第12話 ダンジョンへようこそ!

 ダンジョンとは、ファンタジーアニメやゲームでお馴染みの、あの迷宮だ。


 この世界のダンジョンはタイプも様々で、ひたすら降りていく地下迷宮型が一般的だが、中には塔や古城、神殿のように、奥へ進んだり昇ったりするパターンもあるらしい。


 ここカプレットの町にもポピュラーな地下迷宮型ダンジョンが存在する。何を隠そう俺はこのダンジョンが目当てでカプレットまでやってきたのだ。開拓村の惨劇がなくても、いずれはこの町へ足を運んでいた事だろう。


 すぐにでも挑戦したかった俺だが事前情報を集めている内に、どうも一人での攻略は厳しそうだという事実が判明した。通常のダンジョンであれば低階層くらいはソロでも挑める難易度だそうだが、ここは最初の段階からDランクモンスターも徘徊している上級者向けダンジョンなのだ。


 純粋な1対1タイマンなら問題無いが、罠や順路を気にしながら戦闘したくはないし、迷宮型なら挟撃される心配もある。信頼できる仲間を増やすか自分の腕を上げるまで待つつもりであった。


 だからマルコたち≪雷名の炎≫からの提案は渡りに船というやつだ。短いやり取りだが、少なくとも彼らは仲間を置いて逃げたりはしないという事だけは知れた。それだけでも不安要素は幾らか解消されていた。



「お、来たな?」


「すまん、待たせたか?」


 この世界に秒刻みの時計だなんて洒落た物は無いが、大きい町には魔力が動力となっている時計が設置されている。こんな辺境の町にもあるのは珍しいが、何でもダンジョンのある町という事で、ここを治める貴族がわざわざ設置して冒険者ギルドに管理させているそうだ。


 ギルド側としても探索や依頼の集合待ち時間などに非常に便利で、喜んで管理しているそうだ。時刻は午前10時、冒険者活動を始めるには遅い時間だが、今日は様子見という形で極力混まない時間帯を狙ったのだ。


 ちなみにここのダンジョンは24時間、何時でも出入りが可能だ。公表されている現在の最高攻略階層は34階で、そのレベルになると日帰りでの攻略は不可能らしい。ダンジョン内で寝泊まりするパーティもいるようなので24時間体制なのも納得だ。


 俺たちはダンジョンの入り口にある建物で簡単に手続きをしてから迷宮に踏み込んだ。手続きと言っても、パーティ名や代表者、それと参加人数を記入しただけだ。誰が何人入って、何人帰って来れなかったのか統計でも取っているのだろう。


 ダンジョンによっては完全にフリーな所もあれば、出入りを厳選するような完全管理された迷宮もあるらしい。ダンジョンは地上地下関係なく、まず最初に踏み込んだ階層が1階層とし、その次が2階層とカウントされる。地下一階という言葉はダンジョンには存在しないそうだ。




 中に入ると少しひんやりしていた。ここは地上1階だが、もう少し先へ進むと広間があり、そこに2階へと続く下り階段と転移装置がある。


 そう、なんとここには現代科学でもビックリな超常現象、瞬間転移できる魔法陣が存在するのだ。


 その仕組みは残念ながら未だ解明されていないらしく、ダンジョン内の魔法陣を壊す事も、持ち帰る事も不可能とされていた。


 更に残念な事に、ここの転移は1階の他に20階層でしか転移陣が発見されていない。これは恐らく20、40、60と20階層毎にしか転移陣が設置されていないのだろうと予測されている。


 転移陣の配置間隔も迷宮により様々だが、それでもいくつか共通しているダンジョンの特徴が存在する。



「早速来たな。ウィンドウルフだ!」


 またオオカミ型の魔物かと思ったが、その名を聞いて気を引き締める。確かオオカミ型の中でも珍しい単独行動をする魔物だが、それでもルプスと同じ討伐難易度Dの難敵だ。よく見ればルプスよりこちらの狼の方がやや大きい。分類としては中型の魔物だろうが結構な大きさだ。


 自分の出番だとばかりに剣士のマルコが飛び出して、まずはウィンドウルフの突進を盾で防ぐ。勢いで若干押されるも危なげなく踏みとどまると、横から斥候役シーカーのコランコがショートソードでオオカミの右目を狙った。


「ギャウッ!?」


 堪らず悲鳴を上げたウィンドウルフに容赦なく追撃を畳みかける。前衛の二人が左右に散ると、魔法使いココナが【ブレイズ】でトドメを刺した。僅か10秒での出来事である。


「俺、出番ねぇ……」


「あっ! 悪い、つい何時もの癖で」


 マルコは笑いながら謝罪した。


「う~ん、ドロップは無しかぁ。残念!」


 ココナは丸焦げになったウィンドウルフを見つめていた。すると少しだけ発光したと思ったらスゥっとその死体が跡形もなく綺麗に消えてなくなった。その場に残されていたものは光り輝く石だけであった。魔物の魔石である。


「本当に消えるんだな。不思議だ……」



 そう、ダンジョンに共通して見られる特徴の一つが、倒した魔物は消えて無くなるという点だ。ただ消えて無くなるだけではなく、必ず魔石を落として消えるのだ。


 魔石とは魔物の魂とも呼べる代物で、魔物が生きている間は存在しないが、死んだ直後に魔石が現れるとされている。初めから体内のどこかにある訳ではないし、魔物の心臓や核は別に存在する。心臓や核の無い魔物もいるらしいが、討伐された魔物は例外なく魔石を残す。この現象自体はダンジョン内でも外でも一緒だ。


 ただ、ダンジョン内で死んだ魔物は綺麗さっぱり消えるが、外の魔物は死体が残るので、上手く倒せれば100%素材が手に入る。


 ならばダンジョン内より、外で魔物を狩った方が素材の分お得ではないかと思うかもしれないが、それを覆す程の旨味がダンジョンにはある。


 ダンジョン内の魔物は魔石だけでなく、稀にだがドロップアイテムを落とすそうだ。それは元々魔物から採れる筈だった素材の一部であったり、ちょっとしたレアアイテム、ポーションやマジックアイテムなんかも落とすらしい。


 それと死体の状態を気にする事なく討伐できるので、解体作業が億劫な者にもありがたい仕様だ。


 だが、そんな事よりも一番重要なのは、ダンジョン内では宝箱が出るのだ。



「先へ進もう。噂によると地下10階層までだと宝箱はまず見つからないし、出たとしてもしょぼいって話だ」


 宝箱には当然お宝が入っているのだが、基本浅い階層にはほとんど出現せず、出たとしてもそこまで高価な物は報告されていない。宝箱はダンジョンが気まぐれで出現させているとされ、通路内に置いてある事も、難敵を倒した後に出現する事もある。


「ダンジョンって一体何なんだ?」


 俺の問いにコランコは苦笑を浮かべた。


「それは長い間研究者たちでも答えの出ていない議論ですが、世間では“神の与えた試練”というのが定説ですね」


 非常識的でしょう? とコランコは笑い飛ばしていたが、俺から言わせれば“魔法”なんていう不思議なものこそどうかしている。


 だが実際、神らしき存在を俺たち地球人全員が知っていた。俺は爆睡して聞き逃していたが、全世界の人間が女神様とやらの声を実際に拝聴しているのだ。


 ダンジョンがその女神様たちからの贈り物だと言われても、俺はそれを真っ向から否定できずにいる。寧ろそうだと言われた方が“そういうものか”と納得するだろう。


 とにかく重要なのは、迷宮を進んで魔物を倒して行けば、貴重なお宝が手に入る。今はそれで十分だ。



 気を取り直して俺たちは先へ進むと、今度は小さい狼のような魔物が二足歩行をしている様が窺えた。恐らくあれがコボルトというやつだろう。


「二匹か……あれ、頼めるか?」


 マルコがこちらを試すように視線をよこすので俺は頷いてみせた。二匹同時とはいえ、コボルトは討伐難易度がEランクだ。E級冒険者の俺であればタイマンで倒せて当たり前、なら二匹同時はどうかとマルコは俺の事を試しているのだろう。


 お互いどの程度の戦力があるのかは把握して然るべきだ。探るような真似をしたマルコを俺は批難せず、すぐに戦闘準備に入った。


 どうやら相手もこちらを嗅ぎつけたようだ。ダンジョンの魔物は基本逃げずに立ち向かってくると聞いている。これもダンジョンならではの特徴だ。


 コボルトは臆病な魔物だと聞いているが、そんな素振りも見せずにこちらへ向かってきた。


 俺はほんの少しだけ魔力を全身に通すと【身体強化】を発動させた。鞘から剣を抜いて、もう片方の空いた手を左端にいるコボルトへ向けた。


「――――【ストーンバレット】!」


 直後、2ℓペットボトルサイズの石礫がコボルトの左肩を吹き飛ばす。堪らず悲鳴を上げて倒れるコボルトと、それを驚いた顔で見つめる同胞。俺はその隙を見逃さなかった。【身体強化】された俺の足は、昔では考えられない速さで相手との距離を詰め、力任せに余所見しているコボルトの首をはねた。


 その後倒れて騒いでいたコボルトの方もきっちりトドメを刺して戦闘を終えた。暫くすると二匹の死体は消え、小さい魔石を残すのみとなった。


「やっぱり中々ドロップはしないか」


「やるな、イッシン! 回復だけじゃなくて土魔法もいけんのか!」

「【ストーンバレット】にしては凄い威力! 破壊力だけなら下級レベルかもね!」

「それに【身体強化】もきちんと扱えていますね。魔力だけでなく、闘力も高いのですか?」


 マルコたちに褒められ俺も満更ではなかった。



 実は開拓村での死闘の後、俺は明らかに強くなっていた。


 魔力量は相変わらず膨大なのだが、その精密操作できる量がほんの僅かだが増えたのだ。それにより【身体強化】は勿論の事、最下級魔法ならなんとか制御する事に成功したのだ。


 現在覚えている魔法は光属性の【ライト】と【レイ】、火属性の【ファイア】、水属性の【ウォーター】、土属性の【ストーンバレット】である。どれも他の冒険者や町の住人が使っていたのを盗み見て覚えたものだ。


 魔法は原則、それに見合った“魔力量”が必須となる。後は“魔法名”や“効果”、“仕組み”なども知っておくと習得率も上がり、使用時の効果も上昇する。


 中には魔法名を知らずに突如習得するケースもあるそうだが、その場合は必ずそれに見合った魔力量が必要なようだ。俺の【リザレクション】がそれに該当する。


 要は魔力量さえ基準値を超えていれば、魔法を習得できる最低限の条件はクリアしているのだ。


 本来は魔法を教えている学校や機関に所属し、時間を掛けて習得するものなのだが、平民にはそんな余裕はないし、学ぼうにも門前払いされたりもする。だから庶民たちの魔法は“見て覚える”が基本となるのだ。


 だが、そう簡単に魔法を覚えられないのが実情だ。何よりも一般人には根本的に魔力量が足りていない。一般人の魔力量が10前後に対して、魔法使いの最低魔力量は100そこそこ、これだけ見てもハードルが高い。


 その点、俺は魔力量だけに関しては超一級品で、魔法への理解が不十分だとしても、魔力のゴリ押しでなんとか発動は出来る。ただそうすると今度は制御ができないという問題に直面するのだ。


 やろうと思えば上級レベルの魔法も放てるのだが、最悪開拓村以上の自爆技で俺が死ぬ。気軽に試すような真似は出来ない。



「魔力量には自信がある。闘力は最近計ってないから良く分からん」


 彼らの質問に俺は曖昧に応えた。


 魔力量計測不能の件は伏せているし、俺自身開拓村で神査しんさして以降は正確な数値は分からないのだ。


 最後に計った闘力は確か63だったか。ケイヤやマックスの話を信じるなら現在の闘力は恐らく100越えだと思われる。一般的なE級前衛の数値が100辺りらしい。周囲を観察した限りだと”同じクラスの冒険者たちより少し上くらい”というのが俺の実力だろう。勿論出鱈目な回復魔法や自爆技抜きでの話である。




 それからも俺たちは互いの実力を確認しつつ攻略を進めて行き、地下5階層辺りで難易度Dランクのオークたちを倒した直後、なんと宝箱が現れた。


「おお、こんな浅い階層で出るのか!?」


「本当に突然出るんだなぁ……」


 俺が不思議そうに宝箱を観察していると、横からコランコが宝箱へと近づいていった。


「5階だし大丈夫だと思いますが……念の為、仕事しますね」 


 そう告げた彼は色んな角度から宝箱を観察した。どうやらダンジョン内の宝箱には罠が仕掛けられていることもあるらしい。浅い階層では滅多に見られないが、奥に行けば行くほど中身の貴重度に比例する形でえげつない罠が仕掛けられているそうだ。


 コランコは箱の留め具らしき箇所もチェックし終えて、納得したのかそのまま開けた。どうやら罠はなかったようだ。


 宝箱から中身を抜き取ると、空になった箱は徐々に消えていった。


「ん~、巻物? マジックアイテムですかね?」


 ファンタジー世界で巻物となると魔法を発動するスクロールを連想するが、どうやら違うようだ。念の為この場で開くのは避け、後でギルドに所属している鑑定士に依頼する事にした。【鑑定】のスキルは人や魔物、素材だけでなく、マジックアイテムも観る事が出来るらしい。


(となると、俺のステータスも見られるという事か?)


 少し気にはなったが、どうしようもない事を悩んでも仕方がない。こそこそ隠れて生活するよりかは、どんどん実力を身に着けた方が正解な気もするし、先の事など知りようもない。


 もう二度と後悔するような事はしたくない。俺は開拓村あそこで、弱い自分を悔やんだ。だから、ここで立ち止まるという選択肢は却下だ。少なくともAランクの魔物を片手間で倒せるレベルでないと、最早この世界で安心して暮らせそうにはなかった。



 それなりの収穫があった俺たちは、そのままUターンして地上へと戻った。出発が遅かった分、帰る頃には日が暮れる前であったが、今日は試運転とあって攻略速度は落としていたし、わざと回り道なんかもしていた。今後は日帰りでも更に深くまで潜れるだろう。


 ギルドには受付の他に素材の引き渡しや解体依頼場所もある。その一角にマジックアイテム等の鑑定を行っている場所がある。俺たちはそこへ先ほど入手した巻物を持ち込んで鑑定を依頼した。


 手数料は取られるがそこまで高額でもない。ギルドとしても未知のマジックアイテムに触れられ情報を得る機会もあり、低価格で利用できるよう冒険者ギルドの本部もそう推奨している。


「お待たせしました。これは≪模写の巻物≫で間違いありません」


 ギルド職員の鑑定士が言うには、その効果は巻物の芯に書物や絵を触れさせることで、その内容を正確にコピーできるという代物であった。どのレベルで模写できるのかは職員の鑑定能力では不明だと言われた。


 一応ギルドでは金貨1枚で買取していると案内され、それを俺たちは一旦保留して持ち帰る事にした。その他の魔石やドロップ品も売り払って、合計金貨2枚分相当の儲けである。巻物の他にポーションがドロップしたのも大きかった。


「その巻物はイッシンが受け取ってくれ。前回の礼も兼ねての報酬だ。それとは別に残りを四等分にしよう」


 マルコの提案に俺は待ったをかけた。


「それだと貰いすぎだ。それに礼は既に受け取っているぞ?」


 だが俺の意見に他二人からも反論があった。


「いえ、あの時の私は怪我をしていて解体作業も手伝っていませんから、ぜひ受け取ってください」


「気にしなくて良いよ。多分今回の宝箱はビギナーズラックだと思うから。イッシンのお陰だよ」


 ココナの言葉に俺は首を傾げた。そんな初回特典的なものがダンジョンにあるのだろうか。


 だがマルコやコランコもそんなジンクスを信じているのか、二人ともその言葉に頷いていた。どうやらこの三人も初めてダンジョンに潜った際、やはり同じように浅い階層で宝箱が出現した経験があるらしい。


 最初は三人もビギナーズラックなど噂話だと信用していなかったのだが、今回の件で確信したそうだ。


(まさか初挑戦者をダンジョンに引き込む為に、管理者なんかが用意してるんじゃないだろうな?)


 古くから各地に点在するダンジョンだが、実は完全攻略したという話はこれまで一度も無いそうだ。噂話程度にはあるそうだが、どれも信憑性にかけ確証にまでは至っていないのが現状のようだ。ダンジョンはそれだけ未知の存在なのだ。


 俺が考え事をしているとマルコが口を開いた。


「どうもギルドはビギナーズラックについては、あまり触れて回って欲しくないそうだぜ? だから俺らも最初は疑ってたんだよ」


 それというのも、昔ダンジョンのビギナーズラックを信じ込んだ冒険者たちが、無理やり新人を引き連れて荒稼ぎをしていたらしい。その結果、確かにそこそこ宝箱は出たのだが、その代償として多くの新人冒険者たちが命を落としたのだ。


 それを快く思わなかったギルドは早急に対応した。強引にダンジョンへ連れて行った冒険者たちを厳しく処分し、ビギナーズラックは所詮噂話だという偽情報を広めたらしい。


 まあ、これらもあくまで噂話・・なので、どこまでが真実なのかは分からない。この世界の噂話は話半分に聞いておいた方が良さそうだ。


 結局俺が折れる形で初回のダンジョン探索は金貨1枚相当の巻物と、銀貨25枚を得る形となった。


 ちなみにこの国の硬貨は、金貨1枚=銀貨100枚=銅貨1,000枚となっている。ガーディー硬貨と呼ばれる、昔この半島の殆どを支配していた故ガーデ王国が発行した貨幣だそうだ。


 現在はどの国も決まった含有量の元、ガーディー硬貨を製造しているが、中央部や別の大陸からの硬貨の方が質も良く、場合によっては価値も変わるらしい。開拓村時代に俺は、元商家の三男坊であるゴーシュからその事を教わっていた。


 本当に開拓村の人々と過ごした日々は俺にとって掛け替えのない財産だ。俺は開拓村があった方角に身体を向けると、目を瞑って静かに黙祷を捧げた。




 泊っている宿に帰って夕飯を済ませると、俺は早速手に入れた≪模写の巻物≫を試してみた。


 使用するには魔力を溜める必要があるらしい。芯の先っぽが模写したい対象に触れる場所だが、その反対側から魔力を注入する仕様のようだ。魔力を送る人でも、魔力の籠った魔石でもいいらしいので、試しに芯の下部に触れてみると、自然に魔力が巻物に流れていくのを感じる。


「意識すれば勝手に流れていくのか!? こりゃあいい!」


 繊細な魔力操作を苦手とする俺にとってこの機能は有難かった。かなり時間は掛かったが、魔力の流れが止まった。どうやら100%充電できたのだろう。


「あ、そうだ! 充電と言えば……」


 俺はポーチにしまったままのスマートフォンを取り出した。その姿はボロボロで、表こそ無事だが裏側は少々焦げており、溶けてもいた。


 その原因は間違いなくあの時の自爆技メガ○テだ。あの日、俺はスマホをポケットの中に入れていた。画面の方を内側にしていたお陰なのかは知らないが、外装が軽く溶けるくらいで画面部分が無事だったのが不幸中の幸いだ。


 ご都合よく服も所々焦げていただけで何とか無事だった。きっと全身に薄い魔力やらで俺自身を保護していたのだろう。ケイヤ曰く“魔法耐性”と呼ばれる代物のようだ。それが無かったら俺は死んでいたか、生きていても全裸だったに違いない。


 本当にあって良かった、魔法耐性!


 そのギリギリ無事だったスマホの電源を入れると、まだまだ電池は残っているようだ。普段から電源はオフのままなので、自然に抜けていくことを考慮してもそう直ぐに切れたりはしないだろう。去年買い換えたばかりでこれなら長持ちしそうだ。


 俺はスマホを立ち上げると、保存していた文書フォルダを立ち上げた。そこには、あの異世界チート情報を詰め込んだA4ファイル程ではないが、簡易的なデータを保存していたのだ。


 万が一、あの便利ファイルを失った場合の保険なので、そこまで量は多くないが、最低限必要そうな情報と、女神様のQ&Aだけは入れておいたのだ。


 最初は書物や紙でマジックアイテムの効果を試そうと思ったが、そんな物を俺は持ち合わせてはいなかった。この世界での紙や本はちょっと貴重なのだ。


 代わりに俺はスマートフォンに表示されている画面を≪模写の巻物≫の先に接触させた。すると驚いた事に、開いていた巻物の紙部分に次々と何かが表示されていった。急いで巻物を開いていくと、表示されている文章は勿論の事、起動させていないメールの内容や電話帳、その他様々な文字や絵が巻物へと写されていく。


「ええ!? これ、どうなってんの!? ああ、あっという間に紙を使い切った……」


 想像以上の事態に俺は困惑するも、それで終わりではなかった。ロール部分の最後まで文章がコピーされて終わったと思ったのだが、なんとこの巻物にはスクロール機能があったのだ。巻物スクロールなだけに。


 いや、何を言っているのだと思うかもしれないが、この巻物の紙部分自体はそう長くも無い。両手を伸ばして開いてお終いな長さだ。だが例えば紙の端へ意識を向けると、表示された文字や絵がスライドし、続きが読めるようになっているのだ。


「おいおい、これだからファンタジーってやつは……」


 あまりの常識外れな性能に俺は開いた口が塞がらなかった。


 何はともあれ、俺のスマホに残っている全データは、無事≪模写の巻物≫へ移植する事に成功をした。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:異世界の星の名前は何というのですか?

A:リストア

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