第13話 正々堂々と

 翌日も俺は≪コココ≫の三人とダンジョン探索をした。ちなみに≪コココ≫とはマルコ、コランコ、ココナの事である。面白いくらいコの字が多いので、脳内で勝手にそう呼ぶ事にした。


 正式なパーティ名は確か雷名の……炎、だっただろうか? 雷属性なのか火属性なのか、いまいち分かりづらい名前なので、コココの方が覚え易くて俺はいいと思う。


「今日は10階層を目指す。日帰りで無理そうなら引き返すが、多分大丈夫だろう」


 今日は朝7時からと時間も早く、なるべく最短ルートを通る予定だ。20階層まではダンジョン内のマッピングも殆どされており、お金さえ払えば地図も手に入れる事が出来た。


 準備を終えた俺たちは、斥候役シーカーのコランコを先頭にダンジョンを突き進んだ。




 あっという間に昨日の最終到達層と同じ地下5階までやってきた。お互い手の内も分かり、戦闘がスムーズになったのも影響しているが、やはり最短ルートを通るとかなり時間が短縮できるみたいだ。


 何匹かのオークを倒すと、下に降りる階段を見つけた。


「こっからは俺たちも初めてだ。そっちでも一応罠を警戒してくれ!」


 地下6階は≪コココ≫も初めてだという。今までは何度か来た事のある道だったのか、コランコの足取りも軽かったが、それが少しだけ慎重になった。


(え~と、罠は接触タイプと感知タイプ? だったか……)


 昨日から今日に掛けて、俺は罠の探り方についてコランコからあれこれ質問責めにしていた。恐らくダンジョン探索で一番障害となりそうなのが魔物よりも罠だと思ったからだ。


 床や壁に触れた瞬間に発動するのが接触タイプの罠で、魔力や人の気配で起動するのが感知タイプと言うらしい。そこから更に細かく分類されるそうだが、そんな事をいちいち気にしていたらやっていられない。


 とりあえず専門外の俺は、何か変わった異物を見つけたら報告するようコランコからお願いされていた。


「尤も、ここのダンジョンは罠が少ない方だと聞いていますけどね」


「罠の場所とかは地図には乗ってないのか?」


 コランコの言葉に俺は質問で返した。


「それが罠は時間経過でダンジョン内を移動するのか、もしくは新たに出現するか、とにかく一度通った道も油断ならないんですよ」


 それなら地下5階までも危なかったのではと更に質問をすると、彼は苦笑しながら答えてくれた。


「それもそうなんですけど、昨日の今日でそう罠が増える訳でもないので。悪い言い方をするなら、一度通った道だから手を抜いていた、ということです」


 コランコの言葉に俺は眉を顰めた。仲間の命が懸かったこの状況で手を抜くとは何事かと考えたからだ。


 俺の気持ちを察したのか、マルコが慌ててフォローした。


「コランコ、それはちょっと言葉足らずだぞ? イッシン、俺たちは何も探索を舐めている訳ではない。だが気を張り続けているってのも案外疲れるもんでな。要所要所ではきちんと警戒度を上げている」


 確かに今のコランコは手を抜いているとはとても思えない。それに今更ながら気が付いたが、彼は微弱ながら常に【身体強化】を維持しているようだ。罠が作動した場合、咄嗟に動けるよう下準備をしているのだろう。


 だが、流石にずっと【身体強化】をできる魔力など……まぁ、俺は出来るかもしれないが、普通は疲れるので難しい。つまりはメリハリをつけて行動しろという事だ。先ほどはああいったコランコだが、もっと深いところや危険な罠のある地帯では気を抜く事も無いのだろう。


「そうか、どうも俺は思っていた以上に緊張していたらしい」


 流石に無警戒で呑気に歩く訳にはいかないが、常に気を張り続けていれば直ぐに疲れてしまう。きっと彼らはそう言いたかったのだろう。



 それから少し歩くと、コランコはピタリと止まってハンドサインで後ろにいる俺たちに合図を送った。新しい階層での初戦闘という事もあり、声を出さず慎重に行動する様だ。


(右通路、二足歩行、2匹か……)


 単純に右を差してピースサイン2回の合図だが、これで声を出す事無く状況は伝わった。耳の良い魔物だと小声でも勘付かれる。


 更に彼からサインが飛んでくる。見える範囲に罠は無し、それを合図に前衛二人は足音を殺して右通路へと接近していった。


 ――――っ!?

 グルァッ!?


 突然現れた俺たちに、二匹の魔物は驚いて硬直していた。それをチャンスとマルコは剣を上段から一気に真下へ振り下ろした。


「おおおりゃああっ!!」


 今まで静かにしていた鬱憤からか、雄叫びと共に放った気合の一撃は、二足歩行の魔物を両断した。


「ワーウルフです! 残り1!」


 コランコの声にイッシンは頭をぐるぐる回転させた。


 えーと、ワーウルフは確かD級で、有効な魔法は……火属性!


 慌てて魔法を準備しようとしたが、それより一手二手早く、ココナが【ブレイズ】を残り一匹へと叩きつけていた。


「グオオオっ!?」


 火達磨になっているワーウルフをコランコは無慈悲にも首を撥ねてトドメを刺した。どうやら今回は出番がなかったようだ。


「ふぅ、咄嗟になるとまだすぐには動けないなぁ……」


 俺が溜息を吐くとココナが励ましてくれた。


「そりゃあ私たちの方が冒険者歴、長いからね! あ、爪落としてる。ラッキー!」


 見るとワーウルフだったものは消え、代わりに魔石が二つと、長く鋭い爪が手に入った。この爪こそがドロップアイテムだ。素材だけでなく稀にポーションなんかも落とすらしい。


「よし、問題なさそうだな。探索再開だ!」


 出現する魔物の討伐難易度的には下と変わらない状況に、一行は少しだけ警戒度を下げて進むことにした。その後何度か戦闘をこなしていき、地下7F、8Fへと順調に進んで行くと、ふとコランコが今までにない反応を見せた。


 急に立ち止まる事は何度かあったが、サインは“待て”のままだ。彼はジッと先の床を観察すると、こちらへ振り向いて笑顔を見せた。


「イッシンさん、良い見本が見つかりましたよ」


「ん? 何の事だ?」


 コランコが指を差した箇所を凝視すると、床の一部が少し変色しているように思える。それに少しだけ飛び出ているようにも感じたが、言われなければ全く気が付かなかった。


「もしかして、あれが罠?」


「ええ、間違いないでしょう。既に罠の出処も発見しました。ちょっとこいつをあそこに投げてみてください」


 そういってコランコが荷袋から取り出したのは、ただの石であった。そんなものを用意していたのかと俺は感心する。


 言われた通りに石を投げると、例の床に接触した途端、一拍置いて前方の天井から矢が降って来た。それは丁度罠があった箇所を通過する軌道であった。何も知らずにあの上を歩いていたら、身体のどこかに矢が刺さっていただろう。


「はぁ、また古風な……」


「ええ、ですけど結構効果的ですよ? 毒とかあったら強化していても危ないですし」


 回復魔法で怪我も毒も治せる俺なら即死さえ免れれば問題ないだろうが、今後対応できない罠も出てくるかもしれない。やはりダンジョン探索は一筋縄ではいかないなと思い知らされた。




 一度休憩を挟んで、俺たちは遂に地下10階層地点へと辿り着いた。そこには赤く大きな両開き扉が待ち構えていた。


「ここが……」


「そうだ。ここが10階層のボス部屋だ!」


 ここカプレット地下ダンジョンは10階層毎に所謂ボス部屋というものが存在する。中に入ったが最後、ボスを倒すまで出ることはできない――なんて恐ろしい仕様ではなく、途中参加も途中退出も自由、人数制限に時間制限もないし、ボスは外までは追って出られないと、挑戦者側に至れり尽くせりな親切設定だ。


 ただし不正は許されない。


 例えば安全な扉の外から攻撃をするとか、ボスを攻撃して外に出てまた入って一撃入れてからまた出て、といった卑怯な行為は禁忌タブーとされていた。


 ここは神が与えた試練の場、世間ではそのような認識となっている。その試練に相応しくない行いをした者には必ず何かしらのペナルティが科せられるそうだ。どういった形で罰せられるのかは謎だが、過去実際に起こった例を挙げると、ボス部屋に魔物が増える、もしくはボスが強くなる。あとは部屋から出られなくなる、もしくはどこかへ強制転移といった、聞くだけでも恐ろしいラインナップだ。


「いいか、逃げるのは一向に構わないが、卑怯な真似だけは絶対にするなよ?」


 マルコの忠告に俺はしっかり頷いた。


 扉をゆっくりと開けると、そこそこの広さがある空間の真ん中に、そいつは堂々と鎮座していた。


(思ったよりも大きくはない……が、威圧感はあるな)


 ここのボスの情報は事前に聞いていた。一昨日相手したルプスというオオカミ型の魔物の上位種、アルバルプスという白狼だ。本来雪山等に生息するこいつは、ここバーニメル半島の平地ではまず見かけない。こういった地域に囚われずに魔物が出現するのもダンジョンの特徴の一つと言えた。


 アルバルプスはこちらを敵だと認識すると、ゆっくり立ち上がって戦闘態勢をとった。


「来るぞ! 気を抜くなよ!」


 マルコの掛け声を皮切りにそいつは動き出した。


(速い!? 狙いは……ココナか!!)


 恐るべき速さで右へと駆け出した白狼は急に方向転換し、狙いを後方で魔法の準備をしていた彼女に定めたようだ。


「――させるか!」


 すかさず俺が割って入ろうとするも、白狼は再び方向を変えると、今度はこちらへ駆けつけているマルコに目標を切り替えた。


「――っちぃ!」


 上手く背後を取れるかもと考えていたマルコは当てが外れた事に舌打ちし、そのまま真正面から斬り結んだ。そこまで大きくない魔物相手ならいけると踏んだのだろう。だが白狼の膂力は想像以上で、そのままマルコを押し倒しそうな勢いであった。


「――【ブレイズ】!」


 そんな彼を援護する形でココナは魔法を放つも、あろうことか白狼は片方の前足で火の玉を弾いたのだ。


「うそ!?」


 それには彼女も驚きである。


「――こいつ!」


 すかさずフォローに入ったコランコだが、白狼は直ぐに身をひるがえし、俺たちから一度距離をとった。再び睨み合う両陣営は、その間に息を整えていた。


「属性の相性とはいえ、まさか下級魔法を弾くとは……」


 マルコの愚痴にコランコが頷いた。


「ええ、思った以上に魔法耐性がありそうです。それに【身体強化】は噂以上でした」


 そう、何を隠そうこのアルバルプスという白狼、魔物の癖に【身体強化】を使うのだ。その討伐難易度は文句なしのCランク。つまり俺たちの誰一人、サシでは分が悪い相手となる。


 魔物もCランク以上になると、この白狼のように魔法やスキルを普通に使ってくるそうだ。話には聞いていたが、四足歩行の魔物が身体強化をするとこうまで厄介なのかと俺は溜息をついた。


 だがここで躓くようでは、この先のダンジョン攻略はやっていけない。ここの階層転移の条件は地下20階層の奥にある転移陣まで辿り着く事であった。つまり20階層のボスを撃破しない限り、10階層の守護者であるこいつとは今後何度も対戦する羽目になるかもしれないのだ。


「イッシン! プランBに予定変更だ! 思った以上に魔法耐性が高い!」


「了解!」


 返事をした俺はやや後ろ気味にポジショニングを取った。プランAはココナの【ブレイズ】を主軸にした何時ものパターンだが、相手は雪山を棲み処にする、言うなれば水属性の加護を持つであろう魔物だ。火属性と水属性では相性が悪く、その上魔法耐性も高いとなれば直撃したところで致命傷にはならないだろう。


 そこへ俺の出番という訳だ。


 水属性の弱点は雷属性とされているが、雷はレア属性で持っている者は本当に少ないそうだ。俺も未だ見た事は無い魔法なので、当然雷属性は使えない。


 そこで次点として土属性最下級魔法である【ストーンバレット】の登場だ。こいつはランク的には【ブレイズ】より下だが、俺の魔法は1ランク上並の威力だとココナ先輩のお墨付きだ。その上相性差がイーブンなので【ブレイズ】より有効なのでは、というのが事前の打ち合わせで導き出された結論だ。


(問題は、俺が当てられるかという事だ……)


 スピードはあるので、狙った所にさえ放てば避けられはしないだろう。だが困った事に俺の魔法はノーコンだ。極力当たりやすい距離まで近づく必要がある。


 だが俺はあえて後ろに下がる動きを見せた。すると、どうだろうか――――


「――――そっち行ったぞ!?」


 白狼は標的を俺に変えて巧みな機動力でこちらへと迫っていた。


(馬鹿め! 掛かったな!!)


 この魔物はかなり頭の切れる相手のようだ。初手から後衛を潰しに行ったり、その後もコロコロ相手を切り替え、こちら側を翻弄してみせた。だからあえて俺が後ろに下がれば狙ってくるのではないかと一芝居打って下がったのだ。


「――――【ストーンバレット】!」


 まんまと罠に掛かった獣相手に勝ち誇った俺は石の弾丸を撃ち込んだ。引っかかった白狼は顔を強張らせた。次の瞬間――――魔法は大きく外れて後方に飛んで行った。完全に悪送球である。


(ああ、俺のバカバカァ!?)


 今度は俺がやってしまったと苦悶の表情を浮かべ、白狼はあざ笑うかのように俺へと噛みついた。


「「「イッシン!?」」」


「――こなくそぉ!」


 俺は【身体強化】の魔力量を上げると、そのまま片腕を突き出した。制御できる範囲以上の魔力量に腕の筋肉がブチブチ切れたような激痛が走るも、これからもっと痛い目を見るだろう俺はそれを一切無視した。


 差し出した左腕を白狼は容赦なく噛みついた。


「――――っぐぅ!」


 グウッ!?


 だが思った以上に頑丈さが上がっていたのか、そこまで痛みは感じなかった。一方白狼の方は、そのまま腕を噛みちぎろうとしていたが、想像以上の腕の固さにギョッとしていた。


「よぉ、わんころ。この距離なら、外さねえよなぁ?」


 ――――っ!?


 俺の言葉が通じたのかは分からないが、アルバルプスは急いで逃げようとした。だが一歩遅かった。俺は既に準備を終えていた。


「――――【ストーンバレット】!!」


 相手の口の中に突っ込んでいる手の方から魔法を発動させた。それが功を奏したのか、石の魔弾は容赦なく白狼の頭部を貫通し、そのまま相手を即死させた。


「…………いてえええっ!?」


 アドレナリンで感覚が麻痺していたのか、戦闘を終え冷静になると途端に激痛が脳神経へと到達した。ズキズキ走る痛みに涙を浮かべ堪えながらも、俺は自らの腕に【ヒール】を掛けた。


「おいおい、最後はとんでもない力技だなぁ……。お前が魔法を使いたがらない理由が、よーく分かったよ」


 マルコの呆れ声に俺は恨めしそうに呟いた。


「いてぇ……。俺もあそこまで自分がノーコンだとは思わなかったよ」


 なかなか痛みの引かない腕をさすりながら、俺はアルバルプスの遺体があった場所へ視線を向けた。そこには既に白狼の姿は無く、代わりに少し大きめの魔石と、なんと宝箱が置いてあった。


「おお! 期待してたけど、マジで出たか!?」


「ボスは初討伐の場合、宝箱の出現率高いんだっけ?」


 これなら痛い思いをした甲斐があったというものだ。お馴染みコランコ先生が宝箱をチェックすると、頷いてから中身を開けた。


「ん? これは……盾か?」


「……の、ようですね。魔法防具でしょうか?」


 マジックアイテムのように奇想天外な能力もあれば、純粋に性能の良い魔法の武器や防具も宝箱から出てくる。これは恐らく後者だろうとコランコは推察した。


「さて、ちょっとここで休憩したら戻るか」


 ボスは一度討伐すると復活までタイムラグがある。これもダンジョンによって様々だが、ここのボスは48時間くらいとされている。つまりその間までならば、こいつと戦わなくても先へ進めるのだ。




 それから俺たちは無事に町へと戻り、ギルドで収集品の換金や盾の鑑定を行った。その結果、やはりあの盾は魔力の籠った防具で、それ以外に変わった効果こそないが、その性能は優秀であった。


 話し合いの結果、マルコの為に≪コココ≫が盾を買い取るという形で、その分の金額も加味して報酬が分配された。一日でなかなかの儲けだ。


「俺もそろそろ武器を新調するかなぁ……」


 いつまでも安物の剣では心許ない。Dランクの魔物ならともかく、あの白狼レベルでは身体に傷を付けるのも難しいだろう。


 幸い明日は休みだとマルコたちと決めていたので、俺は武器屋か鍛冶職人を探す事にした。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:スキルを持っていなくても魔法は使えるのでしょうか?

A:使えます。スキルはあくまで補助的なもので、魔法の才能とはまた別物です

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