7. 優しさ

 私は、夫がこの家に住むにあたって実家から持ってきていた数冊の本に注目した。


 彼の部屋を探ると、目当ての物はすぐに見つかった。


「やっぱり!」


 表紙を眺めると、どれも『赤い糸』に関する本のようだった。


 私は暫くの間、これらを読解することに集中することにした。


 夜の帳が下りた頃、私は不意にある頁に目が留まった。


「こ、これだ!」


 そして私は、知りたかったことについて言及している頁に辿り着くことができた。


 けれど、私の一筋の希望は簡単に砕け散った。『赤い糸』で結ばれた相手が死ぬと、その糸は死んだ場所で残り続けるそうだ。


「じゃあ、あなたは、もう……」

 

 私は夫の遺骨を抱いて啼泣したあの日以来の、二度目の涙を流した。


「お母さん、大丈夫?」


 嗚咽する声が漏れていたのか、心配そうに見つめる娘の姿がいつの間にかあった。


 その時、急に恥ずかしさが込み上がって、私はいつもの癖で怒鳴っていた。


「いつまで起きているの! 早く寝なさい」


 それでもエリィはその場を離れようとしない。それどころか私のもとまで歩いてきて、あろうことか私の背中をさすり始めた。


「この!」


 私は拳を振り上げようとして、はたと気づいた。


 これ以上は、ダメだと。かろうじて残った自尊心が一線を越えることを拒んだ。


「よしよし。エリィがお母さんを慰めてあげる」


 その行動に利己的な目論見は何もなかった。ただ、眩しすぎるくらいの純粋な優しさだった。


 それは私が欲してやまなかった、亡き夫のそれだった。


 今だけは、少しでも長く、その優しさを浴びたい。私は良心の呵責に苛まれながら、さすり続ける娘の前で泣き続けていた。

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