第3話 私を彼女にして下さい

町の外れに小さな森がある。春の日に照らされて、緑がキラキラと光っている。気持ちのいい朝だ。


私はそこへ勇者を呼び出した。


「何だよ、クレアラ。話って? 町の宿屋じゃ、出来ない話なのかよ?」


勇者ハインリヒトは、ぶっきらぼうに私に訊いてくる。朝早くに起こされたのが、そんなに嫌だったのか。時間帯を失敗したかなと、少し後悔する。


「うん、みんなが居るところでは、出来ない話なの」


胸がドキドキしている。頑張って言わなければ。言おうって、ずっと決めていたではないか。私は意を決して口を開く。


「あなたの事が好きなの。もし良かったら、私と付き合ってよ」


心臓が口の中から飛び出て来そうだ。相手は今の告白をどう思ったのか。反応がスゴく気になる。でも恥ずかしくて、まともに彼の顔が見れない。私は俯いて相手の返事を待つ。


「別にいいよ。付き合っても」


ハインリヒトは素っ気なく言葉を返す。その言葉で私は顔を上げ、勇者の顔をじっと見る。彼の顔が少し赤くなっている。照れている様に見える。


私は感激して、涙が出そうになる。ありがとうと、笑顔で答えようとしたその時、彼の表情が変わる。


「でも、条件がある」


彼が真剣な顔をして、私を見る。何で、そんなに厳しい目で見るの。私は不安になり、固まってしまう。


「他のみんなには、付き合う事を内緒にして欲しい」

彼の意外な要望に、私はきょとんとする。


「同じパーティーのアルソーやソーニアには、さすがに言った方がいいでしょ? 一緒に冒険している仲間だから」

彼の表情を伺いながら、私は訊いてみる。


「ダメだ。あの二人にも内緒にしてくれ。嫌なら俺は君と付き合わない」


呆然と彼の言葉を私は聞く。意味が分からないと、色々と疑問に感じる。しかし、付き合える喜びから私は条件は大したことではないと、判断してしまう。


「うん、分かった。二人にも言わない。内緒にしておく」

こうして、私は彼と付き合う事が出来た。


その時は、幸せの絶頂であった……。


まだ、その時は……。




                *




私達二人は宿泊している町の宿屋へと戻る。こじんまりとした清潔感のある宿屋だ。私はウキウキしながら、恋人となった勇者の隣を歩いていた。

宿の廊下を二人で歩いていると、眠そうに歩いて来る男がいる。戦士のアルソーだ。


「おはよう。二人とも起きるの早いな。腹減ったから、朝飯食いに行こうぜ」

寝癖頭のアルソーが目を擦りながら、私達に声を掛ける。


おはようと、私とハインリヒトはアルソーに挨拶を交わす。ハインリヒトの反応が気になり、私は彼の横顔をチラリと見る。いつもと変わらない平然とした様子だ。


「どうしたんだ、クレアラ? ニコニコしちゃって。何か良いことでもあったのか?」

アルソーは意味ありげな笑顔で訊いてくる。この人、何か勘付いているのか。私は少し焦りながら、強めに否定する。


「何もないわよ。ところで、ソーニアはまだ起きてないの? 見掛けないけど、まだ寝てるのかな?」

私はとっさに、話題を変える。これ以上この話を続けていると、付き合っている事がバレそうになるかもと危機を感じたからだ。


「さぁ、まだ寝てるんじゃねぇの? あいつ、夜遅くまで、本読んでるらしいし。じゃ、三人で朝飯行こうぜ」

アルソーはボリボリと頭を掻きながら、アクビをしている。上手く話題を反らせた。私は少し安心をし、ハインリヒトの方を見る。


「そうだな、三人で行くか」

ハインリヒトは淡々とアルソーに答える。よしと、アルソーが声を上げると、私達三人は食堂へと向かう。


二人の後を追い掛ける様に、私は付いて行く。その間、色んな事を考えてしまう。

内緒の恋人なんて背徳感があって、スゴくドキドキする。でも、仲間にまで内緒にするのは、何か裏切ってる感じがして心苦しい。


そんな事を考えていると、私達は食堂へと辿り着いた。テーブルが四つくらい並んで、椅子が合わせるように置いてある、そんなに広くない食堂だ。

中年の女性が奥のカウンターから顔を覗かせる。


「ヒャッホー、飯だ、飯だ。腹減ったな。おばちゃん、注文頼むわ!」

アルソーが大きな声を出しながら、ドカッと席に着く。それを見たハインリヒトは、アルソーの隣の席に座る。


テーブルの席が、彼等二人の正面の席しか空いていない。そのハインリヒトの正面の空いている席に、私はしぶしぶ座る。

普通、付き合ってる二人って隣同士で座るよね。私は心の中でそう叫び、ジロッとハインリヒトを見る。

ハインリヒトは相変わらず、他人事の様だ。


中年の女性が注文を取りに、私達のテーブルへと寄って来る。アルソーとハインリヒトは、そんな私の気持ちを知らずに、注文をしている。

私はげんなりとし、食欲を失う。テーブルの上に運んで来られた、水だけを飲んでいる。


「あれ? 注文しないの? ダイエット中? ここの飯、旨いのに」

無神経にアルソーが私に訊いてくる。私は一瞬、眉根を寄せたが、無理やり作った笑顔を二人に見せる。


「そうなの、ダイエット中なの」

この後、私は複雑な気持ちで、朝食の時間を過ごす事になる。


これはまだ始まりに過ぎなかった……。


これから、私は恋愛タイプ、回避型の特性と行動を知って行く事となる……。








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