第28話 回避型のナルシストの苦悩

 アルソーはドラゴンにキッと睨みを利かせる。ドラゴンも二人を警戒して、様子を伺っている。その状態で、アルソーは横にいるハインリヒトに話し掛ける。


「なぁ、ハインリヒト。お前、本当にクレアラの事が好きなのか?」


「……。何が言いたいんだ? アルソー」


「お前は昔から面子とかプライドとか、こだわって来ただろ? 貴族だから庶民に負ける事は許されないとか、体裁を気にしなさいとか、そういう風に育てられて来た。昔そう言ってたよな?」


「……」


 どうやら、私の事について会話をしているらしい。会話の内容がスゴく気になる。私は聞き耳を立て、必死で会話を聞こうとする。


「もし、お前がクレアラの事を真剣に愛して、幸せに出来るのなら、俺はお前にクレアラの事を託そうと思っていた。けど、俺にはそういう風には見えない。プライドや見栄の為にクレアラと付き合おうとしてるんじゃないのか?」


「……、あぁ、そうだ。気付いていたのか? 俺はただ、お前に勝ちたかった。それだけだ。唯一、俺が戦闘で勝てなかった庶民、それがお前だ。だから、恋愛の事だけは、お前には負けたくなかった」


「やっぱり、そうか。悪かったな、ハインリヒト。色々不快な気持ちにさせたみたいだ。でも、今回は譲れないんだ。クレアラには幸せになって貰いたい。だから、今回は譲れない。それ以外はお前に負けを認めるし、譲るからさ、ダメかな?」


「ダメだな。俺は勝ち続けなければならない」


 ハインリヒトはアルソーに言葉を言い放った後、ドラゴンに向かって走り出す。アルソーもハインリヒトを追い掛ける様に走り出す。私はそれを見て、弓矢を構える。ソーニアも呪文の詠唱を始める。


 ハインリヒトがドラゴンに剣撃を放つ。アルソーもハインリヒトに追い着き、ドラゴンに槍を振るう。ドラゴンはそれらの攻撃を両手で払いのけ、勇者と戦士に爪を立てようとする。アルソーは瞬時にそれを交わす。が、ハインリヒトはそれを交わせない。剣で防ぎ、直撃は免れるも、ハインリヒトは激しく吹き飛ばされる。


 そこへソーニアの雷撃の魔法がドラゴンに直撃する。しかし、ドラゴンは怯まない。私も矢を放つが、ドラゴンの硬い皮膚はそれを受け付けず、無情にもはじかれてしまう。


 アルソーがドラゴンに向かって槍を振り下ろす。ドラゴンの片目に槍の一閃が決まる。ドラゴンは血を撒き散らせ、後退する。アルソーは追撃をしようとするが、ドラゴンの尻尾が飛んで来て、彼は間合いを詰める事が出来ない。


 ドラゴンの片目から血がドクドクと流れ出す。どうやら、アルソーの一撃で片目を失った様だ。ドラゴンは唸る様に重い恐ろしい声で吠える。私はそれで恐怖を感じ、身震いをする。


「くそっ、何でなんだ! なぜ、上手くいかない! アルソーに負ける訳にはいかないのに、俺は貴族だぞ。選ばれた人間なのに。庶民とは違うのに」


 ハインリヒトは叫びながら、立ち上がる。そして、怒りの表情でドラゴンを睨んでいる。そんなハインリヒトを私は憐れむように見てしまう。


「ハインリヒト、奴と距離を取れ! 近付いたら死んでしまうぞ!」


 アルソーは振り向き、フラフラになっている勇者に手で下がれと合図する。


「うるさい! 黙れ! 俺に指図するな! 俺の事を弱いと思ってバカにしてるのか? ふざけるなよ。親友ヅラしやがって! お前の事など一度たりとも信用した事などない! 人はみな裏切る生き物なんだ! だから、俺は一人で強く生きなければならない。いや、俺は一人で生きていけるくらい強いんだ!」


 勇者ハインリヒトはそう叫び、剣を振り上げながら、再びドラゴンへと向かって行く。アルソーはフゥと溜息を付いて、ハインリヒトをまた追い掛ける。ハインリヒトは飛び上がりドラゴンの首目掛け、剣を振り下ろす。が、ドラゴンの尻尾が彼の見えない角度から飛んで来る。ハインリヒトは激しく胸を強打し、石柱に叩き付けられる。


 ドラゴンはハインリヒトの方を一切向いていない。文字通り勇者は眼中にないのだ。視線はあくまでアルソーの方を向いて、槍使いの戦士を警戒をしている。私は状況を確認し、ハインリヒトの元へと向かう。今のドラゴンは私達には攻撃を仕掛けて来ないはずだ。いや、来れないのだ。ドラゴンもアルソーの強さに気付き、彼を恐れている。彼から目を放せば、自分が殺されるかもしれないと危惧しているのだ。


 私は倒れているハインリヒトを抱き起こす。良かった、死んでいない、彼の状態を確認する。恐らく胸と背中の骨が折れているだろう。私はそう推測する。そして、腰の鞄から自家製特製ポーションを取り出し、彼に飲ませる。このポーションなら、すぐに動けるようになるだろう。


 何回、同じ事を繰り返すのよ、学習しなさいよと、正直彼に呆れている自分がいる。そんな意識を失っている勇者の傷付いた顔を見ながら、彼との事を私は思い返していた。


 彼は恋愛タイプ回避型の勇者。そして、回避型のナルシストなのだと……。




  


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