第45話 知性と意志

フェンリル幼体との決戦当日――


黎明の空が白み始める頃、ハルオたちは王都近郊の峡谷地帯に設けられた【聖騎士団前線拠点】へと到着した。


高台に設営された陣地には、魔法障壁とともに十数張りの大型テントが並び、全身鎧をまとった聖騎士たちが整然と並び立っていた。空気は張りつめ、そこかしこに戦の匂いが漂っている。


「……緊張感すげぇな」

クレインが苦笑混じりに呟くと、ハルオは真顔のまま頷いた。


「そりゃあ、相手がただの魔物じゃないからな」


二人が広場に足を踏み入れた瞬間、銀の甲冑をまとった長身の女騎士が静かに前へ進み出た。


「君たちが学園討伐隊か。話は聞いている。私は聖騎士団第二隊隊長、エレナ・ヴェル=クロードだ。代表としてここに来た」


その声は低く澄み、無駄のない冷静さを帯びていた。整った顔立ちには冷徹さが漂うが、その瞳の奥には炎のように強い意志が宿っている。


「学園討伐隊代表のエルネストです。よろしくお願いします」


エルネストが一歩進み出て応じる。二人の視線が交わると、張りつめた空気の中で短い言葉が交わされ、情報交換が始まった。


「ヴェル=クロード……?」

ハルオがその名に覚えがあるように目を細めた、その時だった。


「……姉さま」


後方に控えていたアリシアが一歩前に出て、抑えた声でそう呼んだ。


エレナの瞳がわずかに動く。


「……アリシアか」


その瞬間、場の空気がわずかにざわめいた。


アリシアは胸元で手を組み、まっすぐ姉を見つめる。


「私は今回、魔法学園から編成された学園討伐隊の一員として来ました。姉さまの足を引っ張るつもりはありません。」


その言葉に、エレナは表情を変えないままうなずいた。


「そうかでは互いの検討を祈る」


その後ハルオたちは聖騎士団とは少し離れたところに先に拠点を構えていた学園支援部隊と合流し作戦を確認していた。


「先に入った聖騎士団の話では、斥候班がすでに奴と接触し、重傷者が出ているらしい。独自で動いていた冒険者パーティーもいくつか連絡が途絶えていると……」

エルネストが、魔導地図を睨みながら低く告げた。


広げられた地図には、峡谷の断層ごとの地形と魔力濃度の分布が記されていた。中でも“第七断層”の付近だけが、異様に赤く脈打つような光を放っている。


「これは……異常値ね。魔力の濃度が、自然発生の域を完全に超えている」

アリシアが顔をしかめながら呟いた。


「フェンリルの行動範囲は広い。故に、聖騎士団、冒険者、そして我々がそれぞれ別行動を取っている。だが――この地図から、次の出現地点はおおよそ絞れる」


エルネストは指先で、第七断層の西側に位置する急峻な谷間をなぞった。


「ここだ。谷底の魔素濃度が異常なレベルにまで跳ね上がっている。風の流れや地形反射では説明がつかない。これは自然発生の域を逸脱している」


「……つまり、フェンリル自身が“魔力源”になってる可能性があるってことか?」

ルガードが眉をひそめながら、地図に視線を落としたまま口を開いた。


「可能性は高いわね」

アリシアが手元の記録書をめくりながら頷く。


「昨日、斥候班がこの区域で接触しているわ。その報告によると、周囲の魔物がフェンリルの魔力を避けるように行動していて、生息域ごと変わってしまっているらしいの」


「魔物が……逃げている?」

ルガードが言葉を詰まらせた。


「縄張りに突如現れた強敵だ。仕方がないだろう」

エルネストが静かに呟いた。


「だがその逃げている魔物どももその辺の雑魚とは違う。油断はするな」

彼はそう言いながら、地図の端に書かれた斥候班の報告日時に目を落とした。


「斥候班は昨夜、日没直前に第七断層西の谷底でフェンリルと接触。2名が重傷、1名が未帰還。残る1名は――」

エルネストは言葉を切る。


「錯乱状態で収容されたって聞いてるわ」

アリシアが代わって言った。


「そう。現在は聖騎士団の衛生班が保護している。だが、問題はその報告内容だ」


「何か……言ってたのか?」

ヴァルトが慎重に尋ねる。


「“目が合ったら、喋った”と」

エルネストの声は低く、重かった。


「……喋った?」

ハルオの眉が動く。


「言葉になっていたかは不明だ。断片的な音節だったという報告もある。だが、その斥候は“言葉を理解した気がした”と証言している」


一同が黙り込む。


「まさか……言語能力を持つってことか? フェンリルが?」

ルガードが低く呻くように言った。


「それが本当なら。知性と意志を持つ存在――」

エルネストの言葉に、場の空気がさらに冷え込む。


「……俺が対峙したときはそんなことはなかった」

ハルオが言いかけて、口をつぐむ。


「星降りの影響、進化した」

シェリルがつぶやく。


エルネストがシェリルの言葉に目を細める。

「……“星降り”が、フェンリルに何らかの変異を与えたと?」


「ありえるわ。星降りの影響で魔獣が変異する例はこれまでも確認されている‥‥」

アリシアが手帳をめくりながら、震える声で言った。


「知性の発現まで……そんな急激な進化が、あるのか?」

ルガードが半ば自分に言い聞かせるように問いかける。


「……いや、逆だ」

ハルオがぽつりと呟いた。

皆の視線が彼に集中する。


「最初から“持っていた”んだ。知性も意志も。あいつはずっと黙っていただけで……」


その確信めいた言葉に、場の空気がまた一段階重くなる。


「……なら、これはもう魔獣ではない。対話の可能性を――」


「ない」

アリシアが言いかけた言葉をシェリルが即座に遮った。


「言葉を使うからといって、理解し合えるとは限らない。奴らは……“支配するため”に喋る。相手を屈服させるための“意志”がある。魔王とはそういうものと文献に残っている」


一瞬、誰も口を開けなかった。


「今回の目的は討伐だ。変更はない。」

エルネストは皆を引き締め作戦の最終確認を行う。


「では行くぞ」

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スターダスト転生 ―おっさん隕石に当たって異世界送り― もちねっこ @tw1204

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