6. 娘

「お、お母さ……」

「五月蝿い! あっちで一人で遊んでなさい!」


 終戦から五年、私は夫の死から、いまだ立ち直れずにいる。


 産まれた娘をエリィと名付け、女手一つで育ててきた。


 産んだ当初は、夫がエリィを身籠ったのを喜んでいたこともあって、夫のためにも大切に育て上げなければならないと思っていた。


 けれど、子供の世話というものは想像以上に大変だった。


 助けを求めようにも、考えるまでもなくそんな人はいない。


 誰にも頼ることができない孤独感と、夫を亡くした悲しみに呑まれた私は、いつしか、エリィから目を逸らすようになった。


 そんなある日、何かと構って欲しそうに喋りかけてくるエリィは、私が怒鳴っても食い下がってきた。


 いつもはすぐに踵を返して離れるのだが、今日は、私の怒声にビクッと肩を震わすが一向に離れる気配がない。


「あ、あの、お母さんに、話したいことがあって」

「お母さんは忙しいの!」


 幼いエリィでも気づきそうな粗雑な嘘だが、二度も怒鳴ればすぐに視界から消えてくれるだろうと思った。


 けれどそれは私の思い違いで。


 エリィはそれでもその場を動こうとはしなかった。


そして、


「その、ずっと黙ってたんだけど、エリィの目から赤い線が見えるの」


 私は娘の口から信じられないことを聞いてしまった。

 


「あ、赤い糸、赤い糸が見えるの?!」


 私は小さな娘に飛び掛かる勢いで近づき、肩を揺さぶった。


「い、痛いよお母さん」

「っ、ごめんね」


 一度冷静になり、テーブルの上で向き合ったところで、もう一度私はその真偽を訊いた。


「うん。糸かどうかは分かんないけど、凄く細い赤の線が見えるの」


 十中八九、それは夫と結んだものだった。


 対象者が死ぬと、自動的にその関係は解消され、『赤い糸』は消えるものだと思っていた。


 そもそも私は、『赤い糸』について詳しいわけではなかった。


「一度調べたほうがよさそうね」


もし、もしも、受け取った遺骨は夫ではなくて、どこかでまだ生きているのだとしたら。


 私の瞳に一筋の光が刻まれる。


 あの戦争からちょうど五年、白百合が咲き始める初夏の出来事だった。

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