やっつけしごと
有理
やっつけしごと
「やっつけしごと」
釘崎 アリス(くぎさき ありす)人気現役アイドル
巌水 燈(いわみず あかり)フラワーデザイナー
※愛の溺れかた(ending)及び、愚かな不香の花のスピンオフです。
釘崎「こんにちは。釘崎アリスです。今日はよろしくお願いしますー!」
巌水「こんにちは。初めまして。」
釘崎「巌水先生の作品、よく拝見してます!この間駅前のポスター監修してましたよね?」
巌水「ああ、チャペルの。」
釘崎「そう!なんていうか、神聖で素敵でした!」
巌水「ありがとうございます。」
巌水「でも、不自然だったでしょう?あのポスター。」
釘崎「へ?」
巌水「神聖さを纏わせた生ゴミみたいじゃなかったですか?」
釘崎「いえ、そんな」
巌水「今日、撮影中は2人きりにしてもらうつもりなんです。」
釘崎「…ええ。聞いてます。」
巌水「私、この間釘崎さんのドラマを見ました。」
釘崎「ありがとう、ございます。」
巌水「とても興味のある目をしたんです。“私なんて”って台詞がとっても印象的で。」
釘崎「先生、?」
巌水「楽しい撮影会にしましょう。お花も揃えてきました。」
釘崎N「赤いマーメイドドレスを着た先生は私の手をとった。」
巌水N「黒いレースのドレスを着たアイドルは私をまっすぐみた。」
釘崎N「赤いオーバル型の爪がやけに目に焼きついた。」
スタジオ
釘崎「よろしくお願いしますー」
巌水「こちらこそ。」
釘崎「うわ、すごい花の量ですね。」
巌水「はい。」
釘崎「匂いが、立ち込めてて。」
巌水「酔いそうだったら換気しますので言ってくださいね。」
釘崎「ありがとうございます。」
巌水「…じゃああの椅子の方に。」
釘崎「はい。座り方は、」
巌水「座っても座らなくても構いません。楽にされてください。」
釘崎「じゃあ、」
椅子に座る釘崎。
巌水「そのドレス、細かい装飾ですね。」
釘崎「これが一番アイドルっぽいなと思いまして」
巌水「素敵な足がよく見えて。」
釘崎「あはは、ありがとうございます。」
巌水「釘崎さんは今幸せですか?」
釘崎「…はい。こんな素敵なお仕事させてもらって」
巌水「ああ、ごめんなさい。私が聞きたいのはあなたです。アイドルの釘崎さんではなく、あなたに聞いたんです。」
釘崎「へ?」
巌水「とてもお上手な先生にしてもらったんですね。そのお顔。」
釘崎「メイ、クの話ですか」
巌水「いえ。メイクももちろん素敵ですけどね。」
釘崎「…」
巌水「安心してください。あのカメラ、外から見られるのは映像のみで音声は聞こえませんし録音もされてません。」
釘崎「何を」
巌水「私は今日、釘崎アリスの可能性を広げるよう事務所から言われています。だから、ね?心配しないで。私のせいにしていいんですから。」
釘崎「先生、何言ってるんですか?」
巌水「嫌いでしたか?元のお顔は。」
釘崎「っ、」
巌水「ああ、いいですね。その顔。いつもの可愛らしい笑顔じゃない。怖い顔。素敵です。」
釘崎「…何なんですか。」
巌水「それだけ色々すると、ダウンタイムも辛かったでしょう。」
釘崎「…」
巌水「私も昔、変えたことがあるんですよ。顔ではなく指だったけれど。」
釘崎「…指?」
巌水「はい。昔、母に爪を剥がされてしまって。それから綺麗に生えないから曲がった指と一緒に父が綺麗にしたんです。」
釘崎「爪を剥がれた…」
巌水「そう。でももう、昔の話です。」
釘崎「大変な子供時代だったんですね。」
巌水「子供は親を選べませんから。親もそうなんでしょうけど。スーパーのガチャガチャみたいなものでしょう?」
釘崎「ガチャガチャ」
巌水「そう。親ガチャ、子ガチャ。私は親ガチャ失敗しちゃったみたいで。だから子ガチャは引かないって決めてるんです。」
釘崎「…」
巌水「釘崎さんはどうでした?」
釘崎「…私の親は、」
巌水「はい」
釘崎「いつも優しくて、いつも私の頭を撫でてくれました。」
巌水「そう、素敵な親御さんですね。」
釘崎「可愛い可愛いって。お母さんは。」
巌水「ええ。」
釘崎「でも。」
巌水「…」
釘崎「出て行ったんです。私を置いて。」
巌水「あなたを置いて?」
釘崎「そう。次の日から知らない女の人が家に来るようになりました。新しいお母さんだと父が言いました。でも彼女は私の顔が嫌いだったみたいで。」
巌水「…」
釘崎「…親ガチャ。」
巌水「失敗でした?」
釘崎「世間一般に言うと。きっと失敗したんでしょうね。」
巌水「それでそのお顔に?」
釘崎「いえ。新しい母は私の今の顔を知りません。」
巌水「家出?」
釘崎「早く家を出たくて、中学を卒業したあと県外の高校へ行きました。それから一度も帰っていません。」
巌水「じゃあ、今の活躍は」
釘崎「知らないです。この前だって、釘崎アリスみたいな顔ならよかったのにって言ってたくらいですから。」
巌水「そう。」
釘崎「…皮肉なものですね。」
巌水「お互い親ガチャ失敗した同士ってことですね。」
釘崎「まあ、」
巌水「ではその整った作り物のお顔で、またお金を稼ぎましょうか。」
釘崎「…」
巌水「見下した顔、素敵ですね。」
釘崎「…」
巌水「新しいお母様がよくされてました?その顔」
釘崎「っ、」
巌水「人ってね、脳裏に焼きついた憎い顔は自分の顔に浮かび上がってくるんですって。」
釘崎「…じゃあ、先生の脳裏にはそんな悲しい顔が焼きついてるんですか?」
巌水「…悲しい顔をしていますか?私。」
釘崎「虚しい顔。」
巌水「…ああ。きっとそれは何より多く見た顔だからでしょうね。」
釘崎「見た顔?」
巌水「鏡。毎朝見ませんか?」
釘崎「…ええ。」
巌水「…私ね。ずっと大好きだった人がいたんです。私が醜い手のせいで虐められてた時、この手を引っ張って輪に入れてくれた人。ひまわりみたいな明るい人でね。」
釘崎「はい。」
巌水「でも、ひまわりって太陽ばかり見てるでしょう。それと一緒で、彼女も私なんて見向きもしなかった。」
釘崎「彼女…?」
巌水「私の好きな人は女性だったんです。さわちゃんっていう、可愛い人。」
釘崎「…女性が恋愛対象なんですか?」
巌水「いいえ。男性だろうが女性だろうが、性別は関係ないんだと思います。私にとっては。さわちゃんだから好きになったんです、きっと。」
釘崎「さっきから過去形ですね。」
巌水「ふふ。フラれちゃいましたから。でも、まだ引き摺ってるなんてダサいでしょ?」
釘崎「…たしも」
巌水「え?」
釘崎「私も、女の子と付き合ってます。」
巌水「あら」
釘崎「今も、一緒に住んでて。」
巌水「叶ったんですね。」
釘崎「でもこれでいいのか、悩んでて」
巌水「叶ったんでしょう?」
釘崎「だけど、」
巌水「狡いですね。叶わない恋なんて星屑ほどあるのに。それなのにうじうじ悩んで。狡いなあ。」
釘崎「っ、」
巌水「いいか悪いかなんて、誰がいつ決めるんですか?親?友人?会社ですか?死んだ時?別れた時?他人を気にしているようじゃその子も報われないでしょう。」
釘崎「…先生に何がわかるんですか。」
巌水「分かりませんよ。叶わなかったんですから。」
釘崎「偉そうに、」
巌水「叶わないんです。もう一生。私の好きは受け取ってすら貰えませんでしたから。」
釘崎「そういう、卑屈じみた言い訳ばっかりするからじゃないですか。」
巌水「言い訳、ですか」
釘崎「言い訳でしょ。フラれてムカつくからって八つ当たりして。こんな可哀想な私、どうですかっていう言い訳。先生をよく知らない私でも、あなたを不快に思います。」
巌水「…なるほど。そうですか。」
釘崎「…」
巌水「…」
釘崎「…先生」
巌水「もっと等身大でぶつかっていたら変わっていたのかもしれませんね。」
釘崎「…」
巌水「でも、もう私は手遅れだから。」
釘崎「手遅れ」
巌水「最後に、最期くらいは、こんな卑屈でどうしようもない私を焼き付けてもらおうと思って。」
釘崎「さいご?」
巌水「もうすぐ、終わるんです。私の綿密な彼女のための計画が。」
釘崎「先生、顔」
巌水「だから、少しだけ。あと少しだけ。協力してくださいね。」
釘崎「泣いて、るんですか」
巌水「あなたはもっと売れるはずです。その内側をもっと曝け出して。あなたは等身大で、生きていいはずですから。」
釘崎「っ、」
巌水「そう。もっと、もっと酷い顔を。」
釘崎「私は、」
巌水「その子を私が攫ったら、どんな顔をしてくれますか?」
釘崎「な、に」
巌水「ああ、映えますね。ダリアに」
釘崎N「本当に、殺してやりたいとまで思えたのは彼女の手腕が確かだったからだろう。撮影会が終わった瞬間あれほど憎らしかった顔が酷く優しい表情に変わった。どちらが女優にふさわしいのだろう、と漠然とした。」
釘崎N「あの日撮った合同写真集“悪女達”は私の写真のおかげで瞬く間に売れた。他数人の一緒に綴じられたアイドルの話題は一切なく“悪女、釘崎アリス”その宣伝文句で何度も重版、プレミアまでつき始める始末だった。」
釘崎N「のちに、彼女。巌水燈は呆気なく死んだ。」
やっつけしごと 有理 @lily000
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