4. 手紙

『My dear. フィール 


 始めに、手紙を送るのが遅くなったことを謝るよ。やっとこっちも一段落ついて落ち着いてきたところだ。


 僕は後方支援ということで、安全な駐屯地に配属された。


 ここの近くに、一面に白百合が咲いている花畠があるんだ。


 フィールにも見てもらいたいから、手紙と一緒に送ることにしたよ。


 君の綺麗な髪に似ていると思わないかい?

 

 それじゃあ、また明日手紙を書くから、楽しみにしておいてほしい。


 返しの手紙がないのは残念だけど、元気に過ごしてね。


 子供のことも、どうかよろしく。


             From.セドリド』

 

 簡潔な文章だったけど、丁寧に書かれたものだった。


 一度深呼吸をして、椅子に深く腰掛ける。

緊張の糸が途切れ、どっと疲れが押し寄せた。


 夫は無事に後方に配属されたようだ。

 

 安全を確認できた後は、ふいに夫が恋しくなる。


 手紙が送られてくるけれど、それは報告であってやり取りではない。


 なぜなら、こちらから夫の元へと繋がる手段がないからだ。


 人の戦争では、郵便という手段でしばしば手紙を送り合う。


 けれど『赤い糸』を持つ彼らは、そもそもそんなものは必要としない。


 そして人間である私は、身籠った子を通してセドリドから送られても、私から送り返すことができない。


「はあ……」


 どうすることもできない無力さに嘆きながら、私は白百合を一本手に取った。

 

 顔に近づけて嗅いでみると、戦時先に似つかわしくない甘く芳醇な香りが鼻腔を刺激した。


 セドリドがこの香りに包まれたまま、無事に帰ってくることを願わずにはいられなかった。

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