第2話 消えたセリヌンティウス


 カフェテリア「レアルタ」の窓からは道を行く路面電車の姿が見えた。記者村山との対談は続く、対談と言っても僕がただ一方的に話していて、村山さんがそれをただメモするだけが主だったけれど。

 メモってのは積み重ねだ。何度も何度も言われた事を書いてはそれを積み重ねていく。積み重ねっていうのは大事だよな。これはもしかしたらそういう話なのかもしれない。

 さて、時計の針を進めてそうだな、まだ集歌のお試し期間中の事だった、ひょんなことから知ったんだけれど、驚いた事に僕と集歌には共通の友人がいたんだな。名前は伏せさせてもらう、そいつは秘密主義の思想犯でね。ま、それは冗談だけど。便宜上そうだな、ちょっと長いけどそいつの事はセリヌンティウスと呼ばせてもらおう、太宰治の『走れメロス』は知っているかな。それから取った。今は消息不明だけどね、あ、連絡は取れるから大丈夫、たまに電報が届くんだ。え? 居場所が分からないのに電報が届くのはおかしいだろうって? そう言われても届くものは届くんだから仕方ない。それにあいつがどこに居ようと僕達は帝都に居るからね。それが変わらないなら実現可能な範囲の事柄なんじゃないかな。んでまあ今回の話の主題はそいつのおかげというかせいでというか、集歌との仲が縮まった話なんだけれど。そいつ――セリヌンティウスはいつもの様に僕の実家に電話をかけて来たんだ。


 線香の匂い漂う平屋建ての一軒家、テレビもない寂しい部屋だ。その畳が敷かれちゃぶ台が置かれた大広間に電話のベルが鳴り響く。他に誰もいなかったので僕がいそいそと涼んでいた縁側から移動して受話器を取った。


「もしもし? ああ、お前か……だから家にわざわざ電話するなと言ってるだろう、用があるなら直接会いに来い、同じ大学に通っているんだから。しかも同じ専攻」

『そうは言うがね、秀秋くんよ、俺ってばちょっとした『裏』の人間だからよ、あんまり表立って動きたくないわけ、おわかり?』

「はぁ……『セリヌンティウス』一つ言っておくがな、お前の秘密主義に付き合う気は毛頭ないからな、お前の事に対して他人からなにかしら聞かれたら僕は平気でお前を売るぞ」

『おお、怖い怖い、情報屋相手にその度胸が俺は怖いよ』


 そう情報屋、そいつの主な稼業だ。あなたのビジネスパートナーか商売敵かは知らないがね。そいつから僕は木島集歌の情報を買おうとしていた、勿論、只でね。友達価格ってやつさ。これも積み重ねってやつだろうな、情報ってのは武器だ。恋の駆け引きには必要だと、そう思っていたんだな、恥ずかしいことに。そしたら。


『木島集歌ぁ~? あいつがどうしたってんだよ』

「いやだから彼女について知っている事があれば教えろと」

『知ってる事ねぇ、スリーサイズか? それとも男の趣味か? そんなもの知らないよ。長い付き合いだけれど――』

「おい、ちょっと待った、今なんて言った?」

『ん? いやだから俺は何も知らないと――』

「その後!」


 そう、どうやら木島集歌とセリヌンティウスは同郷だったらしく、同級生だったらしい。だからこそ『長い付き合い』だったそうな。妬けはしないけれど、変わる前の集歌を知っているという点では羨ましかったな。いや今が彼女の素なら、セリヌンティウスに言わせてみれば電算室の魔女である彼女は『昔に戻った』状態であるんだろうけれど。

 しかし、今となってはこう言えるけれど、その頃の僕はそうとう焦っていたのは間違いない。急いでセリヌンティウスの居場所を聞き出すと家を飛び出した。ええ、その頃はまだ直接会えるくらいの交流があったんでね。ちょうどこの通りのもう一個隣の通り、路面電車が通ってない方の通りにあるカフェテリア「アムール」で落ち合う運びになった。ここより雰囲気は純喫茶に近くてコーヒーの美味しい店だったな。


(この時、ちょうど頼んでいたオレンジジュースが運ばれて来て店員に聞かれたんじゃないかと思い少し気まずかった)


 ……ええと、そうアムールで彼と落ち合うと早速、僕は彼から集歌について知っている事を洗いざらい吐かせた。こう見えてあいつには貸しをたくさん作っていてね。それも積み重ねってやつ。そうだから『あんなこと』があったのに、いまだに友達でいて、連絡をくれるのはそのおかげだろうな。え? 強請っているようなものじゃないかって? まあ否定はしないけれど、友情の形って人それぞれだと思うよ。セリヌンティウスだってやろうと思えば僕からの貸しを全部返して関係性をチャラに出来るのにしようとしないのはそういうことだと思ってる。

 話が少し逸れたな。友情の在り方より情報だ。あなたも職業柄分かるんじゃないかな、そこら辺の肌感覚っていうのは。村山記者はまたもぎこちなく頷いた。反応が分かりすい人だ。

 ではアムールであった事について話そうか。あいつは髪を茶色に染めていて、そんでもって派手なアロハシャツを年がら年中着ている変な男で、あと常に短パンだったな、冬でも、だ。きっと頭が南国か何かなんだろうな。悪口? あいつはこのくらいの事、悪口ともなんとも思わないよ。本当に精神が頑丈というか、こういうと言い方がきついけれど、あいつは十年来の飼い犬が死んでも。


「なにも思わなかったな」


 って言うくらいの冷血漢だから。それがやせ我慢からくる嘘せよ、本当にせよ、ね。さて、あいつとは色んな事を話したな。


「あいつとは小学生からの付き合いだな」

「そいつは驚きだな……長いの想定を少し間違えていたよ」

「木島集歌って女はその頃、つまり小学生時代から才女ともてはやされていてね、癪に障ったよ。でもな、俺の『情報』の買い手としてはお得意様だったんもんで今でも関係性が続いてる」


 僕はセリヌンティウスが小学生の時から情報屋なんて胡乱な商売をしていた事に呆れ果てたね。こいつには絶対に一銭も払わんと改めて決めたくらいには。

 別に情報屋ってシステムを胡乱だって言ってるんじゃない。セリヌンティウスが売っている『情報』ってのが大抵『あやかし』だったり『都市伝説』だったり、はたまた『異聞』だったりするもんだから、胡乱だって言ってるんだ。だからまあ民俗学専攻なのは自明の理なんだろうけれど。つまりそんな『情報』を買っていた集歌はそれらに興味があったという事、そこまで聞いて彼女の書庫での態度に少し納得がいった。


「なるほどな、民俗学好きは生来のものってことか」

「ん? それはちげーんじゃねーかな。何事にもきっかけってのはあるもんだぜ、秀秋くんよ」

「もったいぶらず吐けよ情報屋、その『きっかけ』って?」

「まあ大した話じゃないさ、今となっては解決した話でもある。あいつの妹が『神隠し』に遭ったんだよ」


 神隠し。それを聞くとセリヌンティウスに直接、会わなくなった出来事を思い出す。だけどそれを話す前に、まず集歌の妹について聞いた話を続けなければならなかった。というか横道だからその時は話そうとも思ってなかったかもしれない。


「どうもなにも文字通りさ、あいつの妹が行方不明になって、んで一週間くらいしてみんなが諦めたくらいの頃に帰って来た。それだけの話。だけどあいつ、木島集歌にとっては……そうだな、言葉を選ぶなら、そしてあいつ風に言うのなら『浪漫』だったんだろうよ」

「浪漫……? 妹が行方不明になった事がか?」

「違う違う、視点が違うぜ、秀秋くんよ。あいつが見てたのは妹じゃなくて現象の方だ」

「神隠しという現象が実在した事に興味を持った……って言うのか?」

「正解、花丸をあげようじゃないか」

「いらないし、頭を撫でようとするな、気色悪い」

「そっけないねぇ」


 まあ、僕らの会話はいつもこんな調子で。一通り木島集歌について聞きたい事は聞けたと思った僕は、ついでにセリヌンティウスにこんな事を提案した。


「はぁ~? お前と木島集歌の仲を取り持てだあ!?」

「声が大きい、旧知の仲なんだろう、そして僕とお前も大学生からの付き合いだが一応、友達だ。つまり木島集歌と僕には共通の知人がいたって事実が出来上がるのさ」

「気分は名探偵か? それは推理じゃなくてただの事実の羅列だぜ」

「そんなつもりはないよ、僕に探偵なんてこの世で一番似合わないだろうさ」


 その時はそう思ってた。セリヌンティウスが消える時までは。事が起こったのはその後。まさかこの僕が探偵の真似事をさせられる事になるだなんて。

 え? その話も聞かせて欲しい? いいけれど、木島集歌の、電算室の魔女の話からは少し逸れる事なる。すると村山記者は頷いた。それでいい、と。

 となれば話すしかない。

 僕が集歌との仲を取り持つ事を提案するとセリヌンティウスのやつは、


「じゃあ代わりに俺の願いを聞いてもらおうか、なあに簡単さ、次の課題を代わりにやって欲しいってだけ、簡単だろ?」

「次の課題ってフィールドワークじゃないか。確か……街の噂を傾向と共にレポートに纏めろってやつだろ? なんだ僕に自分とお前の二人分のレポートを作れっていうのか、業突く張りな奴だな」

「それこそ、木島集歌辺りに頼めば簡単なんじゃないか」

「彼女はフィールドワークが苦手だと言っていたが? それに今、木島集歌直々の『お試し期間中』でね。つまり、その提案を受けると僕は自分、お前、彼女の三人分のレポートを作る様な労力を背負う羽目になる」


 そこでセリヌンティウスは怪訝な顔をした。


「あいつがフィールドワークを苦手と言ったのか? それで代わりをお前にやらせている?」

「ああ」

「ふぅん、まあ本人が言うならそうなんだろうな。ま、この条件以外でお前と木島集歌の仲を取り持つなんて厄介事、引き受ける気にはならないね」


 そこまで言われては仕方ない。僕は三人分の「街の噂」を集める事にした。傾向をまとめたメモを片手にね。そう今の村山さんみたいに。街の人々に足を使って取材の日々、まあしんどかったな。なにせ三人分、別々の噂を傾向ごとにまとめなきゃいけなかったんだから。おかげで一人分。そう一番最後に置いといた自分の分がおろそかになっていた。だから、提出期限ギリギリになっても一向にレポートが完成せずいたもんだから教授に呼び出しを喰らって。

 僕はそこで変わり身の術を使ったんだな。忍者のそれじゃなくてね、言葉遊びだよ。すいませんね、長話をしているとついこうなる。オレンジジュースを飲んでもいだろうか? 村山記者は肯定する。

 一口、黄色い液体を口に含む。やはり、さすがにオレンジジュースがまずいって事はなかった。だがしかしカフェテリアに来るのはコーヒーを求める客だろうから、やっぱり集客は望めないだろうな。それこそ積み重ねだ。コーヒーが不味いことの積み重ねが客足を遠のかせた。そんな事を思いながら話を続けた。

 僕はセリヌンティウスを代わりに教授の下へ向かわせた。あいつのレポートと僕のレポートはすり替えてね。つまり、課題提出していないのはセリヌンティウスだって事になった。結果的に。

 そこで困惑した教授はセリヌンティウスに向かって早くレポートを提出するよう八つ当たり気味に怒ったらしい。するとセリヌンティウスはこう言ったそうな、伝聞だけど、


「楯好秀秋が俺のレポートを持っているはずなんです。彼がそれを持って来るまで待ってもらえませんか?」


 って。

 すると教授はこう条件を付け加えた。


「それが本当ならそれを証明するためにお前(セリヌンティウス)は基本的に此処(講義室)に居る事、楯好秀秋と連絡を取り合う以上の行動は原則禁止する、と」


 半ば軟禁だ、時代錯誤な。それをなんとセリヌンティウスのやつ受け入れやがったそうな。僕は辟易とした、おかげで残りのレポートをまとめるために街を東奔西走する事になったんだから。さっきは探偵のようなと言ったけれど、どちらかと言えば 現場百遍の刑事のが近いな。

 だけど、結果的にそれは徒労に終わったんだな。僕が三人目のレポートを作り終える頃にはセリヌンティウスは教授の下から忽然と姿を消していたんだから。

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