第12話 トレードオフ

「人生をやり直す? そんな夢みたいな事……」


 私はソーニアの言葉を繰り返す。またバカにされているのか。私は苛立ち、キッと彼女を睨み付ける。


「もし過去に戻って、人生をやり直す魔法があるとしたら。私はそれが使える。いわゆる時空魔法ってヤツね。実は私の専門はそっちなのよ」


 ソーニアは私をチラッと見て話す。私が彼女の話をキチンと聞いているのか確認してるみたいだ。


「ホントにそんな便利な魔法があるなら、苦労しないわよ。何回もやり直しが出来るなら、誰も失敗なんかしない」


「何回もは使えないわよ。かなり大きな代償を払わないといけないからね」

「え、代償って何よ?」


「過去に戻れる代わりに、その人にとって大事なモノを失うのよ。だから安易には使えないのよ。リスクが大きいから」


 ソーニアはとんでもない事をサラッと話す。私は引っ掛かる点がいくつかあったので、質問を続ける。


「例えば、どんな代償を払うのよ」

「過去の前例を言えば、ある人は歩けなくなったり、視力を失ったり、もしくは過去に戻れたにも関わらず記憶を無くしたりしてるわ」


「かなりイジワルな魔法ね。代償が大き過ぎるわ。貴方は使った事はあるの?」

「残念ながら、この魔法は自分に掛けられないのよ。だから、全部魔法を掛けた人から聞いた話」


「それ、ホントに過去に戻れてるの? もし、代償だけ払って、過去に戻れてないなら最悪よね」

「過去には間違いないなくいけるわ。だから、あとは代償が気になるかどうかだけよ」


「かなりアヤしい話だわ。正直、信じられない」

「でも、貴方。今のままなら生きていても仕方ないと思っているんでしょ? だったら迷う事なんてないと思うけど、好きにしたらいいわ」


「……」


 私は考え込む。確かに私はそう思っている。大事なハインリヒトとアルソーを同時に失った。やり直せるならやり直したい。


 どんな代償を払ってでも――――。


「やるわ。その魔法を私に使って。過去に戻ってやり直す。アルソーは絶対死なせない」

「そう言うと思ったわ。じゃ、今すぐ始めるの?」


「いえ、過去に行く前にもう一度だけ、恋愛タイプの事を教えて。ハインリヒトの回避型、アルソーの安定型、そして私の不安型について」


「……いいわ。教えてあげる。ただし、過去に戻って記憶を失えば全く意味がないけどね」


 私はソーニアから恋愛タイプの詳細を訊く。そして、それを忘れない様に脳内に刻み込む。


「準備はいいかしら?」

 ソーニアは私をベッドに寝かせ、ベッドの脇に立っている。


「いいわよ。お願い」

  私は唾を飲み込み、目を閉じる。


 ソーニアの呪文の詠唱が始まる。大掛かりな魔法だけあって呪文の詠唱時間が長い。ずっと隣で唱えている。その呪文をまるで子守唄の様に横になって私は聞いている。


 意識が遠退いていく。スゴく心地が良い……。


 私はどうやら、そのまま眠りについた様だ。



* * * *



  私が目を開くと、そこは見慣れた宿屋の天井の光景だった。ここは、私が借りている宿屋の部屋の一室。私はベッドの上で横になっていたみたいだ。


  私はベッドから身体を起こす。そして、手足を確認する。何ともない。目は? 耳は? 鼻は? 口は? 身体に異常がないか至るところを調べる。


 問題ない。今のところ異常は見つかっていない。身体は正常なままだ。だったら、記憶の方を失っているのか。私は今までの事を思い出す。


 私は人生をやり直す為に過去に戻った。ハインリヒトの事、アルソーの事、ソーニアの事、何も忘れていない。ソーニアに教えて貰った恋愛タイプの知識も記憶にとどまっている。


  記憶に関しても問題がない。私は立ち上がり、部屋の窓の外を見る。


 私に変化がない。どういう事だ。だったら考えられるのは、過去に戻って来られてないのではないのか。


 私は自室から外を出て宿屋の通路に飛び出す。私が本当に過去に戻ったかどうか確かめる方法がある。確実に分かる方法だ。


 私はアルソーの部屋へと走り出す。そして、彼の部屋の前に辿り着き、ドアを激しくノックする。


 しばらく待つが何の反応もない。静かなままだ。私はその場で下を向き、涙を流す。


  何も変わっていない……。


 やはり、過去に戻る事など不可能だったのだ。


アルソーは生き返っていない。いや、アルソーが生きていた時間に戻れていないのだ。


私はうなだれ、アルソーの部屋に背を向け歩き出す。ソーニアに文句を言ってやる。過去に戻れてなどいないではないか。


ソーニアの部屋の方へ足を向けたその時、アルソーの部屋のドアが開く。


「うるせぇな。誰だよ、こんな朝早くから。こっちはまだ寝てんだぞ」


 聞き慣れた眠たそうな声が聞こえる。私はその声の方へゆっくりと振り返る。そして、その声の主を見て私の身体は固まる。


「何だよ、クレアラかよ。お前くらいだぞ。こんな朝早くから、ドンドンドンドン部屋のドアを叩くのは。いい加減にしろよな」


 アルソーだ。


 アルソーが部屋の前に立っている。

 生きている。


 再び、私の目から涙が溢れ出す。そして、私は彼の元へと走り出す。













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