第15話 検証

「あちぃ……さっさと外へ出るか」


 未だ熱気の籠もるボス部屋をいち早く退散したかった俺は、大きな魔石を回収すると続いて宝箱へと目を向けた。


(本当はコンラコ直伝、罠チェックをしたいんだけど……)


 一刻も早くここを出たかった俺は“何かあれば【ヒール】すればいいか”の精神で無造作に箱を開けて中を見た。


「……ん? これは……袋?」


 まさかこの袋はと思いつつも、暑さで思考が低下気味の俺は他に何も入っていない事を確認し、その袋を持って入ってきた扉から外へと出た。



 転移陣を使ってさっさと1階からダンジョンの外に出た俺は、汗や血の痕が気になったのでギルドにも寄らず一直線に宿へと戻った。宿の受付で桶を借りて【ウォーター】で生成した水を使って体をふき取ると、替えのボロ服に着替えた。


(服もそろそろ買い換えなきゃなぁ……)


 この後町で服を見に行こうと予定を立てながら、俺は持ち帰った袋に目を遣った。何の変哲もない巾着袋に見えるが、これはもしや、有名なアレ・・なのだろうか?


 口部分にある紐を緩めて試しに手を袋の中に突っ込んでみる。すぐに袋の底に手が付いた。内幅も見た目通り……うん、普通の袋のようだ。


「なんだ、期待しちゃったじゃないか!!」


 袋を叩きつけようとするも寸前で思い止まり、俺は少し心を落ち着かせて考えた。


 果たしてあんな死闘を繰り広げて出た宝箱の中身が、ただの袋だなんてあり得るのだろうか? 宝箱から出た以上、きっとこれはマジックアイテムと見て間違いない筈だ。


 それともまさかとは思うが、やはりこれはただの巾着袋で、これこそがダンジョンのペナルティだとでも言うのだろうか。


(ギルドの鑑定に出しちゃえばハッキリするんだけどなぁ……)


 万が一アレだとするなら、余り周囲にそれを持っていると知られたくはないのだ。それ程価値のあるマジックアイテムだと俺は思っているからだ。


(……ん? マジック、アイテムか)


 魔法で起動するアイテムである以上、魔力を感知できるのではと思ったが、俺はそこまで感覚が鋭くないし、そもそも≪模写の巻物≫だって魔力を感じなかった。


 そこで俺は思い出した。そういえばあの巻物も、使う前は魔力を送り込んだのだ。しかしこの袋には魔力を送ると思われるような箇所は…………そうか、袋の中か!


 俺は再び片手を袋に突っ込むと、そこから魔力を放出した。


 果たして俺の想像通り、巾着袋は魔力を吸い始めた。しかもそれが止まる様子は微塵もない。


(いいぞ! 思った通りだ! しかも、これって魔力を送れば送る程、許容量が増えるタイプじゃないのか?)


 俺は口角をニヤリと上げると、全魔力を注ぎ込んだ。




「さて、結果はどうだ?」


 俺は予備となった青銅の剣をチャック袋の中に突っ込んだ。すると剣はすっぽり袋の中に納まった。どう考えても収まるサイズではないのに、だ。


 (神アイテムきたー!!)


 まさかのマジックバッグが手に入るとは思いもしなかった。ファンタジー物でお馴染みともいえる便利アイテムで、見た目以上の物を詰め込むことができる超優れモノの収納袋だ。


「こうしてはいられない! 検証の時間だー!!」


 俺は服を買いに行く事も忘れ、急いで町の外へと出かけた。






 町を出て馬車道から外れて暫く歩くと、人の気配を全く感じない場所に辿り着いた。少し魔物の領域に近いが、ここなら人目も付かず検証にはピッタリな立地だ。


 ファンタジー物お約束となるマジックバッグまたはポーチ、アイテムBOXなどと呼ばれる代物は、見た目以上の容量を収納できる上に重さもそのままという、何とも不思議で便利な入れ物である。


 更には鞄の入り口以上に大きな物も、○次元ポケットのように出し入れでき、更に更には中身の時間経過も止まったままで食べ物が腐らないという、まさに冒険をする上では最強のチートアイテムなのだ。


 では、この世界のマジックバッグは果たしてどうなのだろうか?


 その存在自体がある事はケイヤから既に確認済みだが、かなり貴重なアイテムなので貴族令嬢である彼女自身も所持した経験がなく、詳細な機能までは不明であった。


だからまずはその辺りを確かめたい。


「初めは容量から」


 俺はその辺に転がっている大岩を手当り次第収納していく。収納問題無し!


 袋の口より大きい岩もマジックバッグを近づけると入っていく。問題無し!


 砂や砂利は……手に掬った分か容器の分までしか一遍に収納できない。一粒一粒が一つの物としてカウントされているが入れ物毎なら纏めてOKなのか……今後、要検証!


 木はどうだろうか? 生えている大木を納めようとするも無理であった。草や木も地面に生えていると反応しないが、引っこ抜いたり切り落とすと収納できる。これも後で要検証!


 次は生き物を……と、俺は遠くにいるゴブリン二匹に気が付いた。なんと丁度良いところに実験体……じゃない、被験者が現れたではないか! 彼らには【ヒール】や【リザレクション】の検証でもお世話になっていたのだ。これは是非今回も協力(強制)してもらうしかない!




 数分後、俺はゴブリン二匹を難なく無力化して拘束した。まずは生きたまま入れようとする。……不可能


 では、身体の一部はどうだろう? 腕を切り落として入れようとするも……腕だけでも入らない。これは出来ると思ったが、当てが外れたか……。


 こんな事をしている俺はマッドサイエンティストか残虐非道な奴だと思うかもしれないが、これも必要な犠牲なのだ。今後の為にも細かい仕様は把握して置くべきだし、万が一敵対する相手にも同様のマジックバッグ持ちがいたら、悪用されるかもしれないからだ。


 最悪、何かの条件が揃えば生きている人間だって収納できてしまうかもしれない。それは俺にとって最大限警戒すべき事態だ。


 最高の回復能力に死者蘇生まで出来る俺が今一番怖い状況は即死攻撃と、次点で封印されてしまう事だ。いきなり背後からマジックバッグで“しまっちゃおうね”されたら堪ったものではない。


 だからゴブリンたちには悪いと思うが俺の安寧の為、尊い犠牲となってもらう。


 ……いや、微塵も悪いと思わないか。


 この世界のゴブリンは好戦的で性欲が強く、凡そ最悪な部類の魔物だ。こいつらに捕まった女性たちは死ぬより辛い目に遭わせられるらしい。だから見かけたら即殲滅が国やギルドから推奨されている。弱いからといって放っておくと、何時の間にかとんでもない群れを形成して村や町を襲うのだそうだ。



 そんな畜生たちに、とても人には言えないような検証を重ねた上、やはり生き物は入れられないと結論が出たところで俺は二匹を楽にしてやった。トドメを差すと片腕だろうが死体だろうが収納できた。これは今後も検証が必要そうだ。


 ちょっと休憩がてら予め町で買っていた鳥の串肉をマジックバッグから取り出して食べる。まるで作り立てほやほやの温かさだ。どうやら収納中の物は時間経過が無いのか、或いはかなり進みが遅いようだ。これは時計などを入れた方が正確に測れそうだが、生憎俺は腕時計を持っていない。前は所持していたがデストラムへの自爆攻撃でお釈迦になってしまったのだ。


 電池が減るので嫌だがスマホを取り出し、時間を確認してからマジックバッグに仕舞っておく。本当はもう一つ精密な時計があった方が正確に計測できるのだが、とりあえず明日大体同じ時間帯にでも取り出して、改めて確認してみるとしよう。


「後は……取り出す方か」


 今まで我武者羅に収納した物だが、果たして正確に取り出せるのか。


 ……問題なし!!


 これは凄い! どの物をどれだけ収納しており、そしてどれを取り出すかバッグに手を突っ込むだけで把握できる。一体全体魔法とはどうなっているのだ? こんな便利なものがあれば、そりゃあ科学文明が発展しないのも道理だ。


 俺は一部を除いて不要な物をポイポイ捨てていった。入れた物を取り出せる場所は、俺の手が届く範囲内だけのようだ。つまりうっかり爆発寸前の核弾頭をしまおうものなら、もう永遠に取り出す事はできないだろう。


 あ、ちなみに魔法は収納できませんでした。


 これで今この場で出来る検証は粗方済んだ。残っている疑問はマジックバッグの所有権や、持ち主が死んだらどうなるのか、他人は使えるのか、といった内容くらいだろうか。


 それはおいおい調べていこう。


 そしてここからが最も重要な問題だ。このとんでもアイテムの存在を隠すとして、どうやって運用するか。


 え? 何故隠すのかだって? 異世界物に詳しい方はご存じだと思うが、こんなチートアイテム、絶対価値が高いに決まっている! きっと俺を殺してでも奪い取りたいと考える奴はごまんといる筈だ。


 だから大っぴらに使うことは出来ないし、ましてや鑑定士の目に触れる場所へ持って行く訳にもいかない。少々不便だが、現状俺の実力では不意打ちで強殺される可能性が濃厚だ。


 だから実力を身に着けるまで当面の間は隠す事にした。


「……と言っても、袋や鞄の中に仕舞っておく位しか思いつかないか」


 町へ戻った俺は、そういえば服も買い換えるんだったと思い出し、マジックバッグを隠す用の丁度良い大きさの袋と、新しい服(ただし古着)を購入するのであった。






 翌日、俺は東の森へ単独で向かっていた。


 この森は南にある元開拓村とも繋がっている巨大な森だ。少し奥に入ると多くの魔物が徘徊している為、その先にあると言われている海岸への侵入を拒む天然の迷宮となっている。これによりエイルーン王国は未だ一つも港町が存在しないのだ。


 ならば東に兵なり冒険者なり人材を集中させて、さっさと開拓すればいいのではないかと思うだろうが、そうは問屋が卸さない。その一つの要因が反対の西側にあるガラハド帝国の存在だ。今でこそ停戦中だが、彼の国は野心が強く、隙を見せればあっという間に開戦すると言われている。現に今も、帝国の南側は他国と戦争状態で、北にも大分進軍している。軍事力だけ見ればこの半島内では最大勢力の国家なのだ。


 よって精鋭である聖騎士や、無駄な兵はそうそう開拓に回せない。かといって中途半端な戦力を投入したところで森の奥にいる魔物を刺激するだけだ。その結果は開拓村で俺自身も思い知らされた。


 だから森を探るなら静かに、だ。


 幸い、ケイヤからの礼としてそのまま受け取った≪魔力隠しの指輪≫は、魔力に敏感な魔物の索敵を阻害できているようだ。音や臭いに敏感な魔物との接触は避けられないが、森には俺だけでなく他の魔物もいる。別に魔物同士が手を取り合って生きている訳ではなく、彼らもまた喰い喰われの弱肉強食世界なので、人が一人踏み入ったからと言って森中のヘイトを集める訳ではなかった。




 幾度か低ランクの魔物を返り討ちにし、死体毎マジックバッグに収納して進んで行くと、割と早くに目撃情報があった川の手前までやって来れた。


(やっぱマジックバッグがあると早いなぁ。森での解体作業なんて危険だし、後回しできるもん)


 周囲を警戒しつつ、俺は川の付近を探ったが何も成果は得られなかった。索敵はちょっと苦手なのだ。だから代わりに頭を使うことにした。



 もし仮に日本人がこの辺りにいたとして、どこにどうやって生活している? 町にそれらしい影は見当たらなかったから、恐らく森の中か更に奥にいる……筈だ。


 だがこんな危険な森の中で生きていられるのか? いや、俺のようにとんでも魔力やスキルがあれば、集団なら可能だろうか。でも、おちおち寝てもいられないと思う。


 やはり森は無いと思う。だがこの川は魅力的だろう。水魔法だけではどうしたって限界が……いや、俺並の魔力量なら問題無いのか?


 いやいや、異世界人全員の魔力量が多ければ、とっくにこんな森抜け出ているんじゃないのか? それとも森を出ない理由がある? どちらにしろ生活するのに川は近い方がいいだろう。


 考えが堂々巡りし始めたので、俺はここらで結論を出した。


(よし、とにかく川を上るか下るかして、周辺を捜索しよう)


 暗くなるにはまだまだ時間がある。問題は川沿いを探すとして北と南どちらを探すかだが……北は他国の領土、南は開拓村の方角だが……今回はまず南へ進む事にした。






 今はまだ夏場に入っていないが、このバーニメル半島は平均気温が高い。最近雨も降っていない為か、とにかく熱いのだ。森の木陰と横を流れる清流で多少はマシだが、それでも1時間歩かない内に汗だくだ。


「ああ、あちぃ!! ちょっと涼むとするか」


 俺は小川の畔を見渡すと、丁度いい塩梅の岩があったのでそこへ向かった。


(万が一、荷物を盗まれたら洒落にならん)


 背負い袋の中には全財産と貴重なマジックアイテムたちが入っている。俺はそれを岩陰に隠すと、服を脱ぎ捨てバッグにしまい、そのまま小川へと身を投じた。


「ひぇ!? 冷たい!!」


 思った以上の冷たさに心臓が飛び跳ねるも、暫くすると慣れてしまった。なんだかプールの授業を思い出す。


 汗を流しつつクールダウンしていく頭を働かせ、俺は今後の行動について考えていた。


(こっから戻るとして、同じルートを通れば3時間くらいか? とすると捜索できる時間は残り1時間もない、か……)


 いっその事、野営でもするかと考えた。一応必要な道具一式は全てマジックバッグの中に入っている。ただ、魔物の勢力下である森の中で単身寝泊まるなど、考えが甘いにも程があった。


(いかんな……。昨日といい、どうも無茶な思考へ引っ張られるなぁ)


 昨日のあれは、俺がどこまで強敵と戦えるかの確認作業でもあったのだ。確かに無茶な戦闘ではあったが、自爆技を考慮すれば決して勝算の低い戦いではなかった。


 だが今後はあんな特攻紛いな戦闘をするつもりはない……筈だ。今の俺ではBランク相手では荷が重すぎる。これはハッキリした。


 もし仮に魔法が効きづらい魔物が相手だったらどうする? 手持ちの属性魔法では通用しない相手なら? そもそも仲間や護衛対象の者が近くにいたら自爆などできやしない。


 よって魔法を暴走させて戦うのは今後封印する事とする。今度戦う時は、必ず真正面から撃破して見せると俺は心の中で意気込んだ。


「――――きゃあ、つべたい!?」


「ちょっと、サヤカ! あんまり奥に行くと危ないよ!!」


(ん? 女の声がする?)


 突然の事態に俺は声のした方を向くと、小川の中にある大きな岩が目の前にあった。丁度その岩が対岸から俺の姿を隠し、魔物や盗賊から身を隠せるのではないかと考えていたからだ。


 その横からバシャバシャ水を撥ねる音が聞こえる。どうやら声の主はこっちに近づいているようだ。


 これは不味い。俺は今、全裸なのだ。声の感じからして若そうであった。俺は直ぐに声を出そうとしたが、一歩遅かった。岩の陰から若い黒髪の女の子が現れた。しかも向こうも真っ裸で――――


「――――大丈夫だって! こっちの方がむしろ流れが弱……い」


 あちらもようやく俺の存在に気が付いたようだ。両者いきなりの対面に思わず固まってしまう。しかし、このままでは確実に俺は犯罪者扱いだ。そこで――――


「……あ。どうも、お先です」


 ――――俺が取った行動は、動揺せず普通に対応する、という事だ。


 ここは異世界、川で全裸になって汗を流すなんて日常の出来事……の筈だ。だから何も恥じる事はないし、目を背ける事もない。


 故に俺は自然に彼女へ挨拶をした。


「……き、きゃああああああっ!?」


「あばばばばばばッ!?」


 作戦は失敗し、彼女に電流を浴びせられ俺は気を失った。






 ――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


 Q:ペットのスキルも選べるのでしょうか?

 A:選べません。ペット自身が決めるかランダム取得になります

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