第1話 デートの行先は異世界

俺は今リカちゃんと初詣デートをしている。


実は1回目の人生でも彼女と二人で遊びに行ったことは何度かある。

俺が休みの日に店長権限で彼女のシフトを調整して深夜のドライブや、他店の居酒屋の調査だと言い張った二人きりの飲みも行っていた。


飲みに行った後は俺の家で二次会という名の宅飲みもしたことがある。

ただし、やましいことは一切ない。

やましい気持ちはたくさんあったがやましいことは断じてしていない。


澄み切った純粋な彼女を見ているとドス黒い俺の気持ちは白に清められていた。

俺は奥手だったわけではないのだが彼女の前ではそうなってしまっていた。

彼女と関係を深めるチャンスは何度もあった、告白のチャンスも。

家で二人きりになったのも1度だけではない、なのに俺は何ごともなく転勤で彼女の前から離れ二度と会うことはなかった。


「寒いですね」

「俺が温めてあげようか?」

「余計寒くなるのでやめてください」


俺たちはお店から少し離れたところにある神社に来て階段を昇っている。

さすが元旦!夜明け前だというのに、人がいない・・・。


どうやらこの神社はまったく人気がないようだ。

それとも明るくなれば人が集まるのだろうか?


「人全然いないですね」

「寒いからね」

「たしかにそうですね。あ!見てください焚火が見えますよ」


神社の階段を上った少し先に焚火がある。

初詣客のためにと神社が用意したものだろう。

焚火で暖を取っているのは俺たちだけ、人がいないのは予想外だけどうれしい誤算だな。


少し温まったあと神社に向かう、決して立派な建物ではないが何かしらの神が祀られているのだろう。


賽銭を投げ入れ鈴を鳴らし二礼二拍手一礼。


初日の出までまだ時間があったので再び焚火の前に。


「なにかお願い事したんですか?」

「億万長者になれますようにってね」

(まぁこれはもう確定事項だけど)

「ふっ、神代さんらしいお願いですね」

「本当はリカちゃんともっとゆったり時間を気にせずデートがしたいってお願いしたんだよ」

(これは切なる願望)

「そうですね」

「え?」

(これは完全に聞き流されているな)

なにやら彼女は少しあきれた顔をして炎を眺めている。

「リカちゃんもなにかお願いしたの?」

彼女はニコっとこちらに笑いかけこう答えた。

「ご縁が結ばれますようにってお願いしときましたよ。そのための五円玉です」

(自慢げに答えているがそれって好きな人がいるってことなのか?それは俺って可能性は・・・・ないな)

ときより会話の受け答えで見せる、彼女のツンとは違う冷めた視線がその証拠だろう。


今もデートとは言っているが仕事の延長線上で付き合ってくれているだけ。

(死に戻ってもうすぐ一ヶ月だってのに前と何も変わってないな俺は、やっぱり人生のやり直しってできないのかな)

しばらく沈黙が続き揺れる炎を見つめる二人。


辺りがうっすら明るくなってきたと思ったそのとき、突風が吹き焚火の炎が大きく舞い上がる。


「きゃ」

「おいおいおい」

焚火の炎がどんどん大きくなっていき火柱のようになっていくではないか。


「どこにこんな炎を出す燃料があるんだ?しかも真っ直ぐ上に、地中に火炎放射器でも埋めてるのかな?ねぇリカちゃん」

珍しいものを見たと感心している俺の袖を引き一歩下がる彼女。


「なんでそんな冷静なんですか」

掴んだコートを離さない彼女は少し震えていた。

炎の火柱はどんどん高く空に伸びていっている。


「大丈夫だよ」

そう言ってコートの袖を掴む彼女の手をなんとなく握ってみた。

(やっべ、ちょっとカッコつけすぎたかな?)

いつもならもう大丈夫ですとかいって手を放しそうな彼女が、少し顔を赤くして手を強く握り返してくる。


(たしかに炎で熱いもんな、俺もなんだか体が熱いよ)


炎が高く昇り、天に届いたかと思った次の瞬間、炎が白く光って消える、 いや弾けたのか?


「キャ」

「まぶし」

炎が消えた後には火の粉か光の粉のようなものあたりに降り注いでいた。


俺はまだ彼女と手をつないでいる。

前の人生では終ぞ彼女に触れることは一度もなかったのに。


「怖かったですね なんだったんだろう」

これは人気のない神社が客寄せのための大々的なプロジェクションマッピングを使った日の出イベントだな。

しかも参拝客は俺たちだけで大爆死ときた、そもそも企画内容がダメすぎるだろ。


あれ?まてよ2010年時点でプロジェクションマッピングなんてあったか?

あったとしても最先端すぎるな、さてはここの宮司は超金持ちの馬鹿だな。


そうこうしているうちに太陽が昇り始めた。


ここの神社のいいところは階段の頂上から朝日を見ながら、美しい街並みを見下ろすことができるところだ。

俺たちはまだ手をつないだまま街が見える階段まで歩いていく。


山々の谷間から顔を出す太陽。

そして日に照らされ美しく広がる森の木々と草原?


すっと俺の手から彼女手が離れていく。

「神代さん なんかおかしくないですか?」

(あぁおかしい、俺はもう少し手をつないでいたかったんだが)

「建物がないですよ、下には住宅街がありましたよね?」

彼女は少し混乱し慌てているが俺は冷静だった。


死に戻った先の出来事。


きっと俺はまだ前の世界で生きているんだ、多分昏睡状態で長い夢をみているんだろう。


「ねぇ聞いてますか!」

そう言って彼女は俺の背中を叩く。

「携帯も圏外で使えませんよ」


(あぁこの痛みは夢なんかじゃない この一ヶ月働いた疲労感もある、目の前で涙ぐんでいる彼女は・・・)


「ごめん、状況が理解できなくて考え事してた とりあえず宮司さんを探そ」

「はい」

(そうだ宮司さんならなにか知っているはずだ、あれ?そういえばここに来てから俺たち以外誰かいたか?)

焚火があったことで宮司さんか誰かがいると思い込んでいたが、俺たちは誰とも会ってはいなかった。

「すいません 誰かいませんか」


神社の中に声をかけても返事はない。

「しょうがない、ちょっと失礼して」

神社の扉を開けて中を覗くがそこには何もなく当然人もいなかった。

「リカちゃんちょっとここで待ってて 周り見てくるよ」

朝日で明るく照らされた決して広くはない敷地を探してみても誰もいない。

「ごめん やっぱり誰もいなかった」

「そうですか」

くたっと座り込んでいる彼女は少し眠そうにしている。


(深夜の仕事の後にそのまま来たわけだししょうがないよね)

「少しここで休ませてもうらおう」

神社の中でいったん仮眠をとることにし、彼女はすぐに隅の壁にもたれかかりながら座ったまま眠りについた。


俺は反対側の隅に座り込む、広くはない室内で彼女と二人きり。


隣に座るのはなんだか気が引けるからこっちにきたけど、これが彼女との今の距離なんだろう。


(それにしてもこの神社の中何もないな ただの部屋だ)


ふと天井を見ると絵が描いてあった。


竜?と人がたくさんの鬼みたいなのと戦っている姿が描かれている。


(俺も少し寝るか 目が覚めたらお店のお座敷なんてことはないかな)

俺は考えることを止め目をつむる。


眠れない ふと目を開けると可愛い彼女の寝顔がそこにはある。

(リカちゃんが気になって眠れない眠れるわけがない)

近い距離ではないが寝顔を眺めるには十分な距離だ。

もっと近くに行って顔を覗き込みたい、いやキスがしたい。


ダメだ、こんな状況でそんことするべきじゃない。


(ちょっと外に出て頭を冷やそう)


「暑いな」

さっきまで焚火で暖を取っていた寒さがまるで感じられない、コートと上着も脱いでTシャツ1枚がちょうどいい。

春か秋かわからないがそんな感じの空気感。


「もう一度階段の下を見てみるか」

再度上から探してみるもやはり建物は何もない。

(もしかして今度は時代をさらに遡ってしまったのかもしれないな、 死に戻りを経験したせいでこんな考えになっているけど、リカちゃんにしてみればとんでもない状況だよな。起きたら一緒に下に降りて店があった方に歩いてみるか)


社に戻ると暑さで汗ばみ苦しそうにして彼女はまだ寝ていた。

(これはこれで可愛らしくていいな)

扉の前に腰掛け彼女をじっと見つめる。

これが夢でもなんでもないなら彼女のことを第一優先にしないといけない。

あれこれ考え事をしながらただじっと寝顔を見つめるすごく幸せな時間だった。


日が昇りさらに暑さが増してく。


「暑~い!」

そう彼女が叫びながら起き俺と目が合う。


「おはよう」

「お おはようございます。もしかしてずっと起きてたんですか?」

「ん?そうだね。リカちゃんの寝顔を見ていたら見惚れて寝るの忘れてたよ」

「変態」

いつものツンとした返事が返ってくるものの、彼女は少し恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

「コート脱いだら?暑いでしょ。俺なんかTシャツ1枚になっちゃった」

「やっぱりおかしいですよ。この暑さもだし街も消えてるし」

コートを脱いだ彼女はまだ眠そうに座り込み下を向いていた。


「階段を降りて店があった方向に森を歩いていこうと思うけど、どうする?」

彼女は何も答えず下を向いている。

「ここでもう少し寝て待ってる?」

「行きます 一緒に行きます」


階段を降り森を進む やはり俺たちの知っている場所とは違う。


そして彼女様子が少しおかしい、道中ずっと俺のシャツの袖をつまんで離さないのだ。

「さっきみたいに手つなぐ?」

「暑いので手はつなぎたくないです」

「服伸びるんだけど・・」

「我慢してください」

「じゃあ抱っこしてあげようか?」

「馬鹿」

受け答えはいつもの彼女通りだがなんだかしゃんとしない。


お店と神社と同じ距離を歩いただろうか。

森を抜け草原にでた俺たちは不思議な生物と出会ってしまった。


「クラゲ?」

「クラゲだね しかも宙に浮いてる」

ゆらゆらと宙を漂うクラゲはゆっくりとこっちに近づいてくる。


「危なくないですか?」

「動きはゆっくりだし触らなかったら大丈夫でしょ」

クラゲの動きに油断していた俺は彼女の方を向いて受け答えをする。

「神代さん前!」

クラゲの触手が素早くこっちに伸びてきている。

とっさのに手で払いのけクラゲと距離をとったがこれがまずかった。

クラゲの触手に触れた右手がめちゃくちゃ痛い。


「痛った、痛ったこれ」

昔、海でクラゲに刺されたことがあるがまさに同じ症状である。

チクっとした痛みの後にピリピリ刺す痛み。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないけど大丈夫。早くこいつから離れよう」

クラゲから走って離れようとした瞬間右手にクラゲの触手が巻き付いている。

右手に走る激痛、とっさに彼女から距離を取るため彼女を左手で突き飛ばす。


クラゲは触手をたどるようにこちらにゆっくり近づいてきている。

(こいつ俺を喰う気か?)

「神代さん!」

「大丈夫だから少し離れてて」

痛みで冷や汗が止まらない、右手の感覚も徐々になくなってきているような気がする。

やけになりクラゲを触手ごと砲丸投げのように振り回し地面に叩きつける。

「クソがぁー」

叩きつけたクラゲをさらに勢いよく踏みつけていく。

「くそがクソがくそがぁー」

そのときプチっと何かを踏み潰す、クラゲの触手は右手から離れクラゲ自体は溶けていった。


だが右手の痛みは止まらない。


触手が巻き付いていたところは赤くひどいミミズ腫れになっていた。

(こんなことなら上着くらい着ておけばよかった)

「神代さん」

俺に駆け寄ってきた彼女は泣いていた。



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