第7話 片思い欠乏症
長話に夜も更けてきた。これでもまだ前振りなのだが。今日はここまで残りは後日という事になった。村山記者は僕に今日の分の取材料を支払ってカフェテラス「レアルタ」を去っていった。
僕はお腹を空かせていたので何か食べるついでに貰った取材料で飲み行こうと家の近所の居酒屋に入った。もう僕は実家済みではなく帝都大学近くのアパートメントに住んでいる。よほど酔わなければそのまま帰れるだろう。
その時はそう思っていた。
美人のこれぞ看板娘といった感じの店員さんに生ビールと唐揚げを頼むと僕は少し夢想する。看板娘と言えば。
それはある日の事、帝都大学の中庭で。
「この子、あんたに用があるんだって」
「うん?」
集歌が連れてきたのは帝都大学付属高校の制服を着たひどく幼く見える少女だった。
「僕に用事?」
「は、はい!」
少女はおっかなびっくりな様子で返事を返す。どうやら緊張しているらしい。まあ高校生から見た大学生なんて畏怖の対象かもしれない。
「じゃ、私はこれで」
「え? 集歌のお客さんじゃないのかい?」
「私はただの案内。じゃあね」
手を振って去る才女。夏も間近なこの時もセーターのままだったような気がする。
「えっと、まず名前から聞かせてもらえるかな? 僕は――」
「た、楯好秀秋さん! ですよね?」
「え? ああ、うん、そうだ」
「良かったぁ……あの怪しいアロハの人め……」
またセリヌンティウスか。という事はおおよそこの子が此処に来た理由の察しはつく。
「でも……『異聞暴き』なら、やっぱり集歌の領分だと思うんだけれど」
「えっと、それはわたしがお願いしたんです。男の人に強力してもらいたいって」
「そりゃまたなんで?」
「あんまり大声じゃ言えないんですけど……誘拐事件かもしれなからです」
誘拐、こりゃまた物騒なワードが出た。じゃあなんだ、僕は用心棒か? そんな僕の怪訝そうな顔を見てたじろぐ彼女、そういや名前がまだだったな。
「わたしは
それはおかしな話だ。行方不明者届くらい受理してくれそうなものだが。それをそのまま問うと。
「それが萌ちゃんがいなくなるのこれが初めてじゃないんです」
「……なるほど、狼少年ならぬ狼少女か」
狼少年という童話は嘘を吐き過ぎた少年が真実を話しても信じてもらえないとい筋書きだ。今回の場合、家出をし過ぎた少女が本当に行方不明になっても警察に信じてもらえないという事だ。
「それで? 僕にその子を探して欲しいと」
「はい。お礼はちゃんと用意してあります!」
そう言うとその子は茶封筒を差し出してきた。あまり茶封筒にはいい思い出がない。ついこの間、中にダイイングメッセージが入っていたばかりだったから。恐る恐る中を開けてみるとそこそこの金額が包まれていた。
「こんな大金、どうやって」
「私、バイトしてて! でも特に使い道も無いから貯めてたらこんな金額に」
「それならこれは君が持っておくべきだ」
そう言って茶封筒を突き返す。
「え、でも」
「まあ待て。引き受けないとも言ってない。ただそれは受け取れないだけだ。僕だって別にお金には困ってないからね。それより君、アロハの男にお金を渡してないだろうね?」
「え? なんでわかって――」
「その金も後で返す。だからこれからはちゃんとお金の使い道を考えるように。いいね?」
「は、はい……」
全く、いくら守銭奴だからと言っても高校生からお金をたかるやつがあるか。セリヌンティウスは後でとっちめる。あいつの事だから「正当報酬だ」とかなんとか言うつもりだろうが、僕にその手は通じない。
さてと、その前に目の前のこの子の問題を解決しなくては。行方不明事件。度々、家出を繰り返す少女が今度は本当に消えたという今回の話、まずは聞かなければいけない事がある。
「なんで今回は『違う』と判断したのかな?」
「それは……実はわたしと萌ちゃんとで肝試しに行ったんです。そしたら、そこで萌ちゃんとはぐれて……それっきり……」
「……そうか、辛いだろうけれど話してくれるかい? その肝試しはどこでやったのかな?」
「帝都の外れの廃工場です。『お化け煙突』の所、知ってますか?」
お化け煙突、行った事は無いがだいたいの場所は知っている。見る角度によって本数が変わる四本の煙突が並んでいる工場の事だ。僕が子供の頃はまだ稼働していたはずだが、そうか廃工場になったのか。
「分かった、後は現場百篇だ」
「げんばひゃっぺん?」
「刑事さんの言葉さ、フィールドワークの掟でもある」
「わあ!」
なにか羨望の眼差しで夢ちゃんが僕の事を見ているが、そんな大層な物じゃない。要は手がかりが見つかるまで廃工場に入り浸るだけの事。魔法でもなければ最先端技術でもない。古いしきたりもいいところだ。
「さてと、僕は一回、廃工場に行く準備をしに家に帰るけど、君はどうする?」
「わ、わたしは! えっと、えっと」
「ああ、廃工場なら場所を知っているから案内はいらないよ。君は家で萌ちゃんが戻って来るのを待っているといい」
「わたしも行きます!」
何故か力強く宣言された。正直、夜な夜な高校生を連れて廃工場に行くのは気が引けるのだが。まあいいかと諦め、彼女の同行を許した。
――これがいけなかったんだろうな、どういう道筋を辿ったとしても、これが一番の悪手だった。
一旦、帝都大学で夢ちゃんと別れ、廃工場に潜るための装備一式を家の倉庫から考えうる限り取り揃えて帝都大学正門前に戻った。そこには軽装の夢ちゃんがいた。
「あ、秀秋さん!」
「やあ夢ちゃん。じゃあ行こうか」
「はい!」
バスへ乗り込み帝都の外れまで揺られる事、数時間。夕刻から時間は流れ夜へと変わる。例のお化け煙突が見える頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。僕は懐中電灯を点けてバスを降りる。それに続く夢ちゃん。
「明日の朝にすればよかったかな」
そう一人ごちると。
「萌ちゃんがどうなってるか分からないんです! お願いします!」
と言われてしまった。確かにそれはそうなのだが。事を急ぎ過ぎて
僕らは廃工場を進む。辺りに人気は無い。廃工場の門は施錠されておらず簡単に開いた。中はかなり広そうで、人を一人探すのにも苦労しそうだった。
「ちょっとした映画だなこりゃ」
「現実ですよ」
そっと、冷めた声が後ろから響いた。ゆっくりと振り返るとそこに夢ちゃんの姿はない。
「……夢ちゃん?」
『こっちですよ』
声が工場内を反響して相手の位置を特定する事ができない。辺りを照らしても人っ子一人の影も映らない。
『うふふっ、そんなに照らしたら眩しいじゃないですか』
「お前……誰だ?」
声は確かに夢ちゃんのものだ。だけど喋り方が明らかに夢ちゃんではない。艶というのだろうか。どこか子供っぽかった夢ちゃんと比べるとだいぶ大人びている。
「やだなぁ……此花夢ですよぉ?」
「……そうか、じゃあ一つ質問しよう。民草萌ちゃんの行方を知っているか?」
僕は工場内を走り回しながら――まるで何かから逃げるように――辺りを懐中電灯で照らす。
「それなら――そこにいるじゃないですか、あなたの後ろに」
僕は思わず振り返ってしまった。見るんじゃなかった。見てしまった。それを。それは。
無惨な死体、血塗れ、切り傷だらけの惨殺死体いや斬殺死体。身体中をナイフか何かで切り裂かれた少女の死体。それを見て、硬直した自分の身体に、衝撃が走った。背中が熱い。それが痛みだと気づくのに数秒かかった。刺されたのだ。
僕は痛みを必死に噛み殺して後ろを振り向きざまに蹴りを放つ、しかし、痛みによって動きが鈍っていたのか、それは空を切る。その時、懐中電灯の明かりの端で女の子の笑みが見えた。冷酷で無邪気なひどく歪な笑みが。
僕はそのまま痛みのあまり意識を手放す。最後に見えた光景は――
「あーあ、ドジったな秀秋くんよ。これ貸しにしとくからな」
そんな声と共に視界をアロハシャツの柄だった。
――セリヌンティウスよ、お前はまず俺からの貸しを返すべきだ。
過去の虚像は、現在の実像に舞い戻る。僕は居酒屋で届いたビールとお通しを口に含みながら、さてとこの話は金にならないだろうかと彼の守銭奴のような事を考え始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます