが、彼女は一貫して俺への態度を変えてはいなかった。


 花木の野郎には是非とも見習って欲しい。丁寧な言葉遣いだけが円滑な関係を築く訳ではないのだから。相手への思い遣りが欠けているのなら、どんなに言葉を取り繕ったところで意味がないのだ。


(うん、完全にブーメランだな。学生たちの前で花木君リーダーを貶めるような発言をしてしまった)


「彩花ぁ~! もう日が暮れるよぉ!」


 遠くで待っていた名波が佐瀬に声を掛けた。それを見た俺はさっさと行けと手を振ると、彼女は去り際に捨て台詞を吐いた。


「精々魔物に喰われない事ね。いくら何でも後味悪すぎるから! あと例の貸し、返すまで死なないでよね!」


 それだけ言い残すと彼女は名波の元へ走っていった。


(やれやれ、素直に“気を付けて”と言えないものかね)


 惚れ惚れするくらいのツンツンぶりに俺は口元を緩ませていると、ふと彼女の後姿が気になった。


 はて? どうもさっきから既視感が…………


 そこで、俺は、思い出した。


 あの日、死に掛けていた俺の横で涙を流していた彼女の姿を――――


 友人に呼ばれ、躊躇い、謝り続けながら去っていった彼女の後姿を――――


 まるで、あの時の光景と瓜二つであった。それもその筈、あの時の役者キャストが三人も揃っているのだから――――


(そうか! あの時の女の子……っ! 無事だったのかぁ……)


 転移してからしばらくは何度か気に掛けて夢にも出てきたが、多忙な異世界生活を経て、いつしかすっかり記憶の片隅に追いやってしまっていたようだ。


 間違いない。佐瀬は俺が通り魔から助けた、あの女の子だ!


 どうやら俺が彼女らのコミュニティに肩入れをする理由が、また一つ増えたようだ。






 バーニメル半島にあるガラハド帝国領のある場所、その日も青年は男たちにいい様にこき使われていた。


「おい、通り魔野郎! そこの藪ん中を偵察して来い!」


「は、はい!」


 転移直前に日本刀での通り魔事件を起こした青年は、取り押さえられた男たちに奴隷のような扱いを受けていた。


 少しでも危険な行為は全て青年が泥を被っていた。その癖、碌な食事も与えられずに、機嫌が悪いと自分に八つ当たりをする日々。三人組の男たちはそんな行為を日常茶飯事に行っていた。


 だが、彼らは失念していた。


 ここは異世界で弱者は何時までも弱者のままではないという可能性を……


 初めこそ女神によるペナルティで、ステータスが低めな状態で転移してきた青年だが、魔物の露払いを強制的にさせられたり、日常的に暴行を受けたりとで、彼はいつの間にか知らず知らずに鍛えられていた。


 そしてその事を本人も既に自覚していた。


(そろそろ頃合いか……)


 もともと破滅願望のあった青年だ。ただ黙って大人しく虐められていた訳ではない。少しずつ己を鍛え、男たちを観察し、何時寝首を掻こうかずっと機を伺っていた。



 そして遂に今夜、それが決行された。



 最近冒険者稼業を始めた男たちは、野外で野宿する事となった。


 当然見張りは奴隷の仕事だと言わんばかりに青年一人に押し付けた。それがどれ程危険な行為かも想像せず…………


 男たちも、まさか普段から大人しく殴られ続けている青年が殺意を隠している事に迂闊ながらも全く気が付かなかった。それほど青年は臆病な奴隷を巧妙に演じ続けてきたのだ。


 深夜、青年はこっそり男たちの寝ている場所に近づくと、武器を全て遠ざけた上で、まずは一番厄介そうな魔法スキル持ちの男を標的に定めた。


 口を塞ぎ、喉元にナイフを突き刺して殺した。


「ん“~っ!?」


 男は暫くジタバタもがいていたが、やがて力が抜けていき、そのまま大人しく横たわった。


 他の男たちは……まだ眠ったままだ。


 それをつまらないと感じた青年は、今度は口を塞がずに、しばらくぶりに自分の手元に帰ってきた日本刀で、まずは男の一人を斬りつけた。


「ぎゃあああああっ!? いてえぇ! いてえよぉ……っ!」


「な、何だ!? 魔物か!? 何があった!?」


 斬りつけられた男は地面を転がりまわり、すぐ傍で悲鳴を聞いた唯一無傷な男はようやく異常な事態に気が付いた。


「て、テメエ……! テメエがやったのか!?」


「くくく。ほら、そこに剣があるだろう? 掛かって来いよ」


 そこに何時もの気弱な青年の姿は無く、彼はこの異様な光景にも臆するどころか不気味に笑っていた。


「この野郎……いい度胸だ! おらぁ!」


 男は言われた通りに剣を拾うと、感情に身を任せたまま青年へと攻撃を繰り出した。しかし、その全てを躱されてしまう。


「な、なんで!? 攻撃が当たらねえ!?」


「あはは! 弱い、弱いよ! それで冒険者だなんて、話しにならないよ!」


 避けるのに飽きた青年は、徐々に日本刀で男を切り刻んでいく。


「や、止めてくれぇ! 降参だ! 殺さないで――――」


 実力差を思い知らされ、相手が両手を上げた瞬間、青年は何の躊躇いもなく男の首を撥ね飛ばした。


「くくく、戦闘中に隙を見せちゃあ駄目だよぉ」


 青年は残りの重傷を負ったまま横たわる男へ近づくと、その首も無造作に斬り飛ばした。


「んー、これでクエスト終了だな。次は何をして遊ぼうかぁ……」



 とりあえず次の目標が決まるまで、青年は冒険者の真似事でもしようかと考えるのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:選択していないスキルを身に着けることは可能でしょうか?

A:可能です

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