10. 特別


 僕にとって、白百合はそこまで特別な意味を持つ花ではなかった。


 その名に相応しい純白の色調や芳醇な香りは、花の中でも好きな部類ではあったけど。


 だからあの日父と喧嘩して、遠くの地まで気分転換に歩いていて、籠いっぱいに白百合を集めていたのは本当に偶然だった。


 そして僕は出会ったんだ。白百合の妖精に。


 隣国に生息する、とても小さな妖精族ではない。等身大の、美しい女性だった。


 僕たちの外見は、他人を怖がらせる。


 けれど彼女は、僕を見ても全く動じることなく、それどころか僕が落とした籠の中身に興味津々といった有り様だった。


 とても変わった方だな、と失礼なことを考えていたけれど、それらも全て魅力的なものとして僕の目には映っていた。


 この機会を逃したら、二度と彼女とは会えなくなる。理由はないけれど、そんな不安がよぎって、いつの間にか僕は彼女にプロポーズをしていた。


 言ってしまって、ああ僕は振られたな、と悟った。こんなに美しい女性、僕なんかでは到底釣り合わない。それに出会って数分で求婚を求める男なんて、どんな女性でも嫌だろう。


 けれど、自分でも驚くべきことに彼女は承諾してくれた。


 それから僕は、彼女を誰よりも幸せにしてみせると心から誓った。


 思えばあの日から、僕にとって白百合は特別な花になっていた。

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