第2話 女なら惹かれる勇者

私は呪文を詠唱し、ハインリヒトとアルソーの基礎能力を上げる魔法を完成させる。彼ら二人の身体が緑の光に覆われ、攻撃力と防御力が著しく向上する。


「アルソー! 一気に仕留めるぞ!」


ハインリヒトは、槍使いの戦士に声を掛けると、六本腕の魔物に斬り付ける。しかし、六本の腕から繰り出される剣擊に弾かれる。


ハインリヒトはうわっと声を上げて、後ろによろめく。魔物の追撃が彼を襲う。アルソーはハインリヒトを庇う様にその間に割って入り、魔物の剣を槍で防ぐ。


「すまない、アルソー。助かった」

 ハインリヒトは剣を構えながらアルソーをチラリと見る。アルソーは無表情で魔物を見据えて、槍を構えている。


と、その時、六本腕の魔物を雷撃が襲う。魔物はギャアと悲鳴を上げた後、片膝を地面に付く。ソーニアの雷撃の魔法が、魔物に炸裂したのである。


「今だ!」


戦士アルソーは槍を引っ提げ、飛び出す。魔物はまだ、体勢を立て直していない。アルソーの槍が、魔物の脇腹に突き刺さる。そこから、魔物の鮮血が飛び散る。


魔物は叫びながら、六本の剣を振り回す。苦し紛れだ。アルソーは魔物のその反撃を素早く交わし、距離を取る。


やはり、アルソーは私達とレベルが違う。前衛にいる二人の背中を見ながら、私は彼らの事を思い返していた。


勇者ハインリヒトと戦士アルソーは、幼馴染で子供の時から親友だったらしい。実家が近所で、よく遊んでいたみたいだ。


ハインリヒトは貴族の家の産まれで、実家はかなりのお金持ちの様だ。

性格はクールで知的、そして外交的で目立ちたがり屋の所がある。人脈は一見多いみたいだが、批判的な会話を度々してしまう為に、友人はほとんどいない。


このダリアの塔の攻略の話も、彼が発案者なのだ。


このまま貴族の両親の後を継いで、自分で何も達成しないまま、人生を終えていくのが嫌だったからというのが理由らしい。


だから、まず彼は幼馴染のアルソーをパーティーに誘った。仲の良いアルソーは二つ返事で、それを了承したらしい。

そして、彼らのパーティー募集情報をギルドで見て、私とソーニアが入った。こうして、今のパーティーが誕生したと言う訳なのだ。


初めてハインリヒトと会った時は、ナルシストっぽくて、あまり好きになれないタイプだなと正直思った。


しかし、同じパーティーで、毎日一緒に冒険をしていると、彼の良い所が自然と見えて来る。リーダーシップを執る姿や、頭の良い行動を見ている内に、頼もしい、男らしいと感じてしまったのだ。


それに、美顔でお金持ち。女性なら、彼に恋心を抱いてしまうのが、自然であろう。私も当然の様に、彼の魅力に惹き付けられた。


私は再び、魔物のボスと前衛の二人に視線を戻す。ハインリヒトがアルソーに遅れを取った事を悔やんでなのか、焦り始めている。


ハインリヒトは、また剣を振り上げ飛び出す。と、同時に再び、ソーニアの雷撃が魔物に放たれる。さっきよりも威力の大きい魔法だ。


激しい爆発音が部屋中に響き、辺りが砂埃で真っ白になる。何も見えない。私は雷撃が直撃し、魔物にかなりのダメージを与えたと確信する。


しかし、砂埃の中から勇者ハインリヒトが、鮮血を飛び散らかし、吹っ飛ばされる。ハインリヒトは石柱に叩き付けられ、動かなくなる。魔物は学習し、雷撃の魔法を防いでいたのだ。


「クレアラ! ハインリヒトの治療を! 俺が奴を食い止める!」

アルソーが叫びなから、六本腕の魔物のボスの前に立ちはだかる。私は、グッタリとしているハインリヒトに急いで駆け付ける。


ここで、愛する人を失いたくない。まだ、私は彼に好きだと言う事を伝えていない。私は呪文を詠唱し、光っている自分の手を彼の傷口に当てる。優しい光が勇者の傷を癒していく。


一方、向こうでは、アルソーが魔物のボスの剣を全て受け流している。六方向からくる剣を、スゴい速さで受けている。


私は、自分の仕事を急がせる。私がマゴマゴしていたら、二人とも死んでしまう。勇者の傷口をドンドン塞いでいき、出血を止めていく。


すると、再びソーニアの雷撃が魔物に放たれる。今度は魔物に直撃する。魔物はフラフラと後ろに下がり始める。


アルソーの眼が見開く。ここが魔物を倒すチャンスだと感じたのであろう。ふらついている魔物のボスに槍を振りかざす。続けざまに、魔物の身体に無数の槍の刺擊を与えていく。


魔物のボスは大量の血を流し、たまらず後退していく。そして、アルソーは渾身の力を槍に込め、突きを魔物の額に打ち込む。


六本腕の魔物の頭部を槍が貫通し、魔物は動かなくなる。勇者に治癒魔法をかけながら、魔物のボスに勝利したのかとじっと様子を伺う。


勇者ハインリヒトがピクリと動く。そして、息を吹き返し、私に抱き抱えられた勇者はゆっくりと目を開ける。


良かった、助かった。私は涙を流し、彼を抱き締める。すると、魔物の最期を確認したアルソーが、ゆっくりと私達に近付いて来る。


「ハインリヒトは無事なのか?」

アルソーは私の目を見て、心配そうに声を掛ける。私は小さく頷く。涙を流しながら、笑顔で答える。


ダリアの塔の五階のボスを倒した……。


私達が一番乗りだ。名声が町中に流れるであろう。

ダリアの塔を登る前に掲げていた目標設定を私は達成したのだ。仲間を誰も失わずに。 


私は目標が達成されたら、ある行動を起こそうと心に決めていた。ずっと前から決めていた事だ。


――――――勇者ハインリヒトに、愛の告白をしようと。








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