第3話 運命の一日

 転移1時間前、近所の公園は人だらけであった。


「ほぇ~、流石に多いなぁ……」


 いよいよ地球人全員が異世界へと旅立つ時を迎えた。


 世界の各地では、少しでも多くの人たちや仲間と一緒の場所に転移しようと、広場や公園など開けた場所に集まっては、肩や腕等に手を触れて密集していた。


 女神と各国代表とのQ&Aによると、直接肌に触れなくとも、衣服やリュック、なんなら手持ちのロープなどを互いに掴んでいれば、同じ場所に転移する対象と認識されるようだ。


 それでも万が一があるといけないと思ってか、特に幼い子供連れの家族などは親が子を不安そうに抱きかかえていた。もし転移時に離れてしまって別の場所に飛ばされたら、二度と会えなくなるかもしれないからだ。


 ちなみにまだ状況を理解出来ない赤ん坊や幼子などのスキルについては、保護者が決めるかランダムに配布される仕様となっているらしい。流石我らの女神様は抜け目がない。


 それとペットや特定の生物にもスキルが付与される事もあるそうだが、これらも全てランダム方式だ。つまり矢野家の実家にいる猫・犬・鳥のペット3匹も、何かのスキルを取得する可能性が高いのだ。


 ここの公園にも多くの人たちがペットを連れてきている。ただコミュニティによってはペット同伴お断りの所もあるようなので、所々で揉めている者もいるようだ。


 そんな緊迫した雰囲気もあればその逆で、異世界に転移した後の冒険劇に心踊らされ、楽しそうにはしゃぐ若者集団の姿も見えた。彼らは転移先での生活不安より、魔法やスキルへの好奇心の方が強いのだろう。


 そういう俺自身も不安より、どちらかというとわくわく感の方が強かった。


(さて、目当ての町内会集団は……あそこだな)


 即席で作ったにしてはしっかりとしたプラカードに“鹿江町内会”と書かれていた。それを持っているご老人に俺は声を掛けた。


「すみません、鹿江マンションに住んでいる者ですが……」


「おや? 君も一緒に来てくれるのかい? 若い子は大歓迎だよ!」


 予想通りというべきか、町内会の集団はお年寄りや家族連れが殆どで、独り身の若者の姿は少数であった。だからだろうか、プラカードを持ったご老人、町内会会長である野村五郎さんは笑顔で迎え入れてくれた。


 それに対して俺は苦笑いで何人かに挨拶をした。


(う~ん、あんまり期待されても困ってしまうのだが……)


 俺としては転移後の状況次第では直ぐにこの集団からフェードアウトする気満々なのだが、あまり優しくされたり頼られると、情が移って彼らを見捨て辛くなる。


 最低限の挨拶だけ交わしてから町内会で用意されたロープの一部を掴み、これで集団転移の条件は整った。後は転移開始時間までひたすら待ち続けるのみである。


(それにしても皆、色々持ってきているなぁ。竹刀に金属バット、米袋に自転車……電子レンジなんて、あっちでも使えるのか?)


 若い男が胡坐をかきながら電子レンジを抱えている姿は滑稽に見えてしまう。あれで一応は持っている事にカウントされるのだろうか。その横では同じくらいの年代の男が、持ち運び用の大型バッテリーを所持していた。あんなので電子レンジなど使ったら、あっという間に電気がなくなるのではないかと俺は首を傾げたが、更に隣にはソーラーパネルを持っている者もいる。あれなら一応充電は可能なのだろう。


 ちなみに自分の装備はというと、リュックと小さめのキャリーカートを持ってきていた。転移の際はキャリーカートを抱えれば持ち込みの条件は通る筈だ。


 リュックやカートの中には水と食料、それと簡単な電子機器を少々持ち運んでいる。電子機器など使っていたら直ぐに電池やバッテリーが切れるだろうが、中世レベルの異世界となれば大変貴重な物になるだろう。これらをどこかで売りさばいて当面の生活費にできればと考えているのだ。


 武器は家から包丁を持ってきている。平時であれば完全に銃刀法違反だろうが、こんな状況だ。どうせ周りも似たようなものを持っているだろう。あからさまに抜き身の刃物をちらつかせている痛い奴は稀だが、ゴルフクラブや金属バットを手に持った連中はそこら中にいた。


 一応携帯電話と財布も持ってきている。あっちでは使えないとは思うが、やはり現代人としては手放しづらいものなのだ。そこまで場所を取らないので携帯電話はポケットに入れ、財布は鞄の中にしまっていた。


 あと目ぼしい所持品では小さいシャベルと野菜や果物の種だ。


 シャベルや種などは、前にベランダでガーデニングでも始めようかと思い、三日坊主でそのまま放置していた物を持ってきた。


 そして一番重要な所持品は、A4用紙を束ねた分厚いファイルだ。


 この中には女神様からの啓示やQ&Aを纏めた情報を印刷して挟んである。それだけではなく、農作物や簡単な生活品の作り方、料理のレシピなど、異世界転移でチート情報間違いなしの現代知識を思いつく限りコピペして印刷し持ってきていた。


(事前予告有り、スキル付きの異世界転移なんてイージーモードだぜ!)


 これで可能な限りの準備は整った。後はどうやって時間を潰すかと辺りを見回すと、公園の外れにいる3人組の外国人が目に留まった。


 彼らは多分家族なのだろう。大人の男性と女性、それと少女の3人組で、いずれも金髪碧眼で美男美女、美少女だ。この公園内でもかなり浮いており、周りも不思議そうに彼らを見ているが、どうもその3人の顔色は優れない様子だ。公園にいる人々を見て、おろおろしているのだ。


「おい、あの娘めっちゃ可愛くね?」

「母親の方もすっげー美人だ! 野郎は余計だが……」

「なあ、俺らのチームに誘ってみようぜ?」


 何やら不穏な会話が聞こえてきた。このままだとあまり良くない事が起こりそうだと考えた俺は意を決して立ち上がると、その外国人3人組へと先に声を掛けた。


「あ~、何かお困りですか? May I help you?」


 自慢ではないが、俺の英会話は中学生レベルだ。それでもつたない英語で声を掛けたのが正解だったのか、父親らしき男性は嬉しそうに英語でペラペラと話しかけてきた。


 だが少し早口なのか、それとも俺のリスニング力が駄目なのか、全く聞き取れなかった。


「う、ダメだ、全然分からん。えー、ちょっと待って。Wait!」


 こういう時こそ現代の魔法、文明の利器様の出番だ。俺はスマホで翻訳アプリを開くと、男性に文字を入力するようジェスチャーをしてみせた。それを理解した男性は少し考えた後、俺のスマホに文字を入力してこちらに見せた。


「え~と、何々……。ああ、やっぱり旅行者だったかぁ……」


 翻訳された文章を読むと彼らの状況が理解できた。どうやら彼らはリトアニアから日本に観光旅行で来ていたのだが、そこへ今回の事件が重なって、国に帰れなくなってしまったそうだ。


(大使館も……この状況じゃ厳しいか)


 歩いていくには遠いし、ましてや彼らは言葉も分からないのだ。交通機関や公共施設が麻痺したこの状況ではどうすることもできなかったのだろう。


 しかも彼らは女神様の啓示も聞いていなかったようなので、今の状況がまるで分っていないようだ。テレビなどで本日この後に何かが起こるという事だけは理解しているようだが「これから異世界転移するんです」などと伝えても果たして信じてもらえるかどうか。


 日本政府が海外の滞在者向けアナウンスを作り上げるまでには時間が足らな過ぎたのだ。それでも最低限の情報だけは用意した。指定の時間になったら家族や他の人と離れずくっついているよう英語でアナウンスがされていたそうだ。


 そのお陰で彼ら一家は周りの日本人に倣い、荷物を持ってこの公園にやってきたそうなのだ。だがそれでもまだまだ準備不足だろう。時間は少ないが、きちんと説明する必要がある。


「……仕方ない。バッテリー減るけど、あれ使うか」


 俺は三人を手招きして町内会コミュニティ近くに座らせると、リュックから取り出した女神様からの啓示関連ファイルを三人に見せた。当然日本語で書かれているので彼らには読めないだろう。


「……NO! can't read japanese」


「ですよねぇ……はい、これ!」


 ここで再びスマホの出番だ。最近の翻訳は非常に優秀で、カメラ機能での翻訳もできる。日本語から英語に設定してスマホ越しに画面を覗くとあら不思議、自動で文字を読み取って、それが英語に翻訳されていくのだ。


「OH! it's amazing!」


 どうやらカメラでの翻訳機能を知らなかった男性は嬉しそうにその文章を見ていた。だが読み進めていくにつれ表情を曇らせると、隣にいる俺にこれは本当かどうか問いただした。


 俺はそれに頷くと「スキル、オープン」と呟いて空中に浮かび出たスキル一覧を三人に見せつけた。どうやらこのスキル選択画面は、近くにいる者にも視える現象のようなのだ。


 それを見た三人は驚きで口を開けて固まっていたが、娘さんが「skill open!」と唱えてスキルを表示させると、興奮してそれを両親に見せていた。




 それから俺たちはスマホ越しに会話を重ね、お互い自己紹介を済ませた。


 彼らはリトアニアで暮らしていたリンクス一家で、男性の名はダリウス・リンクスさん、奥さんのジーナさん、それと娘で14才のシグネちゃんというらしい。三人ともかなりの美形で、両親は下手したら年の離れた兄姉で通るかもしれないくらい若作りであった。


 俺のスマホは返してもらい、今はダリウスさん自身のスマホでQ&Aを必死に読んでいた。シグネちゃんはスキルに興味津々なのか、スキル一覧を眺めては母のジーナさんに色々話しかけていた。


(……これなら大丈夫そうだな)


 さっきまでの悲壮感は若干拭えたようで、三人はこれから直ぐに起こるであろう異世界転移に備える相談をしていた。


 俺は立ち上がると、近くで様子を見守っていた町会長の五郎に話しかけた。


「すみません、彼らを町内会の集まりに加えても良いでしょうか?」


 そう相談を持ち掛けると、五郎は少し困った顔をしながら返答した。


「それは構わないんだけど、日本語分からないんだろう? 英語ができる人の所に入った方が良いんじゃないかな?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。異世界転移した後に≪自動翻訳≫スキルが全員に貰えるようです。女神様の話だと、異世界言語だけでなく、地球の言語同士も翻訳してくれるそうですよ?」


 それを聞いた五郎は笑みを浮かべた。


「そうか! そうだったんだね! それじゃあ何も問題はないよ!」


 町会長としても彼らを助けたいという気持ちと、厄介な人材が加わることにジレンマを感じていたようだが、それが解決されるとあってか安堵していた。


 鹿江町町内会コミュニティに参加しないかとスマホを使ってダリウスさんに提案すると、彼は嬉しそうに俺の両手を握って感謝を述べた。


「イッシン、サンキュー!!」


 美少女のシグネちゃんにも笑顔でお礼を言われ、俺は照れるのであった。




 もう間もなく女神の啓示が終わった時間から24時間が経過する。そろそろ一斉転移の時間だろう。


 大人しく待っていた俺だが、またしても不穏な会話が聞こえてきた。


「おい、あれ見ろよ!」

「ああ、あの娘可愛いな!」

「俺、あのコミュニティに入ろうかなぁ……」


 もしかしてまたシグネが狙われているのかと俺は声のする方を向いた。


(おい、どこのロリコン野郎だ! シグネちゃんを狙っている奴は!)


 しかし会話をしていたと思われる男たちを見ると、彼らは別の方向を見ていた。どうやらシグネとは別の人を見ての反応のようだ。


(ん? ここのコミュニティじゃない? あそこかな?)


 同じ公園内にいる別のコミュニティに注目が集まっていた。そこは大学生のコミュニティだろうか。若い女の子たちが混じっているのだが、その中でも黒髪ロングの子と黒髪ボブの二人組は可愛い容姿をしていた。


特に黒髪ロングの娘はスタイルも良く、顔も非常に整っているので男たちの注目の的であった。


(確かにあのレベルの子なら、男たちは騒ぐだろうな)


 かくいう俺も大変好みなタイプだ。しかも現在進行形で男二人組にナンパされているようだが、黒髪ロングの方は勝気な性格なのだろうか、大きい声でバッサリとそれを断っていた。


「私は既にここのコミュニティに決めているんです! 勧誘が目的でしたら迷惑ですので他を当たってください!」


「なんだと? 生意気な口を……」

「なら、俺もここに入ろうかなぁ? な、いいだろう?」


 男たちに絡まれた二人組の女の子とそのコミュニティのメンバーたちは困っていたが、流石に今度は首を突っ込む気になれないので俺は静観を決め込んだ。近くにいる同じコミュニティの男どもが何とかしてあげればいい。


(あの娘も可哀そうに。モテるんだろうけど転移先じゃあトラブルの元だぞ、あれは……)


 同情の眼差しを彼女に向けていると、突如背後から歓声が上がった。


 何事かと振り返ると、近くにあった別のコミュニティが突如光り始めたのだ。これは女神が予告していた転移現象の前触れだ。いよいよ集団転移が始まったのだ。


 その隣の集団、また別の集団と順々に光り輝いていく。女神アリス曰く、光り始めてから3分後に転移されるらしい。


 女の子を絡んでいた男たちや、うろちょろしていた者たちは慌てて元いたコミュニティに引き返していった。このままでは自分だけ逸れた場所に転移させられてしまうからだ。


 そしていよいよ俺たちのコミュニティも光り始める。不思議な光に包まれながらも鼓動が高鳴っていくのを感じた。果たして飛んだ先には何が待ち受けているのか、期待と不安で心臓がバクバクし始めた。


「イッシン! イッツ ファイナリー ヒアー!!」


「? うん、そうだね!」


 シグネちゃんに話し掛けられた。言葉は良く分からないが、とりあえず返事して頷いておく。多分「遂に始まるね!」といったところだろうか。


 そう、いよいよ俺の異世界生活スタートだ!


「きゃああああああ!?」

「うわああああああああ!?」


 ―—と思っていた矢先、出鼻を挫くような悲鳴が聞こえてきた。


 何事かと振り返ると、なんと視界の先には日本刀を持った不審な男と、その足元に血まみれで倒れている男性の姿があった。


「な……!?」


 見れば血まみれの男性も不審者も光り輝いている。もう転移が始まるというこのタイミングで、コイツは一体何を考えているのだと周囲が唖然としていると、何とその日本刀男は笑い声を上げながら刀を振り回し走り出したのだ。


「ひゃははははは!! 邪魔すればぶっ殺すぞぉ!!」


 奇声を上げながら男が向かった先は、先ほど絡まれていた女の子の元であった。危険人物が刀を振り回しながら迫ってくるのを見ると、顔色を青ざめた彼女や近くにいた人たちは急いで立ち上がり、散り散りになって逃げだしたのだ。


 それを面白そうに笑いながら男は方向を変え追いかける。その方向は、やはりさっきの黒髪ロングの女の子だ。どうやらその美貌故なのか、完全に目を付けられてしまったらしい。


「いやああああっ!?」


 彼女は死に物狂いで駆けてくる。そう、俺たちのコミュニティがある付近にだ。


「マジか!?」


 このまま座っていたら、万が一巻き添えで斬られる可能性がある。逃げるのに荷物が邪魔だと思った俺は咄嗟にリュックやキャリーバッグを放り出し、何時でも逃げられるよう準備を始める。


 ふと隣にいるリンクス一家は大丈夫かと様子を見た。


 シグネちゃんはすっかり怯えているのか、震えながら座り込んでおり、母のジーナさんが彼女を守るように抱きかかえている。ダリウスさんはそんな二人を守るよう、日本刀男を睨みながら身構えていた。


 そんな姿を見た俺は、慌てて逃げようとした自分の行動を恥じ、同時に疑問を抱いた。


(ここで逃げる? 自分だけ? これから行くのは異世界だぞ? 剣と魔法の世界だ。魔物や冒険者がうようよいる、そんな危険な世界だ)


 それだというのに、弱い者を狙うような不審者如きを相手に、俺は逃げ出すのかと自問した。普段の思考回路なら逃げの一択だろう。素手で刃物を持った不審者相手に立ち向かうのは勇敢ではなく蛮勇だ。


 だが今の俺はファンタジー世界を目前にして少々浮かれていた。


 そこからの行動は早かった。


 すぐ傍を追われている女の子が通り過ぎた直後、俺は無手で横へと飛び出た。リュックから武器の包丁を取り出すような時間も無かったからだ。


「————!?」

「うおおおおおおおおおッ!!」


 まさか急に飛び出してくる者がいるとは思わなかったのか、日本刀男は俺のタックルをもろに受けた。


「うごっ!?」


 一方の俺も走ってきた男にぶつかった勢いで地面を少し転げまわる。


「う、やったか……?」


 何とか立ち上がると日本刀男は倒れたままピクリとも動かなかった。


「あ……あ……」


 後ろから怯えた声が聞こえ、振り向くと先ほどの女の子が転んだのか、倒れながらこちらの様子を伺っていた。足を軽く擦りむいているようだが、それ以外で怪我は見受けられない。


 ほっと一息ついた俺であったが、それが命取りとなった。


「————!? う、後ろ!!」


「……ぇ?」


 咄嗟に振り向くと、いつの間にか立ち上がっていた不審者がこちらに刀を振り下ろしていた。袈裟斬りにされると、俺はそのまま後ろに倒れた。


「今だ!! 押さえこめ!!」

「取り押さえろ!!」


 俺を斬り付けた直後のタイミングで、背後から様子を伺っていた男三名が日本刀男を地面へと押さえつけた。


「は、放せぇ!!」


 その様子をどこか他人事のように見届けた後、俺は自分の腹部を見た。


「……え?」


 再び同じ言葉を呟く。どこからどう見ても重症だ。慌てて斬られた箇所を手で押さえるが、次々と血が流れ出てくる。途端に激痛が体中に走るも、口からは悲鳴ではなく血を吐き出した。


「イッシン!?」

「——っ!? シット!!」


 遠くからリンクス一家の悲鳴が聞こえる。俺は血まみれでぼんやり光った自分の右手を眺めながら、そういえば転移の最中だったなと今更ながら思い出した。


「ぁ……あぁ……」


 先ほど助けた女の子がいつの間にか俺の傍で座り込んでいた。


「わ、私を、助けてくれたの……?」


「……ごほっ!」


 何か気の利いた台詞でも返そうと思ったが、またしても吐血で邪魔をされる。


「サヤカ!! 時間が!! 転移が始まっちゃう!!」


 その声はさっき彼女の隣にいた黒髪ボブの女の子からであった。


 光り始めてからまもなく3分が経とうとしている。既に最初に光り始めた集団は消えており、その光景にどよめきが起こった。その様子を見ていた、サヤカと呼ばれた女の子の顔色が青白くなる。このままでは自分一人取り残されてしまうからだ。


「サヤカ!! 早く、こっち来て!!」


 呼び叫ぶ友人と、瀕死の俺を彼女はオロオロと見比べる。俺は痛みを必死に我慢しながらも、何とか言葉を絞り出した。


「……行って」


「——っ!? ~~~~っ! ごめん……なさいっ!」


 俺の言葉の意味を正確に受け取った彼女は、謝り続けながら友人たちの方へ必死に駆け出した。このまま俺と転移したところで、勝手も分からない異世界で瀕死の見知らぬ男同伴など、ハンデ以上の何物でもないし、自分の生死にも関わるだろう。


(これで、良かったんだ。俺は、人助けができた……)


 本当は寂しい。このまま瀕死の状態で一人転移をすれば間違いなく俺は野垂れ死ぬだろう。だが、呼び止めてどうする? 彼女を困らせるだけだ。俺は彼女を助ける為、勝手に行動したのだから、こうするしかなかったのだ。


 それにどう見ても致命傷だ。俺の命も残り僅かだろう。


(……いや、まだだ!)


 このまま何もしなければ間違いなく死ぬだろうが、まだ僅かながらの可能性は残されている。俺は何とか気力を振り絞って「スキル、オープン」と呟く。喚きたくなるくらいの激痛に耐えながら、俺はスキル一覧をスクロールさせていく。そして何とかお目当てのスキルを見つけ出す。


「あった! 回復……」


 それは「回復魔法」とだけ表示されたスキルであった。スキルは名称だけで説明文が全くない。それがどんな効果があるのか定かではないのだが、この状況では最早これに掛ける他ないだろう。


 俺を取り巻く光が一層の輝きを放つ。いよいよ異世界転移が始まるのだ。急がなければならない。今の俺のスキルは「鑑定」で、転移後のスキル再選択はできないのだから。


 光で辺り一面真っ白になるのと俺が「回復魔法」を選択して押したのは、ほぼ同時であった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:他人の衣服だけでなく、例えばロープ等に触れていても同じ場所に転移は可能か?

A:持ち上げてさえいればロープでもリュックでも、触れている者同士同じ場所に転移します

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