第26話 ボスを倒した者が付き合う権利を

 私達は塔の六階へと足を運ぶ。石畳と石柱が並ぶ広々とした殺風景なフロアだ。私は以前ここへ来た事がある。だから、見覚えがあるのだ。目に入って来る景色と共に、人生をやり直す前の記憶が蘇って来る。


 あの時の私は、回避型のハインリヒトと付き合っていた。不安型の私と彼とは正反対のタイプだった為、私はずっと悩み続け、苦しんでいた。眠れず、泣いている日も多かった。


 今、私の目の前をハインリヒトが歩いている。今は私達は付き合ってはいない。付き合った事実も今はない。しかし、今の彼は私との交際を望んでいると言って来ている。


 同じく、前を歩くアルソーの後ろ姿を見る。あの時のアルソーは、ハインリヒトと私との関係を応援してくれていた。恋愛相談にも親身に乗ってくれた。アルソーとハインリヒトは親友なのだ。だから、アルソーは私に好意があっても、身を引く事を選択して来た。


 では、今はどうなのだ。ハインリヒトの昨日の気持ちを聞いて、アルソーはどう思ったのだ。また、身を引くつもりなのか。


 前衛の二人の後ろ姿を私は交互に見る。私は選ばなければならない。回避型のハインリヒトか、安定型のアルソーかを。


「魔物がいるぞ。一匹だけじゃない」


 先頭を歩くハインリヒトが剣を抜き、皆に注意を促す。私も彼の見ている方向を確認する。大きな猿の魔物が四匹、群れを成している。


「ゴリモンキーね。素早く、賢い魔物よ。陣形を組んで攻撃して来るわ。気を付けて」


 ソーニアが敵の分析をする。今まで戦った事のない魔物のタイプだ。慎重に行動せねばと、私は弓矢を構える。


 前衛のハインリヒトとアルソーが猿の魔物に向かって飛び出す。猿の魔物達もこちらの動きに気付き、戦闘態勢に入る。


「なぁ、アルソー。君が決めていた事って俺と同じなんだろ?」


 ハインリヒトは一緒に走り出したアルソーに言葉を掛ける。アルソーは走りながら、無言で猿の魔物の方を睨んでいる。


「君もクレアラの事が好きなんだろ? そうだろ? 雰囲気で分かるよ。だから、どうかな? 六階のボスを先に倒した方が彼女と付き合うと言うのは。紳士的に男らしく決着を付けないか?」 


 ハインリヒトが横を走るアルソーの方を見ながら、ニコリと笑う。ハインリヒトのその言葉が私の耳にも届く。こんな時に何を言ってるのよと、私はハインリヒトに対して嫌悪感を抱く。


「二人とも、黙って戦いに集中しなさい! その魔物、強敵よ」


 私は弓矢を構えながら、前を走る勇者と戦士に叫ぶ。魔法使いのソーニアはまだ状況を見極めている。


 ハインリヒトの剣が猿の魔物を狙う。しかし、軽く交わされ、ハインリヒトは猿の蹴りを受ける。ドンと胸に衝撃を受けると、勇者は地面に転がる様に倒れる。


「クレアラ、ハインリヒトを見てやれ! ソーニア、クレアラを援護してくれ」


 アルソーが他の三匹を威嚇しながら、叫ぶ。私は弓矢の構えを解き、ハインリヒトに向かって走り出す。


 猿の魔物達の視線がハインリヒトに集中する。戦闘において弱い者が一番最初に淘汰される。勇者は魔物達の最初のターゲットになったみたいだ。


 猿の魔物達が倒れているハインリヒトを囲い込もうとする。アルソーだけではそれを阻止出来ない。すぐさま、ソーニアの雷撃の魔法が放たれる。猿達は身軽な身体を飛び上がらせ、雷撃を交わす。


 ソーニアの魔法のおかげで、猿の魔物はハインリヒトとの距離を詰める事が出来ない。私はその隙をついて、ハインリヒトの元へと駆け付ける。腰の道具入れから、ポーションを取り出し、ハインリヒトに急いで飲ませる。彼は骨が折れてはいるが、重症ではない。倒れているハインリヒトの前で、彼の盾となる様に私は弓矢を構える。


 明らかに魔物達はハインリヒトを狙っている。そして、彼をかばう私も同様にターゲットにされている。猿の魔物が四方から私達を囲む様に距離を詰めて来る。


「アルソー、二匹をお願い。ソーニアは確実に一匹を。よろしく」


 四方を囲んだ魔物達のその外側にいる二人に指示を送る。私達を狙ったその時が、魔物達の背後に隙が出来るのだ。私は自分とハインリヒトを囮として使う。


 猿の魔物達が奇声を上げ、私達に同時に襲い掛かる。次の瞬間、猿の一匹の背後をアルソーの槍の一閃が捉える。猿は鮮血を飛び散らせ、動かなくなる。


 残りの三匹が私達に目掛けて突っ込んで来る。ソーニアの雷撃魔法が猿の魔物の一匹を襲う。しかし、交わされる。そして、一番私の近くにいた魔物の振り上げた爪が私の肩に迫る。


 ドンと言う衝撃音がフロアに響く。アルソーの槍が魔物を背後から串刺しにしている。間一髪、私は助かったのだ。しかし、次の猿の攻撃が私達を襲う。


 が、ソーニアの魔法が二番手の魔物を捉える。雷撃を浴びた魔物は黒焦げになり、地面に倒れる。


 その瞬間を逃さぬ様に、最後の猿の魔物が私達の目の前に迫る。私は集中をし、弓を弾き、矢を放つ。放たれた矢は猿の魔物の額に直撃し、魔物は倒れ動かなくなる。


 私は周囲を確認する。そして、魔物達が全て絶命した事を見届ける。私は安心をし、アルソーの元へと駆け付ける。




 








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