第4話 呪われた電算室、問1


 オレンジジュースを飲み干す頃、話は次に進んでいた。

 そういえば村山さん、電算室には『魔女』の前に『呪い』あった事を知っているだろうか? あれは警察沙汰にもなったから、結構、有名だと思うんだけど。

 ええ、そうそう『異聞暴き』の一環ですよ。その時の話を詳細に教えて欲しい……まあいいけれど、あんまり思い出したくはないな。なにせ背筋が凍るような事件だったから。


 そうそれはとある噂から始まった。僕の家に電話がかかってくる。

『よお、秀秋くん、元気してるかい?』

「む、『セリヌンティウス』か。最近、大学でも見ないが、お前どこに居るんだ?」

『君からは見えないところでちゃんと通学してるぜ、だからよ、こーんな噂も手に入れたわけだ』

「噂?」


 呪われた電算室の噂、今現在、立ち入り禁止になっている最新鋭の電算機がある解析科の電算室には死が眠っているらしい。


『ってな』

「てなと言われてもだな、そのなんだ? 死が眠ってるとは? 随分と詩的になったじゃないか『セリヌンティウス』よ」

『俺の言葉じゃないぜ、秀秋くんよ。情報屋としてより正確な情報を教えてやろう。友達価格でな』

「ロハと言え」

『はいはい、んでまあ、電算室の中は今、血だまりらしい』

「血だまり? 誰の」

『さあね』


 おいおい、正確な情報が聞いて呆れる。やはりこいつの情報にびた一文も払う気にはなれなかった。


『そこで、だ。最近、お前と木島集歌の奴がやってる「異聞暴き」ってのをやってみたらどうかと思ってね、主題はそう「電算室の呪い」の異聞だ』

「それをして誰になんのメリットがあるんだ?」

『実はだね、偽の異聞を暴いてもらうと少しだけ、ほんの少しだけだが俺に報酬が発生する仕組みになってんのさ、ようは小遣い稼ぎだ』

「お前のために働けと?」

『あの才女・木島集歌とお近づきになりたいんだろう?』


 そこを突かれると弱かった。つまり『セリヌンティウス』が描いている筋書きはこうだ。『電算室の呪い』の異聞を暴き、僕と集歌の仲が縮まり、そして『セリヌンティウス』には報酬が入る。お互い得をするという事を言いたいらしい。僕は不承不承ながら承知した。

 僕は帝都大学の書庫へ向かうと論文とにらめっこする集歌の隣に座った。この状態の彼女に声をかけても無意味な事は知っていたからだ。論文を読み終えた彼女はこちらを向くと怪訝な顔をする。


「あんた、いつからそこに」

「もうそんな顔しなくてもいいんじゃないか? お試し期間も終わって晴れて『お友達』だろう?」

「親しき中にも礼儀ありって言葉知っているかしら」

「この度は誠に申し訳なく……」


 そう言って僕は彼女から距離を取った。集歌はにっこり微笑むと。


「よろしい、で要件は?」

「新しい『異聞暴き』を持ってきた」

「へぇ……聞かせてちょうだい」

「題名は『呪われた電算室』だ」


 そこであからさまに集歌が顔をしかめた。


「げ、電算室ぅ~?」

「ああ、そうだけど」

「……今回はパス」

「はぁ? なんでまた」

「私ね、理系学科の連中とそりが合わないの」

「それだけ?」

「十分でしょ」


 そう言って集歌は書庫を後にしようとする。僕は思わず声をかけた。


「じゃあこういうのはどうかな、僕達の今の関係のように役割分担するんだ。フィールドワーク、つまり現場、電算室への聞き込みは僕、そして情報の解析は君っていうの感じでさ」

「……うーん、なるたけ理系学科には関わりたくないんだけど」

「ちなみに理由はあるの?」

「さっきも言ったでしょ、あいつらとは考え方が合わないのよ、アプローチの違いっていうのかしら」

「別に理系自体が嫌いなわけじゃないんだ」

「主席入学を舐めないでくださる?」


 怒気を孕んだ顔ですごまれた。僕は思わず頷くと。


「勿論、電算室関係者には君の事は伏せるよ」

「……なんでそこまで電算室に拘るのかしら」

「僕が拘っているのは異聞の方だよ」

「異聞暴きにハマった?」

「そんなところ」

「それなら、まあいいわ」


 という訳で僕は一旦、書庫を離れ電算室に向かう。僕も一回も行った事の無い場所だった。そこはまるで荘厳な社……とまでは言わないまでも重々しい鉄扉の前までやってくる。そこには帝都学警(帝都大学警備部)の連中が数人たむろしていた。


(これじゃ中に入れないぞ)


 そう思っていた時だった。ふと僕の小脇を通り抜けて小柄な少女が学警の前に出ていった。


「あ、おい」

「こんにちは! 帝都大学新聞部の者ですが!」

「あん?」


 言わんこっちゃない。学警は帝都大学が独自に組織した警備機関で、やたらと血の気が多い事で有名だった。僕は彼女の隣に向かう。


「およ?」

「あー……っと、というわけで取材に来たわけだけれど、この様子じゃ無理そうかな、あはは」

「そうだ、さっさと散れ」


 散れとはまた言葉が強い、しかし、少女は諦めきれなかったようで。


「わたくし! 科野絵美里さえのえみりと申します! ぜひ、最新鋭の電算室が封鎖されたわけを取材したく――」

「……」


 だんまりを決め込む学警、僕は渋々、最悪のカードを切る事にした。


「風の噂で聞いた話だけれど……中は今、血だまりなんだって?」


 すると学警の奴らは鋭い目線をこちらにやった。


「貴様、それをどこで!」

「まあまあ、落ち着いて、風の噂だよ。逆説的に、君達がそうやって封鎖しても無駄に情報は流れていっているって事だ。警備も無意味なんじゃないかな?」

「無意味、だと」


 あえての挑発、悪手に見えるだろうが、僕の狙いはあくまで学警の標的をこちらに向ける事にあった。絵美里なる少女を学警の魔の手から守らねばという使命感に駆られていたのだ。これでも憧れは英国紳士だったりする。遠く及ばないと分かっていても。


「言わせておけば、我々の仕事にケチを付けに来たのか?」

「滅相もない、学警の方々は日々忙しい事でしょう、しかし、その警備も虚しく情報が洩れていたとなると、此処を封鎖するより先に、漏洩元を調べる方がいいと思いましてね」


 こうなりゃ口八丁手八丁だ。あらゆる詭弁を弄してこの場を脱して――


「ふむ……一理あるな」

「だから――え?」

「おい、お前ら、此処はもういい、どうやら情報漏洩があったらしい、学警の内部犯の可能性もある、これから調査に入るから備えておけ」

「はっ!」


 そういってたむろしていた学警達は解散していく、僕は少しだけ学警達の事を見直した。思っていたより、仕事に対して真摯な連中だったらしい。


「情報提供ご苦労、礼と言ってはなんだが、俺の立ち合いの下なら此処の見分を許そう」

「ええと、ありがとう、僕は民俗学専攻の楯好秀秋という、実は通りすがりだったんだけれど、見ていられなくて」

「ふむ、そっちは科野と言ったな」

「はい!」

「俺は皆嶋治郎みなじまじろうという、まあ覚えなくてもいいがな」


 そう言って、皆嶋は僕らに背を向け鉄扉に手をかける。重々しく開かれるその中から強烈な鉄さびの臭いがしたのだった。

 中に入る。そこには確かに血だまり、正確には血の染みがあった。


「これは、ひどいな、致死量はあるんじゃないか? なんの動物にせよ」

「まだこれは大学内でしか管理していない事柄だ」

「? 警察に通報すれば早いのでは?」


 いちいち学警の地雷を踏む子だな、と思った。そういや学警と新聞部は仲が悪いと聞いた事がある。もしかしたらわざとやっているのかもしれない。


「コホン! いいか、我々の監視網を抜けてこんなをした奴がいたとなったら大問題なんだ! 早く我々が犯人を捕まえなくては!」


 なるほど、イタズラね。つまり彼らの理屈はプライドだ。自分達の面子に関わることだから公に出来ないと言っているのだ。まだ不思議そうに首を傾げている絵美里嬢を無視して僕は話を続ける。


「事情はだいたい分かった。それで? 犯人の目星とかはついているのだろうか」

「それが皆目見当もつかん、せいぜい大学内部の犯行だろうというところまでだ」

「まあ、そうだろうな」


 この帝都大学は学警なんてものが組織されている事から分かる通り、結構、というか、かなり警備が厳重だ。それを掻い潜って外からこれほど大量の血をばら撒くなんて芸当出来るわけがない。ならば消去法で内部犯つまり学生もしくは教員などの犯行という事になる。

 ふむ、僕は正直、異聞暴きに関する情報は集めきれたかなと思い始めていた。

 潮時というやつだ。成果としては上々だろう。しかし件の絵美里嬢はまだ居座る気らしく。


「もう少し、発見当時の状況などを――」


 と深入りしそうになっていたので。


「いやぁ、ありがとうございました。おかげでいい記事が書けそうです。これからも応援しています。それでは!」


 そう言って絵美里嬢の手を掴んでその場を後にした。皆嶋も特に拘泥する気もないらしく黙って僕らを見送っていた。


「なにするですか! まだ取材の途中だったというのに!」

「いいかい? あまり人の神経を逆撫でする事はおすすめしない。喧嘩をしたくないならね」

「ですが! それでは真実は明らかにならないですよ!」

「あー……真実ね、じゃあこういうのはどうかな、真実は僕らが提供しよう」

「僕ら?」

「僕と今年の帝都大学主席入学者、才女・木島集歌だよ」


 ふと、絵美里嬢が考える素振りをする。さてどう出てくるかなと待っていたところだった。

 その瞬間、影が僕らを襲った。


「きゃあ!?」

「っ!? 誰だお前!?」


 絵美里嬢を片手で締め上げ、もう片方の手には手術などで使う、メスを持った黒装束の男がそこにいる。


「キヒッ、お前ら見たな、を!」


 これが呪われた電算室いや死体無き殺人事件へ僕らが巻き込まれた一件、その始まりだった。

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