第5話 回避型の彼氏

「クレアラ! 何してるんだ! 対応が遅いぞ!」

ハインリヒトはゆっくりと身体を起こし、私を睨み付けながら叫ぶ。


「ご、ごめんなさい」

私はビクッと身体が縮み上がり、条件反射的に謝る。


「君の仕事は、味方に回復魔法と治癒魔法を掛ける事だろ? 何故、迅速に行動出来ないんだ? 怠慢なのか? もっと、しっかりしろ!」

彼の罵声が塔内のフロアに響き渡る。私はうつむき、悔しくて涙を流す。


「そんなに遅くなかっただろ? ちゃんと毒が消えて、助かったんだし。もう、その辺で止めろよ。と言うか、普通クレアラに助けてくれて、ありがとうだろ?」

アルソーが、私とハインリヒトの仲裁に入る。ハインリヒトはムッとした表情で、言い返す。


「あぁ、助かったよ、ありがと。でも、アルソー。君は甘いよ。もし、手遅れだったらどうするつもりだったんだ? 俺は死ぬとこだったんだぞ! ボーッとしてたから、行動が遅くなったんだ! そうだろ? クレアラ!」


「そ、そんな。ボーッとなんかしてないよ」

私は彼の目を見て、否定する。彼はかなり、怒っている。私は何とかして許して貰おうと、必死に言葉を考える。


「ねぇ、二人とも、その辺で止めなさい。貴方達の声で、魔物達が集まって来るわ」

ソーニアは淡々と、冷静に割って入る。ハインリヒトは怒りの表情から恐れの表情へと変わり、急に黙り出す。


「今日はさ、何か疲れちゃったから探索終わりにしようぜ。また、明日頑張ろうぜ」

アルソーが雰囲気の悪い空気を変えようと、明るく振る舞う。ハインリヒトもその言葉に同調する。


私達は塔を降りる事にした……。



                   *




私は宿屋のハインリヒトの部屋へと向かった。今日の事をきちんと謝って、許して貰おうと思ったからだ。私は、彼の部屋のドアをノックする。


彼と一緒にいたい。二人きりで話がしたい。だって、私達は恋人なのだから。


そんなドキドキした気持ちで待っていると、ドアが開いた。


「あぁ、クレアラか? まぁ、入れよ。話をしよう」

ハインリヒトはそう言うと、私を部屋の中へと通す。彼は部屋の隅のソファーに座る。私は立ち尽くしたまま、彼の言葉を待つ。


「俺もリーダーという立場上、ああ言う厳しい言い方になってしまった。申し訳ない。許して欲しい」

「いえ、私の対応が遅かったから、怒られるのは当然よ。私の方こそ、ホントにゴメンね」


私は涙目で彼の顔を見つめる。彼はニコッと私に笑顔を返す。私の胸はキュンとなり、顔が熱くなる。

ハインリヒトは、ソファーの横をポンポンと叩き、ここに座れよと私に視線を送る。私は許されたと安心し、彼の横に座る。それから、私達は他愛もない話で盛り上がる。


やっぱり、彼は素敵だ。彼に夢中である自分を、私は再確認する。彼を愛しているのだ。


私は彼と身体を寄せ合う様に座る。彼に触れていたかったのだ。

それから、私達は時が経つのも忘れて、何時間も話をしていた。


窓の外はもう真っ暗になっている。夜もかなり深い時間であろうと、私は今になって気付いた。


「もう、夜も遅いから、部屋へとお帰り」

ハインリヒトはスッとソファーを立つ。そして、私をドアの方へと送り出す。


「え、もっと一緒にいたい……」

私は恥ずかしくなりながら、ポツリと呟く。こんな台詞、勇気がないとなかなか言えない。私はうつむきながら、彼の反応を待つ。


「明日も早いからね。俺も明日に備えてゆっくり寝たいんだ。おやすみ」

私の気持ちは完全にスルーされ、私は彼の部屋の外へと出される。私は物足りなさを感じたが、彼と仲直り出来た事で満足していた。


こうして、私は素直に自分の部屋へと戻った。



           *



翌日、塔の探索が再開される。私達はまた、塔の六階まで行き、昨日訪れた所よりも奥へと進んで行く。

新たな魔物がいつ出て来るか分からない。そんな場所で、緊張しなければならない状況であったが、私の注意はそこへは向いていなかった。


私は朝から恋人のハインリヒトと一言も話をしてはいなかった。正確に言うと、私から挨拶をしたり、話し掛けたりしたのだが、完全に無視をされていたのだ。


昨日の事をまだ怒っているのか。きちんと話し合って、仲直りしたのではないかと、私をまた不安にさせる。


「どうしたんだよ、お前ら? 昨日の事で、まだ喧嘩してんのかよ。いい加減、仲直りしろよ」

アルソーが私とハインリヒトの険悪な雰囲気を察して、私達に話し掛けて来た。


「別に喧嘩なんかしてない」

ハインリヒトは、アルソーにそう言うとツンとして、また歩き出す。アルソーはフーンと言うと、今度は私の方を見る。


「ホントよ。喧嘩なんかしてないわ」

私もハインリヒトに合わせるように、アルソーに答える。アルソーは私達をチラリと見て、一応納得した様に歩き出す。


この後も、パーティーで塔の探索をしている時のハインリヒトは私に冷たかった。恋人になる前の彼は、決してそんな事なかったのに、恋人になった途端に態度が一変したのだ。


しかし、二人きりでいる時の彼は、私に優しかった。


この冷たい彼氏と優しい彼氏の二面性に、私は振り回される。その事で、私はドンドン不安になり、彼の事がよく分からなくなっていた。


私の何が悪いのか、この関係をどう良くすればいいのか答えが欲しかった。他の人の意見が欲しかった。どうしても、彼との関係を改善したかったのだ。


私は悩みに悩んだ末、彼から止められていた仲間に関係を話す事を決断する。










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