第16話 遭遇

「…………ん」


 ゴツゴツした地面と太陽からの熱波に寝苦しさを感じた俺は目を覚ます。


(はて、どうして俺は外で眠っているのだろうか?)


「あ、目を覚ましたよ!」

「…………っ!」


 身体を起こすと二人の若い女性がこちらの様子を伺っていた。一人は長い黒髪の美人さんで俺を凄い形相で睨みつけている。もう一人の娘はキュートな感じで、これまた黒髪のボブカット女子だ。年は高校生か大学生といったところだろうか。


(あ! 今気付いたけど俺、裸じゃねえか!?)


 どうやら今まで岸辺で寝ていたようだ。彼女たちが俺の上着を掛けてくれたのか、申し訳程度に前だけは隠している。


「……とりあえず服着て。謝罪はその後聞くから」


「……あ、はい」


 ぼんやりとだが気を失う前の事を思い出した俺は、彼女たちが岩の陰に隠れている間にいそいそと服を着替えた。せっかく川で洗ったのに汗や土で台無しだったが、再び水浴びをする許可を貰えるような雰囲気ではなかったので、身体に付着した汚れを手で払いそのまま服を着た。


「もういいぞ」


 声を掛けると二人は再び姿を現した。こうしてよくよく見るとやはり美人で可愛い二人組だが、初対面が最悪な形となった所為か、特に裸を見られた黒髪ロングの子が刺々しい。


「それで? 弁明は?」


「……申し訳ございませんでした」


 俺は砂利の上なのも気にせず、そのまま地面で土下座をした。


「……まぁ、いいわ。私も不注意だったし……貸し・・ということで」

「わぁ、異世界でも土下座ってあるんだねぇ」


 どうやらとても大きな借りを作ってしまったようだ。不可抗力とはいえ、どう考えても俺の全裸と彼女のとでは釣り合わず、こちらの方が良い思いをしたのも確かなので、ここは甘んじて受けいれる事にした。


(にしても、“異世界”ね…………)


 ビンゴだ。


 どう考えてもこの二人は地球からの転移者だ。しかも容姿からして恐らく日本人だろう。俺は頭を上げて立ち上がると、膝の土を払いながら挨拶をした。


「本当にすまなかった。俺の名前は矢野一心。よければ君たちの名前を聞かせて貰ってもいいだろうか?」


「ヤノ……矢野!? もしかして……貴方も日本人?」


「でも髪の色が……」


 ああ、そういえば俺の髪は瀕死から復活した際、何故か白くなっているようだ。その際年齢も10年分くらい若返ったような外見をしているが、まあそれは彼女たちには伏せておこう。


「ああ、こんな髪だけど正真正銘俺は日本人だ。君たちもそうなんだろう?」


 そう尋ねると、彼女たちは心底驚いた表情を浮かべた後、少し落ち着いてから挨拶をした。


「私は佐瀬彩花させさやか。日本人よ」

「私は名波留美ななみるみ。よろしくね、矢野君!」


 黒髪ロングで気が強そうな子が佐瀬さんで、黒髪ボブで愛嬌のある子が名波さんだ。


 互いに名乗ると、俺たちは簡単に自己紹介を続けた。何でも彼女たちは元大学生で、この世界には同じ大学の文化系サークル仲間たちと一緒に転移してきたようだ。


(おお!? ここに来てやっと地球人たちと接触出来たぞ! しかも大勢だ!)


 やはり単独でこの世界に来てしまった故か、俺も寂しい思いがあったのだろう。多くの日本人がいる事を知ると胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


「そっちはどうなの? 一緒に来た人達はどこにいるの?」


 今度はそちらの番だとばかりに佐瀬が追求するも、俺は表情を暗くして正直に答えた。


「すまんが俺は単独でこの世界に転移したんだ。止むを得ない状況に遭ってね」


「そ、そう……」


 他に日本人がいないと知った佐瀬は気落ちしていた。もしかしたら家族や友人と逸れたのかもしれない。無理もない。あの時の騒動は凄まじく、準備する時間も少なかった。近所ならいざ知らず、遠方だと合流するのも難しかっただろう。


 悲しい顔を浮かべる彼女に俺は何て声を掛けたらいいか言葉が出なかった。やはり可愛い子が落ち込んでいると男として放っておけない気分になってくる。しかもそれが俺好みな美人さんなら尚更だ。


 そこで俺はふと引っかかりを覚えた。


(この子、どこかで見た事あったか……?)


 これだけ美人ならテレビにでも出演していたのだろうかと首を捻っていると、横から名波が提案してきた。


「とにかく時間もそろそろ危ないし一度戻らない? 矢野君も一緒にどう?」


 確かにこれから町へ戻るとしても、少し遅くなってしまうかもしれない。聞けば彼女たちの暮らしている拠点はここからそう遠くないらしい。お言葉に甘えて俺は彼女たちと同行する事にした。


 俺は岩陰に置いたままの背負い袋を持ち上げ――――


(――――まてよ? そういえば服も全部この中に入れていなかったか?)


 だというのに俺は全裸のままではなく、きちんと服が掛けられていた。恐らく彼女たちが俺を川から運んでくれて、バッグから服を取り出してくれたのであろう。つまり――――


「――――もしかして……この背負い袋の中身、見た?」


「「――っ!?」」


 少しトーンを落とした所為か、彼女たちを驚かせてしまったようだ。佐瀬は嘘が下手なのか明らかに目を泳がせているが、代わりに名波が答えてくれた。


「ご、ごめんね! 勝手に悪いとは思ったんだけど、服が入っているかなと思って……」


 彼女たちの慌てようから、どうやらマジックバッグの存在を知られてしまったようだ。


 しかも服を取り出せたという事は、残念ながら本人限定の機能は無く、他人でも平気で扱える代物のようだ。


 これでまたマジックバッグを隠さなければならない理由が増えてしまった。他人が使用できるのなら、盗もうと考える輩も出て来るだろう。


 だが、彼女たちに知られた事は完全に不可抗力だろう。


 もし仮に違う立場だったら、俺も彼女たちの荷物を…………いや、男が女性の荷物を漁って服を取り出すのは犯罪的だな、うん。


 とにかくこれは不幸な事故だ。俺はため息をつくと、笑って答えた。


「そっか。流石に全裸のままだったら見苦しいしね。助かったよ」


 その様子に二人はホッとすると、名波の方は何か聞きたそうな表情を浮かべていた。


 ひと悶着あったが、いよいよ彼女たちの拠点へ向かおうと歩を進めると、名波が遠慮がちに尋ねてきた。


「あのぉ、やっぱそれってマジックバッグなの?」


「おや? 名波さんはそういうの詳しい系? ま、どうもそうみたい」


 異世界物に詳しくなければその単語は出て来ないだろう。俺の予想通り彼女は興味があるのか、目をキラキラと輝かせた。


「やっぱりそうなんだね! まさかこの世界にもマジックバッグがあるなんて!!」


 きゃあきゃあ一人で騒ぐ名波に驚き、困った俺は彼女の友である佐瀬に視線を向けた。


「異世界物っていうの? 留美はそっち関連のお話が好きみたいで、実はこっちの世界に来る前からだいぶ張り切っていたのよ」


 やはり同類だった訳か。ただ俺と彼女で違うのは、名波は友達やコミュニティを大事にしているという点だろう。それに引き換え俺は、元々所属する予定だったコミュニティも早めに抜け出す気でいたのだ。


 もし仮に不慮の事故に遭わなければ、俺は予定通り町内会コミュニティを抜け出していたに違いない。こんな状況下で彼女のように半年以上も集団行動をしていたかは正直自信がない。家族や気心の知れた友人たちならともかく、赤の他人なら面倒くさがって飛び出していただろう。


(……いや、俺も開拓村では上手くやっていた。やれていたんだ……っ!)


 彼らとは半年間の短い付き合いだったが、地球の同僚や友人たち以上の繋がりを感じていた。何かと生活の厳しい村ではあったが、その分連帯感があったと思う。


 だがそれも全て失われてしまった。


 今向かっている拠点とやらはどうなんだろうか? やはり皆一丸となって、住み心地の良い場所を作れているのだろうか?



 俺が考え事をしている間にも、名波はあれこれ異世界への強い思いをぶちまけていた。独自の魔法習得、危険なダンジョンへの挑戦、未知な場所への冒険活劇など。彼女はそういったものに強い憧れを抱いているようだ。


「そういえば服を取り出した時、他にも中身がチラッと頭の中に入り込んでしまって……プライバシーだから慌てて服だけ取り出したんだけど……一つだけ、どうしても気になったものがあるんだ!」


「気になる物?」


 もう一つのマジックアイテムである≪模写の巻物≫だろうかと俺が首を捻ると、彼女はこっちを向いて頭を下げた。


「冒険者証を見せてください!!」


「……ああ、それか」


 確かに俺が彼女と同じ立場だとしたら、そこは一番気になるだろう。


 何せ話に聞くと彼女たちは一度もこの森から抜け出た事が無いそうだ。つまりこの世界の事を何一つ知らないという事だ。


 異世界ファンタジーにやって来てずっと森暮らしを強いられているらしいのだ。その手のモノが好きな者にとっては生殺しもいいところだろう。


 俺は苦笑しながら冒険者証を取り出すと、名波に手渡した。


「うわ~、これが冒険者の証……!」


 佐瀬も興味があるのか、横から覗いてカードに記載されている文章を読み上げた。


「E級冒険者 イッシン・ヤノ……。本当に矢野一心っていう名前なのね」


「おいおい、嘘つく理由がないだろう?」


「そう? 女の子の裸を覗く変態だし、偽名かと思った」


「……おい」


 先程より視線は鋭くないが、彼女は相変わらず刺々しい。


「E級ってどのくらいなの?」


 名波が尋ねてきた。


「ん~、下から3番目。見習いがGで割とすぐFになる。そこから実績を積んでいくとE、D、C、B、Aとなって、最高峰がS。S級冒険者はこの大陸にも一桁しかいないってさ」


「へぇ、そこはやっぱりお約束なんだねえ!」


 嬉しそうに俺と会話をする名波を見て、親友の佐瀬は嫉妬したのだろうか悪態をついた。


「ふん! 私の電撃であっさり気を失った癖に……E級もたかが知れてるのね!」


 彼女の言葉に俺は気を失う直前の記憶を思い返した。確か全身痺れたと思ったら、そのまま倒れて…………そこから記憶が無かった。


「そういえば、あれって君のスキルか魔法か?」


「ふふん、そうよ! 【ライトニング】っていうの!」


 やっと話に参加できたと感じたのか、彼女は自信満々に自らの魔法を口にした。


(【ライトニング】……雷属性だろうが、貴重な魔法を喰らったものだな)


 ケイヤ曰く、雷の使い手は本当に少ないらしい。最下級魔法を取得している者すら滅多に現れず、雷属性に関しては国の魔法育成機関も手をこまねいている状況なのだそうだ。


 だが地球人はもれなくスキルが貰える事になっている。佐瀬は恐らく【雷魔法】の適性スキルを選択したのだろう。魔法系スキルを選択したものは最下級の魔法を必ず貰えると女神アリスから伝えられていた。つまりこの世界にはかなりの雷魔法使いが出現したことになる。


(後で彼女にきちんとこの事を説明した方がいいだろうな)


 もし冒険者たちの目の前でそんな魔法を披露すれば、彼女の容姿もあってか周り中からスカウトされるだろう。下手をすれば国からもお呼びが掛かる可能性すらある。その点は必ず指摘するべきだ。


 俺はまた一人考え事をしながら彼女の様子を伺っていると、またしてもおかしな感覚に囚われる。やはりどこかで彼女を見たような気がしてならないのだ。だがこんな強烈な性格な女、会話でもしようものなら忘れる筈もない。やはりテレビかどこかで見かけただけだろうか。






 それから俺たちはあれこれ雑談しながら森の中を進む。不思議な事に、川を渡った先は魔物の数が極端に少なかった。それでも全くいない訳ではない。林の奥から羽音が聞こえてきた。この森に生息していると言われる吸血蜂、ブラッド・ビーだ。


(それって蚊じゃないの?)


 最初はそう思っていたが、どうもその蜂は口からではなく、尻尾の針から吸血をするそうだ。蜂にしては大きいが毒性はなく、然程素早いという訳でもないので討伐難易度はEランク。巣に近づきさえしなければ群れで襲われる心配も無い為、見習い冒険者でも倒せる魔物であった。


「ふん!」

「えい!」


 そんな吸血蜂を彼女たちは石槍やナイフで倒して行く。佐瀬が槍で、名波がナイフだ。俺の出る幕も無く、ブラッド・ビーは討伐された。彼女たちは蜂の死骸を拾い上げると、手慣れた様子で中から魔石を取り出した。


「可能なら死骸ごと持ち帰ると小銭にはなるぞ? 揚げて食べると旨いらしい」


「ええ!?」

「そうなんだ! でも食べるのはちょっと……」


 解体は出来ても流石に食べるのは抵抗があるようだ。気持ちは分かる。俺だって血を吸うような魔物を好んで食べたくはない。以前奢りだと言ってマルコたちに食べさせられたが、味は悪くはなかった。だが、やはり見た目は大事だなとは思う。


「そういえば魔石は知っているんだな? 集めて何に使ってるんだ?」


「あ、やっぱコレって魔石なの?」


 知らないのに何で集めているのか不思議だったので尋ねると、どうやら【鑑定】持ちの転移者が仲間にいるらしく、それが魔石だという事だけは分かっているらしい。


 何かの素材になるようだと鑑定結果で示唆されているそうだが、それが実際にどう扱われるのかまでは【鑑定】でも分からなかったそうだ。


(そうか……【鑑定】といっても、何でも分かる訳ではないのか)


 しかもその口ぶりからすると、少なくとも名波は【鑑定】持ちではないようだ。異世界物好きなら結構の人数が選択していると踏んでいたが、どうやら彼女はその他の定番スキルか、あえて被らないよう外したのだろう。それに佐瀬と違って口数こそ多い彼女だが、自分のスキルについては一切晒していなかった。


 思ったよりも強かな娘である。


(ま、自分のスキルを伏せるのも定番だよね)


 異世界物で一番重要なのは情報だと思っている。地球の現代知識、こっちの世界の世情、スキルや魔法の情報など、これは間違いなく大きな武器になるからだ。




 少しの間森を歩くと、見たことも無い果物の木があちこちに乱立していた。赤くて細長い不思議な果実だ。もしくは野菜なのだろうか?


「こいつはなんだ?」


「ケプっていう果物だって。ちょっと酸っぱいけど食べられるわよ?」


「ついこの間急に実ったんだよ! お陰で不足がちだったビタミンも摂れてるんじゃないのかな?」


 ケプはたくさん実っていたので、俺は彼女たちに一応の許可を取ると、幾つか捥ぎ取ってマジックバッグへと仕舞い込んだ。


「ケプの木が見えてきたってことは、もうすぐそこだよ!」


 名波の言うとおり、数分もしない内に開けた場所へと出た。


 そこは森の中だというのに広場のようなスペースがあり、あちこちに拙いながらも立派な木造建築物が建てられていた。開拓村にも引けを取らない、十分立派な居住地と言えるだろう。


 その中には当然他の日本人たちの姿がある。大学のサークル仲間と聞いていただけあって誰もが若かった。そんな学生たちは初めて見る俺の姿に注目していた。


「佐瀬さん! 名波さん! こちらの子は一体……!?」


 すると奥から眼鏡を掛けた青年が現れて、彼女たちに俺の事を尋ねた。周りにいる他の者たちも作業を止めて耳をこちらへ傾けている。


(そりゃあ、今までこの森を出た事ないんじゃ、そういう反応になるよな)


 道中、二人から話を聞いた限りでは、どうやら俺が一番最初の遭遇者らしい。


 一度遠目に人を見たという三人組の青年たちもいたそうだが、その時は魔物の出現で会話すらできなかったそうだ。恐らくその三人とは、≪コココ≫たちが川の反対岸で目撃したという例の三人組の事だろう。



 俺が考察している間に、佐瀬と名波の二人は眼鏡の青年に事情を説明していた。


「え? 日本人!?」

「だって銀髪じゃん!」

「でも、顔立ちは日本人っぽいかも」


「あ~、矢野君、であってるよね? 俺はここのコミュニティのリーダーという事になっている花木という者だ。よければ色々事情を伺いたいんだが、いいかな?」


 眼鏡のイケメン学生に笑顔で挨拶された。どうやら彼がここの代表らしい。


「ああ、構わないよ」


 俺は愛想よく笑顔で答えると、何故か彼は顔を顰めた。何だろう? 何か気に障る事でも言っただろうか?


 だがそれも一瞬の事で、彼は再び笑顔を見せると居住区の中央へと案内した。そこには一際大きな木造家屋がある。流石に現代日本の建築技術と比べると粗が目立つが、それでも頑丈そうな家屋に俺は感心していた。


(大学生ってここまで出来るものなのか? いや、もしかしてスキルか何かか?)


 大きな建物の中は幾つかのテーブルや椅子が置いてあるだけであった。恐らく集会場として利用されているのだろう。


 席を薦められ、俺たちはそれぞれ向かい合って座った。こちら側は端から俺、佐瀬、名波。あちらは端から若い女性、リーダーの花木、それと小柄な青年の同じく三人だ。恐らく彼らがこのコミュニティを支えているのだろう。


「改めて初めまして。俺は花木文人はなきふみひと。ここのコミュニティの代表をしている」


 眼鏡のイケメン花木が挨拶をすると、左右にいる二人もそれに続いた。俺の正面にいる女性が中野柚葉なかのゆずは、奥にいる青年が浜岡大吾はまおかだいごという。二人は代表補佐という肩書なのだそうだ。


 簡潔に名前と役職だけの挨拶だったので、俺もそれに倣う事とした。


「俺は矢野一心やのいっしん、今は冒険者をしている。まぁ、便利屋みたいなもんだ」


 俺の挨拶に花木はまたしても眉を顰め、中野は冒険者というものが良く分からないのか首を傾げていた。だが浜岡という名の青年だけは喰いついた。


「冒険者!? やっぱりこの世界には冒険者ギルドがあるのかい!?」


「ああ、あるぞ! ついでに言うと商人ギルドや魔法ギルドも存在するらしい」


「え? 他のギルドもあるの!? わ~、見てみたい!!」


 二つ横の席から名波も参戦し、二人は異世界あるある談議に花を咲かせていた。その話がちんぷんかんぷんな花木は浜岡にあれこれ尋ねていた。




「成程、つまり矢野君は戦いを生業にするような職業に就いている、という事だね?」

「へぇ、矢野君って強いの? そのランク? っていくつ?」


 俺が戦えると知ってか、花木と中野も興味を持ったようだ。


「今のランクはE級だな」


「一番上のランクは?」


 中野の問いに俺は少し考えてから答えた。


「Sが上でEは6番目だな。一番下はG級だ」


 正直に答えると、二人は何とも気まずそうな顔をしていた。悪かったな、微妙なランクで。


「それで、他の転移者たちとは一緒じゃないのか? まさか君の仲間は全員、その冒険者とやらに所属しているのか?」


 少し食いつき気味に花木が尋ねる。だが恐らく彼の望むような答えは返せないだろう。


「残念だが、俺は一人で転移してきた。だから他の地球人は知らない。彼女らに会ったのが初めてだ」


 俺が横の二人を差して答えると、花木たちは明らかにがっかりしていた。


「……そうか。しかし、またどうして一人で転移なんかしたんだい?」


「別に好きで一人になった訳じゃない。転移直前にトラブったんだ」


「理由を聞いても?」


 花木の質問責めに俺は少し考えてから返事をした。


「すまないが断る。色々事情があるので察して欲しい」


 俺の返答にシーンとその場は静まり返る。花木と中野はむっと表情を曇らせ、浜岡だけは仕方がないとばかりに肩をすくめていた。


 入り口付近が少し騒々しい。どうやら初めて見る外からの来訪者が珍しいのか、外から聞き耳を立てている連中が大勢いた。この建物に扉はなく、会話も恐らく入り口付近にいる連中には丸聞こえであろう。


(だからこそ、こんなところで単独転移の事情なんか話せる訳がない)


 俺が一人で転移した理由は、日本刀男に斬り付けられ、そのまま町内会のコミュニティから外れてしまったからだ。


 あれ自体はもう過ぎた事だ。犯人の事は今でも八つ裂きにしてやりたいが、周囲の人たちを薄情だとか見捨てられたなどと責めるつもりは毛頭ない。あの状況なら俺が周りの立場だったとして同じく見捨てただろう。


 だがその経緯を話すという事は、瀕死だった俺が復活したという情報にも繋がってしまう。つまり俺のチート【ヒール】や【リザレクション】の存在が露見されてしまう恐れがある。そう簡単に情報を渡す気はなかった。


 俺の返答がお気に召さなかったようだが、花木はなんとか笑顔を取り繕うと、再び俺に話しかけた。


「いや、確かに事情はあるんだろうけど、正直言って素性の知れない君をこの村に留める訳にはいかないんだ。話せる範囲で教えてくれないかい?」


 花木の言葉に俺は少し考える。


 別に“転移直前で通り魔が出て逸れた”くらいなら開示しても問題ないだろうか? だがそれを素直に信用して貰えるだろうか。結局俺がいくら言葉を飾ったところで確証はないのだし、なんだったら“お前が通り魔か”なんて言われても弁明の仕様がない。


 だがこのままでは流石に空気が悪いと思った俺は口を開こうとするも……突如、中野がキレだした。


「ちょっと、いい加減にだんまりは止めなさいよ! こっちが下手に出ていれば、あんた何様のつもり!?」


「え、ええ……?」


 突如年下の女性にキレられて俺は狼狽した。慌てて横を向くと佐瀬と名波もポカーンと口を開いたままだ。


「な、中野!? 少し落ち着いて……」


 そこへ浜岡が助け船を出した。突如怒り出した中野を宥めるかのように言葉を選んで話しかけた。これで落ち着けばいいかと思っていたが、更に火に油を注ぐものがいた。


「いや、彼女の言うとおりだ。正直言って君の態度は目に余る」


「……へ?」


 燃料を投下した犯人は花木であった。彼はさっきまで取り繕っていた笑顔から一転、とても不愉快そうな視線をこちらに向けていた。


「ここは皆が協力して築き上げてきたコミュニティだ。だからこそ、ここではある程度の協調性が求められる。ハッキリ言って君の言葉は不愉快だよ」


 面と向かってここまで敵意を向けられた経験の少ない俺は頭の中がぐるぐるであった。一体俺の何が不満だというのだろうか、全く理解が追い付かない。


 今度こそ俺は藁にも縋る思いで横の二人へ視線を送ると、彼女たちはこちらを援護してくれた。


「ちょっと待ってください、先輩! 確かにこいつはいけ好かない奴ですけど、初対面でそこまで無理に詰問しなくてもいいじゃないですか!?」


 佐瀬! 一言多い!!


「そうですよ! いくら何でも、これでは情報交換というより、一方的な事情聴取です!」


 更に名波の援護が入る! いいぞ! もっと言ってやれ!


「何言ってんのよ!! こっちはもう生活がカツカツなのよ!? 食い扶持を稼ぐ為にも情報は必要だし、協力出来ないってんなら、そんな人必要ないでしょう?」


 中野、再び吠える。


(なんじゃそりゃあ? 俺の知った事か!)


 そこへまたしても花木が突っ掛かった。


「俺も同意見だが、別に彼を迎い入れる・・・・・・・のに反対している訳ではない。だが、こんな状況だからこそ、お互い敬意をもって助け合う必要が…………」


「え? ちょっと待って、何それ!?」


 花木が喋っている最中に俺は思わず声を上げた。


 皆の視線がこちらに集まる中、俺は先ほど彼が口にした言葉を反芻し――――そして、やっとこの意味不明な状況を理解した。


「あ、あ~、成程! そういう事か!」


 ポンと手を打つ俺に花木と中野は胡散臭そうな視線を向ける。それに構わず俺は口を開いた。


「ええと、別に俺はここのコミュニティに参加したい訳じゃないんだけど……」


「…………へ?」

「…………え?」


 そう、さっきから話が食い違っていたのはそこだ。


 俺は彼らのコミュニティが気になったから来ただけであり、別に今の冒険者生活を止めるつもりは無いし、彼らと行動を共にする気もない。ただ情報交換をしに来ただけだ。


 一方彼らは、たった一人で活動している俺がここに庇護を求めに来たのだと勘違いしたのだろう。いくら戦いを生業とする冒険者とはいえ、低ランクでソロだとすれば、そう思われても仕方がない。


 だからお互い微妙に会話や態度がズレていたのだ。


 俺はただ、情報交換の場が欲しかっただけで、彼らとは対等な関係だと思っている。こちらはこの世界の情報を彼ら以上に持っているし、彼らも俺の知らない情報を多く持っている筈だ。


 特にスキルに関してはここにいる連中全員持っているのだ。各々のスキルの性能や、もしかしたら新しいスキルの取得条件なんかも知っているかもしれない。



 その反面、花木たちは俺をコミュニティ参加希望者だと思い込み、確かにその場合だと言うまでもなく彼らの方が上の立場だ。


 情報を出し渋っていたり、きちんと参加したい旨を自分の口から言わなかった俺は、確かに無礼な奴と思われても仕方が無かった。


 誤解が解けたところで俺は両手をパンと叩いた。


「それじゃあ改めて、お互い情報交換でもしようか」


 俺は明るく笑顔でそう提案した。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:10才未満の女の子を嫁に貰うことはできますか? (某総理大臣より)

A:……質問の意図が分かりかねますが、あちらの殆どの国では法律上禁止されておりません。ですが忌み嫌われる行為です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る