第29話 たとえこの命が失われようとも

 私とアイリさんは同じ恋愛タイプ不安型だったが、全く一緒という訳ではなかった。アイリさんの方が安定型に近く、人間関係における依存性も低かった。つまり、同じ不安型でも、性格の違いがあるという事なのだ。


 という事は、ハインリヒトの回避型も同じではないだろうか。人によって回避傾向に差があったり、他の要因も重なって性格が変わってくるのではないだろうか。


 彼は貴族という身分の高い生まれではあったが、彼もまた家庭環境に恵まれなかったのではないかと、私は推測をしてしまう。貴族ゆえに平民に負ける事を許されない、そういう親の教育により、人との関わり合り方が偏ってしまったのではないだろうか。


 彼がナルシストになったのも、そういう事からのような気がする。能力以上の力を他人に誇示し続け、他人はダメだと批判し続ける。そうする事で自分の自尊心を保っていたのではと感じる。


 それに、彼が回避型になった経緯も何となく納得が出来る。親がいても愛されなかった為、彼は孤独になり、人を信用出来なくなっていった。それにより、人と親密になることを極端に嫌う回避型になったのではないかなと考えてしまう。愛は欲しいが、心の領域には入られたくはない。彼もまた、そんな心の距離のバランスを上手く取ってくれる安定型の人が必要なのでは、私はそういう結論に至る。


 私はもう一度、ハインリヒトの顔を覗く。私では貴方との心の距離のバランスは上手く取る事が出来ない。私も上手く距離を取って貰わなければならない側の人間なのだ。


 私はハインリヒトをその場に寝かし、ドラゴンと対峙しているアルソーに目を移す。激しい攻防をドラゴンと繰り広げている。時折、ソーニアが魔法で援護しているが、功を奏していない。少しずつだが、アルソーがドラゴンに押されている。そんな風に私の目には映る。


 私も援護しなければと、そう感じるものの、私の弓矢ではドラゴンの固い皮膚には傷一つ付けられない。どうすればいい、私は必死で思考を巡らす。


 すると、隣のハインリヒトが意識を取り戻す。彼は苦痛の表情を浮かべ、立ち上がる。もう、彼しか頼れない。私はハインリヒトにすがりつく。


「ハインリヒト、アルソーが押されている。助けに行って。お願い。でも、決して貴方も死なないで」


 ハインリヒトは無言でアルソーとドラゴンの戦いを見ている。悔しそうな顔をして、震えている。ドラゴンに向かって行く事を彼は躊躇している様に私は見えた。


 そんな時、状況が一変する。ドラゴンの口の中が赤く光り始める。ドラゴンが炎を吐く、最悪の瞬間だ。あの炎で、あの時アルソーは死んでしまったのだ。


「アルソー! ドラゴンの炎よ! よけて!」


 私は無我夢中で叫ぶ。ドラゴンの禍々しい口から炎が吹き出される。至近距離でアルソーはその炎をまともに食らう。そして、後ろに激しく吹っ飛ばされる。アルソーは地面に仰向けに倒れる。


「アルソー!」


 私は再び、彼の名を叫ぶ。そして、彼の生死を急いで確認する。


 全身黒焦げになっている。が、身体はかろうじて動いている。もがくように、動いている。まだ、死んでいない、助けられる。私はアルソーに駆け寄ろうとする。


「来るな……、クレアラ……」


 消え掛かりそうな声でアルソーは、必死で私に言葉を伝える。でも、私は止まらない。彼を助けたい、その一心で彼の元へと走り続ける。たとえこの命が失われようとも、私はこの足を止める事はない。


 アルソーの元へ走っている私とドラゴンの目が合う。明らかにドラゴンはアルソーにトドメを刺そうとしている。助けに行っている私の事も邪魔で排除したい、そんな意図を感じる。ドラゴンの口がまた赤く光り出す。視線はアルソーの方を向いている。


「ハインリヒト! 本当にアルソーが死んでしまうわ! お願い、助けて!」


 私は走りながら、泣き叫ぶ。あの炎がまた直撃すれば、炎耐性の薬を飲んでいるアルソーと言えど、一巻の終わりだ。自分の足が千切れそうなくらい、私は必死でアルソーの元へと急ぐ。そして、倒れているアルソーの所に辿り着く。ドラゴンの炎から守る様に、私はアルソーの身体に覆いかぶさる。


「うおおおおおおおお」


 ハインリヒトの叫ぶ声が聞こえる。ドラゴンに向かって再び彼は剣を振り上げて突進して行く。ドラゴンがハインリヒトの突撃に気付く。急接近して来た敵に驚き、ドラゴンは攻撃の矛先を勇者に変える。ドラゴンの口が光り輝く。


「私の事を散々無視してくれたわね。おかげでやっと魔法が完成したわ。威力が大きい分、呪文の詠唱が長くなるのよ。油断したわね、食らいなさい」


 ソーニアが両手を前に出し、巨大な雷撃の玉を放つ。凄まじいエネルギーだ。遠くにいても危険だと感じる。雷撃の玉は一直線にドラゴンへと向かって行く。そして、ドラゴンに直撃し、大爆発を起こす。


 轟音と砂埃がこの広間を支配する。衝撃が私の身体に響く。そして、無数の石つぶてが頭上に降り注ぐ。周りは真っ白で何も見えない。


 視界の悪い中、私は目を凝らし、ドラゴンがどうなったのか状況を確かめる。












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