クビかと思ったら、王子様が溺愛待遇で雇ってくれました
uribou
第1話
報告書に目を通していく内に、自分で表情が硬くなったことを自覚した。
何故ならその内容は突拍子もないことだったから。
「事実なのか? これは」
「紛れもなく」
断言する調査員。
あり得るのか? こんなことが。
あの大国エッセレジア王国の命運が一人の少女の双肩にかかっていることになるではないか。
いや、その言い方は正しくないか。
巨大な堤もアリの一穴から崩れることがあるらしい。
エッセレジアにとっての急所の一穴を塞いでいるのが、チャコという名の女官だという、俄かには信じがたい話だ。
オレの筆頭従者ノアが言う。
「アーサー様、この報告書に誇張があるのかないのか、そんなことは後で考えればよろしいじゃないですか」
「ふむ?」
「重要なのはこのチャコなる女官がクビになったということです。消すなり我が国で確保するなり、急いで行動せねばなりません」
「うむ」
ノアの言う通りだ。
報告書の真偽など、チャコなる女官を捕らえてから確認すればよい。
「雇うつもりですね?」
「人となりを見てからだがな」
「了解です」
◇
――――――――――チャコ視点。
はあ、クビになってしまいました。
愚や愚や、我が身をいかんせん。
『あなたは生意気なのよ』
『そうよ、公爵令嬢キャロル様のお気に入りだからって』
出過ぎたことをしていた自覚はあります。
主キャロル様達の指示だったとはいえ、越権行為ですからねえ。
職域を侵された方は面白くないでしょう。
きっかけは将軍閣下の副官の苦情でした。
すると途端に私に対する不満が各所で爆発。
わからなくはありませんが、これほど恨みを買っていたとは。
一生懸命仕事をしていたつもりでしたのに。
キャロル様はすごく庇ってくださったけれど、結局人間関係を円滑にするために私を解雇せざるを得なくなりました。
たくさん退職金をいただいたとはいえ、今後どうしましょう?
はあ……。
「美しいお嬢さん。憂い顔は似合いませんよ」
肩を落として公爵邸に向かっていたところ、ナンパをしてきた男がいました。
あれっ? この方……。
「ちんちくりんとはよく言われますが、美しいお嬢さんと言われたのは初めてです。ありがとうございます」
「ハハッ、そんじょそこらの男と違って、オレは女性を見る目があるのでね。どうかな? その辺でお茶でも……」
「アーサー殿下は明日にも帰国なさる御予定ではなかったですか? こんなところで何をなさっているのです?」
動きが固まりましたね。
アーサー殿下は砂漠のオアシス都市国家ヤルファンの王太子です。
エッセレジア王国とは比べものにならない小国とはいえ、交易路の分岐点に当たる重要な位置にある国なので、その扱いは丁重にさせていただきました。
「アーサー様、早速バレちゃったじゃないですか」
「変装していたのにな」
「ノア様まで何をしているのです?」
「うおえっ? 何で僕の名前まで……」
「アーサー殿下の第一の従者様ではありませんか。存じていて当然でございます」
「ふむ、有能なのは間違いないな。気に入った」
「はい?」
何でしょう?
一国の王太子であるアーサー殿下と一介の女官である私に接点などないのですが?
「実はチャコ嬢が解雇されたと耳にしてね」
何とビックリです。
私の名前もクビになったことも知られているではありませんか。
「可愛らしい君とお茶したいのは事実なんだ。話でもどうだい?」
◇
「メイアランド公爵家の息女で、エッセレジア王国第一王子バーナード殿下の婚約者であるキャロル嬢に仕えていたが、昨日付けで解雇。間違いないかな?」
「間違いありません」
えっ?
結構な厚みのある報告書みたいですよ?
細かく私を調べてどうしようというのでしょう?
怖いです。
「いや、どうということはないんだ。先日のバーナード殿下及びキャロル嬢とオレの歓談で、随分とオレに配慮して場が設えてあるなと感じた。今までエッセレジアが我が国に気を使うなんてことはなかったから、どうした風の吹き回しかと勘繰ってな」
「さようでございましたか」
調度や食事、装飾等に気配りさせていただき、そして話題についてもキャロル様にレクチャーさせていただきました。
いい会談になったと思います。
「裏を探ったのだ。すぐにチャコ嬢の名が出てきた」
「私を知っていただけたのですか。光栄にございます」
特別隠してるわけでもありませんし、当然でしょうね。
「興味を持ってな。他にチャコ嬢がどんな活動をしているか調べさせたら出るわ出るわ。軍事外交内政まで全部口出ししてるんじゃないか。どういうことだい?」
「どう、と言われましても、主であるキャロル様の采配ですから」
私が一人で出しゃばるなんてできるわけないではありませんか。
キャロル様が手伝って差し上げてと仰るので、手伝っていただけです。
いろんな部署に出入りしていたら、たくさんの知識を得てしまっただけ。
でも結局ブーブー文句を言われて解雇ですよ。
「つまりチャコちゃんが全てお膳立てを整えていたわけだろう?」
「天才か」
「でも次の就職先にも困る身です。私には料理や裁縫の技術があるわけではありませんし、むしろ下手な方なのです」
「何故天才にそんな仕事をやらそうとするんだ!」
「はあ……」
と言われましても、エッセレジア王国で女官のお仕事といえば侍女と変わらないのです。
「私は侍女仕事ではあまり役に立てないので、知識をわたくしのために使いなさいと主のキャロル様に言われておりました」
「ええ? つまりチャコちゃんは他にやることがないからアドバイザーをやってたの?」
「評価が低過ぎる、クビにするわけだ。チャコ嬢の価値をわかってない」
いえ、キャロル様は私を高く買ってくださっていたのですけれどもね。
褒めてくれるのは嬉しいですが、私はそんな偉いものではないのです。
なるべくそつなく準備を整えるだけなのです。
「エッセレジアは男尊女卑の傾向があるのだな」
「はあ」
「チャコ嬢、オレに仕えてくれぬか?」
「ヤルファンにおいでよ」
一度クビになった身です。
またクビになったとしても、ヤルファン見物ができるのならば得ではありませんか。
「よろしいのでしょうか? お世話になります」
「今からメイアランド公爵家邸へ荷物を取りに行くところなのだろう? オレ達に手伝わせてくれ」
「えっ? い、いえ、殿下の手を煩わせるわけには……」
「モタモタしていられないんだ。チャコちゃんの元雇い主達は、どうせすぐにチャコちゃんのいなくなった不自由さに気付く。取り戻そうとするからね」
「もうチャコ嬢はオレのものだ。契約破棄は許さんぞ」
ええっ?
契約なんて……砂漠の民は口約束でも重いんでしたね。
よろしくお願いしてしまいましょう。
◇
――――――――――五年後。
何が決定的な要因だったかはわからない。
第一王子バーナード殿下とメイアランド公爵家キャロル嬢の婚約解消でエッセレジア王家の求心力が低下した。
北方異民族を怒らせ、エッセレジア領内への侵入と略奪が頻発した。
当初北方の影響は限定的と考えられていたが、商人達への根回しが遅れ物価の高騰を引き起こした。
一方西方の平原諸侯領では豊作で、平原で食料が余りながら王都で不足するという事態になった。
平原諸侯は王家の無能を糾弾し、団結してエッセレジアから離反した。
一方、ヤルファンでは王太子アーサーが即位した。
――――――――――
「ふー、落ち着く」
「私も落ち着きます」
ここのところずっとアーサー様の膝の上が私の定位置です。
どうもアーサー様は小さいものがお好きのようで。
いえ、自分もまた愛され属性があるとは、ヤルファンに来るまで知らなかったですけれども。
「これチャコちゃんがエッセレジアにいたら、全部防げたんじゃないですか?」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「かもな。チャコの心配りを軽視した罰だ」
ええ?
アーサー様とノア様ったら、私をどれだけ高く見積もってるんですか?
でも私がいたなら、バーナード殿下とキャロル様の婚約解消はなかったんじゃないかなあ。
あのお二人はお互いに同族嫌悪気味なところがおありになるので、間に立つ人間が露骨に干渉して世話を焼かなければいけないのです。
使用人の身でそれは難しいと思います。
「ん? どうした、チャコ」
「少々キャロル様がお可哀そうだなと……いえ、何でもありません」
ヤルファン国は躍進しました。
オアシス都市国家群に通商路同盟を成立させ、その盟主となりました。
通商路同盟は小さなオアシス都市国家が大国エッセレジアの圧力に対抗するための組織であり、一方でエッセレジア最大の貿易相手でもあるのです。
同盟域内の関税を引き下げたため通商が一層盛んになっております。
いずれ通商路同盟の都市国家群は統一国家になることが予想されていまして、その際に関税は撤廃されるのではないかと商人達は期待しているようです。
アーサー様とノア様は私の手柄だと言ってくれます。
でも私は交渉がうまくいくよう、下調べして準備しただけです。
ただ殊更に私の手柄と喧伝したのは、私の地位を引き上げる意味があったのだと思います。
ヤルファンに来て二年後、私はアーサー様の妃となりましたから。
交易の国であるオアシス諸国は、身分より才覚を何より重んじるので通っちゃいました。
王妃である私がアーサー様の従者に過ぎないお方をノア『様』と呼ぶのはおかしいのですけれども、今更呼び名を変えるのも何ですしね。
ノア様も私のことをチャコ『ちゃん』と言いますし。
砂漠の国はその辺大らかです。
結婚一年後に男女の双子を生むと、私の地位は確立されました。
完全に偶然だったけど、オアシス諸国で男女の双子は幸運の授かりものなんですって。
ちんまい身体でありながら、男女の双子を生んだ王妃すごいって評価がすぐに固まったのです。
ちんまいは余計ですけれども。
「エッセレジアの失策も大きい」
「仰る通りです」
またヤルファン国は、エッセレジアから離反した平原諸侯を服属させました。
食料の余る平原諸侯とその食料を売り捌くことのできる通商路同盟は相性が良く、互いに大きな利をもたらしたからです。
しかし一方でいきり立つ平原諸侯を宥め、食料を売りつけた方が得だとエッセレジアとの戦争を回避しました。
もっとも戦争になったとしても、エッセレジアに勝ちの目はなかったんじゃないかな?
それほどエッセレジアの内部はガタガタです。
五年前には明らかに世界一の強国だったのに、見る影もないのです。
「不満で反乱起こす気満々だった平原諸侯をヤルファンで引き取りましたから、外面はともあれ内心ではエッセレジアはヤルファンに感謝してくれているはずですよ」
「棚ぼたで領地が増えた」
「エッセレジアを滅ぼして、アーサー様が世界の王になるのを見たかったですねえ」
「チャコが止めたからな」
「理由が振るってましたよね。ちょっと思い付かない発想でした」
急速に膨張したヤルファンにはまとまりがなく、それが最大の弱点です。
エッセレジアが存在しているからこそ、対抗勢力の核としてアーサー様とヤルファン国が重んじられるという側面があります。
今エッセレジアを失ってしまえば、通商路同盟は箍が緩んで瓦解しかねません。
通商路同盟が霧散しオアシス貿易のメリットが薄れたなら、平原諸侯がヤルファンに従う理由もないのです。
ヤルファンにとって足元を固めるのが今最も優先すべきこと。
「平原諸侯に利を食わせろと言っていたな」
「ヤルファンも多くの税金を徴収できますからウィンウィンですね」
エッセレジアと友好を取り戻したことにより、穀倉地帯である平原諸侯の農産物は東西に輸出され大いに潤っているようです。
これはエッセレジアに服属していて、平原からオアシス諸国への輸出が制限されていた時代にはなかったことでした。
平原諸侯はアーサー様の手腕に感服しています。
「ぎゅっとしていいか?」
「いいですよ」
「はあ、可愛い」
ノア様がまたかという顔をしていますけれどもいいのです。
王と王妃の特権だからです。
「あとチャコが言っていたのは……」
「人材の登用と南方への進出ですか」
エッセレジアとの戦争を回避できて本当によかった。
エッセレジアにはキャロル様はじめいい方もたくさんいる。
人材の宝庫という言い方もできる。
急激に膨張したヤルファンにとって、有用な人材の確保は必須です。
幸いエッセレジアを見限った者が流れてくるので、数には不自由しません。
もっとも馴染むまでに多くの時間がかかっちゃいますが。
そして南方への進出。
砂漠の南方には沃野が広がっています。
しかし魔物がいるためこれまで放置されていたのです。
狙い目です。
「チャコちゃんは魔物の剥ぎ取り素材も商売ネタに考えているんだろう?」
「もちろんです。魔物を資源として考えています」
「『魔物が絶滅したらそれで構わないです。植民都市が大きくなるだけです』っていう発言。あれ聞いてびびった」
「要するに魔物を駆逐しきってもそうでなくても得だ、という考え方だな?」
「南方行かないと損だって気になっちゃいましたよ」
「ハハッ、そうだな」
通商路同盟にしても平原諸侯にしても、ヤルファンから見れば外様です。
今はアーサー様の手腕が認められてヤルファン国に従っていても、将来はわからない。
南方を植民都市化して地力を付けるのは、ヤルファン主導の政権の安定のためには必須なのです。
でも……。
「チャコちゃんはアーサー様が世界の王になるのを見たくはないかい?」
「幸せである方が先ですね」
「「えっ?」」
やはり王様の身分であるとわかりませんか。
アーサー様とノア様は意表を突かれたような顔です。
「王様なんて誰でもいいんですよ。力のある人が統治すべきなのです。政治なんて面倒なことは任せちゃって構わないですよ」
「……ハハッ、そうか。任せてしまえばいいのか」
「自分一人でやろうとすると大変なのです」
「チャコが言うと説得力があるな」
伝わったでしょうか?
私も次から次へと仕事を抱えていった結果、クビになっちゃいましたからね。
バカでした。
任せられる人を増やせばよかったです。
国でも一緒です。
支配を維持しようと欲を出すから悩めるのです。
誰かに渡してしまうという選択肢があるのなら、心はずっと豊かになれます。
「欲張ることはないのか」
「そうですよ」
今の私はアーサー様がいれば十分ですし。
「じゃあアーサー様が世界の王になるのは夢で終わってしまうのか」
「でもないですが」
「「は?」」
「熟した状況というものがあるでしょう? こちらの準備が整って地歩も磐石で、にも拘らずエッセレジアに統治能力が欠けている場合、併合を持ちかければいいと思いますよ」
「併合? 戦争ではなく?」
「エッセレジア王家に統治を諦めさせ、貴族として遇することを約束すれば、必ずしも戦争は必要ないと思いますけれどね」
「チャコは厳しいのだか優しいのだかわからん」
分相応、ということなのでしょう。
分をわきまえぬ支配など続かないのです。
エッセレジア王家が盛り返すなら、平原諸侯離反時に丸く収めたヤルファン国に感謝するでしょう。
潰れてしまう気配があるなら手を差し伸べましょう。
それでいいと思います。
「私はアーサー様に拾ってもらえてよかったです」
「チャコは欲がないな」
「そんなことありませんよ。浮気なんかしたら絶対に許しませんから」
「ハハッ、わかった。わかったから抱きしめさせろ」
もう、アーサー様ったら。
どうしてこんなに? って思うほどベタベタなのです。
アーサー様の目は優しい。
本当に私をよく理解してくれています。
これからも私を愛してくれるアーサー様の力になりたい。
あれ? ノア様が羨ましそうですね。
「見せ付けるだけ見せ付けて。僕も結婚したいなあ」
「すればいいじゃないか」
「……」
「……ちょっとチャコちゃん。何で黙ってるの」
「いえ、お気になさらず」
ノア様のやや細身で砂漠の戦士風の出で立ちは、キャロル様の好みのド真ん中だなあ。
私がエッセレジアを去って五年。
世界一の実力者と言っても過言ではないアーサー様の側近とエッセレジアの公爵令嬢は、今となってようやく身分が釣り合ったと思いますが、さすがに時間が経ち過ぎたかしら?
バーナード殿下と破局した以降のキャロル様の状況は聞こえてきません。
縁がなかったと思わざるを得ないですが……。
「……はあ」
「何なのチャコちゃん! ため息吐くってどういうこと!」
「知らないって幸せなことだなと」
「ええ? 何のことよ?」
「チャコの策があるのか?」
「ではないのですけれども、私の元の主キャロル様はノア様にピッタリだなと思っただけです」
キャロル様は私と同い年ですから今二二歳か。
さすがにどこかに嫁がれたでしょうけれども、バーナード殿下と破局した傷物ですからあるいは?
「ああ、キャロル嬢か。覚えている」
「メッチャ美人メッチャ美人!」
「現在のヤルファンは強国ですから、アーサー様の懐刀ノア様にキャロル様が嫁ぐというのは、両国の親交のために悪くないのですよ」
「面白いな」
「キャロル様はいい方ですので、不遇な立場に置かれているならお救いしたいです」
「チャコちゃん、その話進めてよ!」
「今のキャロル様とメイアランド公爵家の様子がどうなのか、情報が入ってこないので皆目わからなくてですね」
「よし、調べさせる。不都合がなければチャコの裁量で取り計らってやってくれ」
「心得ました」
「楽しみだなあ!」
あんまり期待しないでくださいよ?
もう一度アーサー様にぎゅっとされます。
希望に満ちた幸せの香り、私は好きです。
クビかと思ったら、王子様が溺愛待遇で雇ってくれました uribou @asobigokoro
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