第10話 奇跡の魔法

 東の森の開拓村に一番近い町ムイーニ、その中心には領主であるキース・デルーム男爵の邸宅がある。


「……まだ戻らぬか」


 ケイネスの帰りが遅い事をキースは気に掛けていたが、何も自分の息子を心配しているからではなかった。彼はケイネスが勝手に領兵を連れて開拓村へ赴いていた事を知っていた。何故ならそう仕向けたのは他でもない、自分自身であったからだ。


「例の開拓村にランニス家の三女が赴任しているらしい」


 その事を、部下を使ってそれとなく愚息の耳に入るよう謀ったのだ。


 彼女をこの領地の開拓村に専念させる際、当然ランニス家からも反発があった。以前揉めた相手の領地に受け入れるなど、裏があるとしか思えなかったからだ。


 だが当のケイヤ・ランニス自身は気にも留めていなかった。バカ息子如きが横やりを入れようと、やりきれる自信があったのだろう。


 結局は休学中であるケイネスにこの事を伏せるという条件でランニス家は開拓村の件を呑んだのだ。その約束をキースは反故する形となった。案の定というか、その話を聞いた愚息は意気揚々と兵を引き連れ開拓村へと向かった。


 まず間違いなく揉めるだろうが、このまますんなりランニス家に手柄をくれてやるよりかは多少マシな結果になるだろう。それに失敗したらしたで、それでも問題ない。


(最悪、あの馬鹿の首でも差し出せば、それでよい)


 こちらとしては大手を振って継承権を次男に移行する事ができる。次男のクロトは兄が反面教師となって育った影響か慎重な性格で、無様な醜態を晒すような間抜けではなかった。


(初めからそうしておけば良かったのだ! まったく、正妻の長男だからと甘やかしてしまったわ!)


 キースは馬鹿息子が戻ってきた時になんて罵ろうかと、あれこれシミュレートしていた、そんな時であった。


 突如、窓から真っ赤な光が差し込んできた。


「――!? な、なんだ!?」


 直後、近くに雷が落ちたのではないかと錯覚するくらいの轟音と衝撃が邸宅を襲った。


「な、何事かぁ!!」


 キースは大声で近くにいる者に怒鳴りつけると、執事が慌てた様子で報告にやって来た。


「だ、旦那様! ひ、東の……森の方で大きな爆発があったみたいです。魔導士によると、恐らく何かしらの魔法が使われたものかと……」


「馬鹿な……あんな魔法、見たことないぞ!?」


 一瞬の出来事であったが、あの真っ赤な光と衝撃はキース自身も目撃していた。だがそれは人の身で起こせるような魔法には到底思えなかったのだ。


 キースは以前、火属性上級魔法の【エクスプロージョン】を見る機会があった。凄まじい威力の魔法に、きっと生涯忘れる事は無いだろうと思っていたが、さっきのはそれを優に超える規模の破壊力に思えてならなかった。


 そんな魔法が放てる存在といえば、噂の炎帝やS級冒険者、もしくは討伐難易度S以上の魔物だけではないだろうか。


 どちらにせよ自分の領地近くでそんな馬鹿げた魔法が行使されたのだ。最早捨て置く訳にはいかなかった。


「すぐに兵を集めろ! それとギルドに情報収集を急がせろ!!」


「はっ! ですが、兵の大半はそのぉ、ケイネス様が……」


 執事の言葉にキースはハッとなった。そういえばバカ息子の事をすっかり失念していた。そして彼が向かった先も、丁度その爆発が起こった場所と同じ、東の森であった。


「あ、あの馬鹿っ!! 今度は一体何をやらかしたのだ!!」


 自分の事は棚に上げて男爵はキレ散らかすのであった。






 気が付くと俺は仰向けに倒れていた。周囲はやたら焦げ臭く、身体を起こそうとすると全身が激痛に襲われた。


「ぐっ!? ま、たかよぉ……っ!」


 異世界に来てからというもの、自分は大怪我をしてばかりであった。いや、正確には最初の怪我は転移前であったが、どうでもいいかと思いながらも必死に【ヒール】で全身を癒し続けた。


(そういえば、俺は…………)


 確かあの化け物、デストラムと言っただろうか。あれと戦い最後にはありったけの魔力を込めて【ファイア】を放った。そこまでは憶えている。


 それでも回復する魔力が残っているのは、全てを出し切れなかったか、または時間経過と共に魔力が回復したからだろうか。俺の魔力は分母がデカい分、回復速度もずば抜けているとケイヤが教えてくれた。


「そ、そうだ! ケイヤ!?」


 まだ完治しきれていないが、多少身体を動かせるようになっていた。起き上がり周囲を確認すると、ナパーム弾でも着弾したかのような焦土が辺り一面に広がっていた。予想通りというべきか、やはり制御が上手くいかなかったのか、俺ごと周囲を焼き散らかしたようだ。


 全身大火傷を負っていたのだろうが、【ヒール】によってだいぶ回復してきた。服はボロボロだったが、よくもまあこの状況で残っていたものだと逆に感心してしまった。それとも自然に魔力か何かで自身を保護していたのだろうか。


 それより彼女は無事かと周囲を見渡すと、まず目に付いたのが黒焦げになった巨体だ。しかもその巨体は僅かだが動いていた。例の恐竜擬きだ。


「あ、あいつ……まだ生きていやがるのか!?」


 信じられないタフさである。だが流石に虫の息なのか、胴の辺りを僅かに上下させているだけのようで、起き上がってくる気配はない。


 何とかしてトドメを刺しておきたいところだが、そんな事よりもっと大事なものが目に入った。


「け、ケイヤぁっ!?」


 彼女もあちこち煙を上げながら横たわっていたが、まだ息があるのか身体が少しだけ動いていた。俺は全速力で彼女の傍に駆け寄ると、すぐに【ヒール】を始めた。みるみる火傷や切り裂かれた箇所が癒えていくが、彼女の表情は依然苦しそうであった。


「い、イッシン……! あいつは……やった、のか?」


 弱弱しくもそう呟いた彼女の眼は、焦点が合っていないように思えた。恐らく目が見えないのだろう。おかしい。【ヒール】を掛け続けて、傷も既に癒えているというのに、彼女は弱っていく一方であった。


「あ、ああ! 安心しろ! あいつは虫の息だ! お前を助けたらきちんとトドメを刺す! だから――――」

「――――いい。私は……助から、ない。分かる、んだ……」


 それは彼女だけでなく俺も何となくだが察していた。何かこう、生命力とでも言うのだろうか。彼女からはそれが徐々に抜け落ちているかのように感じた。だがその事実を受け入れたくない俺は必死に無駄な【ヒール】を続けていた。


「イッシン……、父上…………すまない…………」


 それは一体何に対する謝罪だろうか。止めてくれ。謝らなければならないのは俺の方だというのに。



 俺の【ヒール】は何の意味はなく、彼女はそのまま息を引き取った。



 彼女の遺体の傍で俺は涙を流しながら自問していた。何故こんな事に、どうしてもっと早く戻れなかった。何故、俺は弱いんだ。そして――――


 ――――彼女にトドメを刺したのは、俺の制御が出来ていない魔法攻撃の所為ではないだろうか?


「うわあああああああっ!! くそぉ! 畜生!!」


 俺は八つ当たり気味に地面に拳を撃ち続けた。たった一人で異世界転移をして、困っていた俺に手を差し伸べてくれたケイヤや村の皆。そんな優しい人たちの末路がこんな終わり方だなんて残酷すぎる。こんな死に方、あんまりだ!


「…………いい訳がない」


 ドクンと俺の身体に熱い何かがこみ上げてくる。視界の端っこではいつの間にかあの恐竜もどきが息を引き取っていたようだが、そんなこと今はどうでもいい。それより問題は目の前にある。


「…………死なせない! ここは魔法あり、スキルありのとんでもファンタジー世界だ! 人の一人や二人、生き返せる筈だろう!!」


 俺は両手に魔力を集中させると、再び回復魔法を唱えた。ただしそれは【ヒール】に似た別の何かだ。


 今、思い出した。俺がこっちに来て死にかけていた時、激痛の中、何かが目減りしていくのを感じていた事を……


 さっき彼女の治療をしていた時にも同じものを感じていた。回復していく筈なのにすり減っていく何か……それは生命力とか寿命というやつではないだろうか?


 そして俺はそれを一度繋ぎとめている。何者でもない己自身で自分を蘇生していたのではないだろうか……いや、そうに違いない!


 俺はありったけの魔力をその減っていく何かを補う為に注ぎ続けた。いつの間にか魔力もほとんど回復していた。それに魔力操作の技術も向上しているかのように思えた。


 こんな土壇場でないと覚醒しないとは、俺というやつは本当にダメなやつだ。


「だが、そんな俺でも回復魔法こいつだけは……誰にも負けない!!」


 その時、天啓とでも言うのだろうか。頭に閃きが走った。俺は自然とその言葉を口にした。


「――――【リザレクション】!」


 その瞬間、死者蘇生の秘儀は成った。






 私は夢を見ていた。なんて事はない過去の記憶だ。古い伝記に憧れて聖騎士を目指し始めた事。士官学校に入った事。そこでいけ好かない男に迫られて返り討ちにした事。父の反対を押し切って開拓村へ赴任した事。村の皆と徐々に打ち解けて、少しずつ森を開拓していった事。


 森の中で不思議な少年と出会った事。彼と共に過ごした事。何故かこの村にあの男が兵を連れてやってきた事。大勢の兵を連れてきた為、森の奥にいた化け物を刺激してしまった事。奮闘するも空しく、大切な村人たちを誰一人守れなかった事。


 そして最後に、少年に悲しい思いをさせて逝ってしまった事……


(ああ、そうか。これが走馬灯というやつなのだな……)


 私はそれなりに出来る人間だと思っていた。だから他派閥の開拓村での赴任など問題がないと高を括っていた。その結果がこのザマだ。誰一人守れず、最後は彼に責任を押し付けて逝ってしまった。何とも情けない。


 これが私の終局か…………



 …………いやだ! こんな終わり方、到底受け入れられない! こんな所で朽ちたくはない!!


 私は必死に暗闇の中でもがき、やがてそこに一条の光が差し込む。私は死に物狂いでそれに手を差し向けて――――




 ――――気が付いたら、彼のくしゃくしゃな泣き顔が目の前にあった。



「……酷い、顔だぞ?」


「ああ……お互い様だろう?」


 そう指摘した自分の頬にも涙を伝う感覚があった。二人はそのまま泣きながら笑いあった。






 回復した俺たちは周囲の散策を始めたが、例の魔物と大きな建物が若干燃え残っているくらいで、後は骨すら残っていなかった。


「すまない、俺の魔法で皆が……もしかしたら生き残っていた人も……っ!」


「……いや、それはない。ここへ駆けつけた際、私は真っ先に生存者を探ったが、君しかいなかった……」


 結局、あの魔物も完全にくたばっており、ここには俺たち以外誰も生存者がいなかった。


 一通り周囲の確認をしながらお互いに何があったのかを話し合った。今回の発端はどうやら町の貴族が大勢の兵を引き連れこの村へとやってきて、それが引き金となったのか、森の奥にいた危険な魔物を誘引してしまったようだ。


 ケイヤからは以前、森の中では魔力反応を極力隠すよう忠告されていた。それはこのような事態を危惧しての事だろう。


 当然俺はそんな器用な真似ができないので、ケイヤに魔力隠しの指輪をずっと借りっぱなしであった。お陰で今までこのような事態は起こらなかったのだが、その努力も全て無駄となってしまった。


 森に出掛けていたケイヤが村に戻った時には既に生存者は皆無で、そのとてつもない魔物の気配を感じ取り、単身迎撃に向かったのだが善戦空しく返り討ち。森の中でしばらく気絶していて、目が覚めて戻ってきたら俺がいたというわけだ。


「私が甘かった……。この森は想像以上に危険だったのだ!」


 そう懺悔の言葉を呟く彼女に俺は慰めの言葉を掛けた。


「ケイヤはよくやっていたよ。村の人、皆が感謝していたぜ? だからそう自分を負いこむなよ?」


「ふ、君には言われたくはないが……そうだな」


 確かに先程自分も似たような事を口にしていたことを思い出し、俺はそっぽを向きながら呟いた。


「これから、どうするんだ?」


「……こうなっては、ここの領主に全て報告する他あるまい。恐らく何かが起こった事は向こうも既に察知している筈だ」


 ここの領主というと、この開拓村に兵と共に押しかけて来たバカ貴族の父親の事であろう。


「大丈夫なのか?」


「……まぁ、あちらには私に負い目があってな。すんなりいくとは思えないが、あまり悪い結果にはならないだろう」


 そこら辺の事情は簡単には聞いてはいるのだが、貴族社会の事は分からないのでケイヤに任せる外ない。だが彼女の立場が問題ないのだとすれば、残る問題は俺の方だ。


「君は、どうするのだ?」


 その事を察したケイヤも俺に尋ねる。


「……良い機会だから、世界を冒険してみようと思う。冒険者活動をしながらあちこちを周って地球人の情報を集める」


 そう告げると彼女は一瞬悲しそうな顔を見せるも、笑顔を見せた。


「そうだな。イッシンはここに残らない方が良い。今回の件も上手く誤魔化しておこう。偽装の為にも、奴の魔石や素材を渡せそうにないのが心苦しいが……」


 何とか命がけで倒したあの魔物は討伐難易度がAランクという超大物だ。討伐難易度とは冒険者ギルドが設定した難度であり、Aランクはそのまま同等の冒険者がソロで対等に渡り合えるというレベルだ。


 つまりあのレベルの魔物を余裕で倒すには、A級冒険者二名以上の戦力が必要なのだ。当然その素材は高く売買され、ギルドの貢献も多大なものとなる。


 だが今回の騒動をここの領主や国にきちんと説明する為には、これらの素材は物証として必要なのだ。よって俺はこの魔物の素材の権利を放棄して、全て彼女に託すことにした。


「それと私を蘇生? してくれた魔法だが、それだけは絶対に公表するなよ?」


「分かっているさ。一生追っかけられる生活なんて御免だからな」


 ケイヤを蘇生した魔法【リザレクション】については彼女に暴露した。そんな回復魔法は一度も聞いた事がなかったので、知っているのか彼女に尋ねた。だが答えはNOであった。


「魔導書ならば載っているとは思うが……このバーニメル半島でそれを所持しているのは、恐らく西にあるガーディ公国だけだ」


「魔導書……」


 確かこの世のありとあらゆる魔法が記載されていると噂されるマジックアイテムだとケイヤから教わっていた。だが流石にそんな貴重な代物を俺なんかに見せてくれるとは思えない。藪蛇になるだけだと思い直し、俺はその件は横に置いておいた。


「結局、君の同胞とやらは会えずじまいだが、見つかるといいな」


「まぁ、同胞と言っても殆どが見ず知らずの他人だけどな。もし俺の家族を見つけたら良くしてやってくれ」


「家名はヤノだったな。覚えておこう」


 そう彼女は約束すると、すっと右手を出した。


「お別れだ。君は命の恩人だ。もし困ったことがあったら、ランニス子爵家を頼るといい。私自身も出来る限り君の力になろう」


「ああ、こちらこそだ! ケイヤのお陰で何とかこの世界でもやっていけそうだ」


 熱い握手を交わすと、俺は夜が明ける間にそっと元開拓村を後にした。



 何とかおぼつかない足で暗い森を抜けると、俺は開拓村の方角へ振り返り、頭を深く下げた。


(ケイヤ、村長、マックスさん、ゴーシュさん、リンデ婆さん、村の皆……ごめんな。俺、頑張るから! 今まで、ありがとう!)


 悔いは死ぬほど残っている。悲しみも消えたわけではない。だが、だからこそ俺は歩みを止める訳にはいかなかったのだ。


 徐々に日が昇り始めていた。街道は町の者とすれ違う可能性があるので今は使えない。俺は道なき道を少しずつ歩き進めていく。それがまるで俺の現状を表しているかのようであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――

Q:異世界に行ってもアリス様は見守ってくれるのでしょうか?

A:否。あちらの世界には他の神がいるが、どちらも基本不干渉

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