第14話 正々堂々?

 俺は宿屋に併設してある1階の食堂で朝食を済ませると、町の北東側へと向かった。そこには冒険者ギルドの他に、武器や防具を取り扱っている店や鍛冶工房が集まっている。カプレットの町にはダンジョンがあるので、そういった関連の店舗は多いのだ。


 その内の一軒である武器屋へと足を運んだ。


「いらっしゃい!」


 愛想の良い声で店主らしき男が出迎えてくれた。それに俺は会釈で軽く応じながらも店内を物色し始めた。目的は手頃な価格で買える片手剣である。


 俺の現在の武器は安物の剣で恐らく……鉄製だと思う。開拓村の自警団が使っている備品で、俺はそれを借りて訓練していたのだが、すっかり馴染んでしまったのでそのまま買い取らせてもらったのだ。


 大きくもなく細くもないオーソドックスな西洋剣だが、その分扱いやすい。当時訓練中だった俺は槍や弓も視野に入れていたのだが、ソロで活動をする気なら癖のない剣にしておけと元冒険者のマックスに薦められたのだ。


「お客さん、剣をお探しかい?」


 俺が剣ばかりを見つめているのものだから店主が声を掛けてきた。


「ええ、今の剣がそろそろ怪しくなってきたので、買い換えようかと……予算は銀貨50枚までなら……」


「銀貨50枚なら……ちょっとその剣、見せて貰っても?」


 俺は頷くと、鞘からゆっくり剣を抜いて店主に手渡した。


「うわ、青銅剣かぁ。こりゃあ、珍しい……」


 どうやら俺の剣は鉄ではなかったようだ。そっち方面は知識がなく、見ても違いなど分からなかった。


「青銅って結構良い素材なんですか?」


「いいや。鉄より柔らかいから、こんなので魔物と戦っていたらすぐに折れちまうよ」


 全く逆であった。確かに安物とは聞いてはいたが、そこまで酷いとは、俺は開拓村の懐事情を思い出し、顔を引きつらせていた。



 店主の説明によると青銅の剣は加工のし易さから昔は流行っていたそうだ。しかし鉄が多く取れるようになるとやがて廃れていき、少なくとも今この町で青銅製の剣を売っている店は一軒も無いという。寧ろ店に出していたら笑われるレベルらしい。


「ま、大怪我する前に買い替えに来て大正解だよ! ほれ、そいつなんかどうだい? そこで振ってみ?」


 店主が薦めた剣は、俺の青銅剣とほぼ同じ大きさの西洋剣であった。それを手に取り、指示された店の端に移動してから剣を軽く振ってみる。


「か、軽い……」


「ああ、そうか。青銅よりかは軽いかもなぁ……」


 顎に手を置いて店主は考え込むと、別の剣を俺に手渡した。これも大きさはほぼ同じだ。店主に促され、再び俺は剣を振るうと、俺が持っている剣とほぼ同じ感触であった。


「あ、こっちの剣は何時もと変わらない重さだ。これは何の鉱石で出来ているんです?」


「どっちも鉄製だよ。ただ、今持っている方が重い分、少し頑丈にできている」


 製造過程に違いがあるのか、同じ鉄製の剣でも強度や重さが違っているようだ。俺は再び確認する為、何度か剣を振るった。これならば今まで通りに戦えそうだ。


 満足そうな俺の顔を見た店主は値段を教えてくれた。


「そいつなら銀貨35枚だ。本当は予算ギリギリの奴を薦めたかったんだが、同サイズで良いのとなると、金額がなぁ……」


 店主の言葉に俺は興味をそそられた。


「その同サイズの良い奴ってどれです?」


 店主は「少し待っててくれ」と言って店の奥へ入ると、一本の剣を持ってきて俺に見せた。


「こいつさ。うちでもかなりの値打ち物でアダマンタイト製の片手剣だ! 価格は金貨25枚だよ」


「アダマンタイト!?」


 ファンタジー物で定番のレア鉱石だ。作品によってはそれこそ伝説級の代物だと思われるが、それがこんな辺境の店なんかに置いてあるものだろうか?


 俄然好奇心をそそられた俺は店主から色々話を聞いてみた。するとアダマンタイトの他にミスリルやオリハルコンの存在も浮上した。



 店のおじさん情報だと、鉄製よりかは合金である鋼製の方が強度が上で、その更に上にミスリルがある。ただしミスリルは魔力との親和性が高く、鋼の剣より価格が跳ね上がるらしい。


 残念ながらこの店にはミスリル製は勿論、鋼製の剣も置いていない。バーニメル半島の田舎町では鋼の錬成技術が拙く、主要な街まで行かないと取り扱っていないそうだ。


 それとミスリルよりも硬いとされるアダマンタイトは、その希少性と加工の難しさからか、やはり地方の町では殆ど見かけない。今見せてくれている剣は、昔店主が無理して仕入れた秘蔵の一品なのだとか。


 ただしアダマンタイトは魔力を通しにくい性質があるので、用途によってはミスリルよりも劣るらしい。


 そしてそれらを全て上回るのがオリハルコンだ。


 オリハルコンはミスリルとアダマンタイトの合金で、硬くて魔力も込め易いという両者の良いところ取りの金属なのだ。勿論その武器の価格は目玉が飛び出るほどで、オリハルコンで武具を造れる鍛冶師はおろか、そもそもそれを精製できる錬金術師は大陸にも僅かしか存在しない幻の素材なのだ。


 つまり目の前にあるアダマンタイト製の剣は、純粋な硬さだけなら現状最上級の代物なのだ。ただし、ダンジョンから発掘される聖剣・魔剣は除く。


「金貨25枚かぁ……。鉄の剣こいつでそれだけ稼げたら、買いに来るかもですね」


「毎度有り! 銀貨35枚だね」


 これは良い目標ができた。俺は新しい相棒を受け取り、店を後にした。






 それから二週間後、俺は≪コココ≫の連中と何度かダンジョン探索を繰り返していった。新しい剣にも馴染んだ俺は、より近接戦闘を磨き続けた。それと集団戦にもだいぶ慣れてきた。


 一人だと背後にも気を配らなければならず、パーティ戦闘の方が楽だと考えていたがそんなに甘くはなかった。寧ろ後衛の射線に注意し、仲間との連携や援護などに気を遣う分、視野を広くしなければ上手く立ち回れなかった。


 勿論パーティの恩恵も十二分に受けている。


 特に有難かったのは野営の時だ。俺たちは地下20階層のボス部屋を目指して、いよいよ泊まり込みまでするようになった。野営方法は開拓村でも軽く教わっていたが、ダンジョン内では初めてとあって些か緊張した。


 俺たちは四人持ち回りで睡眠をとりながら周囲を警戒していた。1セット3時間ずつで、まずはA氏とB氏、次はB氏とC氏、といった感じで、最後はD氏とA氏で一巡だ。これで一人6時間は寝られるが、正直それだけだと寝足りない。


 ただこんな危険な場所でいくら寝たとしても身体は完全に休めそうにはないので、短いくらいで丁度いいというのがマルコたちの判断だ。その代わり休憩は小まめに取っている。



 そして俺たちはいよいよ地下20階層にある通称ボス部屋の手前までやってきた。



「ここのボスは討伐難易度Bだ。正直、どのくらいやれるのか俺にも分からん。だから無理だと思ったらすぐに引くぞ?」


 地下20階層の守護者の名はギガゼルで、一言で表現するなら巨狼らしい。当然【身体強化】も扱うそうだが、何より厄介なのは回復速度の速さなのだという。


(大きくて力強くて速くておまけにタフなオオカミか……)


 どうもこのダンジョンはオオカミ型の魔物が多い傾向にある。この調子だと最下層にはかの有名なフェンリルでも出てきそうな流れだ。


「……いくぞ」


 静かに号令をかけたマルコは目の前の扉を開け中へと踏み込んだ。俺たちもその後へと続く。室内は地下10階のボス部屋より遥かに広く、奥の方は少し暗めで見えづらい。


 白狼以上の激戦を予想した俺たちは息を飲みながら室内を進むと、やがて奥の方に扉が見えた。巨狼の姿は…………未だ見えない。


「……ねえ、もしかしてこれって、留守なんじゃあ?」


 ココナの声に俺たちは揃って息を吐き出した。どうやら皆して必死に息を殺しながら敵の様子を探っていたようだ。


 だが本当にギガゼルはこの部屋にいないらしい。これは確かに彼女の言うとおり“留守”なのだろう。


 ここでいう留守というのは、ダンジョンのボスが既に別の誰かに倒されており、復活時間までいない状態の事を差す。つまり俺たちはこのままボス部屋を素通りできるという訳だ。


「なんだぁ……。心配して損したぜ!」

「とんだ肩透かしだ」


 マルコと俺が緊張の糸を切らすと、横からコランコが冷静に指摘した。


「気を抜かないでください。何時ギガゼルが復活するのか分からないのですから。それよりさっさと今のうちに奥へ進みましょう」


 それもそうだと俺たちは速やかに奥の扉を抜け出た。


 扉の先には広間があり、正面には下り階段がある。横の地面には1階で見たのと似たような転移陣が描かれていた。ここから地上へと戻る事により、今後俺たちは何時でも1階と地下20階を行き来する権利を得た事になる。


 ここまで来て20階層攻略と誇れる事が出来るのだ。


 地下21階も気になるが、ここから先は本当にレベルが高いらしく、C級・B級の冒険者パーティでないと命取りになるだろう。俺たちは転移陣を使い、大人しく地上へと帰還した。






 素材やドロップ品を売り払った俺たちは、打ち上げという形で町の酒場に来ていた。


「「「「かんぱ~い!!」」」」


 この地域の酒造レベルはまだまだ稚拙で、基本どの酒も薄味だ。少し高い酒でも、ハーブや香辛料を入れるだけといった質素な作りだ。


 地方によってはブドウやバナナなんかでも作られるそうだが、この国では大麦を発酵させたものが主流らしい。上流階級はワインを嗜むようだが、こんな場末の酒場では薄いエールくらいしか売っていなかった。


(しかも何が不味いって、どれも温いんだよなぁ……)


 そこまでお酒に拘りがない俺でもここのエールには眉を顰めた。だが酒が不味い分、料理に関しては現代にも引けを取らなかった。


「この肉旨いな! なんにも味付けしていないのに……」


「おお! そうだろう? 俺の大好物なんだ! 喰え! 喰え!」


 エールを片手にマルコが陽気に応えた。彼は酒豪で既にエール3杯目に突入している。よくもあんな酒をあれだけ飲めるなと感心しながら、俺は先ほどと同じ串肉に手を伸ばした。


「これ、何の肉なんだ?」


 隣にいるコランコに尋ねながら肉を頬張ると、彼から意外な言葉が返ってきた。


「ああ、これはオーク肉ですね。脂が乗っているので、塩を振らなくても十分美味しいでしょう?」


「ブフゥーっ!?」


 思わず吹き飛ばす俺にココナが批難の視線を向けた。


(いや、急にあんなことを言われたら誰だって驚くだろう!?)


 魔物とはいえ、まさか人型の肉を食べているとは思いもしなかった。


(あれ? オークって豚の亜人だっけ? じゃあ、これは豚肉ってことなのか?)


 串に残った肉をジッと見つめる。


「そんな警戒しなくても平気ですよ。この辺りじゃあ子供から大人まで食べている主食ですから」


「やっぱイッシンってこの辺の出身じゃないんだね。時々変な事尋ねたりするし」


「ははは……」


 ココナの詰問に俺は笑ってごまかした。


「まぁ、いいじゃねえか! 例えイッシンが帝国の出身だとしても、俺たちの友情に偽りはねえ!」


 ここエイルーン王国は、西にあるガラハド帝国と何度も戦争を繰り広げた歴史がある。帝国出身者だと言うだけで白い目を向けてくる王国人も少なからずいる。


 だが当然俺は帝国の出ではなく、地球の日本という国から来たのだが、おいそれとそのことを吹聴する気はない。ケイヤたちに関しては俺も状況が状況だったのでゲロったが、思いの他異世界人の情報は世間にまだ広まっていないようなのだ。


 ケイヤたちが言いふらさなかったという点もあるのだろうが、他の地球人たちは誰も現地人と接触していないのだろうか?


 まさかこの辺りには俺以外の地球人は誰一人転移していないのではと考えていたが、そこへ意外な場所から情報が舞い込んだ。それは目の前にいる≪コココ≫の三人からだ。



 俺たちはダンジョン探索をしながらも、それとなく雑談を交わしていた。それで初めて会った時の話に触れた時、耳寄りな情報を得たのだ。


“東の森の奥にある川の向こう岸で、おかしな風貌をした三人組を見た”


 その三人ともが若い黒髪の男で、とても驚いた表情でマルコたちを見ていたそうだ。そんな矢先にアサシンクーガーの襲撃があり、それどころではなくなったので、その三人組の事は忘れていた、とマルコたちは語っていた。


 その後、三人組がどうなったのかは不明だそうだ。


 その話を聞いた俺は“もしや日本人では?”と考えた。これだけだとなんら確証はないが、この地域で黒髪は珍しいので一度調べてみる価値はあるだろう。



 それにタイミングも丁度良かった。



「イッシン! すまねえなぁ、俺たちよぉ……!」


 いつの間にかマルコは陽気な気分から一転、泣き上戸へと変貌していた。


 彼の謝罪の言葉には理由がある。それはここで一旦ダンジョン探索を打ち切り、彼ら三人は本格的にC級冒険者を目指すつもりだからだ。


 元々彼らがここのダンジョンへ来た理由も、地下20階層を攻略してC級への実績稼ぎをする為であった。カプレット地下ダンジョンの10階層より下が、Cランクの棲み処となっているのは有名だ。そこを抜けて転移陣まで到達した三人は、C級への昇格資格有りとギルドからも判断される。いよいよ念願の昇格試験を受けられるそうなのだ。


 試験内容は様々らしいが、大体が長期のキャラバン護衛任務となる。通例通りなら往復で3日から5日間は掛かるそうなので、これを機に俺たちはダンジョン攻略の同盟を解消した。


「気にするなって。俺の方もちょっと個人的な用ができたし、そう遠くない内に別の町へも行ってみたいと考えていたからな」


「そうですか、寂しくなりますね……」

「お互いに冒険者していたら、そのうち会うわよ!」


 しんみりしたコランコとは対照的にココナはサバサバしていた。それもまた彼女らしい。



 その後、3時間も俺たちの打ち上げ兼お別れ会が続いた。






「……飲みすぎた」


 翌日、二日酔いで寝坊した俺は無理やり【キュア】で状態回復し、探索活動をする事にした。


 場所は噂の東の森……ではなく、カプレット地下ダンジョンの地下20階層まで転移してやってきた。


(それにしても≪模写の巻物≫といい転移といい、この世界は本当に凄いな)


 文明レベルこそ地球の中世か、下手するとそれ以下かもしれないこの世界だが、魔法に関しては超常的な現象が垣間見られる。そのどれもが地球の科学文明を持ってしても再現不可能な奇跡だろう。


(これだからファンタジーってやつは……)


 転移した俺は、下り階段とは反対方向にある扉へと視線を向けた。そっと扉を開いて中を確認する。


(…………今日はいるな)


 薄っすら暗がりの中に大きな獣の姿が見えた。奴こそ昨日戦い損ねた相手、20階層のボス、ギガゼルだろう。どうやら復活時間が経過したのか、守護者が再び戻ってきたようだ。


 ぶっちゃけ俺がこいつと戦わなければならない理由はない。既に20階層の転移陣は登録済みで、あの巨狼を無視して先へ進んでも全く問題はない。それに奴の討伐難易度はBランクだ。近々D級に昇格するだろうが、現在E級の俺では到底太刀打ちできない存在であった。


(そんな事、分かってるんだけどなぁ……)


 考えている事とは裏腹に、俺は扉を開けるとそのままボス部屋へと浸入した。既に巨狼は俺の存在に気が付いており、大きな体をゆっくりと起こした。


(あれかな、お金に釣られたか? こいつを倒せれば魔石も、あわよくばドロップ品も独り占めだ)


 好奇心に負けたか、はたまた【リザレクション】やチート【ヒール】を習得して調子に乗ってしまったか、脳内では「止めろ」「戦うな」とさっきから警笛を鳴らし続けているが、それでも俺は歩みを止めなかった。


 俺は静かに抜剣する。既に両者戦闘態勢に入っていた。無論相手も【身体強化】を扱えた。


 グルゥウウウ!?

「うおおおおっ!?」


 唸り声と雄叫びが混じり合いながら、俺たちは同時に初撃を放った。横一線の剣戟と奴の大きな右前足がぶつかり合う。結果は――――分かりきっていた事だが、俺の方が弾き飛ばされた。


「ぐぅっ!?」


 地面を二度バウンドし漸く止まると、痛みが身体の内側に走った。どうやら骨に異常があるらしい。無様な俺をあざ笑うかのように、巨狼はゆっくり時間をかけてこちらに歩み寄ってきた。


(……っ! 調子に乗っていられるのも今の内だぞ!)


 俺はすかさず【ヒール】で怪我を治すと、再び立ち上がって巨狼へと立ち向かった。


 グルゥ!?


 こちらの行動が予想外だったのか巨狼は一瞬だけ隙を見せるも、俺が剣を振り抜くより先に、今度は左前脚で虫を払うかのように攻撃した。


「こな、くそぉ!!」


 再度吹き飛ばされながらも、俺は【ヒール】を掛け続け、今度こそはと再び速攻を仕掛けた。


 グルルゥッ!?


 事ここに至って巨狼は挑戦者である俺の異常性に気が付いたようだ。先ほどまでの舐めた態度からは一変し、前足、後ろ脚に尻尾や牙と、連打、連打を重ねた。それを俺は急所だけはしっかり守りながらも、なんとか相手の隙を見つけては、ちまちま攻撃を加えて続けた。


(名付けて「死ななきゃ安い」戦法だ!)


 俺は狂気じみた笑みを浮かべながら、怪我をしては癒して、骨を折られては直ぐに治してを繰り返し、稀に剣を巨狼に突き刺してヒット&ヒールを繰り返していた。巨狼の魔物ギガゼルは俺を血走った目で睨みつけていた。


 そりゃあ相手からしたら溜まったもんじゃないだろう。いくら攻撃してもゾンビのように這い上がってくるんだからな。


 そんな魔物がいたら俺も恐怖で震え上がる…………と思ったが、冷静に考えてみれば目の前の魔物こそまさしくそれなのだ。


 討伐難易度Bランクの巨狼ギガゼル。その巨体による攻撃力も然ることながら、一番厄介な点は尋常ではない回復速度にあった。その証拠に俺がせっせと隙を見て作った傷はすぐに治されてしまっている。


 つまりこのような戦い方をしても、俺は巨狼相手に勝つことは出来ないのだ。




 巨狼が本気になり始めてから恐らく3分もかからず、俺は音を上げるかのように一度距離を取った。意外な事にギガゼルも疲れたのか、追撃はせずその場でこちらを警戒して立っていた。


「はぁ、はぁ……やっぱ無理だ。今の俺じゃあ、勝てない……」


 言葉の意味を理解した訳ではないのだろうが、俺の弱音を気配で感じ取った巨狼は今日一番の速度で俺へと迫ってきた。


「だから……今日は分け・・だ」


 ――――グルゥ!?


 俺は制御限界を超えた魔力を右手に集中させると――――魔法を発動させてそのまま自爆した。






「…………痛い」


 広いとはいえ、密閉された空間にほぼ全力の【ファイア】を放ったボス部屋は、凄まじい熱さと息苦しさを感じた。まさか酸欠になったりしないだろうな?


 すぐに【ヒール】と念の為にと【キュア】を掛けた俺は周囲を観察した。目の前にはさっきまで巨狼だった黒こげの死骸が横たわっていたが、すぐに消えて無くなった。巨狼の回復速度が俺並なのを警戒していたが、どうやら回復だけに関してはこちらの方に軍配が上がったようだ。


 巨狼ギガゼルの消えた場所には大きな魔石と宝箱が落ちていた。それを見た俺は安堵した。


(良かった。自爆攻撃が卑怯だと判定されたら、どうしようかと思ったが……)


 ダンジョンは不正を許さない。ボス部屋の境を利用したハメ攻撃や、出入りを繰り返しての消耗戦など、不正だと感知されたらダンジョンが挑戦者に何らかのペナルティを与えてくるのだ。


 それがなく宝箱まで出てくるとなると、俺の自爆攻撃は正々堂々? の範疇らしい。


(ま、こんな戦い方、二度と御免だけどな。でも、収穫はあった!)


 前回の自爆は無我夢中で魔力を攻撃に全力注入していた。その為、俺は本当の本当に死にかけるハメになった。


 だが今回はまず防御を意識した。【身体強化】は肉体の強度も高める。それと魔力を全身に纏わせれば魔法耐性も身に付くのだと風の噂で聞いていたのだ。それを試してみたところ、前回は丸焦げウェルダンだったが、今回は半焼きミディアムくらいで済んだ。


 俺はさっきまで巨狼がいた場所を見つめると、手向けの言葉を呟いた。


「成仏してくれよ。文句はこんなステ振りにした女神様に言ってくれ」


 もっと魔力が常識的な範囲か、もしくは魔法制御がマシだったら、誰も好き好んで自爆などしなかったのだ。よって俺は悪くないな、うん。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:赤子などはスキルを選べないのでしょうか?

A: 幼い赤子などは近しい大人が代理でスキルを選べます。もしくはランダムで取得されます

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