第14話 訪れた代償

 一体、どんな代償を払わなければならないのだ。私はソーニアの言葉で恐怖に駆られる。


「何してんだよ、お前ら。ちょっと遅れてるぞ。早く来いよ」


 アルソーがこっちを見て声を掛ける。離れている私達二人が気になったのだろう。会話を聞かれたくないからあえて離れていたのだが、私達は先行している彼等の元へと急ぐ。


「何の話をしてたんだよ、女同士で? 俺達男には内緒の話ってか?」


 アルソーが茶化して私に訊いて来る。私も、そうなのと軽く流す。それよりもソーニアの代償の話が脳裏から離れない。私はアルソーよりもソーニアともう一度話がしたかったので、少し不機嫌になる。


 そうこうしている内に、私達は五階のボスの間の直前に差し掛かかる。今の場所はちょっと広い空間になっている。周りを何本もの松明で暗闇を照らしている。戦闘にはもってこいの場所である。


「敵がいる」


 先頭のハインリヒトが皆に声を掛ける。見ると目の前にはヨダレを垂らした狼が一匹いた。私達を睨み付けて、今にも遅い掛かろうかという所だった。


 無難に来た今までとは違い、警戒心を私は高める。敵が恐らく強い、そう肌で感じる。


「クレアラ、俺とアルソーに付与魔法を。ソーニアは雷撃の魔法を準備してくれ」


 リーダーのハインリヒトが指示を送る。私達は無言で頷き、準備を始める。


  私とソーニアが呪文を唱える。魔法を発動させる為だ。ソーニアの両手が魔力を帯び、輝く。


 しかし、私の両手は光らない。反応がないのだ。私は首を傾げ、何度も呪文を詠唱する。


「狼が来たぞ!」


ハインリヒトの声と同時に狼がこちらに攻撃を仕掛けて来る。私は驚いて狼をじっと見る。


  狼の牙が先頭のハインリヒトに襲い掛かる。しかし、アルソーが飛び出し、槍で狼の身体を凪払う。狼は吹っ飛ばされるが、すぐに体勢を立て直す。


  そこへソーニアの雷撃魔法が狼に放たれる。しかし、狼はそれを身軽に交わす。狼はこちらの隙を伺いながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。


「どうしたんだ、クレアラ? 魔法がまだ完成しないのか?」


ハインリヒトが正面の狼を睨みながら、後ろにいる私に訊ねる。


「ごめんなさい。呪文を詠唱しても魔法が発動しないの。もう一度やってみるわ」


  私は付与魔法を発動させる為、再び呪文を詠唱する。ソーニアが訝しげにこちらを見ている。まさかと思いながら、私は与えられた仕事を遂行する。


 しかし、私の手は輝かない。呪文を唱えても魔法が発動しないのだ。こんな経験は初めてだ。私はドンドン恐くなる。


 魔法を敵に封じられたのか。それとも、魔法の制限が掛かる場所なのか。私は考えられる全ての事を頭で整理する。しかし、答えは出ない。


  狼が再び私達に襲い掛かって来る。狙いをハインリヒトに定めている。ハインリヒトは狼に向かって剣を振るうが空を切り、右腕を噛まれる。


「ぐあああああ」


  ハインリヒトの叫び声が広間に響く。アルソーは狼の追撃が来ない様に槍で威嚇して、追い払う。


「クレアラ、早く回復魔法を。血が止まらない」


  ハインリヒトの腕から大量の血が流れている。彼は助けを乞う為に私に必死で叫び続ける。私は狼の動向を伺いながら、ハインリヒトの元へと駆け寄る。


  アルソーが狼を牽制している。ソーニアも魔法で応戦している。私はそれを確認してから、傷口を押さえているハインリヒトの治療に当たる。彼は大量の汗を流し、苦悶の表情を浮かべている。


  私はお願いと念を込めながら、回復魔法の呪文を詠唱する。しかし、付与魔法の時と同様に魔法は発動しない。


「何をしてるんだ? 早くしろよ! クレアラ!聞こえているのか?」


  ハインリヒトの叫び声が私の胸に突き刺さる。しかし、今の私はどうする事も出来ない。私の目から涙が溢れ出す。


「クレアラ! ポーションを使いなさい! それで応急処置をするのよ」


  ソーニアのその言葉で私は我に返る。腰に付けていた道具入れからポーションを取り出し、ハインリヒトの止血を試みる。


「アルソー! 緊急事態よ! 撤退しましょう!」


  ソーニアが前線のアルソーに叫ぶ。アルソーはそれを理解し、狼を牽制しながら私達の元へと駆け付ける。


 ソーニアは呪文を詠唱し、煙幕の魔法を発動させる。辺りは煙でいっぱいになり、何も見えなくなる。私達四人はその隙に狼から逃走する。


 それから、私達は一目散に塔を降りた。回復士の私が使い物にならなくなったのだ。怪我やステータス異常は死に繋がる。皆、分かっていたが、口にしなかった。


 塔を必死で降りている最中、今の自分の現実を私は突き付けられる。


 私は魔法を使えなくなったのだ――――――。


 これが過去へ戻って人生のやり直しが認められた私に対する代償だったのだ。この塔に来た自分の考えの甘さを呪う。


  そして、私は静かに泣いた……。


  程なく、私達は何とか塔を降りる事が出来た。ハインリヒトも迅速な治療を行ったので、何の後遺症もなく腕は完治した。


  しかし、事態は急変した……。



* * * * *



  翌日、ハインリヒトは私達仲間を宿屋の中庭に呼び出す。どんよりとした空だ。今にも勢いよく雨が降って来そうなそんな雰囲気だ。私の心の中を象徴している、そんな天気だった。


  重苦しい空気の中、リーダーのハインリヒトは私に言葉を告げる。


「魔法の使えない君は、このパーティーには、もう必要ない。悪いんだけど、君はこのパーティーから外れて貰う。クビだ、クレアラ」
























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