第6話 呪われた電算室、解答


 え? その話のどこが「背筋の凍るような」話なのかって? それが実はこの話には続きがあって、それが本題というか。さっきも言ったけれど警察沙汰になったって。そう死人が出たんだ、電算室でね。そしてそれがあの科野絵美里だったんだから驚きもする。

 彼女はバラバラに解体されてた。その時点で学警の領分を越えていた。すぐさま警察に連絡が行き、現場検証が行われたよ。だけど、そこにまた血だまりが出来ていた。まあバラバラ死体があったんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 それがまた色んな血液型が混じっていたっていうんだから、そりゃあ捜査は難航するに決まっている。学警の奴らは田中凌司の仕業だって言って、警察に彼の身柄を引き渡したけれど、彼は無罪を主張していたな。あの変人なら「ボクがやった!」と言いそうなものだけれど、その前に「お前らも血だまりにしてやる」と言っていたのは彼なのだし。

 だけどその彼は犯行を否定している。ちなみに前の異聞暴きの時の血だまりは床ごと交換されてるから、まあなんの関係もないんだな。

 僕はすぐさま帝都大学の書庫、つまりは才女・木島集歌の下へ駆け込んだ。だけどそこに彼女の姿はなかった。代わりにいたのはなんと。

「よお友達売りの青年」

「人をマッチ売りの少女みたいに言うなよ『セリヌンティウス』。どうしてお前がここに?」

「少し、言伝を預かってね、いやあ名家の令嬢ってのは金持ちで羨ましいね」

「名家の令嬢?」

 集歌の事なら違う、彼女はセリヌンティウスと同郷の帝都外の出身だ。名家といえばだいたいが帝都内にいることが多い。じゃあ誰か、といえば。

「科野の令嬢だよ。つまりこれは――」

「遺言……?」

「もしくはダイイングメッセージだな」

「俺に?」

 無言で頷くとセリヌンティウスは茶封筒を取り出し手渡してきた。僕は恐る恐る受け取る。バラバラにされて死んだ彼女の事を想うとそれが血塗られたものに思えたからだ。流石のセリヌンティウスもいつものニヤニヤ笑いを抑えている。それは別に救いにはならなかったが。

 茶封筒には糊付けはされておらず便箋が一枚入っていた。そこには丸文字でこう書いてあった。

『電算室は呪われています! 学警はそれを隠そうとしていました! これは大スクープです! しかし、これを記事にしようものなら学警はありとあらゆる手で新聞部を潰しにかかるでしょう。そこで「異聞暴き」が得意なあなた楯好さんにこれを預ける事にしました。どうかお願いです。世間に「真実」を知らしめてください!』

 その後にも文は続いていた。そこに書いてあるのは確かにただならぬ内容だった。しかし、これが本当だとするならば。

「危険過ぎる。僕も学警に命を狙われる事になる」

「おっと俺には聞かせないでくれよ親友。まだ死にたくない」

「殺しても死なないような性格しといてよく言うよ」

「ははっ、違いない。んでどうすんだ?」

 僕はしばし思案した。集歌を頼るのも危険だ。彼女を巻き込む事になる。それは避けたい。ならば僕が取るべき行動は一つだ。

「学警の犯行を警察に通報しよう。ただし、真実はこっちで暴く」

「へぇ、俺とお前で異聞暴きってわけ?」

「ああ、そうだな……題名は『呪われた電算室』だ」

「それ俺が最初に頼んだやつだろ?」

 二人して笑い合った。人が死んでるというのに。多分、この頃から僕達はネジが外れていたんだ。集歌も含めて。

「とりあえず、学警の連中は電算室に隠し事をしてる。それを暴かれそうなって絵美里嬢を殺して田中に犯行をなすりつけようとしている」

「そうだな、それを予期してか知らずか、俺に科野さんは手紙を預けている」

「これをまだ学警は知らない。だったら後はどうやって学警が絵美里嬢をバラバラにして殺したかを解明して通報するだけでいい」

「んで? 具体的には」

 僕は顎に手をやる。不甲斐ない事に頭脳労働には向いてない。しかし今回はフィールドワークの出番でもない。頭の中のチェス盤を動かすしかない。今回は詰め将棋か? どっちが詰められているかは見方によって変わるだろうが。

「……まず、これは一対一の犯行じゃないと思う」

「その心は」

「絵美里嬢がバラバラにされたのは田中凌司に罪を着せるためだ。そのために組織的な犯行が行われたのは間違いない……と思う」

「おいおい秀秋くんよ。組織的犯行ならそもそも犯罪を隠す事も出来たんじゃないか?」

 そこで僕は首を横に振る。セリヌンティウスは首を傾げて続きを促す。

「科野家が名家だって事を僕は知らなかったけれど、学警のやつらならすぐに分かる事だ。奴らは大学の連絡網とか、そういうのと連携してるから。だから絵美里嬢が行方不明にでもなったらすぐに科野家が動く事は分かっていた」

「だから田中に罪を着せる事にしたと。まあ筋書きは悪くないな。逆に言うと筋書きだけで犯行自体がすっぽり抜けてるが」

「そうこのバラバラ殺人事件には状況証拠は数あれど目撃情報などがすっぽり抜けているんだ。それは何故か? 学警が第一発見者で犯人だからだ」

「ふぅん、まあ順当な線ではある。問題はそれをどう証明するかだけど?」

 僕は無い頭を振り絞って考える。こういう時、才女・木島集歌ならどうするか。どうアプローチするか模倣した。彼女の思考を完璧に真似る事は不可能だとしても、追いかける事くらいなら僕にも出来る。ここまで証拠が出そろっているなら尚更だ。

「そうだ指紋!」

「電算室には数多の指紋があってどれが犯人の物か判別不能だそうだが?」

「違う! ! それに着いた指紋を証拠とし提出すれば!」

「ばら撒かれた血液の指紋? 何言ってんだよ秀秋くん。血に指紋が付くとでも?」

 僕は大きくかぶりを振る。否定の意だ。そうじゃない。

「田中凌司も学警も『輸血パック』を使ったんだ。医学部からくすねたものをね。おそらく医学部から盗難届が出てるはずだ。その輸血パックにはべっとり指紋が付いているだろうよ。学警のね」

 ひゅーとセリヌンティウスが口笛を吹く。拍手までして喜色悪い。僕がそんなことを表情に出していると。

「いやはや名探偵。そこまで示せたのはいい。問題はその『証拠』はどこにあるんだ? ってところなんだが」

「知ってるだろ、僕はフィールドワークが得意でね。木を隠すならなんとやら、だ。あたりはついてる」

 僕は書庫を後にした。セリヌンティウスはついてこないらしい。まあいい、元から一人でやろうとしていた事だ。僕は駆け足で「そこ」に向かう。たどり着くと――

「あれ、あんた」

「集歌?」

「ああ、なるほどね。あんたも事件を、いえ『異聞暴き』をしに来たんだ」

「って事は集歌も?」

 そうして彼女はそれを指さす。此処は『廃棄物処理場』。帝都大学に備え付けられた焼却炉の前だ。

「まだ証拠は燃やされてない?」

「ええ、幸運、いや、彼らにとっては不運な事にね」

「自分達で後処理しないからこうなる」

「仕方ないでしょ、彼ら校則を守る性質だから。『焼却炉を使っていいのは許可を得た用務員のみ』に従ったんでしょ」

 変なところで律義な殺人犯達だ。しかし今回はそれに助けられた。ゴミ山から輸血パックを探し出す。勿論、手袋をしてね。

「そうだ。集歌は知ってる? 電算室の秘密」

「なにそれ」

 僕は例の絵美里嬢からの手紙を手渡した。それを読むと集歌は驚いた顔をして。

「嘘! 電算機ってそんな造りだったわけ!?」

「設計したのはマッドサイエンティストだろうな」

「つくづく血塗られた……いえ『呪われた電算室』ね」

 そう今、電算室に鎮座している電算機にはが使われている。らしい。というのが絵美里嬢の言伝だった。それを学警は隠したがっていると。

 公になれば帝都大学そのものが危うい。僕らは学警の犯行をこれから警察に通告しに行くが。その事は秘密にしようと誓った。絵美里嬢の遺言を破る形になるが僕らもせっかく入った帝都大学の威を失いたくはない。それを失うのは罪を犯した学警の連中だけでいい。僕と集歌は大量の輸血パックの殻を拾うと二人で警察に向かうのだった。

 ええ、その後、無事、学警は逮捕、解体された。とんだ殺人集団だってね。もう帝都大学には学警の制度はないのがその証拠。どうだろうか、僕としては十分、『背筋の凍るような』お話だったと思うのだけれど。

 すると村山記者は震えた手でメモ帳を握りながら。こう問うてきた。今もまだ電算機には人の脳が? と。

 僕は薄っすら笑みを浮かべると口に人指し指を当てて言った。

 それはここだけの内緒ってことで。

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