第9話 ロミオとジュリエット効果の発動

眠れない夜が続く。これがいわゆる、不眠症というものなのか。私自身、これが初めての経験であった。

重たい気持ちで自室でボーッとしていると、アルソーが私の部屋に来た。


「クレアラ、ちょっと、いいか? 話があるんだけど、また庭へ出ないか?」

私は彼に誘われるがまま、部屋の外へと連れ出される。頭が重い。考える気力が湧いてこない。


私は意思を持たぬ人形の様に、彼に付いていく。連れ出された場所は、宿屋の庭だ。私達は前回と同じ様に岩に座り込む。

アルソーが落ち着かない様に、辺りをキョロキョロ見回している。何か切り出しにくい話があるのだろうか。私はふとそう感じたが、心に余裕がなかったのでボーッと庭の景色を眺めていた。


「あのさ、ハッキリ言うんだけど、ハインリヒトと別れた方がいいんじゃねぇか?」

アルソーは気不味そうに、話を始める。その瞬間、ボーッとしていた私の脳のスイッチが突然入った様な状態になる。


「え、どういうこと? アルソーには、私達の事、関係ないよね?」

私の感情が攻撃的になる。虚ろだった私の眼は鋭くなり、アルソーを敵の様に見る。


「ハインリヒトもお前と別れたがっている。お互い、別れた方がいいんじゃねぇか? お前も分かってるんだろ? その方がいいって」

アルソーの語気が強くなる。彼は私を説得しようとしている。その行動に対し、私は反感の気持ちになり、抵抗する事を決意する。


「いや、別れたくない! もう一度、彼と話をして仲直りするの。もう、二人の事だから、口出しをしないでよ!」

激しい口調で私は彼に言葉を返す。私の気持ちを無視して、勝手に決めるな。私は怒りで身体が震え、アルソーを再び睨み付ける。


「俺はお前らの事が心配なだけだ。このまま付き合い続けて、お互い傷付け合うのは止めた方がいいと言ってるだけだ。だから、俺の話をちゃんと聞いて欲しいんだよ」

「嫌よ。そんな話、聞かない! 私達は上手くやっていけるわ。何も分からない貴方に言われたくないわ」


私の目から涙が溢れ出す。


「勝手にしろ!」

アルソーは捨て台詞を吐くと、庭を後にする。離れて行く彼の背を睨みながら、私は唇を噛む。


この時の私は他人の意見を受け入れる余裕がなかった。そして、他人から止められれば止められる程、恋心が燃え上がる、"ロミオとジュリエット効果"が発動してしまったのだ。


私はハインリヒトしか見えていなかった。考えられなかった。あの時の私は、いつもの精神状態ではなかったのだ……。




              *



次の日、塔の探索が再開される。当たり前だが、パーティー間の人間関係は最悪な状態だ。ハインリヒトは相変わらず私を無視し続ける。目すら合わせない状況だ。

昨日の事もあって、アルソーとの関係もギクシャクしている。ハインリヒトとの関係ほど悪くはないが、会話をする時も何かぎこちない。


ソーニアはこの雰囲気に気付いた風ではあったが、あえてその事を口にはしない。面倒臭い人間関係に足を踏み入れたくはないのだろう。その事が逆に私の心を救ってくれた。


塔の六階の探索も、いよいよ大詰めとなりつつあった。この最悪な人間関係の状況でも、個々の実力が抜きに出ている為に意外にここまですんなり来られた。


私達は、六階のボスの間の前まで辿り着く。


「いよいよ、六階のボスだ。みんな、気を引き締めて掛かれ」

リーダーのハインリヒトは、仲間に言葉を掛けるとボスの間の扉を開く。ギィっと重々しい音が辺りに響く。


こんな状況だが、私には緊張感はなかった。この最悪な人間関係をどう良好にするべきなのか、そちらの方に思考が囚われていた。


私達はボスの間の奥へと進んで行く。五階のボスの間の作りと全く同じだ。

しかし、ボスの強さのレベルは明らかに違うのであろう。今の私にとって、死活問題になっているそのボスの事でさえ、もうどうでもいい問題の様に思われていた。


ボスの姿が次第に視界に入って来る。ドラゴンだ。目の前に大きなドラゴンの姿が見えて来る。


「ドラゴンか、かなり苦戦しそうだな。ソーニア、どうやってアイツの攻略をする?」

ハインリヒトは一番後ろのソーニアに訊ねる。今の彼は私の事など思考に入っていない。目の前の強大な敵を倒して自分の名声をどう上げるか、その一点にのみ思考を集中させているみたいだ。


私はその事に対し、腹立たしい気持ちが湧き上がる。何故、私だけこんなに苦しい、辛い思いをしないといけないの。貴方は何故平気なの。私は先頭のハインリヒトをじっと見つめ、無言で目で訴える。


「恐らく、あのタイプのドラゴンは炎を吐いて来るわ。つまり、遠距離攻撃も強力だと言う事よ。見ての通り、鋭い牙と爪もかなり厄介よ。近距離も同様に気を付けないと命を落とす事になるわ」


ソーニアが厳しい口調で話す。ハインリヒトとアルソーも難しい顔をしている。私は他人事の様にその会話を聞き流している。いや、会話が頭に入って来ない状態なのだ。


「いつもの様に俺とアルソーで接近戦を仕掛ける。その後方からソーニアが雷魔法で援護する。クレアラは補助魔法、そして負傷者の回復を頼む」


ハインリヒトが場を仕切って作戦を立てる。アルソーとソーニアは真剣な顔で聞いている。私は虚ろな表情を浮かべ、小さく溜め息を付いていた。












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