第215話 茶会議、初日⑧
メシのあと、ようやく俺らが寝泊まりする部屋に通された。もちろんここでも俺は圧倒されちまうわけだが……。
「ふわわっ。めっちゃ豪華〜っ」
ベリルにそういう繊細な神経は
俺は案内してくれた者に、
「もうちょい普通の部屋はねぇのかい?」
と訊ねたんだけども、困り顔で、
「ここが一番控えめな客室です」
だとよ。
「ご入浴についてですが——」
「おおーう! 王様風呂借りられんのー?」
「いえ、それはさすがに……」
「そっかー。でもでも大っきなお風呂なんでしょー」
「ええ。ご期待くださいませ。介添えの者はいかがしましょう?」
なんの話だ⁇
「ほーほー。それって洗ってくれたり拭いてくれたりすんだよねー。うっはっ。やってもらいたーい」
「え゛。いや勘弁してくれ。男女分かれてるのかもしれんけど、できればコイツは俺といっしょにしてくれると助かる。もちろん最後の方でいいぞ」
「はあ〜? 父ちゃん、そんなあーしとお風呂入りたいーん?」
「うっせ」
オメェを放ったらかしにしとくのが心配なんだよ。なにやらかすかわかったもんじゃねぇ。
「ムリ言ってすまんが頼まれてくれねぇか」
「かしこまりました。では、トルトゥーガ様とベリル様のお二人でご入浴できるように致します。支度が整いましたらお呼びいたしますので、それまでどうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」
で、待つことしばし。
大して間を置かず案内された風呂は、広くてデカくてスンゲェ華美だった。
「はぁ〜あ〜……、あーしもお姫さまみたく洗ってもらったりしたかったなー」
「俺が頭洗ってやっからそれでいいだろ。つうかこんくれぇテメェでやれ」
「いやいやセレブ気分を味わいたかったってゆーかー、そんな感じー」
「そうかい」
戯言は聞き流して、ベリルの頭をガシャガシャ洗ってやった。
「次、あーしが父ちゃんの背中流してあげるし」
「おっ、オメェもたまにはいいこと言うな。んじゃあ頼むわ」
背を向けて床に胡座をかく。
ベリルはカラカラと風呂イスを持ってきて、どうも乗っかるみてぇだ。
「スッテンコロリすんなよ」
「ヘーキヘーキー。んじゃ父ちゃんいっくよー。くひひっ」
不穏な響きに振りかえると、ベリルは両腕で掲げた桶を逆さまにして——
「〝ポチィ〟」
ってドパドパ湯をぶっ掛けてきた。
コイツのイタズラにしちゃあ可愛い部類なんだが、
「おいコラ、危ねぇだろ!」
湯の勢いでスッ転びそうになりやがったんだ。慌てて腰を掴んでやったからいいもんを。
「……ひへへ。失敗しっぱい」
「オメェさぁ、もうちょい後先考えろよな」
「ごっめーん」
ヘラヘラしやがってからに。ったく。
大人しくベリルはテメェで身体を洗いはじめたから、こっちも頭を洗う。
いっつものたぁ違う、スゲェいい匂いのする石鹸を泡立ててガシガシと角の周りも念入りに。
ふむ。ぜんぜん泡切れせん。やっぱ高い石鹸だといつまでも
「ぷひひっ」
なにを笑ってんのやら。目ぇ瞑ってるからわからん。
「おうベリル、ちゃんと洗ってんのか?」
「んん〜。めっちゃ洗ってるし、んぷぷっ」
ならいいんだけどよ。
しっかしいつまで経っても泡がなくならん。つうか増えてってねぇか? もしや——
「おいテメェ」
薄目を開けると、そこにはニタニタ顔で風呂イスに立ち、泡塗れの布と石鹸を持ったベリルがいた。
「ちぃ。バレちったし。つーか父ちゃん気づくのおっそーい」
「くだらねぇイタズラで勿体ねぇマネすんな、アホたれめ」
「いやいや、これ修学旅行の定番だから。絶対やっとかないとだし」
せっかくの泡をムダにすんのも気が咎めたんで、ついでに身体も洗っちまう。
それからようやく湯に浸かった。
「ふい〜……生き返るぜーい。めちゃハードな一日だったし〜」
「おぉう、まったくだぜぇ。だいたいはオメェのせいだけどな〜……」
湯の熱さに
膝に乗せたベリルに、ふと違和感。
やっぱコイツちぃと太ったよな? 疑問のままに腹をぷにぷに摘んでやると——
「ちょ、くすぐった。きゃはっ、くひっ、ちょ、父ちゃんのエッチー。てか! なにしてくれちゃってんのさー」
「いやデブったなと思ってよぉ」
「————んなっ⁉︎ んなわけねーしっ。ちょこっとゴハンいっぱい食べて、まだお腹ぽっこりしてるだけだもーん。ぜーんぜん太ってねーしー」
「そうかいそうかい」
間違いなく米の食いすぎだろ。
◇
風呂からあがると、さっそくベリルは大荷物を広げて寝巻きに着替えた。
「で、テメェはどこ行くつもりだ?」
いまはなんか柔らかそうな生地の貫頭衣に三角の帽子を被ってる。
そんでもって脇にデカい枕を抱えてるんだ。
「ちょっくらお姫さまとパジャマパーティーしてこよーかと思って」
「そんな予定はねぇ」
「しゃーない。アポなしもどーかと思うしー」
寝巻き姿で王妃殿下と駄弁ろうって方がどうかと思うがな。
「なぁに、話の相手なら俺がしてやるよ」
「そっ。んじゃ父ちゃん面白い話してー」
「語るのはテメェだ、ベリル」
「はあ?」
「やりたがってたろ。やろうぜ、証人喚問」
「そ、その件に関しては現在調査中でーす」
「うっせ」
枕を盾にして顔を隠すベリルを抱えあげ、ベッドに横にした。その真隣に腰を下ろして、ギロリと見据えてやる。
「んで、列車の他にはなに企んでやがる。前に言ってた身寄りのないチビ集めるってぇ話か? それとも米を買うために船出せとか言うつもりか?」
「いや〜父ちゃんってば、やっぱあーしのことよくわかってくれてんねー。ちょっと感激かもー」
「そうかいそうかい。でも実のところよくわかってねぇんだよ。だから洗いざらい吐け」
「つーかこれ、証人喚問ってか尋問だしぃ」
などと戯れてるうちに、だんだん眠くなってきちまった。
となると当然ちっこいベリルもお眠か。
「おう。つづきは起きてからでいいぞ。結局なんも聞けなかったがな。明日もあるんだ、眠ぃんならもう寝ちまえ」
「いやいや、あーしまだ……ふあ〜あ……めちゃ元気だし〜。もーオールしちゃう勢ぉーい」
そんな目ぇトロンとさせて言われてもなぁ。
ほれみたことか。灯りを消してやれば、すぐにスースー寝息たててやがる。
「……も……食べあん、ねぇ……し……」
なんで寝ながら口をモグモグしてんだか。
ぽっこり腹が以前よりも大きく膨れてるように見える。やっぱりコイツ太ったよな。
まぁでも、まだちっこいんだからメシならターンと食っとけばいいさ。菓子は控えた方がいいけど。
ベリルに布団をかけ直してやって、瞼を閉じた。
今日一日の疲れもあってか、微睡む間もなく俺も夢んなかへ。
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