第10話 死
私は攻撃力と防御力の上がる魔法を前衛の二人に掛ける。勇者と戦士が淡い光に包み込まれる。
「行くぞ! アルソー!」
勇者ハインリヒトが背中の剣を抜き、ドラゴンに向かって走り出す。戦士アルソーも長槍を構えそれに続く。
魔法使いのソーニアが私の横で呪文を詠唱している。私はただ、他人事の様にみんなを見ている。
この戦いに勝っても、私は彼から愛されないのであろう。必死になって戦う意味なんてあるのか。この戦いは私にとって無意味だ。
冒険者としての地位や名誉なんていらない。私が欲しいのは愛だ。愛する人なのだ。
私は前衛の二人がドラゴンと対峙する様子をボーッと見ている。
ドラゴンの爪がハインリヒトを襲う。ハインリヒトは剣でそれを防ぐが、勢いを殺せず石柱に背中を叩き付けられる。鈍い音がして、彼はその場に倒れる。
「クレアラ! ハインリヒトを頼む! 骨が折れてるかもしれない!」
アルソーはハインリヒトを庇う様にドラゴンの前に立ちはだかる。そして、私に視線を向ける。私は心あらずの状態だったが、アルソーの行動で我に返る。
もし、ハインリヒトをここで救えば私の評価が変わり、彼は優しくなるのかもしれない。私をキチンと受け止めてくれて、愛してくれるかもしれない。
私は全速力でハインリヒトの元へと向かう。ソーニアの雷撃の魔法が完成し、ドラゴンに直撃する。その衝撃が私の身体にも伝わる。
しかし、私はハインリヒトしか見えていない。飛び散った石つぶてが身体をかすめるが、彼の元へと走り続ける。
魔法を受けたドラゴンは、ほぼ無傷の状態だ。それを見たアルソーがドラゴンの前に立ち牽制をしている。ハインリヒトに攻撃をさせない為だと私は思った。
私は倒れているハインリヒトの所へ辿り着く。彼を抱き起こし、回復魔法の呪文を詠唱する。私の手が魔法で輝く。
ハインリヒトの頭部から出血が見られる。もし、防御力を上げる魔法が掛かってなかったら、彼は絶命していたかもしれない。
私は光っている手で彼の頭に優しく触れる。出血が止まり、傷がドンドン塞がっている。ハインリヒトは痛みで顔を歪めながら、うめき声を上げている。
良かった、死んでいない。私は回復魔法を加速させる様に必死に呪文を掛け続ける。そして、ハインリヒトの意識が戻る。
「うぅ、クレアラか……」
「そうよ、気が付いた? もう、大丈夫よ。傷はほとんど回復魔法で癒えたわ」
私は笑顔で彼に応える。私が貴方を救ったのよ。彼の心が再び私の元へと戻って来ると信じていた。
「全然、防御魔法が効いてないじゃないか! 何してるんだ! この役立たずめ!」
ハインリヒトは罵声を吐きながら、ゆっくりと起きる。私は気が動転し、彼を凝視する。
「一つも攻撃に参加しないんだから、補助魔法と回復魔法くらい、キチンとやれよ! それが君の仕事だろ! 存在の意味があるのか!」
勇者は私を鬼の様に睨み付け、怒りの言葉を放つ。私はその場に座り込んで泣き崩れる。
ひどい、あんまりだ。もう耐え切れない。一体何が悪いのだ。
私は何をしていいのか分からず、ただその場で泣いていた。
激しい衝撃音が辺りに響く。アルソーがドラゴンに吹き飛ばされる。彼は地面を二転三転した後、すぐに起き上がる。
私の視界にドラゴンが入る。ドラゴンも私の方を見ている。ドラゴンの口が真っ赤に燃えている。炎をこちらに吐くつもりだと私は直感した。
ドラゴンが私に向けて炎を放つ。スゴい熱量の炎だ。この炎を受けて生きている人間は恐らくいないだろう。
もう考えるのも疲れた。この炎を受けて、全てを終わりにしたい。自分を襲って来る炎を私はただボーッと見ていた。
「バカヤロ! 危ない!」
私の身体の横から何かが体当たりして来る。私は真横に激しく突き飛ばされ、地面に倒れ込む。そこで初めて気付く。今のはアルソーの声だと。
今さっきまで、私がいた場所が炎に包まれる。炎の中から、うっすらと影が見える。何かが炎の中にいる。燃えている。私は倒れた状態で呆然とそれを見ていた。
ドラゴンが炎を吐き切り、炎の中から焼けた物体が倒れる。辺りは肉の焼けた焦げ臭い匂いが立ち込めている。
私は、匂いで気分が悪くなり口元を手で押さえる。そして、恐る恐るその焼けた物体の方を見る。
真っ黒の物体からアルソーが着ていた服の切れ端がヒラヒラと舞う。その姿は既に人間ではなく、大きな炭の塊の様であった。
私は思考がグチャグチャになり、状況を理解するまでに時間が掛かかる。
「アルソー!」
ハインリヒトが叫んで、真っ黒になった物体の元へと駆け付ける。そして、変わり果てた親友の姿を凝視する。彼は友が絶命した事を受け入れる。身体を反転し、一目散にボスの間の出口へと走り出す。
「撤退しろ!」
ハインリヒトの言葉にソーニアが反応する。
「クレアラ、逃げるわよ」
ソーニアは倒れている私の元へと来て、腕を引っ張る。私はまだ呆然として何が起こったのか理解出来ない。
「早く! 死にたいの!」
彼女に腕を引っ張られながら、力無く私は立ち上がる。
そして、一番に逃走したハインリヒトを追い掛ける様に私達は一目散に出口へと走る。
私はソーニアに抱えられながら、涙を流し走り続ける。そして、やっと頭の中が整理されて気付いたのだ。
アルソーは死んだのだ……。
ドラゴンの炎に焼かれて……。
呆然としていた私をかばって、私の代わりにアルソーは死んだのだ。
私はただ逃げながら泣いていた……。
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