第9話 絶望と絶望

「どうしたんですかエレナさん?」

リカちゃんは先に起きて状況をエレナに確認している。

「カトレが戦っています。ニナはもう向かったので私たちも行きましょう」

空が燃えて見えるのはカトレが本気で戦闘をして、あたりを焼野原にしているからだとエレナは走りながら教えてくれた。

「でもカトレが本気を出すような敵はこの辺にはいないはずです。少なくともゴブリン村にもいませんでした」


俺たちが到着したときカトレは血を流し右腕を失っていた。


カトレの本気の戦闘は炎の魔力を全身に纏い、周囲を火の海に変えながら圧倒的なパワーで敵をねじ伏せる。

だが敵はその燃え盛る炎の中に平然と立っている。

「エレナ、二人連れて逃げて。ロードいる、これは罠、誘われた」


先に来ていたニナがエレナにそう言い残しまた戦闘に戻っていく。

敵は一体だけでなくカトレを囲むように何体もいる。

(あれは人?いや悪魔にも見えるが?ゴブリンか!エレナさんが判断できずに動きを止めて考えている、そんなにやばいやつなのか)

「エレナさん、ロードってなに?」


「ロードトハ イダイナルマオウガハイカノヒトリ オマエタチワマオウノニエトナル」

俺たちは状況を考えている間に敵に囲まれてしまい、そのうちの一人がいきなり喋りだした。

どうやら俺たちはゴブリン村というエサにおびき寄せられたらしい。

奇襲をしようとしていたのに逆に奇襲をかけられ、それにカトレが直前で気づき戦闘になったのだ。

敵の数は把握できるだけで特殊個体が10体に、普通のゴブリンが数十体、さらに喋る細長のゴブリンが2体、そしてカトレが戦っている奥の悪魔みたいなやつ。

(ゴブリンって喋れるんだ、これってたぶんやばい状況だよね)

カトレが一番やばそうな奴と戦っていて、ニナがその周りの特殊個体と細長1体と応戦中。

こっちも細長のもう1体がエレナに襲い掛かり戦闘が始まってしまった。

「拓矢さん!リカさんを守ってください」

「言われなくても、リカちゃんは自分を守ることだけ考えて」

「はい!」

普通のゴブリンは幼稚園児が刃物を持った程度の強さでこちらも武器があれば問題はなさそうだ。

だが特殊個体は違う、早さこそないが力はカトレ並みにありそうだ。

しかも、俺たちの前には3体。

俺は剣を取り、周りのゴブリンを切り捨てそのまま特殊個体に特攻を仕掛ける。

(ゴブリンとはいえ初めて生物を刃物で切り殺したな、リカちゃんは大丈夫だろうか)

心配をよそにリカちゃんは光る槍でゴブリンを貫き、真っ二つにしていた。

(これなら特殊個体さえ押さえればここは何とかなりそうだ)


最初の特攻は1体に傷こそ負わせたものの、それがきっかけとなり特殊個体3体で連携して俺に狙いを定めて襲ってきている。

常に3体は俺と一定の距離を保ち順番に攻撃を仕掛けてくる。攻撃を剣でガードしても次の瞬間2体目の攻撃が来て、さらに3体目と続く。

2体目の攻撃は上に避けて防いだがそこを3体目に狙われ強烈なパンチを脇腹に食らってしまう。

衝撃で5m近く飛ばされたがなんとか受け身を取り態勢は崩れていない。

(あの攻撃なら耐えられるな、昨日ババアにくらった回し蹴りに比べれば、全然痛くない)

攻撃をくらい動けなくなることを恐れて攻めきれずにいたが、特殊個体の打撃は耐えられることを確信したことで攻撃の体制に移る。

正拳突きの要領で繰り出す剣の突きが特殊個体1体の胸部を貫く。

攻撃の隙をつかれ、頭部に打撃をくらったが耐えてそのまま打撃をしてきたやつを全力で薙ぎ払う。

残りの特殊個体はあと1体。


エレナは細長のゴブリンに苦戦していた。

このゴブリンは剣を扱い、さらに特殊個体と普通のゴブリンを操り、巧みに攻撃を仕掛けてくる。

手下のゴブリンたちをけしかけ、隙ができたところをその手下ごと魔法で攻撃してくる卑劣さ。

細長に狙いを定め、剣で攻撃を仕掛けても、盾を持った2体の特殊個体に防がれ、ゴブリンが捨て身の攻撃を仕掛けてくる。

エレナも魔法は使えるが、エレナの聖魔法は詠唱時間が長く、1対複数の状況に向いていなかった。

詠唱しながらの回避や剣での攻撃も当然できるが、捨て身のゴブリンと細長の魔法がそれをさせてはくれない。

細長の放つ魔法は炎魔法、威力事態はたいしたことないがこの魔法には毒も含まれていた。

毒は聖魔法で浄化できるが、ダメージは蓄積していく、エレナの攻撃は細長には届かず、手下のゴブリンの数はまだまだたくさんいる、じり貧状態が続き戦況はどんどん悪くなっていく。


ニナもエレナと同じように細長のゴブリンの相手をしていた。

彼女の戦い方は毒の魔力を込めた双剣で敵を切り刻んでいく。

致命傷は与えられなくとも、切られた時点で毒に侵され普通は死に至る。

だがニナの戦っている相手も細長、捨て身のゴブリンと2体の特殊個体を盾にされうまく攻め切れていない。

毒魔法が得意なニナに毒は効かず、半端な炎攻撃も効かない。

だがニナの攻撃も細長には届かない。

後ろでカトレが削られていく姿を感じながら時間だけがただ過ぎていく。


カトレとニナはいつも一緒にいる。

冒険者としてパーティーを組みいくつもの死線を潜り抜けてきた。

お互いの力を信頼し背中を預けられる仲。

カトレが見回りに出ていた時ニナは寝ていたが、カトレの魔力波動をいち早く関知し戦闘に合流した。

だが、相手が悪く、ニナが来た時にはすでにカトレの右腕はなかった。

カトレも決して油断していたわけではない、だが敵の方が1枚も2枚も上手だった。

カトレを一撃で殺そうとした不意の攻撃をカトレは右腕だけで済んでいたのも彼女の強さを表している。

ニナが来たことに気が付いたカトレはロードの存在を伝えすぐに自分が盾になるので皆で逃げるよう指示を出す。だが仲間思いの彼女たちには親友を置いて逃げるという選択肢はなく、それぞれが戦うことを選択したことで全滅の道に引きづり込まれていくことになる。


カトレの戦法は攻防一体、鋼の肉体に炎の魔力を纏いただひたすら攻め続ける。

右腕を失ってもやることはかわらない。

だが相手はゴブリンロード、カトレの打撃がロードに直撃しても薄皮一枚を焼くだけでその火傷もすぐに再生する。

御付きの特殊個体3体はロードの後ろで控え、戦おうとはしない、まるで何かを待っているかのようだ。

ロードは魔法と斬撃を仕掛けてくるが、けっしてカトレを殺そうとはしていない。

最初の不意打ちの斬撃もカトレが避けることを想定していたのだろう。

うすら笑みを浮かべながら圧倒的強者の立場からカトレを削りながら楽しんでいる。

「お前たちは魔王様復活ための苗床にしてやる、喜べ魔女たち」

「けっ、強者でも外道にやられる趣味はないね」

ロードが使う魔法は重力魔法、しかも無詠唱だ。

カトレの動きを鈍らせ、鋭い爪から斬撃を繰り出してくる、しかもロードは空も飛べる。

「ニナも苦戦している、まずいね」

「他者の心配をする余裕があるのですか?」

一瞬、ニナたちに意識を向けたカトレに魔力のこもった一撃が襲う。



俺は残り1体の特殊個体を倒し、エレナさんの援護に向かっている。

リカちゃんは先に周りのゴブリンを蹴散らしエレナのところにいた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫です、拓矢さんリカさん、10秒だけ時間を稼いでください」

そういってエレナは詠唱を始める。

「リカちゃんは小さいのを、俺がデカいのをやる」

「はい」

俺は細長いゴブリンに注意を払いつつ、盾持ちに攻撃を仕掛ける、攻撃が分散できたことでエレナさんは詠唱しながら細長の奴と剣を打ち合えている。

「さっきの奴と違って盾は厄介だな、でも」

先の一戦でコツをつかんだ俺は再び剣による正拳突きを繰り出す。

盾を突き破り1体を倒すことはできたが同時に剣が折れて柄だけになってしまった。

「1体だけなら、強化した拳だけで十分か」」


「拓矢さん下がって」

詠唱を終えたエレナさんが俺の前に立ち魔法を解き放つ

「ホーリーレイ!」

エレナさんの剣から放たれた光が盾持ちと細長のゴブリンを同時に突き破る。



「聖なる光よ、かのものを癒したまえ ヒーリング」

(リカちゃんがエレナさんを回復している)

「リカさんありがとうございます。でもまだですカトレたちを」

「そうですね、行きましょう」

リカちゃんは俺が思っている以上に逞しく強くなっていた。


ニナのところに俺たちが合流したことで、細長と特殊個体はすぐに撃破できた。

だがその時すでにカトレがロードにやられ御付きの特殊個体によって捕縛されていた。

「カトレを返せぇぇ!」

カトレの姿を見たニナとエレナが激高し、奪い返そうと走り出す。

「返しませんよ、あなたもああなるのです」

無残にも二人の攻撃の隙をついたロードが背後から両腕で一突き、あっさりとニナとエレナは倒されてしまった。

「神代さん・・・」

「リカちゃんは下がって、いや逃げて俺が時間を稼ぐから」


「ダメですよ贄は一人でも多い方がいいんですから」

そういってロードは容赦なくリカちゃんにも攻撃を加え彼女は倒れてしまう。

ロードは恐ろしく速い、動きが見えない、ニナとエレナの背後にいたと思った瞬間、俺の後ろでリカちゃんを刺していた。

「男にようはないのですが、エサくらいには役立ってもらいましょうか」

首を傾け薄ら笑いを向けるロード。

絶望的な状況で俺に残された手段は1つだけ。

魔力の開放、正直これでも勝てる可能性は低い。

でも俺は大切な人を傷つけられてじっとしていられるほどお人よしではない。

怒りと同時に封魔の刻印をときロードを睨みつけ、殴りかかる。


俺は魔法を使うことができない、というか教えてもらっていない。

「魔法は想像の産物で思いを具現化するものじゃ」とババアが言っていた。

「魔法に呪文は必ずしも必要なものではない、詠唱は想像を手助けする手段に過ぎないんじゃ」

ロードをとにかく殴りたい、ぶちのめしたいと願った俺の拳は大きな力の塊を纏ってロードを襲う。

「すばらしい魔力量です。でも当たらなければどうということはない」

力も早さも解放前とは段違いになってはいても、それでもロードには届かない。

それでも俺は全力でロードに向かっていく。


「拓矢!今!」

ニナがロードを背後から刺し動きを止めてくれた千載一遇のチャンスに渾身一撃をロードの顔面に食らわせる。

ロードをぶちのめした俺はニナの顔を見て少し安心した。

「ニナやられてたんじゃ?」

「ニナ回復力自信ある、それより拓矢いつ開眼した?」

「内緒だ、それより・・・」

「あいつしつこい嫌い殺す」

首の骨を折ってやった感触はあったが、首を一回転させ元の位置に戻したロードが笑っている。

「やれるか?ニナ」

「毒も効かない、難しい。拓矢これ使えニナの愛刀」

「いいのか?」

「1本だけ、生きて帰ったら拓矢の愛刀で返す、約束」

「それは難しいかもな」

最後の会話を終え、ロードがこちらに攻撃を仕掛けようと動きだした瞬間だった。


「拓矢ぁぁぁ!いきなり約束を破るとは何事じゃぁぁぁ?酷いではないかぁ!」

どこからともなく声が聞こえ、空間の狭間から現れるフィオナ。

「邪魔はいけませんねお嬢さん」

ロードの標的が変わりフィオナの背後を襲う、だが虫を払うかの如く繰り出した彼女のデコピンによりロードの頭は簡単に消し飛んでしまった。

「邪魔はお前じゃ、ゴブリンごときが気安くワシに話しかけるでないわ」


「拓矢、神現れた」

「ああ、妖怪ロリババアだ」

俺たちの絶望がゴブリンの絶望に変化する。


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